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君の描く絵が 2
しおりを挟む堀田清澄は、霧夜少年の家に一度だけ行ったことがある。
休みがちな霧夜の家にプリントを届けに行ったのだ。初めて話しかけてから、一週間後のことだった。なんのプリントだったかは覚えていない。行事の連絡か、宿題か。
霧夜の家はすぐにわかった。下校途中にある、瀟洒な一戸建て。門扉を開けるのになんだか緊張した。
玄関でインターホンを鳴らすと、霧夜の声がスピーカーで流れて来た。
「はいー」
「あの!堀田だけど、プリント持って来たよ!」
「堀田くん…」
間もなく玄関の鍵が開き、スウェット姿の悄然とした霧夜がドアを開けて現れた。
「どうぞ…、今親いないけど。ジュース飲む?」
「え、いいの?」
「僕の部屋…散らかってるけど…」
導かれるまま、二階の霧夜の部屋へ向かう。霧夜の家は、庭先も玄関も廊下も、きれいに掃き清められていて整然としている。清澄の家はもっと散らかっていた。
が、二階に着くと、様相は一変した。廊下にスケッチブックや雑誌の山が無造作に積み上げられていて、少し埃っぽい。
「はー…」
「ここだよ。適当に座っててね」
部屋に着いて、ドアを開けると魔窟が広がっていた。霧夜にはそうでないのだろうが、清澄にはそうとしか見えなかった。部屋を入って左側の壁には大きな書棚があり、画集や写真集やデッサン指南の書籍がぎっしりと詰まっていた。日本語の本も、英語の本もある。そして壁と言う壁、書棚の前にも本や、スケッチブックの束が積まれていて、床も書き損じの紙や画材が積み重なっていて、一体どこで寝るのだろうと清澄は思った。古い学習机と椅子もあったが、それも紙に飲み込まれている。壁の上の方には、習作か、何枚もの絵が画鋲で無造作に留められていた。写実的な絵もあれば抽象的な絵もある。
「適当に座れって、言っても…」
清澄は、散らばった紙をそうっとどかして、空いた床に座った。
しばらくして、オレンジジュースと茶菓子の乗った盆を持って霧夜が現れた。
「あー床硬いでしょ。ベッドに座ってよかったのに」
「いや、大丈夫」
そういえば、書棚の向かいの壁にそれらしきものがある。紙に埋もれてるけど。
「具合、大丈夫?これ、プリント」
持って来たプリントを、霧夜は「ありがとう」と嬉しそうに受け取った。そっと机の上に置いたが、他の紙に紛れてしまいそうだった。
「朝、頭痛がひどくて休んじゃった」
「今は?」
「治った…」
紙をかき分けて場所を作ると、清澄の前に盆を置いて、霧夜は学習机の椅子に座った。
「家でも絵を描いてるんだ」
「うん…」
「見ていい?」
霧夜はしばらく逡巡して、うん、と短く答えた。
清澄は手近にあるスケッチブックを開く。
「それは最近の」
と、霧夜は言った。
手のスケッチ、足のスケッチ。虚空を掴む手、投げ出された足、ナイフを掴む手、植物のつるに絡みつかれた手、大地を蹴る足。どの手足も男のものだ。
「すごーい…」
清澄は、また別のスケッチブックを手に取って、ページを繰った。
映画のワンシーンのような、むつみ合う恋人たち。キスをしたり、半裸の姿で抱き合ったり。どれも男同士だった。
これは…。
見てよかったのかと、清澄は動揺した。霧夜は気にしていない様子だった。
「お父さんのアトリエ見てみる?」
「えっ!お父さんも絵を描くの?」
「プロだよ…」
「え?」
部屋を出て、廊下の奥に進む。
「ちょっと、のぞくだけ」
「うん」
ドアは半開きになっている。そこから覗き込んだ。
大小さまざまのたくさんのキャンバスがあちこちに立てかけられている。霧夜の部屋よりはずっと整理されている。イーゼルにかけられた、描きかけの絵。生まれたままの姿でソファに横たわる少年の絵だった。
霧夜に、似ている。
「もう、行こ…」
霧夜に促されて、部屋に戻る。
「絵がうまいのって、遺伝?」
と、清澄は聞いてみた。
「わかんないけど、画材には困らない…。絵ばっかり描いてても、別に怒られないし…」
「成績、いいからじゃん」
「そうかなあ…」
ジュースと、霧夜の母の手製のクッキーを平らげて、清澄は霧夜の家を後にした。
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