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第四章 スザク・アルト編
一時の酔い
しおりを挟む第四十二話 一時の酔い
突然の来訪として現れた、インデール・フレイム上層部に位置する騎士団長のアーサー。
平穏だったマチバヤ喫茶店の店内に緊迫とした空気が漂う。
そして、それから時間は次第に経っていき……、
「でもね、ルーサー! これでも僕も疲れてるんだよ、上からは山程に問題ふっかけられるしー」
「っくせ! お前、酒飲みすぎなんだよ!」
何故、こうなったんだろう。
空が橙色に染まり夕方に近づく中、美野里は次々と注文される料理を作りつつ目の前のテーブルで馬鹿騒ぎする二人の男を眺めていた。
当初、来訪して早々にルーサーへ挑戦を吹っかけたアーサーだったが、対して戸惑いを見せるルーサーをよそに、こちらの返事もまたず、注文の取るや否や、そのままドンちゃん騒ぎを始めたのだ。
美野里はこれ以上店で騒がれるのは回避したいと思い、アーサーに出て行ってもらおうとした口を開こうとした。だが、当の彼はそれを見越していたのか懐から大金程の料金を前払いで支払ってきたのだ。
それは、普通に営業したとしてもそう稼げない金。
計算するに、約一か月ほどの………。
(金に目がくらんだ、っていうんだよね……これって)
自分の過ちを自覚しつつ、美野里は大きな溜め息を吐く。
と、ちょうどその時だった。
チリリン、と店のドアから音が聞こえてきた。
「みーのりー………終わりましたー…」
疲れたような声を出すのは、先程まで店の飾り付け集中していたアチルだ。
店内に入ってきた所を見ると、どうやら作業が終わったらしい。ゆらゆら、と頼りない動きでカウンター前まで歩きそのまま座ってダウンした。
美野里はそんな彼女の姿に小さく口元を緩ませると最初に約束していた報酬の準備に取り掛かる。
「アチル、ちょっと時間掛かるからこれ先に食べてて」
美野里はそう言って、調理場の隅に置いてある冷蔵タンスから元々冷やしておいたサラダの盛り合わせが入った皿を取り出し、上にマヨネーズをかけてから前菜としてそれを彼女の前に渡した。
そして、美野里はルーサーが試食したツブラの焼肉添えを再び作ろうと取り掛かる。
だが、チリリン、と。
「?」
再びドアの音が聞こえてきた。
手に持っていたフライパンを置き、視線を開いたドアに向けながら、
「あ、いらっしゃいま……………………せ……」
そう声を上げようとしたが………途中で声を止めてしまった。
何故かと言うと、その開いたドアの向こう。
「…………………」
そこにいたのは………体が覆うほどのローブを着た一人の女だった。
頭のフードを脱いでいることで確認できる首辺りまで伸びた短髪。キリッとした生真面目そうな顔立ち。
そして、さらに付け加えると彼女の表情は不機嫌であり一度美野里と目が合うも直ぐに外されてしまった。
「……ッ」
女は店内を見渡し、その眼光はテーブルで酔っぱらう男である騎士団長のアーサーに向くや否や足を動かし、キビキビと歩き出した。
そして、彼の目の前に立った矢先、
「ねぇ?」
「……あー、え?」
「…………あなたは一体、何やってるんですか?」
酔いが覚めておらず、とぼけた表情を見せるアーサー。
ローブを着る女、ルアは口元を引きつらせ怒りで鬼のようになった瞳をランランと光らせる。
「うぇ? なんで、お前ここにいるんで」
「あなたが遅いから連れ戻しに来たんです! ちょっと寄ってから帰るって言うから態々転移させたというのに、もうあれからどれだけ経ってると思っ………って酒クサッ!?」
「そういうなよー、っひく!」
余程飲んだのだろう。
頬を赤く染め、声もろれつが回っていない。完全に酒に負けたアーサーを見つめ、ルアは一瞬固めた拳をダラリと下ろし力を抜く。
そして、大きな溜め息を吐き、視線を酔っぱらう彼から隣にいるルーサーに視線を移す。
「よ、久しぶりだな」
「はい、本当に久しぶりですね。……ルーサーさん」
ルーサーと訳ありのような雰囲気を醸し出すノア。
苦笑いを浮かべつつも、久々の再開に笑みを見せる彼……。
店内では、自分が無視されていることに何かを呟くアーサーと、魔法使いのアチルはというと、出された前菜を絶賛爆食い中でそんな二人に気づいてすらいない。
些細な光景。
気になったのはただ一人。
調理場からそんな二人の様子を見つめていた美野里。彼女と親しそうに話すルーサーを見つめ小さく唇を紡ぐのだった。
夕暮れが過ぎ、マチバヤ喫茶店は既に貸切の状態だった。
美野里はクローズの看板を外側のドアに掛け、溜め息をつきつつ店の中に入る。
ドアを開け、視線を店内に向けるとそこに広がる光景というのが……、
「で、なんでここにアチルがいるんです?」
「それはこっちのセリフです、確かどこかの場所に修行に行ったって聞いてたんですけど?」
「っ!? ま、まぁ……色々あったのよ! 色々!」
席をテーブルに移した二人の魔法使い。
酒を飲み、頬を赤らめるアチルは少し上機嫌な顔色を見せ、隣に座るルアに尋ねる。
対して、苦笑いを浮かべながら誤魔化すルアもまた頬を同じように赤く染めていた。というのも、あの後にアーサーへの苛立ちを消すため酒を注文した彼女。
その飲む量は多く現在四杯目に突入中しているのだ。
そして、そんな出来上がりつつある彼女を作った元凶であるアーサーはというと、最初に座っていた席のテーブルに項垂れた状態で爆睡中である。
美野里はもう一度溜め息を吐きながら調理場へと戻る。
と、ちょうどその時、手洗いから帰ってきたルーサーが空いたカウンターに腰を下ろした。
「美野里」
「ん、何?」
「その……俺にも、何か食べるの作ってくれ」
「……うん、……ちょっと待ってて」
美野里はルーサーの視線を気にしつつ、冷凍タンスから白い皮膚をした両手サイズ程の魚、クワルを取り出す。
都市の市場で買い付けたクワルは余り手に入らない高級魚だ。その理由は皮膚に鱗がなく、脂がのった身も柔らかい魚だ。美野里はクワルを水で一度洗い、木の板に乗せてからその身に包丁を差し入れた。
身を三枚におろし、骨も取り除く。
そして、長方形の形に切り揃えてから柔らかい身に包丁の先を入れ薄く滑り込ませるよう三枚の内の一枚全部を切り皿へ乗せた。
円の皿に綺麗に並べたクワルの身。
端に醤油味の液体を垂らし、美野里はルーサーにそれを手渡す。
「クワルの刺身、液につけて食べて」
「お、おう」
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ルーサーは目の前に皿を置き、箸で白いクワルの身を掴み液につけてから口へと入れる。
口内に入った身を咀嚼すると、身は柔らかく噛めば噛むほど脂と一緒に味が出てくる。加えて醤油がその味をより一層に高め食べるのがクセになるものだった。
美野里はもう片方の身を同じように切り、酔い始めのアチルとルアの元へ運んでから再び調理場へと戻った。
しかし、美野里はどうにも視線をルーサーとは合わせられないでいた。
その理由もさっきのルアと彼が話していた光景を見たからだと自覚している。
一方で、彼女が視線をこちらに合わさないこととその理由を感づいているルーサーは苦い表情を浮かべながら頬をかきつつ、小さく溜め息を吐く。
そして、
「ルアとは……前にハウン・ラピアスで知り合ったんだ」
「…え?」
「で、その時にはアーサーと一緒にいたから、そんな親しい仲なんかじゃない………」
「……………」
「だから、その………気にしなくていいから」
「……ッ、…べ、別に気にしてないし……………………」
「……………………」
「……ごめん」
気にしていたことを見抜かれていた。
顔を伏せ唇を紡ぐ美野里に対し、ルーサーは口元を緩ませながらそれを気に今日あったことを色々と話始めた。
ハウン・ラピアスでウサ耳をつけ働いていたフミカのことや、その他にもろもろと…。
「………………」
美野里は楽しそうに話すルーサーは見つめ、同じように笑いながら聞き続けた。
とても居心地の良い。
少し騒動があっても、こうして笑い合える。
こんな平和が、ずっと続けばいい………美野里は心の中で思いながら、笑みを続けた。
暗闇の中。
大剣を背負う、一人の少女は墓の前で座り込んでいた。
生気の灯った瞳は黒く、光は無い。唇を動かし、ぼそぼそ、と小言を喋り続ける。
その言葉はどれだけ言おうと誰にも伝わらない。
頬に流れ続ける涙。
地面に長々と落ち続ける。
だが、その時だった。
カッ、と地面を踏む足音。
少女が顔を上げる。そこにいたのは、黒のローブを纏い顔をブーケで隠す男。
「………だれ?」
「……俺は真実を知る者だ」
男は口元を笑みに変え、少女。
ワバルに言った。
それは、裏でしか語られることがないはずの真実。
そして、
「その男を見殺しにした女がいる」
その瞬間。
ワバルの心が一瞬で黒く染まった。
信じられない言葉を聞き、漆黒に見開かれた瞳。少女の体から、殺気が迸る。
それはまさに、波乱の種が埋め込まれた時だった。
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