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第三章 ウェーイクト・ハリケーン編
脅迫
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第三十話 脅迫
陽が沈み、夜空が広がる深夜。
マチバヤ喫茶店の一室。ベットの布団を首元まで被せる少女、美野里は茫然と体を横たわらせていた。正確な時間を言うと、真夜中の三時ぐらいだろう。
別に不眠症というわけではない。ただ、どうにも眠気が起きず、さらには目が冴えてしまっているのだ。
だが、美野里自身ではその原因が何なのか十分に理解している。
「…………………」
それは、数時間前に起きた。
ラミの草原での突然のプロポーズだ。
あの時は一瞬、美野里は何を言われたのか頭で理解できなかった。それもそのはず、早々に言うだけ言ってペシアと二人の女は去って行ったのだ。
その場で茫然と硬直してしまった美野里とアチルだったが、それから時間が過ぎていくにつれて言葉の意味を脳内で深く考えてしまう。
「はぁ………」
布団を引き寄せ、顔を隠す美野里。
その頬を赤く、瞳は微かだが揺らいでいた。
プロポーズというのは、生きてきた中で初めての物だった。あんなに真正面から言われる物と思いもしなかった。
だが、以前にデートのような事を言われた事がある。
それは美野里の持つアクセサリーに付けられたエクサリアを一緒に取りに行った、一人の少年。
鍛冶師ルーサーから誘われた事だ。
「………………ルーサー」
ルーサー以外の、あの少年に気を持ったわけではない。
ただ、あんな言葉を聞いた美野里は思う。
もしも、……彼に………いや、ルーサーにそんな事を言われたら……と。
「……………………………うぅぅぅぅぅ!!?」
ボン!! と顔が一気に熱を持ち、動転した様子で枕に顔を埋める美野里。
思う、というよりも実際は言われたいというのが本心かもしれない。何を考えてるのか、と一人悶える美野里。
だが、そうこうしている間に時間は過ぎていき、時は既に喫茶店の開店間近になっていることを当の本人はすっかり忘れているのだった。
小鳥が鳴く、早朝。
夜遅くまで武器の製造図を書き記していたのか、テーブル上には紙と黒の羽ペンが散らばっている。
一室の椅子で夜更かししてしまった鍛冶師ルーサーは眠気を覚まそうとテーブル上に置かれたコップに入った水を持ち口に流し込んだ。
「美野里、コクられたんです」
「ブッツ!!!?」
突然の開口に飲みかけの水を吹き出すルーサー。
慌てた動きで声のした方を見ると、そこには不機嫌な表情をしたアチルの姿がある。
「ゲホッツ、ガホッ!! おまっ、何でここにいんだよ!?」
ルーサーが驚くのも無理はない。
今、彼がいるのは自室であり、しっかりと扉には鍵もしてある。そんな中で、誰もいるはずのない場所に突如として現れたのだ。
とはいえ、依然に美野里から勝手に店に入ってくるという話を聞いたことがある。何かの魔法で侵入したことは軽く予想がついていた。
「……いきなりなんですよ? 勝手に美野里の事聞くかと思えばいきなりそんなことを言って、非常識にもほどがあると思うんです」
「全然、こっちの話聞いてないし。って、アチル…何か怒って」
「ルーサーさんは腹が立たないんですか! 自分の好きな女の子に変な男がついたんですよ!?」
「ッバ! お前、何言って!?」
どうにもおかしい。
普段から冷静な考えを持つ彼女が、何故か今日に限って荒々しく気が立っているのが見てわかるほどだった。しかも、口が閉まりのない蛇口のように開かれており、隠しごとも次々と流れ出てくる勢いだ。
「とりあえず、一先ず落ち着けって」
「むぅぅ」
ルーサーは一度、アチルを落ち着かせるため水場から水の入ったコップを持っていき、その後に話を聞いた。
少し、怒りが収まったのか彼女の喋り方は早口ではなく、分かりやすく一から順を追って話していき、
「ウェーイクト・ハリケーン、か……」
残った水を飲みつつ、その言葉に考え込むルーサー。
対してアチルは少しは気分が晴れたようで、彼がどういった反応をするのか視線を外さず見つめている。
だが、そんな中でルーサーは口を動かす。
「………うーん、もしかして。アイツの知り合いかな?」
「え? アイツ?」
完璧なロスだと、美野里は思う。
私室で考え込み、気づいた時には時間は昼を回っていた。
とりあえず店を開店してみたものの、今だ客の出入りはない。美野里は、このまま今日は店を休みにしようかとも考えた。
と、その時。
チリリン、と店のドア上に取り付けられた鈴が鳴るのが耳に届いた。
美野里は体を振り向かせ、いつもの営業スマイルで来店した客に声を掛けようとする。
だが、
「いらっしゃいまッ!?」
「よぉ、美野里」
開いたドアから入ってきた少年。
ウェーイクト・ハリケーン出身のペシアは顔を強張らせる美野里に対し、ニヤリと口元を緩めた。
メニューの注文に従い、美野里は料理を作り提供する。
皿に盛られたのは薄茶色に焼き上がった鳥肉と野菜の千切り。鶏肉の表面には色々な実を調合して作ったタレがかけられている。
ペシアは初めての料理に一瞬躊躇していたが、口に一口入れると余程気に入ったのか大口を開けバクバクと食いつき始め、いつの間にかほぼ完食してしまっていた。
「いやぁー、こんなに美味いの今まで食べた事なかったぜ」
「……………………で、何しに来たの?」
腹に手を当て満足そうな顔を浮かべるペシア。
調理器具を洗いつつ、警戒した視線をチラリと向ける美野里。
「ん? えらい、冷たいな」
「……一回、自分の胸に手を当てて思い出して見たら?」
「胸に手を? 何だそれって………あー、冗談だって冗談、そんな怒んなって。ただ、昨日の返事を聞きに来ただけだよ」
眉間にシワを寄せる美野里に苦笑いを浮かべるペシアは、腰に携える銃を取り出しテーブル上に置く。懐から小さな器具を取り出し、武器のメンテナンスを始めるようだ。
「ここで武器の調整ってどうなのよ」
「まぁ、いいじゃねえか。…………俺は元々こういうのが好きなんだけど、あっちじゃ王子とかやっててやる機会がなくてな」
「………だから、女じゃなくて妃なのね」
「ああ。って、わかってるんなら話は早い。美野里、俺の」
「悪いけど、嫌よ」
キッパリと断る美野里。
どれだけ言葉を増やそうと、心が変わる事はない。
洗い終わった調理器具を直し、腰に手をつけながら今も銃のメンテナンスを続ける少年を睨みつける美野里。
だが、不意にペシアは呟くように口を動かし、
「そんなに、あのルーサーって男に惚れてるのか?」
「!?」
直後、美野里の顔に動揺が走る。
対して、その反応に口元を緩めるペシアは言葉を続ける。
「なぁ、美野里。俺は一つ気になって仕方がないことがあるんだよ」
「…………何よ」
「お前、何で衝光使いの事を申告してないんだ?」
「!?」
衝光。
それはインデール・フレイムに数少ない超人的な力の名前だ。
この都市でも、数人としかおらず、ハンターとしての申告を行えば、そのクラスはトップSクラスと言ってもいいぐらいだ。
「衝光使いはインデール・フレイムのトップSクラスだろ。それなのに、お前の名前だけがない」
「………………」
衝光を使う者は絶対としてSクラスのハンターとなる。
だが、Sクラスにはある制約があった。それは通常のランク依頼を受けることができないこと。ランクに沿ったレベルの依頼を自動的に受けさせられ、都市の外を何十日と歩かなくてはならないのだ。
そのため、インデール・フレイムには衝光使いのハンターは0に近いほどいない。
そう、表向きでは……。
「こんな店を構えなくても、Sクラスになれば生活も安定して何よりのはずだろ。何で、名前を出さない?」
「…それは」
「俺は今回、インデールの客人として来てるんだ。ウェーイクトの代表としてな。…そんでもって、もし気に入るやつがいるなら連れて帰ることも了承されてる」
ペシアはそう言って調整し終わった武器を腰に直す。
戸惑いを見せる美野里を見つめ、さらに追い詰めるように口を開く。
「………俺は、美野里をそれに入れたいと思ってるんだよ」
「ッ!!」
勝手な言い分だ。
今まで黙って聞いていた美野里は、ついにカッとなり声を荒げる。
「アンタ、勝手なことばっか言わないでよ!!」
「いや、別に嫌ならいいんだ。ただ、こっちもこっちなりにウェーイクトの情報だけは伝えとかないといけないんだ。……そこで、もしかしたら衝光のことも口に出しちまうかもしれない」
「…ぐっ」
それはまさに脅迫と言ってもおかしくなかった。
反論できない言葉の応酬に顔を歪ませる美野里はジリッと後ろに後ずさる。だが、その瞬間にペシアはテーブルの椅子から、カウンター前へと音もなく移動し至近距離から挑発的な視線をぶつけた。
「!?」
「で、…………どうする?」
息苦しい空間。その中で、美野里は彼の目を外すことができなかった。
ペシアの拒否不可の宣告。断ることは、居場所を失う。
彼女にとって、それは何がなんでも嫌だった。絶対に、この居場所を離れたくない。やっと安定した生活。
そして……………………、ルーサーにも。
「ッぅ…」
目じりが熱くなり、視界が微かに揺らぐ。
それが涙によるものだと彼女は気づいていない。
どうすることもできないのか、美野里は目を瞑り歯噛みした。
その時だった。
「おい、お前何やってんだよ」
突然の第三者の言葉。
その場の空気が一変し、ペシアの視線が外れた。
美野里は震えるようにして、声のした方に顔を向ける。
そこにいたのは普段の衣服上から銀のハンマーを携える、一人の少年。
「…………………ルーサー」
鍛冶師ルーサー。
店内に入ったルーサーは視界の中に入る少年とさらにもう一人の少女、美野里を見つめる。
そして、そこで彼は気づく。
彼女の…その眼に溜まる小さな滴を。
「ッ!」
ガン!!! と瞬間。
素早い動きで振り下ろしたハンマーと銃身が激突する。
咄嗟に防御のために抜き取ったのだろう銃がギシギシと音をたて、ペシアは口元を歪ませる。
「っぐ、ッ………いきなりかよ。全く、コイツが美野里の男ってわけか……」
ハンマーの重さが銃身に圧し掛かる。
ペシアは銃のトリガーに指をかけ、その瞳は何かを狙おうとしていた。
だが、その直後。
ピタリ、と不意に背後から小さな杖が当てられる。それはルーサーではないもう一人の存在。
そして、少女の声が彼の耳に届いた。
「美野里に何をしていたのか、私からも色々と聞きたいことがあるんですが?」
「ッフ、……これはこれは、アルヴィアンのお嬢様まで登場ですか」
二対一。
前後からの殺気に口元を歪ませるペシア。しかし、その歪みは焦りではなく、危険を好む感激の意味を持つ。
「いいぜ。やるって言うな外でやろうぜ」
「………………」
「………………」
突如、ペシアの体から殺気が漂い出した。
ルーサーとアチルは警戒した表情をしつつ、武器を退こうとはしなかった。
緊迫した空気はまさに凶器であり、いつ店の内部が破壊されてもおかしくない。そして、茫然と事を見つめていた美野里は、やっとのことで意識を戻した。
どうにかして目の前の現状を止めようと口を開こうとした。
しかし、そこでまた新たに声が放たれる。
「はい、アンタたち。そこまでよ」
バン! とドアを開けて現れた一人の女。
頭にバンダナを巻く、ハウン・ラピアスの依頼受付人でもあるフミカだ。
「フミカ…」
普段と変わらない姿の彼女。
しかし、その腰に携えている一点に美野里は目を見開き驚きの表情を見せる。
それは、インデール・フレイムには存在しないはずの武器。剣でも杖でもない、一丁の銃。緑色の装飾で守られた拳銃だ。
「まったく……女の子泣かして何やってるわけ?」
「いやいや、俺は別に何もしてないし」
フミカの言葉に答えるペシア。
武器を突きつけられているにも関わらず、余裕な表情を露わにする。
「………そのひねくり返ったクセは治ってないようね、ガキんちょ」
「……フミカさんこそ、その気ままな性格は変わってないようで」
銃の所持。
それはつまりウェーイクト・ハリケーン出身者といってもいい。
何かしらの接点があるんだろう。
フミカは瞳をルーサーとアチルに向ける。視線からの言葉を理解した二人は警戒を怠らずペシアから武器を下ろした。
「今日の所は帰りな、ガキんちょ」
「はいはい、…………それじゃ、美野里。今度また返事聞きにくるから」
「………………………」
不満を言ってくると思いきや、そう言ってすんなりと帰っていったペシア。
ドッと疲れたようにその場にしゃがみ込む美野里。緊迫した空気がなくなったことに安心したのだろう。
ルーサーとアチルは武器を直し、共に溜め息を吐く。
「美野里、お前何言われた?」
「…………それは」
美野里にそのまま詰め寄るように尋ねるルーサー。
機嫌の悪さが顔にも出ていた。と、そんな彼の頭に躊躇ない銃身が叩き込まれる。もちろん、それはフミカの仕業だ。
「ッツ!?」
「アンタ、いきなり何言ってんのよ」
結構な力だったのか、痛みに頭を抑えるルーサーをよそにフミカは美野里に近寄り、その小さな頭に手を置いて撫でた。
「ッ……」
「………ゆっくりでいいから。後でちゃんと最初から話してね、美野里」
「……………うん。ッゥ…ぅぅ…」
気持ちの整理がついていないことを見抜いたのだろう。
頭を撫でられる美野里は顔を伏せると、体を小刻みに震わせ、瞳から涙が零れ落ちる。
何故泣いているのか、彼女自身わからない。
いつもなら、こんなに泣きたくなることなんてなかったはずだ。
だが、ペシアからの脅迫は美野里にとって怖いものだった。
それは自分の居場所を奪われるかどうかの瀬戸際のことだった。
この世界に落とされた。
あの時の、孤独がまた戻ってくる。
美野里はそれがどうしても嫌で、どうしても怖かったのだ。
だから、久々に昔に戻ったように美野里は泣いた。
一人の少年が。
その姿に対し、拳を硬く握らせるほどの怒りを抱いていることを知らずに……。
陽が沈み、夜空が広がる深夜。
マチバヤ喫茶店の一室。ベットの布団を首元まで被せる少女、美野里は茫然と体を横たわらせていた。正確な時間を言うと、真夜中の三時ぐらいだろう。
別に不眠症というわけではない。ただ、どうにも眠気が起きず、さらには目が冴えてしまっているのだ。
だが、美野里自身ではその原因が何なのか十分に理解している。
「…………………」
それは、数時間前に起きた。
ラミの草原での突然のプロポーズだ。
あの時は一瞬、美野里は何を言われたのか頭で理解できなかった。それもそのはず、早々に言うだけ言ってペシアと二人の女は去って行ったのだ。
その場で茫然と硬直してしまった美野里とアチルだったが、それから時間が過ぎていくにつれて言葉の意味を脳内で深く考えてしまう。
「はぁ………」
布団を引き寄せ、顔を隠す美野里。
その頬を赤く、瞳は微かだが揺らいでいた。
プロポーズというのは、生きてきた中で初めての物だった。あんなに真正面から言われる物と思いもしなかった。
だが、以前にデートのような事を言われた事がある。
それは美野里の持つアクセサリーに付けられたエクサリアを一緒に取りに行った、一人の少年。
鍛冶師ルーサーから誘われた事だ。
「………………ルーサー」
ルーサー以外の、あの少年に気を持ったわけではない。
ただ、あんな言葉を聞いた美野里は思う。
もしも、……彼に………いや、ルーサーにそんな事を言われたら……と。
「……………………………うぅぅぅぅぅ!!?」
ボン!! と顔が一気に熱を持ち、動転した様子で枕に顔を埋める美野里。
思う、というよりも実際は言われたいというのが本心かもしれない。何を考えてるのか、と一人悶える美野里。
だが、そうこうしている間に時間は過ぎていき、時は既に喫茶店の開店間近になっていることを当の本人はすっかり忘れているのだった。
小鳥が鳴く、早朝。
夜遅くまで武器の製造図を書き記していたのか、テーブル上には紙と黒の羽ペンが散らばっている。
一室の椅子で夜更かししてしまった鍛冶師ルーサーは眠気を覚まそうとテーブル上に置かれたコップに入った水を持ち口に流し込んだ。
「美野里、コクられたんです」
「ブッツ!!!?」
突然の開口に飲みかけの水を吹き出すルーサー。
慌てた動きで声のした方を見ると、そこには不機嫌な表情をしたアチルの姿がある。
「ゲホッツ、ガホッ!! おまっ、何でここにいんだよ!?」
ルーサーが驚くのも無理はない。
今、彼がいるのは自室であり、しっかりと扉には鍵もしてある。そんな中で、誰もいるはずのない場所に突如として現れたのだ。
とはいえ、依然に美野里から勝手に店に入ってくるという話を聞いたことがある。何かの魔法で侵入したことは軽く予想がついていた。
「……いきなりなんですよ? 勝手に美野里の事聞くかと思えばいきなりそんなことを言って、非常識にもほどがあると思うんです」
「全然、こっちの話聞いてないし。って、アチル…何か怒って」
「ルーサーさんは腹が立たないんですか! 自分の好きな女の子に変な男がついたんですよ!?」
「ッバ! お前、何言って!?」
どうにもおかしい。
普段から冷静な考えを持つ彼女が、何故か今日に限って荒々しく気が立っているのが見てわかるほどだった。しかも、口が閉まりのない蛇口のように開かれており、隠しごとも次々と流れ出てくる勢いだ。
「とりあえず、一先ず落ち着けって」
「むぅぅ」
ルーサーは一度、アチルを落ち着かせるため水場から水の入ったコップを持っていき、その後に話を聞いた。
少し、怒りが収まったのか彼女の喋り方は早口ではなく、分かりやすく一から順を追って話していき、
「ウェーイクト・ハリケーン、か……」
残った水を飲みつつ、その言葉に考え込むルーサー。
対してアチルは少しは気分が晴れたようで、彼がどういった反応をするのか視線を外さず見つめている。
だが、そんな中でルーサーは口を動かす。
「………うーん、もしかして。アイツの知り合いかな?」
「え? アイツ?」
完璧なロスだと、美野里は思う。
私室で考え込み、気づいた時には時間は昼を回っていた。
とりあえず店を開店してみたものの、今だ客の出入りはない。美野里は、このまま今日は店を休みにしようかとも考えた。
と、その時。
チリリン、と店のドア上に取り付けられた鈴が鳴るのが耳に届いた。
美野里は体を振り向かせ、いつもの営業スマイルで来店した客に声を掛けようとする。
だが、
「いらっしゃいまッ!?」
「よぉ、美野里」
開いたドアから入ってきた少年。
ウェーイクト・ハリケーン出身のペシアは顔を強張らせる美野里に対し、ニヤリと口元を緩めた。
メニューの注文に従い、美野里は料理を作り提供する。
皿に盛られたのは薄茶色に焼き上がった鳥肉と野菜の千切り。鶏肉の表面には色々な実を調合して作ったタレがかけられている。
ペシアは初めての料理に一瞬躊躇していたが、口に一口入れると余程気に入ったのか大口を開けバクバクと食いつき始め、いつの間にかほぼ完食してしまっていた。
「いやぁー、こんなに美味いの今まで食べた事なかったぜ」
「……………………で、何しに来たの?」
腹に手を当て満足そうな顔を浮かべるペシア。
調理器具を洗いつつ、警戒した視線をチラリと向ける美野里。
「ん? えらい、冷たいな」
「……一回、自分の胸に手を当てて思い出して見たら?」
「胸に手を? 何だそれって………あー、冗談だって冗談、そんな怒んなって。ただ、昨日の返事を聞きに来ただけだよ」
眉間にシワを寄せる美野里に苦笑いを浮かべるペシアは、腰に携える銃を取り出しテーブル上に置く。懐から小さな器具を取り出し、武器のメンテナンスを始めるようだ。
「ここで武器の調整ってどうなのよ」
「まぁ、いいじゃねえか。…………俺は元々こういうのが好きなんだけど、あっちじゃ王子とかやっててやる機会がなくてな」
「………だから、女じゃなくて妃なのね」
「ああ。って、わかってるんなら話は早い。美野里、俺の」
「悪いけど、嫌よ」
キッパリと断る美野里。
どれだけ言葉を増やそうと、心が変わる事はない。
洗い終わった調理器具を直し、腰に手をつけながら今も銃のメンテナンスを続ける少年を睨みつける美野里。
だが、不意にペシアは呟くように口を動かし、
「そんなに、あのルーサーって男に惚れてるのか?」
「!?」
直後、美野里の顔に動揺が走る。
対して、その反応に口元を緩めるペシアは言葉を続ける。
「なぁ、美野里。俺は一つ気になって仕方がないことがあるんだよ」
「…………何よ」
「お前、何で衝光使いの事を申告してないんだ?」
「!?」
衝光。
それはインデール・フレイムに数少ない超人的な力の名前だ。
この都市でも、数人としかおらず、ハンターとしての申告を行えば、そのクラスはトップSクラスと言ってもいいぐらいだ。
「衝光使いはインデール・フレイムのトップSクラスだろ。それなのに、お前の名前だけがない」
「………………」
衝光を使う者は絶対としてSクラスのハンターとなる。
だが、Sクラスにはある制約があった。それは通常のランク依頼を受けることができないこと。ランクに沿ったレベルの依頼を自動的に受けさせられ、都市の外を何十日と歩かなくてはならないのだ。
そのため、インデール・フレイムには衝光使いのハンターは0に近いほどいない。
そう、表向きでは……。
「こんな店を構えなくても、Sクラスになれば生活も安定して何よりのはずだろ。何で、名前を出さない?」
「…それは」
「俺は今回、インデールの客人として来てるんだ。ウェーイクトの代表としてな。…そんでもって、もし気に入るやつがいるなら連れて帰ることも了承されてる」
ペシアはそう言って調整し終わった武器を腰に直す。
戸惑いを見せる美野里を見つめ、さらに追い詰めるように口を開く。
「………俺は、美野里をそれに入れたいと思ってるんだよ」
「ッ!!」
勝手な言い分だ。
今まで黙って聞いていた美野里は、ついにカッとなり声を荒げる。
「アンタ、勝手なことばっか言わないでよ!!」
「いや、別に嫌ならいいんだ。ただ、こっちもこっちなりにウェーイクトの情報だけは伝えとかないといけないんだ。……そこで、もしかしたら衝光のことも口に出しちまうかもしれない」
「…ぐっ」
それはまさに脅迫と言ってもおかしくなかった。
反論できない言葉の応酬に顔を歪ませる美野里はジリッと後ろに後ずさる。だが、その瞬間にペシアはテーブルの椅子から、カウンター前へと音もなく移動し至近距離から挑発的な視線をぶつけた。
「!?」
「で、…………どうする?」
息苦しい空間。その中で、美野里は彼の目を外すことができなかった。
ペシアの拒否不可の宣告。断ることは、居場所を失う。
彼女にとって、それは何がなんでも嫌だった。絶対に、この居場所を離れたくない。やっと安定した生活。
そして……………………、ルーサーにも。
「ッぅ…」
目じりが熱くなり、視界が微かに揺らぐ。
それが涙によるものだと彼女は気づいていない。
どうすることもできないのか、美野里は目を瞑り歯噛みした。
その時だった。
「おい、お前何やってんだよ」
突然の第三者の言葉。
その場の空気が一変し、ペシアの視線が外れた。
美野里は震えるようにして、声のした方に顔を向ける。
そこにいたのは普段の衣服上から銀のハンマーを携える、一人の少年。
「…………………ルーサー」
鍛冶師ルーサー。
店内に入ったルーサーは視界の中に入る少年とさらにもう一人の少女、美野里を見つめる。
そして、そこで彼は気づく。
彼女の…その眼に溜まる小さな滴を。
「ッ!」
ガン!!! と瞬間。
素早い動きで振り下ろしたハンマーと銃身が激突する。
咄嗟に防御のために抜き取ったのだろう銃がギシギシと音をたて、ペシアは口元を歪ませる。
「っぐ、ッ………いきなりかよ。全く、コイツが美野里の男ってわけか……」
ハンマーの重さが銃身に圧し掛かる。
ペシアは銃のトリガーに指をかけ、その瞳は何かを狙おうとしていた。
だが、その直後。
ピタリ、と不意に背後から小さな杖が当てられる。それはルーサーではないもう一人の存在。
そして、少女の声が彼の耳に届いた。
「美野里に何をしていたのか、私からも色々と聞きたいことがあるんですが?」
「ッフ、……これはこれは、アルヴィアンのお嬢様まで登場ですか」
二対一。
前後からの殺気に口元を歪ませるペシア。しかし、その歪みは焦りではなく、危険を好む感激の意味を持つ。
「いいぜ。やるって言うな外でやろうぜ」
「………………」
「………………」
突如、ペシアの体から殺気が漂い出した。
ルーサーとアチルは警戒した表情をしつつ、武器を退こうとはしなかった。
緊迫した空気はまさに凶器であり、いつ店の内部が破壊されてもおかしくない。そして、茫然と事を見つめていた美野里は、やっとのことで意識を戻した。
どうにかして目の前の現状を止めようと口を開こうとした。
しかし、そこでまた新たに声が放たれる。
「はい、アンタたち。そこまでよ」
バン! とドアを開けて現れた一人の女。
頭にバンダナを巻く、ハウン・ラピアスの依頼受付人でもあるフミカだ。
「フミカ…」
普段と変わらない姿の彼女。
しかし、その腰に携えている一点に美野里は目を見開き驚きの表情を見せる。
それは、インデール・フレイムには存在しないはずの武器。剣でも杖でもない、一丁の銃。緑色の装飾で守られた拳銃だ。
「まったく……女の子泣かして何やってるわけ?」
「いやいや、俺は別に何もしてないし」
フミカの言葉に答えるペシア。
武器を突きつけられているにも関わらず、余裕な表情を露わにする。
「………そのひねくり返ったクセは治ってないようね、ガキんちょ」
「……フミカさんこそ、その気ままな性格は変わってないようで」
銃の所持。
それはつまりウェーイクト・ハリケーン出身者といってもいい。
何かしらの接点があるんだろう。
フミカは瞳をルーサーとアチルに向ける。視線からの言葉を理解した二人は警戒を怠らずペシアから武器を下ろした。
「今日の所は帰りな、ガキんちょ」
「はいはい、…………それじゃ、美野里。今度また返事聞きにくるから」
「………………………」
不満を言ってくると思いきや、そう言ってすんなりと帰っていったペシア。
ドッと疲れたようにその場にしゃがみ込む美野里。緊迫した空気がなくなったことに安心したのだろう。
ルーサーとアチルは武器を直し、共に溜め息を吐く。
「美野里、お前何言われた?」
「…………それは」
美野里にそのまま詰め寄るように尋ねるルーサー。
機嫌の悪さが顔にも出ていた。と、そんな彼の頭に躊躇ない銃身が叩き込まれる。もちろん、それはフミカの仕業だ。
「ッツ!?」
「アンタ、いきなり何言ってんのよ」
結構な力だったのか、痛みに頭を抑えるルーサーをよそにフミカは美野里に近寄り、その小さな頭に手を置いて撫でた。
「ッ……」
「………ゆっくりでいいから。後でちゃんと最初から話してね、美野里」
「……………うん。ッゥ…ぅぅ…」
気持ちの整理がついていないことを見抜いたのだろう。
頭を撫でられる美野里は顔を伏せると、体を小刻みに震わせ、瞳から涙が零れ落ちる。
何故泣いているのか、彼女自身わからない。
いつもなら、こんなに泣きたくなることなんてなかったはずだ。
だが、ペシアからの脅迫は美野里にとって怖いものだった。
それは自分の居場所を奪われるかどうかの瀬戸際のことだった。
この世界に落とされた。
あの時の、孤独がまた戻ってくる。
美野里はそれがどうしても嫌で、どうしても怖かったのだ。
だから、久々に昔に戻ったように美野里は泣いた。
一人の少年が。
その姿に対し、拳を硬く握らせるほどの怒りを抱いていることを知らずに……。
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