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第三章 ウェーイクト・ハリケーン編
前触れ
しおりを挟む第三十一話 前触れ
喫茶店、寝室。
そこには静かに寝息をたてて眠る美野里の姿があった。
目の端からは、小さな涙の痕が残っている。ベットに横たわる少女の傍に座るフミカは、そんな美野里の頭を優しく撫で部屋を後にする。
心中の疲れと寝不足だったこともあり、少々の音で彼女の意識が目覚める事はなかった。
「……………まったく」
地下から一階に戻ったフミカは溜め息をつきながらカウンター前の椅子に腰を落とし、口がさびしくなったのかポケットから小さな小魚を干した物を咥えた。
そして、彼女は体の向きを後ろに向け、
「で、あのクソガキが美野里に興味を持った。…………その理由を聞かせてもらえるかしら?」
「………………」
店内のテーブル前の椅子に座るルーサーに事の真相を尋ねるフミカ。
だが、彼は口を開かず顔を顰めている。
「何よ、その顔。そんなに心配しないでも口外なんてしないわよ」
店内にはフミカとルーサー。そして、少し離れた椅子に座るアチルの三人がいる。
今ここで話したとしても、知ることになるのは彼らだけだ。しかし、そんな中でさえ彼は口を開こうとしない。
つまり、それは何が何でも隠さなければならない秘密があるということ。
「ルーサー………アンタ、何隠してるの?」
尚も口を開こうとしないルーサーに怪訝な表情を見せるフミカはそのまま詰め寄ろうとする。
だが、その間に入るように突然とアチルが口を開いた。
「………フミカさんは、衝光についてどれくらい知っていますか?」
「!?」
「え、衝光?」
何かを叫びそうになるルーサー。
対して、フミカはその言葉に首を傾げた。
衝光とは光という力を使い身体強化と武器強化を実現する力のことだ。詳しい事情は知らないが、さらに加えてインデール・フレイムでは自動的にハンターランクがS級へと更新されると聞く。
依頼所の受付人でもあるフミカなら知らないわけがない。
「ええ、所々は。後、ルーサーのも知ってるけど…」
何故、今になってこの言葉を使うのか。
頭に疑問を浮かばせたフミカだったが、その答えは直ぐに解ける。
「って、……まさか美野里も」
「はい」
すんなりと頭を頷かせるアチル。
「なるほど、それでアンタ…」
フミカはゆっくりと視線を気まずそうに顔を背けるルーサーへと向ける。
彼とは、実際に結構な間柄でもある。そのせいか、大体の仕草からどういう心境なのか察することが出来た。
再び溜め息を吐くフミカは足を組みながら、口にくわえた小魚を食い千切る。
「……確かに、Sランクなんてなったらあっちこっち依頼で都市を離れないといけないし、穏やかな生活もできないだろうしね。その分で言えば、上に言わなかったのは正解だったんだろうけど。でも、あのクソガキはそれを知ったとなれば………大体は予想できるわ」
「………………………」
美野里に迫り寄った理由。
それ一つとは限らないが、それでも衝光の力が限りなく標的にされたのだ。
そして、脅迫という形で……。
ギリィ、と音をたて拳を硬く握り締めるルーサー。
フミカはそれを視界に捉えつつ、その上で彼女はその場で尋ねる。
「で、これからどうするつもり?」
一瞬、その場に沈黙が落ちた。
何をどうしたいのか、アチルは今だ答えを見つけ出せていない。フミカもそうだ。
だが、一人だけは違った。
「………フミカ、お前に頼みたいことがある」
「ん?」
沈黙を破る。
椅子から立ち上がったルーサーは足をフミカに向け歩き出し、目の前に立ち止まる。
そして、………言った。
「アイツとの場を………作ってくれるか?」
話し合い、とは言わない。
戦い、とは言わない。
場を作れ、それはどちらになってもいい。あの男との対面を望む。
「ルーサーさん……」
「へぇ、アンタがそういうこと言うなんて珍しいわね」
アチルとフミカは驚いた表情で彼を見る。
ほっとけ、とルーサーは顔を背け、そのまま店内の出口へと足を動かし、
「アチル、ちょっといいか?」
「は、はい」
アチルを連れ、店内を後にした二人。
一人となったその場に再び静寂は訪れる。
「場をつくってくれ……か」
フミカはカウンターに両肘をつけ、その言葉を思い出す。
あの男、ペシアとは色々な意味で知らない仲でもない。だから、説得という答えもあったはずだ。
しかし、ルーサーはそれを望まなかった。
あえて、別の答えに足を向けた。
それは………、
「アンタがそう言うってことは、…………結構、本気で怒ってるってことかしら」
喫茶店から少し離れた路地裏。
そこで、ルーサーは彼女に背中を見せながら、尋ねる。
「アチル、お前……レルティアから聞いてるんだろ?」
あまりに突発的な質問。
だが、アチルからは返事は返ってこない。それは、肯定と捉えて良いという事だ。
「…………知ってるんなら、頼む」
「ルーサーさん………」
ルーサーは拳を震わせながら、アチルに言葉を向ける。
それは頼み込みと言ってもいい。
「美野里には……絶対に言うな」
表の秘密。
その裏に隠れた、もう一つの秘密を守るために…。
一つの宿屋。
そこに泊まるペシアは頭をかきながら帰ってきた。
すると、開口から短髪の女。ラヴァが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「主様、今までどちらへ!」
「ん? いや、美野里に一緒に来いっていいに」
そっけなく答えるペシアに頭を抱えるラヴァは、いつになく自由気ままな彼には疲れを抱く。と、そこに部屋の奥から同じく女、ジェルシカの声が聞こえてくる。
「いい加減に慣れろよ、ラヴァ。ソイツ、考え無しの人なんだから」
「わかってます。そんなこと…」
共に主に苦労している。
二人は同時に溜め息を吐いた。
ペシア自身に言わせれば、本人の目の前でするか? とのことなのだが。
「いやいや、悪かったって。…………だけど、面白いのには会えたから収穫はあったんだよ」
「収穫?」
ああ、と答えるペシアは部屋の奥へと進み、ベット端に置かれた椅子に腰かけた。
「ラヴァ。お前が教えてくれたルーサーって男、知ってるだろ?」
「はい、それが何か?」
「アイツ、本当に鍛冶師か?」
は? と言葉の意味に疑問を抱くラヴァ。
「ありゃ、どう見たってハンターだ。………それも凄腕のな」
「そ、そんな…記録には、そんな事」
「美野里のだって載ってなかったんだ、仕方がねえよ。………だけど、それはどうでもいい。ラヴァ、お前にちょっくら頼みたい事があるんだ」
嫌らしい笑み。
ペシアは困惑するラヴァに口元を緩めながら、面白そうに言った。
「お前、あの鍛冶師のとこ行って奇襲しにいってくれねえか?」
それが何かの火種になる。
彼らは、何も知らず、その線に火を灯したのだった。
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