異世界での喫茶店とハンター《ライト・ライフ・ライフィニー》

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第一章 インデール・フレイム編

噂のスゥイーピーチ

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第五話 噂のスゥイーピーチ


美野里とアチルが出会って、早二週間が経った。
当初、魔法使いがインデールに住み着くという噂は立ちどころに都市中のハンターたちに流れ、中には彼女の姿を人目見ようとアチルの後ろを付きまとうストーカーまがいの野郎共もいたが、それは一週間ほど過ぎた後に停滞した。
というのも、付きまとった男たちはその次の朝、都市内に生える大樹の枝に全員揃って胴体を堅く紐に縛られ吊り下げられるといった状態で発見されたのだ。
当然、早朝のこともあってそれを見た住民たちには、かなりの衝撃的な光景でもあった。
そして、そんな色々な事が起きる中で事の真相はというとマチバヤ喫茶店に来たアチルが、

『寝床まで付けてこようとしたので、お仕置きしたんです』

と、ニッコリスマイルで語ってくれたのだが、この話は聞かなかったことにしよう、と心に誓う美野里だった。
一瞬は、変化はあるも直ぐに平穏な日常は戻ってくる。
そして、何一つ変わらない街並みのインデール・フレイムの光景は続く。と思っていたのだが、それはある日のことだった。


「スゥイーピーチ?」

その言葉に怪訝な表情を見せる町早美野里。
今彼女がいるのはマチバヤ喫茶店の店内であり、ただいまハンターから店主へジョブチェンジ中でもある。さらに言えば、今の言葉を口にしたのは喫茶店に来客した二人のオッサンハンターたちによるものだった。
何でもその噂は既にインデール全域に広まっているらしく、二人の内の一人は機嫌よさげに美野里のその話を振る。

「それって確か身体強化を促すっていう果実ですよね?」
「おう、今さっきその噂がたちまち広がって明日にはハンター総出で果実取り行くんだとよ」
「俺たちも行くから、美野里ちゃんもどうよって思ってよぅ」
「おいおい、いい歳こいたオッサンが何いたいけな女の子ナンパしてんだよ」
「うっせい! お前と違ってこっちは独り身なんだよ! いいだろ気持ちぐらい!!」

何をっ!! このッ!! と口喧嘩を続ける男たちに美野里は苦笑いを浮かべる。
話によれば、スゥイーピーチがあると噂されるのはインデール・フレイムから数キロ離れた位置にある、アルエキサークという森林内部。
自然を実感できる森の中心には巨大な湖が存在し、そこでは様々な魚が泳いでいて魚介系料理をする者にとって、そこは食材の宝庫とも言える場所であり、しかも珍しいことにその付近には人に危害を加える凶暴モンスターは生息していないという話である。
ちなみに今回の目的の物もその地にあり、湖付近でそびえたつ大樹の一本に何年かにしか実らないとされた神秘の秘宝、スゥイーピーチがぶら下がっているという話で、一口サイズの桃をイメージしたような果実『スゥイーピーチ』の美味しさはまた絶品であり、同時に身体能力の増加といった効力を持つとされている。
都市全域に噂が広まったのも、その効力にハンターたちが食いついたのが原因だ。
鍛錬を積んで身に着ける身体能力を、その実を食べることで得ることが出来るのだ。ハンターたちはそんな夢みたいな力の増幅チャンスを喉から手が伸びるほどに欲しているわけなのだが、

「……スゥイーピーチって、やっぱり桃なのかな」

喫茶店の営業を一に気にする美野里にとっては身体強化などあまり興味がなかった。
ただ、その実の名前だけが気になるだけであって、それよりも、

「「こんヤロー、ぶっ飛ばしてやる!!」」

目の前で口論から次に乱闘に入ろうとするオッサンたちの光景が彼女の目の前でさらに激しさを増そうとしている。
しばし無言だった美野里。だが、ニッコリと笑顔を浮かべると頬を引きつらせたまま調理場から鉄のフライパンを取りに行き、その直ぐ後に――――ゴンッ!!! ゴンッ!!! と豪快なほどに鉄の音が鳴り響いたのだった。





次の朝、男たちの話通り、インデールのハンターたちが総出で目的地アルエキサークへと旅立っていった。
大体の集まりが男たちだった為、暑苦しい集団が出て行った事に都市に住む女たちは呆れた表情を浮かべ、どうせ直ぐ取って帰ってくるだろうとそんな軽い気持ちで男たちの帰りを待つのだった。
だが、それから数時間、時刻が夕暮れに近づこうとしているのも関わらず男たちは誰一人帰ってくることはなかった。
陽が落ち、夜に包まれたインデール・フレイム門の前。
私服からハンター装備に着替える美野里は門番の男たちに許可を取り、外へと出る。彼女の目的はスゥイーピーチではないにしろ、他の目的でアルエキサークに向かう所だった。のだが、そこで見慣れた一人の少女に美野里と頬を引きつらせながら尋ねる。

「なんでアンタがいるの?」

あはは…、と苦笑いを浮かべる魔法使いことアチル。
彼女もまたスゥイーピーチの話を聞きつけ男たちと外に飛び出したと噂で聞いていたのだが、何故か門外の外で茂みに隠れ美野里が来るのを待っていたのだ。
もちろん、美野里が速攻で見つけて、首根っこ捕まえて現在目の前で正座をさせている真っ最中なのだが、

「えっと、……美野里も来るんじゃないかなぁーと思って隠れてたんですけど、まさかこんなにも早く見つかるとは」
「アンタが追跡魔法とか仕掛けてくれたお陰で、最近ちょっぴり神経質になったのよ」
「…………………」

目の前から来る視線から逃げるように目を合わせないアチル。
美野里は溜め息をつきながら、腰に手を当て、実際の状況を確かめるべく再び彼女に尋ねた。

「それで、なんか男たちが帰ってこないって聞いてるんだけど、アチルはその事知ってるの?」
「え? それって」
「あー、やっぱり知らなかったか。まぁ、一緒に行ってたら無事じゃないだろし」
「ぶ、無事じゃないって、どういう意味なんです…」

不穏な言葉に顔を引きつらせるアチル。
美野里は再び溜め息を漏らしつつ、

「そんなの行けばわかるわよ。ほら、行ってらっしゃい」
「って、美野里も行くんですよね!?」
「私は別の用件で出ただけで」
「いや、インデールのハンターたちが行方不明なんですよ! 探しに行かないと!」
「大丈夫、朝には帰ってくるわよ…………(多分)」
「今、多分って言いましたよ!! それも小さな声で!?」
「もぅ、うるさいなー。嘘よ、冗談。…ちゃんと行くわよ」

美野里はそう言って、そそくさと目的地へと歩いて行く。アチルもその後を追うように後ろからついていくのだが、ふとそこで疑問が頭に浮かんだ。

「あ、そう言えば、確かに行くのは良いんですけど」
「ん、何よ?」
「美野里は、何でこんな夜遅くに行こうと思ったんです?」

確かに疑問はある。
あの噂は昨日の夕暮れから始まり、朝方には我先とハンターが日中の中で飛び出していった。何かしらの問題があって帰ってこない男たちだが、それとは関係なくこんな遅い時間にいっては既に実が取られている可能性は大いにある。
そんな明らかに遅れたスタートと分かりながら何故、美野里は今になって行動を起こしたのか。
もっともな質問に美野里は小さく唸り声を上げる。だが、アチルが見えないその裏側で美野里は密かに口元を緩ませ、投げやりのような口ぶりで言った。

「まぁ、着けば分かるわよ」

へ? と美野里の言葉に首を傾げるアチル。
だが、この時の彼女はその言葉の意味がどういうものなのかを知るよしもなかった。
まさか、目的とされた場所が、あんな所だとは………




森林、アルエキサーク。
大樹に包まれた自然豊かなその場所であり、人に危害を加える動物もいない。まさに楽園と言える地だった。
そう、危害を加える動物がいないと言う部分だけを見つめれば――――

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!」
「たすけてえええええええええええええええええええ!!」

うぎゃああー、と数々の悲鳴が森林の奥地から聞こえてくる。
目的地についた先で、その悲鳴の数々がアチルの耳に届く。しかし、今の彼女にとってそんなことは気にする余裕すらなく、ただ目の前で広がる光景に対し顔を青くさせながら隣で平然と眺めている美野里の服をチョイチョイと引っ張ることしか出来なかった。

「み、美野里……これは、どういうことなんです?」

アチルの視界に広がる光景。
そこには、逃げ惑う人間たちを丸呑みする巨大植物たちの姿が、ウジャウジャと彷徨いているのだった。

「しょしょ、植物が人食べてますよッ!? 何なんですか、あれっ!!」
「何なんですかって、人食い植物のショルチていうモンスターっていうか、植物かな? まぁ、いつも咀嚼の一歩手前で吐き捨ててくれるから生死まではいかないとは思うけど」

真横から聞こえてくる悲鳴を五月蠅いとばかりに耳に片手を当てる美野里の平然とした態度に思わず感嘆の声を出してしまいそうになるアチルだったが、それよりも彼女の話し方がまるで既にそれを経験したかのような言い方に対し、彼女はまさかと思いつつもう一度美野里へ尋ねる。

「あのー、美野里って……まさか」
「うん、まぁ…週一ぐらいのペースで来てるから」

や、やっぱりー!? と顔を引きつるアチルをよそに美野里は足場に生える茂みの中、地中の生える草を見つけるとそれをヨイショとばかりに採取する。茂みの中から見つけたそれは、葉が何枚も重なり合って丸い形態に纏まりながら、その上で新鮮さが分かるような艶を見せる紫と緑の色が混雑したような葉を持つ野菜。
どこかでそれを見たようなぁ、と疑問を抱くアチルをよそに、

「ここでしか良い野菜がとれないから」

美野里はそう言って手に持つそれは、簡単に言うならレタスと似た味を持つラベンタという名を持つ野菜だ。そして、容姿をはっきり見たアチルは瞬間、それが何度も食事のために立ち寄る喫茶店で出るサンドイッチの中に入っていた物だと気づき、驚いた表情を浮かべていた。
が、そんな時だった。

「あ、アチル」
「? なんで」
「えーっと、後ろ」

後ろ? とアチルは美野里が指さす先へと振り返り、初め視界に映ったのは緑一面の葉っぱだった。そして、次に葉の下に隠れた人の口内を現わしたような桃色の口内。
涎のような液がポタポタと落ち、そこまで気づいてアチルはやっとそれがどういう物で、後自身の状況がどういうことになっているのかに気づいた。
鮮明に言うならまさに――――巨大な花のない葉っぱに擬態した人食い植物ショルチに捕食される一歩手前の状況ッ!!?

「ッツ!!!?!」

アチルは捕食される寸前で飛び出すように前に逃げた、その直後。ガコン!! とショルチの開かれた大口が音をたて閉じられた。
間一髪で回避できたアチルは、心臓の高鳴りを意識しつつ荒い息づかいを続けながら、不意に少し離れた場所で今まさに逃げる人間を丸呑みしたショルチを見る。
モグモグ、モグモグ、ぎゃあああああああああああッ助けッツ!!! とショルチの中からそんな音が聞こえて来る。

(今食べられてたら、…………私もあんな風にッ)

想像しただけで、ゾっとしてしまうアチル。その一方で側にいた美野里はと言うと、彼女から顔を反らして、

「ッチ」
「今『ッチ』って言いましたよねッ!? 絶対言いましたよ!! やっぱり、まだあの事怒ってますよね!?」
「怒ってない、全然怒ってないわよ。うん、本当に」
「じゃあちゃんとこっち見て言って下さい!」
「…………………」
「やっぱり無茶苦茶怒ってるじゃないですか!? って、うあわッ!?」

直後、必死な声を上げるアチルに、背後から触手なような物が飛んできた。咄嗟の反応で攻撃を避けることはできた。が、そこにはさっきまでのショルチとは違う、巨大な花のような外見とは裏腹に花の中心を口裂けた牙にした巨大ショルチが、蔓が重なることで出来た四足の足を使って器用に立っている。
しかも、牙からは今も体液が涎のように垂れ落ち、標的をアチルに絞りながら、

「キシャー!!」

鳴き声を漏らし、猛スピードで迫ってきた。
アチルは慌てて逃げる。その一方で美野里は以前と喫茶店の食材確保に集中していた。

「み、美野里!? 助けてくだ」
「魔法使いなんでしょ。なら、ちょっとは頑張りなさいよ。ふぁいとー」
「凄い投げやりな応援ですよ、それ!?」

と、言い合っていても状況は変わらない。美野里は完全に手助けする気ゼロだ。
助けてほしいんですけどー、と諦め気分で涙目を浮かべるアチルは、一度思考を切り替えるべく目を閉じ、再び目を見開いた瞬間に思考を戦闘モードに切り換える。そして、背後スレスレまで迫りくるショルチに対し、そっと片手をかざし、

「アーヴィー・ア」

全身から手に魔力を通わせ、アチルは魔法を唱えた。
その直後、アチルの手のひらに小さな渦を描く水が姿を現わし、次第に渦はその勢いを強め細長いまるで槍のような姿へと形を変化させる。
魔法によって火や水、風や土などを出すことは魔法使いにとってはそう難しいことではない。しかし、魔法使いには属性と相性といった部分が存在し、相性しだいでアチルが行ったように形状の変化や力の強化といった特殊魔法を使うことが出来るようになるのだ。
アチルが最も相性を良くする属性は水であり、特殊魔法で変化した水の槍はその回転は高速で回り続けるドリルのように力を蓄えていく。
そして、間近まで迫ったショルチに向かってアチルは水の槍を放った。
ザン!! と空気を貫き、一直線へと突き進む槍はショルチの牙がある花の中心を貫き、花の中心に風穴を開けた。
大きな音を立て、地面に倒れる巨大ショルチは一行に動くことはなく、一瞬で戦況は終わりを迎えた。
助かったことに、そっと息を吐くアチル。

「へぇー」

片手にたくさんの食材を持つ美野里はアチルの戦いを見つめ、関心した表情を浮かべていた。何故なら、魔法使いとは聞いてはいたが実際に魔法を見たのは初めだったのだ。剣を基本とするインデール・フレイムとは全く違う戦法もそうだが、状況に応じた多種多様に変化する魔法は確かにモンスターとの戦闘において有利になることは間違いない。
緊張の抜けた息を吐くアチルに、美野里は小さく拍手をしながら歩みより、

「初めて魔法ってみたけど、凄いわね」
「………普通は助けてくれてもいいと思いますが?」

若干、ムスッとアチル不機嫌な表情を浮かべる。
まぁまぁ、と苦笑いを浮かべる美野里は小さく息をつきながら、

「かわりと言ってなんだけど、私もスゥイーピーチ取るのに協力してあげるから」
「えっ! それって、本当にいいんですか!?」
「だから良いって言ってるでしょ。この分だと多分まだ実も取られてないだろうから」


このタッグなら今回の目的『スゥイーピーチ』を手に入れるのにそう苦労しないだろう。
楽して良い物を手に入れられるのは喜ばしいことだと、美野里はそんな軽い気持ちでアチルと協力することを了承したのだった。
だが、美野里はその時知らなかった。
まさか、その実を取るために向かった場所に、―――――――あんなモノがいるとは、想すらできなかった。





数体のショルチを倒し、周囲を確認しながらついに目的の『スゥイーピーチ』を持つ木に出くわせた。
………出くわせたのだが。
実際、にしてみるまではわからない。そんな言葉が頭の中で浮かんだ美野里は、しばらく茫然としたまま、目の前に立つソレを見て、そして、叫んだ。

「で、でか過ぎよ!!」

それは先ほどまでのショルチとは比べものにならない、特大サイズのまるで恐竜と対峙しているような気分になる大樹版のショルチが健全していたのだ。体の首筋に棘が生え、触手のような蔓がうじゃうじゃと動いている。さらに頭部には目当てのスゥイーピーチがあるが、そこまで行く手前で体中についた棘に刺されそうだ。
しかも、何故かまたこのシュルチは二足歩行が出来る上に、


「「きゃああああああああああああああああああああ!!!」」


ドドドドドドドドドドドドッ!! と移動速度が滅茶苦茶に速い。今まさに美野里とアチルは全速力で逃げながら作戦を言い合っている最中だ。

「あんなのどう倒せっていうのよ! っていうか噂流した奴、最初からちゃんとした詳細言いなさいよ!!」
「み、美野里!? あれもショルチですよね? 食べられても吐き出してくれ」
「る訳ないでしょッ!? 見れば分かるし、どう考えても捕まったら即アウトよ!」
「じゃ、じゃあどうするんですっ!? 炎で焼き尽くすってこともできますけど!」
「そんなことしたら、実も一緒に燃えるでしょ!!」
「だって無茶苦茶速いし、ってなんかまた速くなってませんか!? 後、なんか蔓がうじゃうじゃと!?」
「うわッ、なんか伸びてきてるしッ、何なのよコレ―!!」

必死に逃げつつ色々と考えるが、アチルは水属性の魔法では倒せないと踏み炎属性の魔法を進める。しかし、炎は強力かつ一瞬で目的の物を焼き尽くすかもしれないらしく、というのも植物に火はどう考えてもアウトだ。
そうなれば、この場合で魔法は不利。

(どうする、こんな状況じゃあ…アレしか)

チラッとアチルに視線を向ける美野里。
だが、今にも敵は直ぐ側まで迫り、生死に関わる状況になりつつある。下手をすれば命まで関わることになるかもしれない。
そんな状況で、ウダウダ考えている余裕は―――――ない。

「っく! 仕方ないか」
「え?」

ぐるん、と直後、凄い形相で美野里はアチルを睨む。
そして、突然の事に怯える彼女に対し、

「アチル! これ絶対内緒よ!」
「な、なにを」
「返事は!」
「ひゃ、ひゃい!!」

狼狽えるアチルには構わずして、美野里は突如、足を止め巨大シュルチに向き立った。
そして、両腰に収納している二本のダガーを取り出し、呼吸を意識させながら心を落ち着かせる、その間にも巨大ショルチが迫り、うじゃうじゃと動く触手を伸ばし、美野里に襲い掛かっていく。

「あぶない!」

美野里の危機に対して、アチルは急ぎ魔法を詠唱しようとした。
だが、その直後。

「!?」

ゾクリ、とアチルの全身に悪寒が襲う。今、目の前に健在するショルチに対してではなく、その巨大な敵と対峙する美野里から異様な空気が発っせられているのだ。
そして、無数に襲い掛かる触手を前にし、美野里は二刀のダガーを構え、ゆっくりとした口調で、

「行くわよ、『衝光』」

呟かれた、一瞬だった。
無数の襲い掛かる触手が細切れのように切り刻まれ、悲鳴を上げながらショルチは後退を始める。
さらにその目の前で立つ、美野里の手には、

「なに……あれ…」

光輝く刃を持つ二本のダガーと変色した瞳の色を見せる美野里の姿があった。
さっきまでとはまるで別人と思わせる彼女の変化に茫然と立ち尽くすアチルをよそに、美野里は地面を蹴飛ばした瞬間、驚異的な走りを見せ、再び後退を始めようとするショルチの足下に向かって手に持つダガーを投剣のように投げ放った。
ダガーはまるで豆腐に刺したように刀身が地面に簡単に突き刺さる、その直後。ドォン!! と、衝撃とともに地面が大きく砕け、その余波が巨大ショルチに直撃した。
あまりの威力にのし上がる地面によって仰け反るショルチの足下は砂煙に包まれていく。
そこで、

「これで終わりよ」

ザン!! と間近まで急接近していた美野里はショルチの大きな茎中心部に向かって光り輝く刀身を突き刺し、そのまま真上に向かって突き刺してダガーを振り上げた瞬間、シュンと風を斬る音が鳴った。

「……………」

振り上げた腕を下ろす美野里は、そのままショルチに背中を向ける。それと同時にまるで紙を斬られたようにショルチの体をその直後に真っ二つ切り開かれ、二つに分かれたシュルチの体はそのままバッタリと地面に倒れ落ちた。
戦いが終わり、光はいつの間にか収まり瞳の色も元の状態に戻っていた美野里は、武器であるダガーを腰に納め、そっと手を上空に上げた。
そして、トン、と音をたて彼女手に今回の目的である『スゥイーピーチ』の実がキャッチされるのだった。




あの場か少し離れた地点に、巨大な湖が広がる森林中心部があった。
湖の中には新鮮な魚が生き生きと泳いでいるが、二人の興味は今あのモノから集中していた。

「はい、アチル」

美野里はスゥイーピーチの実を半分に切り分け、その一つをアチルに渡す。
アチルは手に受け取った実をしばらく見つめていたが、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、

「で、でも、これは美野里が」
「もう、そこまで独占欲はないわよ。それに今回は私たち一緒にここまで来たんだから取り分けとしても妥当でしょ。…………ほら、いいから気にせず食べなさいよ」

そう言われると言い返すことはできない。未だ不満もあったアチルだが、これ以上引き延ばすとまずいと考え、素直にスゥイーピーチを受け取ることに了承し、再び手の中にある実をジっと見つめる。
ピンク色をしたその実には、甘みを含んだようなふっくらとした艶が見て取れ、どんな味をしているのかと思うと、今もよだれが零れてしまいそうになる。ごくり、とアチルは喉をならし、慎重な面持ちで小さな口を開いて実を一口齧った。

「ッ!?」

その瞬間、アチルは目を見開き同時に口に広がる濃厚な甘みに驚愕した。今まで甘い食べ物を食べてはきたが、それでもこれほどの甘みを持つ食べ物を口にしたのは初めてだった。
しかも、体の疲労も取れ力が湧き出てくることから、効力に関した情報も嘘ではないらしい。
アチルは堪らず隣にいる美野里にその旨みの表現を言い伝えようと振り返った。
もう止めどなく、この感情を言葉として言いたくて堪らなかった。
だが、


「………………………甘い」


一口一口、実を齧りながら呟く美野里。
アチルとは打って変わったような反応を示す彼女だが、その眼はどこか遠くの事を思い出しているような、そんな目をしていた。
アチルはその時、普段とは違った彼女の隠れた一面を見た気がした。

「………………………」

アチルはふと考える。
自分はこの少女、美野里の事を何もしらない、と。確かに会って間もないことから当たり前なのかもしれない。しかし、同時に美野里が自分の事をあまり話していないことを思い出す。
どこから来たのか、またどこでハンターとしての力を身に着けたのか……。

「…………」

だが、そう答えを早急に聞き出さなくてもいいと思った。
何故なら、まだこれからも時間は一杯あるのだから。
空の雲が晴れ、月光が湖を照らす。アチルはそんな一人の少女を静かに眺めながら、手に持つ残った実をゆっくりと味わいながら食す。
こうして、一騒動あったスゥイーピーチの一件は幕を閉じるのだった。





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