異世界での喫茶店とハンター《ライト・ライフ・ライフィニー》

goro

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第一章 インデール・フレイム編

アストリー採取

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第二話 アストリー採取


異世界から飛ばされた美野里が初めて目にしたのは建物一つすらない辺り一面に広がる草原だった。

ポツリ、と草原のど真ん中に落とされたような場所で目を覚ました美野里は何処ともわからない現状の中、不安に胸を締め付けられながらも周囲を見渡し誰かいないかと人を探した。しかし、そこには誰一人と人間の姿は見えなかった。
途方に暮れるしか出来なかった美野里。だが、そうしている間にも太陽らしき光が落ちだしていく。
今まで済んでいた所と同じ、陽が落ち、夜が来ようとしていたのだ。
このまま何処かわからない場所で、夜を迎えるわけにはいかない。美野里は涙目になりながらも何とか足を動かし、永遠と続くような草原を何時間も彷徨いながら歩き続けた。
だが、そんな彼女の思いとはつゆ知らず、陽は徐々に落ちだし空色は橙から紺色へと変色しようとしていた。
足腰に震えが来始め、時間の感覚すらわからない美野里は虚ろな目で道の無い草原を進む。
この時、モンスターと遭遇しなかっただけでも幸運だったと言えるだろうが、この世界の常識を知らないかった美野里にとっては、そんなことは知るよしもなかった。
ただ、彼女が求めていたのは人との出会い――――それだけだった。
そうして、それからまた何時間が経ったかわからない。しかし、空は完全に夜の色に染まり、遠くからは動物らしき鳴き声が聞こえてくる。

誰か、いないの…。
美野里は霞出した瞳で荒い息をつきながら不意に遠くへ視線を向けた。
すると、そこには今まで暗闇だった草原の向こうで明かりを照らす建物が見える。
幻覚が見えだしたのか、と思ってしまう。
ただ、それでもいい。もう一人は嫌だ。
美野里はその光に近づくため、必死に足を動かした。時に転け、膝を擦りむいたりもした。
だが、それでも今は幻想でもいい、側に誰かいてほしい。
ただ、その思いだけを胸に美野里は突き進んだのだ。
そして、彼女はついにその建物に辿り着き、そこで出会ったのだ。

北大陸の領土を支配する剣の都市、インデール・フレイム。

どこかわからない場所でやっと見つけた希望。
美野里は都市の門前に向かって歩き続け、門番として立っていた二人の兵士たちに近づいていく。
彼らは突然と現れた彼女の姿に対し驚きながら何かを叫んでいたが、既に美野里の意識は朦朧としていた。
そして、兵士の言葉に返答を返せないまま美野里は地面に倒れ、そのまま気を失ってしまったのだった。



店を閉店にした後、美野里は自室となる喫茶店の地下一階に下り、外へ出るための準備をやり始めていた。
喫茶店の店主という顔を持つ反面、その裏にはハンターという顔を持つ。

「よし」

シュッ、と手首に装着した小手に取り付けられた紐を硬く結び、気合を入れる美野里は既に店内で着用していた服を脱ぎ、上に着ていた白いワイシャツを黒のロングシャツに着替え、下も同様にスカートから茶色の分厚い長ズボンへと着替えていた。
両手首には黒の小手を装備し、靴は頑丈な厚革靴。胸には硬く中央が尖ったようなアーマーを身に着け紐で後ろを縛り上げていく。
最後に胴体を隠す程の大きな布をマント代わりに纏い端を留め具で止めて防具という装備は完了した。
端から見ても身軽な装備と言えばそうなのだろうが、筋力にあまり自信のない美野里にとっては軽装の方が俊敏な移動をするにしても適しているため、このスタイルを維持しているのだ。
防具の抜けがないかを確かめた美野里は次に自室の部屋隅に置いてある木製タンスの引き出しから計6本のダガーを取り出す。
銀の輝きを見せる刃こぼれのない短剣武器。しっかりと手入れ怠っていない分もあってか、その刃からは鋭い威圧すらも感じられる
美野里はそれらの武器を茶色の厚ズボンに備えつけられた左右合わせて六個の武器収納部に六本のダガーを差し込んでいく。
そうして、武器、防具と装備を完了させた美野里はベルトつきのポーチを腰に巻き、金具で止めてやっと全行程の準備を終えたのだった。

チリリン、と音を立て美野里は店を後にする。
店を閉じてからそれほど時間が経っていない。空は雲一つない青空で覆い尽くされ、道行く人がにぎやかに喋りながらその通りを歩いている。
美野里はその中を誰一人とも口を交わすこと無く無言で歩き続け、少し歩いた場所にあるインデール・フレイム門前で一度足を止めた。
門の前には二人の門番である兵士が立っており、美野里たちハンターにとっても外に出るにはそこで外出許可を取らなくてはならないのだ。
外から中に入るのも同じだ。美野里は門番二人に挨拶を交わし、次に通行料の金を払って外出許可を受け取り、門の外へと出た。
鉄の門、その向こう側となるインデール・フレイムの外は草原一面で覆い尽くされている。
特にその地には名前がないそうだが、その場所はとても穏やかで気持ちの良い風が吹き続けていた。

「………………………」

ふわり、と前髪が風に靡かされ揺れる。
その光景はこの世界に来たときから何も変わっていない。一瞬、複雑な気持ちになる美野里だったが一息つくと共に気分を変え、今回の目的を思い出す。
冷蔵庫の代わりとなる収納箱、冷たさを保つためのアストリーを採取すること。
よし、と小さく気合いを入れ、美野里は目的地へとなる洞窟へと足を動かし、歩き出す。
その場所は、インデールに済むハンターなら一度は足を踏み入れる洞窟。
この世界に来た当初は、その目的地に行こうと汗水流し、必死に行ったものだと美野里は思い出す場所だが、今では別に疲れることもなく平然といけるようになった。

その名は、鍾乳洞のような迷路となる穴が多数確認された洞窟、レイスグラーン。

洞窟内部には、コウモリや蜘蛛など夜行性のモンスターたちが蔓延り生息している。岩石といった物がよく取れることで有名でもあったが、もう一つの顔として、一人前のハンターになるための一種の修行場としても有名な場所だった。
ただ、新米などが足を踏み入れると決まってボロボロで帰ってくるのが都市でも名物の光景とされている……。
ちなみに、その頃の美野里もまたそうだった。
都市から少しと歩き、洞窟の入り口に辿り着いた美野里は、腰に回したポーチから円筒状の棒を取り出す。
棒の先端には透明なグラスのようなものが付けられ、その中には黄色の石が入れられており、その棒を軽く揺らすとグラス内の石が突然と輝きを放つ。
そして、その光はライトのように今まで暗かった洞窟内部を明るく照らし始めた。
美野里が取り出した黄色の石は光を放つ鉱石、ライトリーという。
特に撤退のさいに使う閃光弾のような物であり、ハンターたちもよく利用する代物だ。
衝撃を加えると光を放つという特性を持つ鉱石だが、美野里はそんな石を有効に使うべく、考えたのがこのライトだった。

「…よし、いこうか」

普通のハンターなら光を出さないままその場で徐々に目を慣らしてからそのまま進んでいく所なのだが、正直に言えば時間のロスが大きすぎる。
だが、これさえ使えばそんな遅れもなく内部探索の時間が有効に使える。
しっかりと明かりが継続されているのを確認した美野里はそのままライトを片手に持ち、洞窟奥へと進んで行った。
ポツ、ポツ、と水滴が落ちる音が聞こえる。洞窟を進んでやや数分だが、道のあちこちに通り道としての穴が存在する。
美野里自身この洞窟にはよく足を踏み入れるのだが、それでもまだ全部を攻略したことがない。というよりも攻略したいとも思わないのだ。
一人、身近で一緒に行くぞと行ってくる者もいるが、正直なところで遠慮したい気持ちで一杯なのだが…。

(あの人、全然私の話し聞いてくれないしなぁ…)

と、そんなことを考えていた。
そんな時だった。
バッ、と音と共に天井から突如何かが襲い掛かってくる。
明かりで微かに確認できたが、あれは小柄なコウモリの変種、エリチュウーナ。
体を小柄にした分、牙を鋭利にとがらせ、噛みついた相手を数時間と麻痺させる毒持ち、身動きが取れなくなった対象の血を吸血するのが彼らのやり方だった。
そして、今回もその格好の獲物だと、エリチュウーナは美野里を捉え、牙を剥き出し迫り来る。
だが、突然の奇襲攻撃にも関わらず、美野里は動揺すら見せず一歩後ろに跳びのき、それと同時に腰から抜き取ったダガーの柄を間近に迫ったエリチュウーナの頭部に振り下ろし、コン! と小気味よく音が鳴り響いた。
それは、まさに瞬殺だった。
キュゥ、と声を出しながら地面にへたり込むエリチュウーナ。
美野里は気絶するエリチュウーナをポーチから出した青いワイヤーで編まれた網の中に入れ、地面に引きずらせながら再び足を動かす。
飲食店を営む者達は基本、ハンターたちに依頼して材料を手に入れるのが普通なのだが、美野里はこうしたハントした動物たちを自分の街に持っていき、料理としての材料を調達している。
とはいえ、エリチュウーナは確かに料理としては使えるには使えるのだが、美野里自身あまり使いたくないので今回は売る事にしようと模索中である。
後、付け足すならエリチュウーナはこの後連続として襲い掛かってきており、結局7匹もハントしてしまった。
お金になることはいいが、正直こうもウジャウジャと網の中で溜まるのはあまり見たくない。次来たら、捨てていこう。と考えながら美野里は洞窟奥へと進み続けた。
そして、歩くこと一時間が過ぎ、ついに美野里は目的の場所に辿り着く。

冷石、アストリーが集まる鍾乳洞。

岩壁からずらりと並ぶように壁にへばり付いたそれらは、美野里にとってまさに宝石の倉庫のようだった。
美野里は口元を緩めながら、太ももから抜き取ったダガーの柄を素早く振りおろし、ゴトッ、と壁についたアストリーを叩き落とし拾い上げていく。
何個も取り溜めてもよかったが、アストリーの効果はこの場所であるからこそ、その効力を永続する事が出来ているのだ。
たった一個の石だけでも、美野里が頭を捻り考えた冷凍タンスは十分な働きをしてくれる。アストリーの効果やそれがどれほど持つかも実証済みだ。
一つでも十分だが…三つほど取っていこう、と美野里はアストリーを後二つ回収してポーチに収納し今回の採取はひとまず終わった。
後は軽く洞窟を探索して帰ろうか、と美野里は元来た道へ戻ろうと振り返った。
だが、その時だった。


「きゃああああああああああああああああああ!!」


突如、洞窟奥から女性の悲鳴が響き渡る。
洞窟内では音の響きが長く続く。だが、音の大きさによってその距離はある程度予測は出来る。声から察するに、美野里が立つ場所からそう離れた場所ではない。

「またか……、はぁ…」

美野里は溜め息をつきつつ、帰ろうとした足取りを戻し、再び洞窟奥へと走り出す。
普通なら悲鳴と聞いて、何かしらの警戒や同様を見せるのが普通だ。
しかし、レイスグラーンはハンターたちにとっても一種の訓練場とされていることもあって、よく強敵と遭遇した新米ハンターたちの悲鳴が聞こえることがあるのだ。
日によれば、数回と続くほどに。
だから、熟練のハンターたちはそういった場面にあった際、救出にいくのが決まりとなっていた。
とはいえ、美野里自身はそんな決まりがなくとも助けに行ってしまう性格な為、あまり決まりとかは関係がないのだが、

「もうちょっと、ここの警備とかちゃんとして欲しいんだけど…」

と、愚痴をこぼしながら颯爽と現場となる場所へ走り出すのだった。
言葉と本心をバラバラに言いながら…。


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