異世界での喫茶店とハンター《ライト・ライフ・ライフィニー》

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第一章 インデール・フレイム編

魔法使いのアチル

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第四話 魔法使いのアチル

レイスグラウンで出会った少女の名前は魔法使いのアチル。
初めての魔法使いとの出会いは美野里にとって新鮮なものでもあったが、それよりも先に念願のウォルトリーを手に入れた事の方が彼女にとって一番に幸運なことでもあった。
洞窟前で少しばかり話を聞いた所、アチルが当初の目的にしていたのはインデール・フレイムに行くことだったらしく、道案内もかねて一緒にインデールへと戻った美野里はそのまま彼女を初心者ハンター等に年中無休と対応してくれる依頼所まで送り届け、早々に家路へと帰って行った。
昼頃か店を出て、今はちょうど夕日が暮れ夜の始まりと言えば良い時間帯だ。
通り道にはモンスターを倒し依頼を終えた者達がポツポツと夜遅くまで開く居酒屋などに足を踏み入れ、店内では大声や笑いを出しながら賑やかに楽しんでいる。
喫茶店、もっと言えば飲食店にとって、こういった客が全てではないにしろ今時の時間帯は金の稼ぎ時でもあり、普通の美野里なら直ぐさま家路まで速攻で帰り、そのまま店を開く所だろう。
しかし、今日の美野里に一味違う。
何故なら、そんな事などで気をする素振りすらないほどに彼女には今直ぐにでも実行したい計画があったからだ。



少しばかり小走りで家路なる喫茶店についた美野里は直ぐさま行動を始めた。

「ふぅーっ」

大きく息を吐きながら額につく汗を服の袖で拭う美野里。
今の服装は店内で着る白ワイシャツとロングスカートといった姿。ただ、店を閉めている分もあってエプロンは着けていないが、そんな彼女がいるのは店奥の隅に作られた収納スペースの奥であり、彼女の目の前には、床に寝かされたような形で置かれる様々な機械や容器が山積みに置かれていた。
端から見ても、何の部品なのか、と思うほどにその種類はバラバラであり、どれもが取り外され道ばたに捨てられていそうな物ばかりである………のだが、事実それは大方があっている。
というのも美野里は都市内の隅にあるゴミ捨て場からよくこういった使えそうな部品などを拾っては溜める趣味があった。
別にゴミを溜めることに関してではなく、まだ自身でアレンジしたら使えそうというものを選んでは使う感じなのである。
……決して、ゴミ屋敷のように溜めつくしたい、といった趣味はない。
ゴミ捨て場から拾ってきている為、当然と衛生面も考えて熱湯につけた後に消毒し綺麗にしてから保管している美野里なのだが、今回はそんな中でどうしても入り用な物が二つあった。

「っ…、あった!」

それは、バケツサイズの大蓋のついた透明な箱ボトルと調理場の水場でよく見かける蛇口部品の二つだ。
保管庫からそれらを取り出した美野里はまず初めに透明な箱ボトルに小さな穴を開ける作業に入る。
開ける箇所は横から見た四つある平面の内の一つ、ちょうど箱の底から少し上といった部分だ。美野里は側に置いておいた、小さい上で厚さの太い針がつけられた木の棒を手に取り、少しずつ慎重に穴を開けていく。
そして、穴を開けたその上に蛇口部品をかぶせるようにつけ、その接着部の隙間をあけないようテープなどで何重にも巻きながら貼り付けていき、ある程度理想としたものが出来たことを確認した美野里は、今度はそれを一度調理場まで持って行った。

「……よし」

場所を調理場の水場まで移した美野里はそこで今回アチルから貰ったウォルトリーを取り出し、真剣な眼差しを向ける彼女はそれを今さっき作り終えたボトルの蓋を開け、その中に鉱石を慎重に入れた。
ウォルトリーのことをアチルはただの石と言っていたが、実はそう口にするのも仕方がないことでもあった。
魔法使いが住むアルヴィアン・ウォーターは、他の都市と違い魔法で生活を賄っている。水も電気、それに火といった日常に必要な全てをそれらで補い生活しているのだ。
だから、水を出すという効力を持つウォルトリーはタダの石として魔法使いたちにそう認識されているのだ。
アチルが大喜びする美野里の姿を見て、心が痛んだのもそのことを知れば尚更同感してしまうかもしれない。
だが、美野里にとってこの鉱石は計画成功次第で必ずといって、これから先の生活に絶対と必要になるのだ。
ゴクリ、と唾を飲み込み胸に高鳴る気持ちをどうにか落ち着かせる美野里。

今一度言うに、ウォルトリーの効力は水を出す事だ。

しかし、ウォルトリーにはその効力を発揮するにあたってある一つの条件があった。それは地上の外では成り立たないだろう欠点とも言える問題であり特殊とも言えだろう。
そして、効力発動の条件とは……それは、


「……う、上手くいきますように!」


密閉された空間に入れられること、さらに言えば、その空間が効力として出された水で満タンになると自動で水を出す力を止める習性を持つことなのだ。
ギシッ、と開いていた蓋を再び閉める美野里は成功を祈り、そのまま強く目を閉じた。

「………………」

…………。

「………………」

…………ォ。

「………………」

……ォ、…ォ…ジ、ジョロジョロ。

「っ!?」

その視線の先で見た、そこには……ボトルの中で鉱石の表面から止めどなく水を流し続けるウォルトリーの姿。

「や、……やったー!!!」

頬が緩み、体のウズウズが止まらない。小さな子供のように、その場で飛び跳ねながら大喜びする美野里。
そうしている間にも水は溜り続け音は途中から、ゴボゴボと音を変え中間まで溜まっていく。そして、ボトルの限界まで水が溜まった直後、ウォルトリーは自動的に水を出す力を止めた。
歳を考えることを忘れ、飛び跳ねていた美野里は、ハッと自身の行いを自覚する。
あまりに子供っぽく、恥ずかしい。
今更ながらこみ上げてくる羞恥心に顔を真っ赤にしつつ、美野里は一度思考を切り替え、一先ず計画が成功したことに息をついた。
だが、まだ完全に成功とは言えない。調べなくてはならない問題が二つある。
水が満タンになったボトルの蛇口付近、その上に取り付けられたバルブに手を当て、慎重に栓を開ける。
と直後、ジョロジョロと水が蛇口から流れ出してきた。
当然、ボトルに溜まった水も減りだしていく。
何の変哲も無い、ここまでは何の問題はないことだ。
問題があるとするなら、ここからだ。
そーっ、と美野里は視線をボトル内へと移し、減っていく水に対しウォルトリーがどういった反応を見せるのか、様子を伺う。

「!」

すると、そこには……減った分の速さと同等に水が次々と補給されていく。問題なく、自動的にウォルトリーが補給を行っているのだ。
美野里は茫然とその光景を見続けていたが、止まっていた自身に気づき直ぐさま蛇口のバルブを閉じた。

「…………っ!!」

美野里はその場でガッツポーズを取り、今度は飛び跳ねそうになる気持ちを抑えることが出来た。とはいえ、体は小刻みに震えながらウズウズを押さえられていないのが現状なのだが、今の彼女にとっては計画が上手くいったことで頭が一杯なのだ。
さっそくと、完成した箱ボトルを水場の流し付近に設置し、それから食器などを入れた収納棚からコップを取り出し、さっきと同様に水を出し入れさせコップに水を注ぐ。
コップ内に溜まった、透き通った水。
何の淀みもない、新鮮な水だ。
喜びのあまり目を輝かせていた美野里だったが、そこでふとあることを思い出す。
問題の一つは無事成功した。
が、後一つ問題がある。……それは、

「………味…だよね」

これこそが重大な問題だった。
営業的にも生活的にも一番気にしないといけない問題でもあり、これが成功しなくては今までの流れが全部水の泡に変わってしまう。
コップ内に溜められた水と睨めっこするかのように見つめ続ける美野里は、一度深呼吸をしながら覚悟を固め、

「一か八か……ぐぅっ!」

口に近づけ、そのまま一気飲みと水を喉奥へと流し込ませた。
口内に入った際に感じる、ひんやりとした冷たさ。何のつっかえもない透き通ったような味わい。そして、喉奥にいった際の重みすら感じさせない飲みやすさ。
カタン、とコップを調理スペースに置く美野里は、そのまま茫然と立ち尽くし、しばらくしてその唇を動かし、

「……………………美味い」

うん、美味い。もう何の駄目だしもつけようにないほどに、ウォルトリーの水は美味しかった。何度でもいける美味しそうな味噌汁のように…………、ただ、

「……美味い、……美味いけど…」

はっきり言って、美味すぎる。
味わってこそ分かったことだが、今まで使っていた水が不味い思ってしまうほどに、その水は美味かった。いや、良すぎたのだ。
下手をすれば、この水だけで商売が出来てしまうかもしれない、そんなほどに味が凄かったのだ。
小さく唸り声を上げる美野里はしばし顔に手を当て考え混む。
この水を本当に客へ出してもいいのだろうか、と………、

(……まぁ、いいか)

正直な話、そこはきっぱりと考えるのを諦めた。
美野里の結論から言うと、これで客が捕まえられればいい、そう思ったのだ。

こうして、一日の出来事は無事に終りを迎えた。
また明日が忙しくなることを気にしつつ、美野里は私室に帰り、そのままベッドの上で静かに眠りにつくのだった。
この次の朝、ちょっとした騒動に巻き込まれるとも知らずに…



時間が経ち、翌日の早朝。
トントントン、と何回もと続く喫茶店のドアを叩く音に美野里は目を覚ました。
寝室のベッドから起き上がり音の鳴る場所へと歩いて行く。
ボサボサ髪を気にすることを忘れ、半分眠たげな表情を浮かべる美野里は、ふわぁぁ、と大きな欠伸を出しつつ寝間着姿のまま音を出す店の玄関ドアを開け、

「ふあぃ、どぉちらさまでぇ」

美野里が目をこすりながら、そう返事しながら前を見る。
すると、そこには見慣れた初期の武具を纏う一人の少女、魔法使いのアチルが笑顔を浮かべながら立っていたのだった。

「はい、どうぞ」

早朝だからと冷たく引き返せ、とは言えるわけもない。
寝間着から仕事着に着替えた美野里はさっそくとウォルトリーから湧き出た水をコップに汲み込み、アチルの前に出した。
ありがとうございます、と軽く頭を下げたアチルは目の前に出されたコップを手で掴み、そっと慎重にゴクリと水を口に流し込んだ。

「っ、……えっと、これってウォルトリーの?」
「うん、貴方に貰ったウォルトリーを何とかして使えるようにしたの。でもやっぱり別格というか何というか、美味しさが凄すぎて今まで飲んでた水が不味く感じちゃて」
「ああ、それは分かります。私も昨日泊まった宿屋の水を飲んだら凄く不味かったですし」

そう話しながら苦い表情を浮かべるアチル。
実際に味わっているからこそ苦笑いを浮かべる美野里は、さすがに水だけでは寂しいだろうと思い、軽い一品を作るべく調理場へと入っていった。
アチルはアルヴィアン・ウォーターの出身であり、その地域には水や作物といった天然ものが多く採取でき、特に年々を重ねるにつれて果実の旨みも上がっていると噂で耳にする。
新鮮さや向こうの料理を知らない為、自身の料理を美味しく感じてくれるか不安でもあった美野里だったがそんな小さなプライドは捨てて、取りあえず軽い朝食だと思って作るべくフライパンと卵三つ、それから赤いソースのような物を冷凍タンスから取り出し調理へと入った。
赤いソースはインデール・フレイム特産のチカという実をたくさん潰して煮て作った、言うならばトマトソースみたいなものだ。
まず初めに美野里は火をつけたフライパンの上に収納棚から取り出した油を少量流し込み、それを全体に行き渡るよう液を広げていく。
次に卵を片手にフライパンの円縁で殻を素早く割り、そのまま三つ割って落としてお箸でぐちゃぐちゃと混ぜつつ焼いていき、卵の黄身と白身がパサパサになるかならないかの一歩手前を見計らい、用意していた皿に焼けた卵を乗せ、最後に赤いソースをかける。
片手間であまり凝っていない料理かもしれないが、それでも朝食としては十分に腹の足しになる料理、スクランブルエッグが完成した。

「はい、スクランブルエッグ。熱いから気をつけて」

そう言って美野里はアチルの目の前に皿にのったスクランブルエッグを提供する。
アチルは初め、これはなんだと慎重な面持ちで見つめていたがしばらくして箸に手をつけるとそのまま赤いソースがついた卵の一つを挟み、一口と食べた。
もぐもぐ、と何度か咀嚼するアチルだったが、その直後。
その頬は直ぐに赤みが掛かったと同時に、

「な、なんですか! この食べ物!?」
「えっ、…も、もしかして、不味かっ」
「こんな食べ物、私は今までに一度も食べたことがありません! この都市では、こんな料理が盛んに作られているんですか!?」
「え、ええーっと、…………多分私の所だけだと、思うよ。………多分、だけど」

不味い、と肯定するまでもなく、たてまくるように料理について追求を求めるアチル。あまりの勢いだった為、そう口を動かしてしまった美野里だったが、直ぐに自身の言葉に後悔する。今の言葉どおりなら、不味い料理を出しているのは自身の所だけだと言っているようなものだ。
アチルから出た予想外の反応にショックが大きかったのは言うまでもない。
上司に怒られた部下のように、美野里は顔色を暗くさせながら視線を下へ落としてしまう。反省しないといけない、と自身の負い目を感じていた……そんな彼女をよそにアチルは租借を何回も続けながら料理を頬張っていく。
……………頬張って、

「え?」

クチャクチャと咀嚼の音に耳を疑った美野里はゆっくりと顔を上げる。
すると、そこには綺麗さっぱり具材を食べ終えたアチルがさらに目を輝かせながらテーブルに置かれたメニューを開いている姿があった。
美野里の罪悪管を知るよしもなく、

「あの、それじゃあ次はサンドイッチを!」
「…え、ちょ」
「いやぁ、さっきの料理美味しいかったんですけど、まだ食い足りないって感じで」
「…………………」
「次はこの名前からして美味しそうなものをと思って、もう一品を……と………あの、どうしたんですか? そんなにワナワナと体を震わせて」

キョトンとした表情で首を傾げるアチル。
これこそまさに、天然。
思いのまま口にした言葉に何の嫌がらせもないのだろう。だから、感情を押し殺そうとして体を振るわせる美野里を見てそんな事を口に出来る。
だが、アチルが口にした言葉はまさに、道を塞ぐ木をに取った、それと等しいことだった。
しかも、その結果が自身の身に降りかかるとも知らずに、

「…………ほんと……なんなのよ、まったく…」
「え、えっと………あ」

その直後。
キッと眼光を向けた美野里は両腕を振り上げながら叫ぶ。


「ややこしいのよ、アンタ!!」
「きゃぅ!?」

ダン!! とテーブルを振り下ろした両手で叩き、顔を真っ赤にさせる美野里。対して、アチルは突然のことに体を震わせビクビクとした表情を浮かべているが、目の前の彼女にとってそんなことはどうでもよかった。
自身の早とちりもあって、恥ずかしさで一杯の美野里はイライラと気を高めながら、早くなる息を吐き続け、

「全く全く、まったく!! なんなの、ほんと、なんなのよ、もぅ!! いきなり来たと思えば、いきなりで勘違いさせられるわ、こっちはこっちで本当に落ち込み掛けたわ、うあああっ、もうっ!!!
「ぁ、あの」
「それに!!
「ひゃい!?」
「アンタ、アンタよ! 上手いか不味い、はっきりしてよ!!」
「ご、ごめんなしゃい!!?」
「ううぅぅぅ、それに…どうやってこの店に来たのよ! 私…アンタに、この場所とか教えてないのに、どうやって」

このインデール・フレイムは全体の都市として広さが大きく、よく観光客が迷子になることが多い。迷い下手をすれば一時間やそこら目的地につけないことすらある。
それなのにアチルは汗一つかかずして美野里の店に辿り着いた。仮に誰かに行き道を教えて貰ったとしても、少しは迷うはずなのに。
恥ずかしさで一杯に加え、パニック状態の美野里は歯ぎしりしながら口を動かしている。だが、そんな矢先で今まで怯えた様子だったアチルから突如、衝撃的な言葉が返ってきた。


「そ、それは追跡魔法でっ! …………っあ」
「知ったのよ、まったく………………………………………………………………え?」


しーん、………………………………………………と沈黙がその場に流れる。
今までパニック状態だった美野里と、はたまたあまりの威圧さに思わずボロを出してしまったアチルの間に酷く静寂な、そして、緊迫とした空気が漂う。
だが、さっきまでの興奮が嘘だったかのように、まさかこんなにも高ぶりが一瞬で冷めることになるとは美野里自身、思いもしなかった。

「………ねぇ? 今、なんてった?」
「……え、あ」
「追跡魔法? ねぇ、アンタ何プライバシー侵害なことしてくれちゃってんの?」
「ええっと、いや、言い間違えて」
「いや、私の耳は確かに追跡魔法って聞いたわよ? ……アンタの所は命の恩人に対してそんな事するんだ? へえー…………本当に、いい度胸じゃない」

じりじり、と後退するアチルをよそに美野里は手近にあったメニューの紙を棒状に丸めていき、じわりじわり、と逃げ場をなくすように目の前に立つ魔法使いを隅へ追いやっていく。
さっきまでとはまるで違う恐怖が迫ることに怯えるアチルは、絞り出すように声を出そうとする。
だが、

「ぁ、ぁの」

グシャ、と美野里の手に捕まれたメニューから、今一番聞きたくない音が聞こえてきた。
ビクッ!!? と大きく体を震えさせるアチル。
だが、……………諦めよとばかりに既に手をくれなのだ。
何故なら、隅に追いやられたアチルにとって逃げ場はなく、さらには冷たい瞳を向ける美野里は手に持つ棒状の凶器を振り上げ、そのまま瞬速なみの速さで、


「ご、ごめぇんにゃ!?」
「無理」


小鳥の鳴き声が聞こえる、早朝の中。
物静かな静寂が続く通りで、


「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


バンンンンン!!! と衝撃音が鳴り響いたと同時に断末魔の悲鳴を現わしたような悲鳴が響き渡った。
そして、その日、自業自得な行いをした魔法使いに天罰が落ちたのだった。




後のエピローグ。

「で? この街で住みたいと」
「ひゃぃ」

大きな一撃が鉄槌のごとく叩き落とされた後、アチルは頭に大きなタンコブをつくりながら反省中、すなわち正座させられていた。
眉間にしわを寄せ、仁王立ちでそんな彼女を見下ろす美野里はギロリとした視線を続け、説教をかれこれ三十分ほどしたのち、大きく溜め息を吐いた。
最初はすぐさまにでも全力で叩きのめした後で店から叩き出そうと思っていたが、自身の料理をあれだけ美味しいと言ってくれた客を突き出すわけにはいかない、と思い止まったのだ。
だから、今さっきの一撃と説教含めても三分の一で勘弁してやろう、と思う美野里だったのだ。

「……ふーん、でも…まぁ、ここで住むならハンターか、もしくは私みたいに店を持つかのどっちかしかないわよ?」
「は、はぃ」
「でも、店を出すにしても凄く大変だから、初めはやっぱりハンターからかな」
「え? ってことはやっぱり美野里さんもハンターなんですか! 確かに、昨日の剣さばきとか凄かったですし」
「いや、あれはたまたまで」
「いえ、これは本当の話です。私の都市にもよくインデール・フレイム出身の人が来ていましたが、美野里さんみたいに凄い人はそう居ませんでした」
「うぅ、だから、そんなに褒めたって」
「……(その容赦のない所とかも)」
「…………ん? なんか今褒めとは違ったような」
「やっ、やっぱり美野里さんは凄いです、本当にっ!!」

ブンブン、と左右に首を振って誤魔化すアチル。
いや、気のせいじゃないでしょ、という視線を向ける美野里だったが直ぐに疲れたと溜め息を吐く。

「って、私のことよりも今はアンタのことの方が問題でしょ。そういえばアンタ、なんでこっちに来たの? あっちの方が生活的にも良いと思うんだけど」

アルヴィアン・ウォーターは魔法が盛んとなった都市であり、魔法で何でも足しにする分、生活としても出身地の方が暮らし的に増しなのだ。
だが、そんな中でアチルはインデールでの暮らしを求める。
首を傾げる美野里だったが、一方の彼女はというと、

「……………あ、いや、それはーその」
「?」

気まずそうな表情を浮かべ、言い淀む。神妙とは違うまるで恥ずかしさを隠したような感じにも見える。
が、こっちも恥ずかしい目に合わされた身なのだと美野里は、はっきり言いなさいよ、と念を込め視線を向けた。小さな唸り声を上げるアチルだったが、しばらくして観念したように話を始めた。

「実は私……親に武者修行だって言われて家から追い出されたんです」
「…………………?」
「?」
「えっと、ちょっと待って……武者修行?」
「…はい。……そうです」

しばし、アチルと美野里の視線が無言で交差する。
だが、その直ぐ後で美野里は、

「ブッ!!!」

吹いた。
それも盛大に。
武者修行なんて言葉もそうだが、同時にそんな言葉がまさかこの世界にもあったとは思わなかった。笑いを押し殺しながら涙目になる美野里に対し、アチルは頬を膨らませていたが、彼女自身はもう諦めたように話を続ける。

「あなたには一番に大切なものが欠けてるから一度外の世界を見てきなさい、っと言われて」
「いや、一度ってアンタそれで死にかけてたんだけど」
「ぅぅ……あれは、その……いつもなら平気だったんです。魔法もちゃんと考えて使ってるつもりだし、自分の力量もわかってるつもりです。ただ、あの洞窟に入って、……途中で迷ってしまって……それで、魔力が」
「配分を間違って、ガス欠したと」
「ぅぅ、はい」

そう言って、落ち込んだように肩を落とすアチル。
魔力も体力と同様に配分を考えないといけない。でないと、いざという時に駄目になる。
それは誰しも同じ事だ。
アチル自身は大丈夫なのに、と口にしているが……もしかすれば、彼女の親はそういった過信を直せ旅に出したのかもしれない、と美野里は思う。
が、臆測の領域なため口にはしないが、

「まぁ、修行ってことだから、これからアンタはハンターになってお金ためながら宿屋で住んでいけばいいじゃない?」
「………あ、あの、ここで住み込みとか」
「却下に決まってるでしょ」
「です、よねぇ…」

都合のいい話ですよね、と肩を落とし落胆するアチル。
だが、そんな彼女に対し美野里は口元を緩めながら、

「でも」
「?」
「ご飯食べにくるなら、いつでも歓迎するわよ。私もそこまで鬼じゃないから」
「……………美野里さん」

うるうる、と涙目を浮かべるアチル。
美野里は頬を若干赤らめながらそっぽ向きつつ、

「後、その敬語はやめて。……私のことは美野里でいいから。で、でもっ! その変わり私のアンタのことアチルって呼ぶから、って!?」
「美野里!!!」

その直後、ガシッと。
突撃のように跳ね上がったアチルは美野里に抱き着いた。
過剰な反応だった為、避ける間がなかった。が、そんなことを気にする余裕すらなく現在進行形とばかりに背中から抱きつくアチルの腕が美野里の首を挟む形となっている。

「っちょ、くる、苦しいって!?」
「ありがとうございます!! 私、毎日のようにここに通います!!」
「だっ、だからッ」
「お金稼いでここで三食ご飯! 決まりです! 絶対です!! だからこれからもよろしくおねが」
「ッ!! 苦しいって、言ってんでしょうがッ!!!」
「ッ、ぶぎゃ!?」

くるっ、と前へ体を倒してからの柔道技、背負い投げがアチルに決まった。
ドォン!!! と床一直線にアチルの脳天は木の板と激突する。

「…………きゅぅ~」

一発ノックダウン。
床にくたばった魔法使いを見下ろす美野里は重い息を吐き、そうして思ったのだった。

(授業で習った背負い投げ、初めて出来たかも…)



こうして、魔法使いというアチルと出会い、バタバタとした慌ただしい早朝の出来事は幕を閉じた。
その後、店を開店するも疲れがドッと来たのはまた別の話となる。



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