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第一章 インデール・フレイム編
マチバヤ喫茶店
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別れは、突然だった。
高卒と共にフリーターとして汗水流しながら飲食店で働く毎日。両親は共働きだった為、家で待つ高校生の妹との二人暮らしは少しながら大変でもあった。でも、平穏なリズムを刻むように日々は時間と共に過ぎていった。
―――別に、何一つ苦渋のない生活。
笑いながら楽しく生きていける、それだけで幸せだった。
―――だからこそ、あの時の私は思いもしなかった。
まさか――――、今まで生きてきた世界に別れを告げることになるなんて。
異世界での喫茶店とハンター≪ライト・ライフ・ライフィニー≫
第一章 異世界へやってきた少女
第一話 マチバヤ喫茶店
冒頭の始まりは常識から始まる。
果てのない宇宙空間の中に、科学が進歩したことによって豊かになった人々が生息する地球という星があった。
何千何万という時間が流れ、その中で人間の技術は発展して行き、それに伴うように自然の象徴たる森林が徐々に減り始めていくもそこには何億という生命がその星で今も生き続けていた。
また、そんな人々の中には宇宙という外の分野に目を向ける者もいれば、これほどの文明を発展させた星は他にないと言う者いた。
だが、そんな言葉を覆すように青い星である地球と似た星が別の場所――――――いや、異世界には存在していた。
異世界にも同様に存在する宇宙空間の中、それは地球とはまた違った進歩を経て草木などといった自然が豊富となった星。
その名前は、アース・プリアス。
原始時代に似たような場所と言えば簡単だが、そこまで古くはない。
その星にもまた、同じように人類が誕生し、建物や食物、武器や都といった文明が栄えていた。
さらに、人々は自分たちのことをハンターと名乗るようになり共に協力し合いながら生活していた。そして、東西南北に分かれた各大陸には大都市が建てられ、その領域を各都が管轄していた。
そして、そんな四つの内の一つ。
北大陸に位置する草原に囲われたような、塀に守られた大都市。
剣を主体としたハンターたちが住む都、インデール・フレイムもまた北の地を統べる都でもあった。
塀に内側にある都市内の通り道には人々の賑やかな声が飛び交っている。
インデール・フレイムは剣を持つハンターたちが多いことから巨大な塀に囲まれた剣の都市と呼ばれているが、その一方で外からやってくる旅人たちが立ち寄る名所ともなった有名な観光地にもなっていた。
塀の門をくぐり抜けた先には大通りがあり、その両側には客の目を引くため色々な店が開店され、道具屋や飲食店。その他に剣や盾といった武具屋がずらりと並んでいる。道具や飲食は地球とそう変わらない日常の生活に必要なものだと言えるだろう。
だが、武器は違う。
何故なら武器とは戦うために必要とされている物であり、まして人と人とが戦争をしない限りそんな物は必要になるとは思えないからだ。
しかし、それは地球での話………この世界にとっては、人々は必ず武器を手にしないといけない、ある一つの理由があった。
アース・プリアスは確かに自然に満ちた星だった。
だが、その自然豊かな世界が続いたことによって、ある一つの異変がその地に住む生物、動物たちの身に起きてしまった。
今まで無害とされていた食料となるはず動物たち。そんな彼らが突然と急激な成長と共に凶暴なモンスターへと進化を遂げてしまったのだ。そして、それが事の始まりだった。
身の危険から自身を守るため、たったその一つの生存本能が動物たちを一種のモンスターへと変異させてしまった。
例えば、イノシシのような動物は体を小さくする分、凶器となる牙を鋭く頑丈にさせた俊敏突進のモンスターに変異し、またある所では小柄なウサギが体を巨体に変え鋭い牙をむき出しにした巨大獰猛モンスターへ姿を変えてしまった。
変異の仕方は動物それぞれ違っていたが、急激な進化が広まるまでそう長くの時間は掛からなかった。
異変が起きる前までは、人々は武器など必要とはせず簡単に食料を手に入れることが出来ていた。
しかし、動物たちが凶暴なモンスターへ変わってからは、全くとして食材が手に入ることが出来なくなっていた。中には無謀にも、そのモンスターたち集団に向かって捕獲に向かった男たちが数人ほど命を落とすといった事例がいくつもあったのだ。
生身では捕獲どころか触ることもできない。
人間たちは困惑しながらも頭を捻らせ、いつしか、どにかして食材を手に入れられないかと対策を考える者達が現れるようになった。
食料を調達出来なくなっていくことによって、日に日に貧しくなる家族をどうにかして助けたい。そんな思いを抱く者達が集団となって集まり、答えを見つけ出すことに長い時間を要した。
そして、数ヶ月と時間が経った中、ついに解決策がアースプリアスに住む人々の耳に届いた。
それは原始的な考えかもしれない、一つの答え。
『武器を手に、共に協力して戦おう』
結論は至ってシンプルに、戦って奪い取れ、といった力技に近いものだった。
ただ原始時代と違ったのは昔に比べて人類の知識が進化していたということだ。手先の器用な者達が呼びかけによって招集され、あらゆる可能性を考慮した様々な武器や防具が数多く製造されていく事となった。
始めは敗北で終わったこともあったが、それでも次は勝利し、食量を手にすることが出来た。
負けて勝っての繰り返しが長い時間の中で続いていき、大都市の建設、それに続くように防具や武器を纏い動物たちを捕獲しに行く者やその捕獲された動物をお金に変える、といった依頼所などが作られるようになり、いつしか人々は自分たちのことをハンターと呼ぶようになっていた。
そして、今のアース・プリアスへと至る事となったのだ……。
様々な苦労の果てに顕現するインデール・フレイムもまたそんな都市の一つでもあるわけだが、昔にそんな大変なことがあったことなど微塵も感じさせないほどに賑わう人通りとズラリと並ぶ店々。
そんな中で一つ『マチバヤ喫茶店』と看板が下ろされた一つ店があり、その店主である一人の少女もまた『ハンター』を名乗る一人でもあった。
マチバヤ喫茶店。
一般的な木造建築の店だが、ドアを開けた店内には調理場前のカウンターと四つほどのテーブル、それに応じた椅子が設置され、調理場には光を反射するステンレス製の板ような素材で作られたキッチンが設置されている。
火元が吹き出る黒い穴の上に台置きがあり、そこにはグツグツと煮音を鳴らす大きな鍋が置かれ、中に入れられた汁からは香ばしい匂いが店内を漂っていた。
窓の外を見ると太陽の陽が地上に多く差し込まれ、その光加減から時間がちょうど昼時を回った頃だということを教えてくれる。
と、そんな時だ。
チリリン、とマチバヤ喫茶店のドアに付けられた鈴が揺れながら音を立てた。
ドアがゆっくりと開き、店内に入ってきたのは大きな大剣を背中に背負った大男。仏頂面をした見た目からしても堅物そうなイメージのあるハンターだ。
そして、そんな男に対し、
「あ、いらっしゃいませー」
茶髪の短髪に加えて茶色エプロン姿をした少女が男に振り返りながら、にこやかな笑みを浮かべながら一声を上げる。
少女の名前は、町早美野里。
年齢は18歳で小柄な体つきをしており、服装は白のTシャツと紺色の長いスカートといった地味な格好だ。
今さっきまでカウンターを綺麗な布巾で拭きながら掃除していた美野里はいそいそと調理場へと回り、客への飲み水の提供準備に取りかかる。その一方で大男は一度店主を見つめるも直ぐに視線から外し、店内を見渡しながら空いたテーブル前の椅子に腰を下ろした。
テーブルの上にはメニューが書かれた本が置いてあり、その他にも箸やスプーンなどが置かれている。そうこうしている間に、調理場から戻ってきた美野里は水入りのコップとおしぼりを男の目の前に置きにやって来る。
「はい、どうぞ」
「ああ、すまない…」
「いえいえ、ご注文がお決まりになりましたらまたお声ください」
ペコリと頭を軽く下げ、美野里が再び調理場へ戻ろうとする。
だが、その時。メニューを手に取っていた男は、じっとそこに書かれた文字を見つめながら少し迷った様子で声を掛けてきた。
「ちょっと、いいか?」
「え? あ、はい、どうしました?」
「いや、……ここに書いてあるサンドイッチという料理は一体どういった物かね」
男が指さしたのは横字で書かれたサンドイッチという名前がつけられた料理のことだ。
美野里自身、普通なら知っているだろうと逆に言い返したくなるのだが、しかしこの世界では仕方がないことでもあった。
何故なら、この世界で一般にある料理とは肉をそのまま焼いたものや薬草を茹でたスープといったあまり手の込まない料理ばかりなのだ。
しかも、何故かパンといった食材だけはこの世界に存在しているというからにまた不思議である。
「はい、こちらのサンドイッチという料理は小麦粉で作ったパンに卵と野菜をはさんだ物です」
「卵と野菜? 卵とはあの白い殻で守られたアレをそのままはさむのか?」
「いえいえ、それでは食べるのに苦労します。えーっと……もし、よろしければ一度作って持ってきますので少しだけお待ちいただけないでしょうか? そう時間は掛かりませんので」
「………ああ、わかった」
それでは、と再び頭を軽く下げる美野里は口元を緩ませながら、そそくさとカウンター裏の調理場へと向かう。
水場横の調理スペース前についた美野里はまず初めに料理を乗せる皿や調理に必要な器や器具、まな板等を準備する。
そして、次に調理台の直ぐ隣に設置された木製で作られた三段タンスのような収納箱の前に立ち、三段目の引き出しを開ける。すると、そこから冷気が漏れ出し、中に一定の温度で冷やされた食材がぎっしりと詰められていた。
美野里はそこからサンドイッチに必要な食材、早朝の開店前から準備していた殻を剥ぎ取った茹で卵とマヨネーズのような液体。さらにレタスに似たような野菜と、そして最後にスライスされたパンを取り出し、調理スペースまで持って行く。
必要な物や食材を人通り揃えた美野里は、まず初めにスライスされたパンをまな板の上に引き、次に近くに置いてあった大きな容器に茹で卵とマヨネーズのような液体を放り込み、料理器具の木の棒でしっかりと押しつぶしながら混ぜ合わせていく。
一分程、白身と黄身が液体とある程度混ざり合ったのを確認し、次に木のヘラを片手に持ちながらパンの上に野菜を乗せ、その上に混ぜた卵をヘラでなすりつけた。
そして、最後に野菜ともう一つのパンとで中の具材を挟み合わせ、キッチン下の引き出しから取り出したナイフでそれを斜めから二つに切りわけてから皿上に乗せ、料理は完成する。
至ってシンプルな野菜と卵のサンドイッチ。
調理場から出てきた美野里はそのままテーブルの前で待つ男の元へと料理が乗った皿を持って歩いて行く。
「おまたせいたしました。こちらがサンドイッチになります」
「……ほぉ、これが」
男は当初、変な物を出されたら直ぐにでも金を払わず店を出ようとしていた。
見慣れない店に加えまだ子供とそう変わらない少女が店主をしていたこともあり、下手な物を食べて腹を壊すわけにはいかないと思ったからだ。
しかし、出てきた物はと言えば、初めて見るに加えておいしそうなお手頃な料理ときた。
男は驚いた表情を浮かべていたが直ぐに美野里の視線に気づき、小さく咳払いをして表情の変化を誤魔化す。
見た目は良い、だが問題は味だ。
男は美野里の視線を気にしながら、皿に乗った二つに切り分けたサンドイッチのうち一つを手に取り、ひとかじりする。
野菜を噛みしめた時の音に続くように、その次に来る卵に似た具材、それが口の中で租借されていく。
そして、ゴクッとそれらを呑み込み、
「お、おいしい……」
「ありがとうございます」
思わず心の声を溢す男の反応は好評だった。
美野里はその言葉に口元を緩ませ、礼をするように頭を下げる。
結果、その後も男は何一つ文句も言わず品を残すこと無く食べ終え、満足した表情で店を出て行った。
試しとして出した料理だったが、男はしっかりと料金を払い、最後には『また機会があったらくる』と言うほどにこの店を気に入ってもらえたらしい。
男が食べたサンドイッチは特に特殊な調理で作ったわけでも、何か隠し味を入れたわけでもない。
ただ、美野里が普段の生活で作っていた物を出しただけなのだ。
そう、この世界とは違う、元いた世界で作っていた料理を。
客が帰った後、残った皿を調理場の流し台へ持って行った美野里は、引き出しから取り出した大きなタライに調理に使った皿やナイフ、まな板等をその容器に入れ、その中に水場の流しに付けられている蛇口から水を出し、直ぐに洗えるよう水を溜めておく。
そして、その間に収納箱の前まで歩き、そこから一段目の引き出しを開け、
「うーん、これもそろそろ取り替えかなぁ」
その中に収納されていた手のひらサイズの鉱石を見つめ、そっと溜め息を吐いた。
その鉱石の名前は冷石・アストリー。
大都市では市販されていない物で珍しい物なのかと聞かれれば特にそうでもない石なのだが、また、それがある場所というのが困ったことに、塀に囲まれたインデール・フレイムから離れた地にある洞窟の内部。
光のない奥底の地にその鉱石があり、ゴロゴロと地面や壁にくっついた石なだけあって、道端の石ころと呼ばれ、誰にも興味を持たれない代物なのだ。
だが、それが幸いな事にまさかその石ころが冷蔵庫の代わりとして利用できるとは思いもしなかった。
さらに言えば冷蔵庫という存在を知りつつ、その存在を知っていた美野里だからこそ技術と応用で自前の冷凍収納箱を作ることが出来たのだ。
新鮮さや飲食店にとっては一に必要なものであるからして、ここまで得したことはないだろう。
だが、そんな利便性と相反するように、この鉱石にはある重大な問題が一つあった。
それは、アストリーの効力が二か月しか保たないということだ。
なんせ、その期間を越えると何の効力も持たない本当にただの石になってしまうのだ。
例え山ほど取ったとしても意味がなく、どうにもアストリーの効力維持は洞窟の壁についている状態でしか続かないときた。
この問題さえ解決できれば洞窟まで足を運ぶことをせずに済むのだが、現実はそう変わることはない。
美野里は小さく息をつき、アストリーを棚へと戻した。
そして、店内のドアまで歩き、一度店を出る。
「…………っ」
日差しが眩しい中でも、まだ日中ということもあって賑やか通りが目の前に広がる。
誰もが笑いながら、道を歩んでいく者達や身を防具で纏うハンターたちの姿があちらこちらと目にする。
しかし、対して美野里はその光景に一人顔色を暗くさせながら視線を反らし、喫茶店のドア。その外側に吊るされたオープンと書かれた看板を裏返し、クローズに変えてから店の中へと戻っていった。
何一つ、おかしいこともない風景。
しかし、美野里にとっては違う。その光景そのものが辛く感じてしまうのだ。
そして、…………どうしようもないほどに実感してしまう。
この世界の住人ではない自分は………一人っきりなのだと。
高卒と共にフリーターとして汗水流しながら飲食店で働く毎日。両親は共働きだった為、家で待つ高校生の妹との二人暮らしは少しながら大変でもあった。でも、平穏なリズムを刻むように日々は時間と共に過ぎていった。
―――別に、何一つ苦渋のない生活。
笑いながら楽しく生きていける、それだけで幸せだった。
―――だからこそ、あの時の私は思いもしなかった。
まさか――――、今まで生きてきた世界に別れを告げることになるなんて。
異世界での喫茶店とハンター≪ライト・ライフ・ライフィニー≫
第一章 異世界へやってきた少女
第一話 マチバヤ喫茶店
冒頭の始まりは常識から始まる。
果てのない宇宙空間の中に、科学が進歩したことによって豊かになった人々が生息する地球という星があった。
何千何万という時間が流れ、その中で人間の技術は発展して行き、それに伴うように自然の象徴たる森林が徐々に減り始めていくもそこには何億という生命がその星で今も生き続けていた。
また、そんな人々の中には宇宙という外の分野に目を向ける者もいれば、これほどの文明を発展させた星は他にないと言う者いた。
だが、そんな言葉を覆すように青い星である地球と似た星が別の場所――――――いや、異世界には存在していた。
異世界にも同様に存在する宇宙空間の中、それは地球とはまた違った進歩を経て草木などといった自然が豊富となった星。
その名前は、アース・プリアス。
原始時代に似たような場所と言えば簡単だが、そこまで古くはない。
その星にもまた、同じように人類が誕生し、建物や食物、武器や都といった文明が栄えていた。
さらに、人々は自分たちのことをハンターと名乗るようになり共に協力し合いながら生活していた。そして、東西南北に分かれた各大陸には大都市が建てられ、その領域を各都が管轄していた。
そして、そんな四つの内の一つ。
北大陸に位置する草原に囲われたような、塀に守られた大都市。
剣を主体としたハンターたちが住む都、インデール・フレイムもまた北の地を統べる都でもあった。
塀に内側にある都市内の通り道には人々の賑やかな声が飛び交っている。
インデール・フレイムは剣を持つハンターたちが多いことから巨大な塀に囲まれた剣の都市と呼ばれているが、その一方で外からやってくる旅人たちが立ち寄る名所ともなった有名な観光地にもなっていた。
塀の門をくぐり抜けた先には大通りがあり、その両側には客の目を引くため色々な店が開店され、道具屋や飲食店。その他に剣や盾といった武具屋がずらりと並んでいる。道具や飲食は地球とそう変わらない日常の生活に必要なものだと言えるだろう。
だが、武器は違う。
何故なら武器とは戦うために必要とされている物であり、まして人と人とが戦争をしない限りそんな物は必要になるとは思えないからだ。
しかし、それは地球での話………この世界にとっては、人々は必ず武器を手にしないといけない、ある一つの理由があった。
アース・プリアスは確かに自然に満ちた星だった。
だが、その自然豊かな世界が続いたことによって、ある一つの異変がその地に住む生物、動物たちの身に起きてしまった。
今まで無害とされていた食料となるはず動物たち。そんな彼らが突然と急激な成長と共に凶暴なモンスターへと進化を遂げてしまったのだ。そして、それが事の始まりだった。
身の危険から自身を守るため、たったその一つの生存本能が動物たちを一種のモンスターへと変異させてしまった。
例えば、イノシシのような動物は体を小さくする分、凶器となる牙を鋭く頑丈にさせた俊敏突進のモンスターに変異し、またある所では小柄なウサギが体を巨体に変え鋭い牙をむき出しにした巨大獰猛モンスターへ姿を変えてしまった。
変異の仕方は動物それぞれ違っていたが、急激な進化が広まるまでそう長くの時間は掛からなかった。
異変が起きる前までは、人々は武器など必要とはせず簡単に食料を手に入れることが出来ていた。
しかし、動物たちが凶暴なモンスターへ変わってからは、全くとして食材が手に入ることが出来なくなっていた。中には無謀にも、そのモンスターたち集団に向かって捕獲に向かった男たちが数人ほど命を落とすといった事例がいくつもあったのだ。
生身では捕獲どころか触ることもできない。
人間たちは困惑しながらも頭を捻らせ、いつしか、どにかして食材を手に入れられないかと対策を考える者達が現れるようになった。
食料を調達出来なくなっていくことによって、日に日に貧しくなる家族をどうにかして助けたい。そんな思いを抱く者達が集団となって集まり、答えを見つけ出すことに長い時間を要した。
そして、数ヶ月と時間が経った中、ついに解決策がアースプリアスに住む人々の耳に届いた。
それは原始的な考えかもしれない、一つの答え。
『武器を手に、共に協力して戦おう』
結論は至ってシンプルに、戦って奪い取れ、といった力技に近いものだった。
ただ原始時代と違ったのは昔に比べて人類の知識が進化していたということだ。手先の器用な者達が呼びかけによって招集され、あらゆる可能性を考慮した様々な武器や防具が数多く製造されていく事となった。
始めは敗北で終わったこともあったが、それでも次は勝利し、食量を手にすることが出来た。
負けて勝っての繰り返しが長い時間の中で続いていき、大都市の建設、それに続くように防具や武器を纏い動物たちを捕獲しに行く者やその捕獲された動物をお金に変える、といった依頼所などが作られるようになり、いつしか人々は自分たちのことをハンターと呼ぶようになっていた。
そして、今のアース・プリアスへと至る事となったのだ……。
様々な苦労の果てに顕現するインデール・フレイムもまたそんな都市の一つでもあるわけだが、昔にそんな大変なことがあったことなど微塵も感じさせないほどに賑わう人通りとズラリと並ぶ店々。
そんな中で一つ『マチバヤ喫茶店』と看板が下ろされた一つ店があり、その店主である一人の少女もまた『ハンター』を名乗る一人でもあった。
マチバヤ喫茶店。
一般的な木造建築の店だが、ドアを開けた店内には調理場前のカウンターと四つほどのテーブル、それに応じた椅子が設置され、調理場には光を反射するステンレス製の板ような素材で作られたキッチンが設置されている。
火元が吹き出る黒い穴の上に台置きがあり、そこにはグツグツと煮音を鳴らす大きな鍋が置かれ、中に入れられた汁からは香ばしい匂いが店内を漂っていた。
窓の外を見ると太陽の陽が地上に多く差し込まれ、その光加減から時間がちょうど昼時を回った頃だということを教えてくれる。
と、そんな時だ。
チリリン、とマチバヤ喫茶店のドアに付けられた鈴が揺れながら音を立てた。
ドアがゆっくりと開き、店内に入ってきたのは大きな大剣を背中に背負った大男。仏頂面をした見た目からしても堅物そうなイメージのあるハンターだ。
そして、そんな男に対し、
「あ、いらっしゃいませー」
茶髪の短髪に加えて茶色エプロン姿をした少女が男に振り返りながら、にこやかな笑みを浮かべながら一声を上げる。
少女の名前は、町早美野里。
年齢は18歳で小柄な体つきをしており、服装は白のTシャツと紺色の長いスカートといった地味な格好だ。
今さっきまでカウンターを綺麗な布巾で拭きながら掃除していた美野里はいそいそと調理場へと回り、客への飲み水の提供準備に取りかかる。その一方で大男は一度店主を見つめるも直ぐに視線から外し、店内を見渡しながら空いたテーブル前の椅子に腰を下ろした。
テーブルの上にはメニューが書かれた本が置いてあり、その他にも箸やスプーンなどが置かれている。そうこうしている間に、調理場から戻ってきた美野里は水入りのコップとおしぼりを男の目の前に置きにやって来る。
「はい、どうぞ」
「ああ、すまない…」
「いえいえ、ご注文がお決まりになりましたらまたお声ください」
ペコリと頭を軽く下げ、美野里が再び調理場へ戻ろうとする。
だが、その時。メニューを手に取っていた男は、じっとそこに書かれた文字を見つめながら少し迷った様子で声を掛けてきた。
「ちょっと、いいか?」
「え? あ、はい、どうしました?」
「いや、……ここに書いてあるサンドイッチという料理は一体どういった物かね」
男が指さしたのは横字で書かれたサンドイッチという名前がつけられた料理のことだ。
美野里自身、普通なら知っているだろうと逆に言い返したくなるのだが、しかしこの世界では仕方がないことでもあった。
何故なら、この世界で一般にある料理とは肉をそのまま焼いたものや薬草を茹でたスープといったあまり手の込まない料理ばかりなのだ。
しかも、何故かパンといった食材だけはこの世界に存在しているというからにまた不思議である。
「はい、こちらのサンドイッチという料理は小麦粉で作ったパンに卵と野菜をはさんだ物です」
「卵と野菜? 卵とはあの白い殻で守られたアレをそのままはさむのか?」
「いえいえ、それでは食べるのに苦労します。えーっと……もし、よろしければ一度作って持ってきますので少しだけお待ちいただけないでしょうか? そう時間は掛かりませんので」
「………ああ、わかった」
それでは、と再び頭を軽く下げる美野里は口元を緩ませながら、そそくさとカウンター裏の調理場へと向かう。
水場横の調理スペース前についた美野里はまず初めに料理を乗せる皿や調理に必要な器や器具、まな板等を準備する。
そして、次に調理台の直ぐ隣に設置された木製で作られた三段タンスのような収納箱の前に立ち、三段目の引き出しを開ける。すると、そこから冷気が漏れ出し、中に一定の温度で冷やされた食材がぎっしりと詰められていた。
美野里はそこからサンドイッチに必要な食材、早朝の開店前から準備していた殻を剥ぎ取った茹で卵とマヨネーズのような液体。さらにレタスに似たような野菜と、そして最後にスライスされたパンを取り出し、調理スペースまで持って行く。
必要な物や食材を人通り揃えた美野里は、まず初めにスライスされたパンをまな板の上に引き、次に近くに置いてあった大きな容器に茹で卵とマヨネーズのような液体を放り込み、料理器具の木の棒でしっかりと押しつぶしながら混ぜ合わせていく。
一分程、白身と黄身が液体とある程度混ざり合ったのを確認し、次に木のヘラを片手に持ちながらパンの上に野菜を乗せ、その上に混ぜた卵をヘラでなすりつけた。
そして、最後に野菜ともう一つのパンとで中の具材を挟み合わせ、キッチン下の引き出しから取り出したナイフでそれを斜めから二つに切りわけてから皿上に乗せ、料理は完成する。
至ってシンプルな野菜と卵のサンドイッチ。
調理場から出てきた美野里はそのままテーブルの前で待つ男の元へと料理が乗った皿を持って歩いて行く。
「おまたせいたしました。こちらがサンドイッチになります」
「……ほぉ、これが」
男は当初、変な物を出されたら直ぐにでも金を払わず店を出ようとしていた。
見慣れない店に加えまだ子供とそう変わらない少女が店主をしていたこともあり、下手な物を食べて腹を壊すわけにはいかないと思ったからだ。
しかし、出てきた物はと言えば、初めて見るに加えておいしそうなお手頃な料理ときた。
男は驚いた表情を浮かべていたが直ぐに美野里の視線に気づき、小さく咳払いをして表情の変化を誤魔化す。
見た目は良い、だが問題は味だ。
男は美野里の視線を気にしながら、皿に乗った二つに切り分けたサンドイッチのうち一つを手に取り、ひとかじりする。
野菜を噛みしめた時の音に続くように、その次に来る卵に似た具材、それが口の中で租借されていく。
そして、ゴクッとそれらを呑み込み、
「お、おいしい……」
「ありがとうございます」
思わず心の声を溢す男の反応は好評だった。
美野里はその言葉に口元を緩ませ、礼をするように頭を下げる。
結果、その後も男は何一つ文句も言わず品を残すこと無く食べ終え、満足した表情で店を出て行った。
試しとして出した料理だったが、男はしっかりと料金を払い、最後には『また機会があったらくる』と言うほどにこの店を気に入ってもらえたらしい。
男が食べたサンドイッチは特に特殊な調理で作ったわけでも、何か隠し味を入れたわけでもない。
ただ、美野里が普段の生活で作っていた物を出しただけなのだ。
そう、この世界とは違う、元いた世界で作っていた料理を。
客が帰った後、残った皿を調理場の流し台へ持って行った美野里は、引き出しから取り出した大きなタライに調理に使った皿やナイフ、まな板等をその容器に入れ、その中に水場の流しに付けられている蛇口から水を出し、直ぐに洗えるよう水を溜めておく。
そして、その間に収納箱の前まで歩き、そこから一段目の引き出しを開け、
「うーん、これもそろそろ取り替えかなぁ」
その中に収納されていた手のひらサイズの鉱石を見つめ、そっと溜め息を吐いた。
その鉱石の名前は冷石・アストリー。
大都市では市販されていない物で珍しい物なのかと聞かれれば特にそうでもない石なのだが、また、それがある場所というのが困ったことに、塀に囲まれたインデール・フレイムから離れた地にある洞窟の内部。
光のない奥底の地にその鉱石があり、ゴロゴロと地面や壁にくっついた石なだけあって、道端の石ころと呼ばれ、誰にも興味を持たれない代物なのだ。
だが、それが幸いな事にまさかその石ころが冷蔵庫の代わりとして利用できるとは思いもしなかった。
さらに言えば冷蔵庫という存在を知りつつ、その存在を知っていた美野里だからこそ技術と応用で自前の冷凍収納箱を作ることが出来たのだ。
新鮮さや飲食店にとっては一に必要なものであるからして、ここまで得したことはないだろう。
だが、そんな利便性と相反するように、この鉱石にはある重大な問題が一つあった。
それは、アストリーの効力が二か月しか保たないということだ。
なんせ、その期間を越えると何の効力も持たない本当にただの石になってしまうのだ。
例え山ほど取ったとしても意味がなく、どうにもアストリーの効力維持は洞窟の壁についている状態でしか続かないときた。
この問題さえ解決できれば洞窟まで足を運ぶことをせずに済むのだが、現実はそう変わることはない。
美野里は小さく息をつき、アストリーを棚へと戻した。
そして、店内のドアまで歩き、一度店を出る。
「…………っ」
日差しが眩しい中でも、まだ日中ということもあって賑やか通りが目の前に広がる。
誰もが笑いながら、道を歩んでいく者達や身を防具で纏うハンターたちの姿があちらこちらと目にする。
しかし、対して美野里はその光景に一人顔色を暗くさせながら視線を反らし、喫茶店のドア。その外側に吊るされたオープンと書かれた看板を裏返し、クローズに変えてから店の中へと戻っていった。
何一つ、おかしいこともない風景。
しかし、美野里にとっては違う。その光景そのものが辛く感じてしまうのだ。
そして、…………どうしようもないほどに実感してしまう。
この世界の住人ではない自分は………一人っきりなのだと。
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