君の描く絵が

ゆめゆき

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君の描く絵が 3

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 清澄は学校で、ことあるごと、霧夜の絵を見せてもらってそれに感嘆した。
 だけど、それだけ。
 それだけだったけど、卒業式の日、霧夜から一枚の絵をもらった。
「これ、あげる」
「本当!?」
 清澄は飛び上がらんばかりに驚いたし、喜んだ。ずっと欲しかった。霧夜の絵が。言い出せはしなかった。
 受け取ってみると、そこには少年のバストアップの肖像が描かれていた。少しうつむき加減で、斜めを向いたけだるげな、見るものを誘い込むような美少年。
「…これは?」
「堀田くん」
「うん…」
 清澄は少し戸惑った。よく描かれ過ぎていると思った。
「こんなに男前かな!」
 と照れ隠しに笑うと、霧夜は「うん。よく、描けたと思う」と生真面目に答えた。「堀田くんってこんな感じ」
「ありがとう」
「うん…」
 中学に上がると、学区が違うので霧夜とは別れてしまうことになる。
「三田くん、元気でね」
 また、遊びに行ってもいい?と、聞きたかった。でも、聞けなかった。普段、清澄は明朗快活な少年であるのに、霧夜の前では、どこか委縮してしまう。霧夜は男子であったけれど、女子たちより更に儚げで、繊細そうな体格と面立ちの少年だった。追いかけたら、消えてしまいそうな。清澄はそう感じていた。
「うん、じゃあね。堀田くん」



 あの卒業式から、ずっと清澄は霧夜とは会っていない。十年以上たった。それがこんなところで彼に再会するとは。
「マスター、これ…」
 バー『スクリーム』で、清澄は新しく飾られた絵に引き寄せられた。正確には彼の絵にだ。
「ああ、これね。ちょっと怖いけど、いいでしょう」
 かなり、目立つ場所にかけられた絵は、どこか懐かしく、左下にローマ字で”kiriya.o”の署名。”kiriya.m”でないのが気になるが、それは雅号なのかもしれなかった。”きりや”という名前は、それほど珍しくもないけれど、ありふれてもいない。こんな絵を描く”きりや”が何人もいるとは思えなかった。何より、卒業式にもらった絵に書かれた署名と酷似している。
 倒錯した絵だった。色味はおさえられていて、生々しさはそれほどないが、どこかサバンナの丘のような場所で、裸の男性が、ライオンにはらわたを引きずり出されて食われている。食われている最中の男性の目は虚ろだが、絶命はしていないように見えた。それどころか昏い喜びを浮かべてさえいるような…。
「気に入った?」
 マスターに問いかけられて、清澄は我に返った。
「うん…」
「近々、個展があるそうだけど、行ってみる?」
 チラシを渡されて、清澄は受け取った。大野霧夜個展『眠れぬ夜に』

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