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第四章 スザク・アルト編
羞恥
しおりを挟む第四十三話 羞恥
時間と経ち日付が変わる。
深夜となった頃合い、店内の窓から外を除くと営業時間を終えた他店の多くが店の明かりを消していた。
そして、空を見上げるとそこには夜空に光る月と雲一つない星空が広がっている。
月光が地上を照らす中、ただ一店。
マチバヤ喫茶店の明かりだけがついていることを気にしている町早美野里は顔に手をやり大きな溜め息を吐いた。
溜め息の理由は、自身の店だけが営業していたこと…………ではなく、目の前の広がる光景。
「まさか、全員揃って全滅なんて……」
言葉の通り、まさに全員がノックダウンなのだ。
彼女の目の前には、酒に潰れた者たちがちらほらと崩れている。
アチルとルアは酒に潰され眠りにつき、アーサーは今だにテーブル上に項垂れた状態でイビキをかいている。そして、カウンター前に座っていたルーサーも話の途中で酒を注文し、何回か飲んだのちにそのままカウンターで眠ってしまった。
(とりあえず、お風呂にでも浸かって寝ようかな…)
地下から取ってきた掛け毛布を眠る彼らの背中にかけ、食べ終えた皿も洗い終えた美野里は店内の明かりを消し、エプロンを椅子にかけ、静かに店内を後にして地下へと降りていった。
明かりがなくなり、暗くなる店内。
寝息だけがその場に聞こえる中、……………ゴソッと。
小さく、そして、ゆらりに動く影があった。
地下は私室と浴室、厠と鍛冶場の四つに部屋分かれしている。
美野里は階段を下り、四つあるドアの内の一つ、風呂のある浴室ドアを開けた。
浴室がある手前、木造の脱衣場に入るとそこには小さなカゴが置いてあり、それ以外にはタオル一枚が壁に付けられたホックに掛けられている。
美野里は空いたカゴに白いワイシャツと黒の肌着、それからスカートと下着を脱いでカゴに放り込み、肌に何も纏わない姿となった状態で浴室へと入っていく。
「さむっ……」
そう呟き、足を踏み入れたのは、木造とは違う白一面で埋め尽くされた浴室。
彼女の住むマチバヤ喫茶店の構造は鍛冶場を除く大体が木造建築で出来ているのだが、浴室に至っては下地と浴槽が白の土粘度で形作られていた。
水による木へのダメージを考えての作りなのだろうが、美野里としては普通に木造でも風情があってよかったのにと、当初の頃は思っていた。
「っと…」
とはいえ、もう一年も住んでいるとそんな些細な感情は薄れて行く。
風呂場の浴槽内には既に湯が溜まっており白い湯気が宙を漂っている。湯は数時間前に入れていたため手を湯につけると少し温いと感じるほどの熱さだった。
これなら大丈夫か…、と美野里はゆっくりとした動きで縁をまたぎ湯船に片足を入れ、もう片足をつけ体全体を湯に沈めた。
バシャッ、と音をたて縁から漏れ出す湯は床に小さく空いた穴に吸い込まれていく。
「ふわぁ………」
大きな息をつき、肩をダラりと下ろす美野里は湯の暖かさが肩に積もった疲れを徐々に和らいでいくのを感じた。
今日だけで色々とあった分、疲れが湯に滲み出て行く感じだ。
空いた手で肩を揉みながら、数分と浸かる。と、つい不意に美野里に眠気が襲い出した。
湯船で寝るのは不味いと思うが、湯の温度とその居心地、美野里はゆっくりと瞼を瞬かせ、ついにはその眼を閉じていく。
そして………………………………数秒で夢の世界へ行った。
その、次の瞬間だった。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!! と。
「ッ!!?!?!?」
近距離での爆音。
一瞬で美野里は目を覚まし、湯船から立ち上がった。
直後、浴槽に一つの陰が………………。
美野里が浴室に入った、その直ぐ後の頃。
ギシ、ギシ、ギシ、と音をたて浴室前のドアへと近づく影。
中にいる彼女に気づかれないよう、息をひそめ、ゆっくりと伸びた手が浴室のドア。その取っ手に手をかけ引かれようとした。
その次の瞬間。
「おい、何やってんだ」
「!?」
ガシッ、と声と共に影の肩に置かれた新たな手。
振り返ると、そこにはさっきまでカウンターで眠っていたはずの鍛冶師ルーサーが立っていた。
そして、彼の視線。
瞳に映る、さっきまで酔いで完全に潰れていたはずの優男らしい顔つきを浮かべる男、アーサー。
「やぁ、ルーサー。どうし」
「それ以上するなら………俺はお前を潰すぞ」
声に込められた殺気が周囲を重くさせる。
だが、アーサーはそんな威圧に怯むことなく薄い笑みを浮かべながら口を動かす。
「いや、ちょっと色々と気になることがあってね」
「……………………何がだよ」
「言ってもいいのかい?」
「…………………………」
まるで試すような話し方。
ルーサーは顔を強張らせ小さく奥歯を噛み締める。
彼が一体何に対して気になっているのか、それがどう彼女に関係がするのか………、色々と思い当たる節がある。
ルーサーの表情に微かに動揺が見られる。
アーサーはその気を逃さないように、次の言葉を口に出そうとした。
だが、そんな時だった。
「そんなに、ヒグッ、あの子が良いんでぇすぅか…」
「「…………え?」」
背後からの声。
その声はどこまでの不安定であり弱々しい。
ルーサーとアーサーは同時に目を見開き、視線をその声がした方向に向ける。
すると、そこにいたのは……、
「ぐずっ、っ、私の気持ち、………じぇんじぇん、分かってくれないのに…」
酔いが覚めていない魔法使い、ルア。
手には杖が掴まれ、いつもの鋭い目には涙が浮かんでいる。
そして、彼女の登場に口元を引きつらせるアーサーに対し、ルアはキッと睨みつけながら杖を構える。
「の、……ルア?」
「あんな、……あんなポッと出てきた子が好み……なんて」
何か凄い誤解をしているようだ。
さっきまでの殺気による重々しさとはまた違う重圧。ルアの異様な殺気に焦りを見せるアーサーだったが、彼に時間は待ってくれない。
ルアの手に持つ杖の先から次第に赤色の光が集まり出した。
アーサーは顔を引きつらせ、対してルーサーもその光に危機を感じ、
「おい、待て!? それヤバいって!?」
「る、ルア!? お願いだから一回話を聞い」
「アーサーの……アーサーの馬鹿ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
次の瞬間。
赤い爆発がその場に発生した。
威力の余波によってアーサーの体は通路の向こうに思いっきり吹き飛ばされ、一方でルーサーは爆発の影響で壊れたドアと共にそのまま奥に吹き飛ばされてしまった。
木の割れる音に続き、床に大きな音をたて倒れるルーサー。
直撃とはいかなかったが、背中に痛みが残る。
「ッ、アイツ……この距離で魔法使いやがって……」
床で打った後頭部を擦り、ルーサーはゆっくりと顔を上げる。
だが、そこで不意に、
「ぅえ?」
「?」
間近からの小さな声。
ルーサーは体から熱が急激に冷めていくことを感じつつ、ゆっくりとした動きで視線をその声のする方へと向け、脳裏でさっき通ってきた壊れたドアのことを思い出す。
今、突き取ってきたドアは一体どこのドアなのか?
そして、……目の前にいる水滴を肌に残し、茫然とこちらを見つめる一人の少女は…………………。
「………………………」
「………………………」
共に絶句し、硬直する。
ルーサーの視線は少女の姿を鮮明に目に焼き付け、対して美野里は彼が何故ここにいるのかと脳内で考えつつ混乱に陥っていた。
そして、美野里はさらけ出した胸元と下をゆっくりとした動きで手で隠し、体を小刻みに震わせながら、
「あ、いや、……これはちがうから……そ、そ」
「…………………………き」
「き?」
次の瞬間。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
衝光によって光る瞳。
硬く握られた拳がルーサーの頬に貫き、彼の体は浴室から通路の壁へとダイレクトに激突し、そのまま崩れ落ち…………その数時間後。
「…見損ないました」
と、騒ぎに駆け付けた魔法使いのアチルに言われ、変態と名付けられた二人は広場中央の噴水上に逆さまで転移し落とされることとなる。
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