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第四章 スザク・アルト編
セルバースト
しおりを挟む第四十五話 セルバースト
不穏な事態が起きている一方。
大きな空砲音と観客の大声名によって開始した大会、闘技・グラメッス。
観客席には数百と人々が集まり見守る中、数十のハンターたちが埋め尽くされた闘技場のアリーナで彼らは雄たけびを上げ足を動かす。
巨大な大剣や斧といった武器を持つ男たちの群れ。彼らの体には数個の傷痕や硬くたくましい筋肉の塊などが明白に見え、傍から見た誰もがその者達が実力のあるハンターだと思った。
だからこそ、これから数時間。
アリーナで激しく混戦とした光景が目に映る。
観客席にいた誰もがそう思い、心の奥でそう望んでいた。
だが……、
「……やっぱり、こうなったね」
「だから、そうさっき言っただろ」
数分後。
さっきまでハンターたちで埋め尽くされていたアリーナの現状。
その光景はまさに予想外のものとなった。何故なら、実力者と思われていたハンターたちが気絶した状態のまま地に倒れているのだ。しかも、彼らの肉体には激しく交戦した痕が一つもない。
まさに、信じられない光景だった。
驚愕の光景に言葉を発することもできない人々。
ただ、彼らの瞳に映るのは、地に倒れる男たちではなくアリーナの中心で二本足で立つ二人の男たち。
鍛冶師ルーサーと騎士アーサーだ。
「…………………」
「…………………」
観客席から離れているにも関わらず、二人の体から湧き出る闘気が闘技場の空気を重くさせる。
注目の的とも言える二人だが、彼らがどうやって数十のハンターたちがいる中で生き残ったのか。
それは開始して数分経った時のことだった。
柄の長い大鎚を持つルーサーが迫る男たちの前に立ち地面に向かって大鎚を叩き込んだ。対して、アーサーは黄金に輝く剣を離れた場所にいる先行したハンター達に向かって真横に一閃と振り斬ったのだ。
そして、次の瞬間。
まるで見えない力に吹き飛ばされたように多くのハンターたちが後方に吹き飛ばされ、そのまま気絶した。
剣や大鎚を直接触れたわけではないその攻撃は二人にとって得意技ともいえる技だった。。
ルーサーが得意とする大鎚を使った攻撃、打現。衝光を使わなかったため威力は激減し、地面を割るまでには至らなかった。
対してアーサーの見せた攻撃は空気と共に相手へ風撃を与える、閃風。力を弱めていた分、ハンターたちを斬ることなく気絶だけで事を納めることが出来た。
一瞬での殲滅。
アーサーは血の一滴もついてない剣先をルーサーに向けて構え、口を開く。
「で、これからどうする? 衝光で戦うかい?」
「馬鹿言うな。できるわけないだろ」
「………………だよね。だったら……」
「ああ……そうしないとお前が退きそうにないからな」
口元を緩めるアーサーと一方で溜め息を吐くルーサー。
二人は手に持つ武器を大握りに振り上げ、観客席にいる人々の視線が集まる中で共に、ある言葉を口にした。
それは、衝光の力と対になりえる、魔法とは違う……。
自然の力をその身に宿す力。
「ライトニング・セル」
「グラウンド・セル」
その直後。
アーサーの持つ黄金剣に稲妻が纏う。
ルーサーの持つ鉄大槌に淡い光が纏う。
武器に起きた突然の変異に観客席からは驚愕の声が広がる。だが、そんな中で一人の老人が驚きながら呟いた。
「今、セルって……………もしかして、セルバースト……」
セルバースト。
それは、一般にあまり知られていない衝光と同等とも言われている力のことだ。
衝光は光による具現化や強化等を発動させるに対し、セルバーストは二つの力をその身に宿す力を持つ。
一つは自然の力を自身に宿すことのできるセルの力。そして、もう一つは王と呼ばれる生物の力を自身に宿すバーストの力。
騎士として名の知られているアーサーなら、その力を持っていたとしてもそう驚きはしない。それほどに上層部の騎士にはそれ相応の実力がいるのだ。
しかし、ルーサーに至っては都市に住む一部の鍛冶師としか知られていない上、衝光使いであることも少数の者しか知らない。
そのため注目の視線がその力とルーサーに集まる中、不敵に笑みを溢すアーサー。
そんな彼の表情に不機嫌な顔を返すルーサーは柄を強く握り締め、武器を覆う淡い光をさらに輝きを増す。
「……行くよ、ルーサー」
「…………ああ、来いよ」
アリーナに静けさという間が過ぎ………………風が二人の間を吹き抜ける。
そして、その次の瞬間。
両者、地面を蹴飛ばし同時に二つの力が激突する。
大音量の衝突音がその場に炸裂した。
それは突然のことだった。
さっきまで普段と変わらない日常が一瞬にして地獄に変わった。
目の前にいた大人たちは強大な衝撃によって辺り一帯に吹き飛び、地面に倒れる屍もいる。そして、彼女の直ぐ側には母親がその場に横たわっていた。
少女、チユの母親は意識を失い額からは一筋の血を流している。どれだけ声を掛けても一向にその体はピクリとも動かない。
突然の変化によって、多大な被害が起きた。
にも関わらず奇跡的にチユだけがその被害を受けず無傷で生き残ったのだ。
そう、ただ一人。
「あ、あ……あっ」
地面にしりもちをついて震えかえった顔で倒れる母を見つめる。
直ぐにでも駆けつけたくても体が思うように動かない。チユはただ泣きじゃくることしかできなかった。
だが、そんな彼女の背後。
地面を踏みしめる音と共に辺りの者達を吹き飛ばした存在、黒狼の形をした何かが彼女に歩み寄る。
『グルルルルルルルゥ……』
輪郭がはっきりしない、目とわかるのは顔部分にある赤い二つの光のみ。
鋭利な爪があるわけでもなく毛があるわけでもない。
ただ、黒狼の顔と口。
バックリと開いたその口が茫然と座り込むチユの頭に近づき、そのまま彼女を噛み殺そうと迫っていた。
だが、そこで小さな音。
地面に落ちていた木の欠片を踏みしめた音が鳴った。
チユはその音に気づき、ゆっくりとした動きで後ろに振り返る。
しかし、彼女の瞳に映ったのは大きく開かれた口。舌や白の牙もない、暗闇の喉奥が広がった咢。それはどこまでも続く絶望を表しているようだった。
そして、チユの思考がその光景を見た直後に完全に止まった。ただ、待っているのは黒狼にそのまま頭を噛み千切られるという光景だけ…。
と、その時だった。
「ジ・アエル!!」
次の瞬間。
チユの周りに氷の檻が生まれ、黒狼の咢を防いだ。
肉とは違う氷を噛み潰した黒狼は目を瞬かせ、唸り声を上げると共に怒り任せに檻に向かって牙ではない強靭な爪のような形をした片足を上から下へ一閃に振りおろし、引き裂く。
バキィン!! と、氷をその威力に負け簡単に壊れてしまった。
だが、破壊した檻の向こうには………………誰の姿もない。
さっきまで震え込んでいた少女の姿や、その横に倒れていた母親の姿も。
目標を失い、固まる黒狼。
だが、その直ぐ背後で地面に何かが着地する音が聞こえた。
黒狼は瞬時に危険を察知し後ろに振り返るが、そこで呟きとも言える声が聞こえる。
「(衝光)」
瞼を広げ、光を伴った瞳を見開く美野里。
上空から地へ下り、至近距離まで距離を稼いだ彼女の手には力によって発現した光刀が握られている。
美野里は力の限り黒狼の腹に目がけて光刀を下から上に振り上げた。
斬るというより撃ち込むイメージ。衝光によって圧倒的な力を発揮したその一撃が狼の体を上空に吹き飛ばす。
外した感触はない。確かにダガーで斬った手ごたえはあった。
上空で小さくなっていく黒狼を確かめ美野里は直ぐ様、チユとその母親を転移させた後ろで控えるアチルの元に駆け戻ろうとした。
だが、そこで美野里は不意に小さな異変に気づく。
「…………………え?」
それは、手に持つダガー。
刃にヒビが入ったわけではなく壊れたわけでもない。
異変があったのは、さっきまで光を放っていた刃が今はただのダガーに戻っているということだ。
彼女が扱う衝光の力は彼女自身の意思によってしか消えることはない。気絶したか、遠く離れた、そんなことをさえしなければ力は刃に残った状態のはずだった。
しかし、そのはずなのに………、
「衝光が…………消えてる?」
光を失い、元のダガーとなった武器。
美野里の脳内に強烈な不安が支配し、動こうとしていた足が立ち止まってしまう。
だが、そこでアチルの声が響く。
「美野里、避けて!」
「!?」
その言葉と共に、頭上から突如と感じた殺気に似た気配に顔を上げる美野里。そこには、上空から一直線に向かって落ちてくる黒狼の姿が見えた。
黒い塊は足場のない上空で重力に従って落ちているが、次第にその速さが増していることに気づく。
そう、黒狼は体を極限まで伸ばし速さを倍にしているのだ。
そして、目的の地点に到着するまでの時間は僅か五秒。
「ッ!」
美野里は舌打ちを吐き、後方へを跳ぶ。
その直後。
ダン!!! と、弾丸のごとき速さで美野里がいた場所に黒狼が落ちる。
同時にその場一帯の地面が大きくヒビ割れ着地地点からの周囲が大きな衝撃波によって吹き飛ばされた。
強烈な爆風によって後方に跳ばされた美野里は手に持つダガーを地面に突き刺し何とかその場を凌ぐ。
だが、その隙を見逃さず、黒狼は美野里に襲い掛かろうとした。
「シ・レイヴ!」
そこで再びアチルは一声と共に水の斬撃が放たれる。
魔法攻撃を察知した黒狼は直撃を受ける前に後ろに跳び回避した。しかし、それのおかげで美野里との間に大きな距離を稼げた。
数秒できた間に使い、アチルは傍にいたチユとその母親を再び離れた場所に転移させた。そして、彼女は戦場にいる美野里の元へと走る。
「(衝光)」
小さく呟き、美野里は自身の手に持つダガーにその力を込めた。
大きな力の発動ではなく小さな力の発動。
刃にうっすらと淡い光が纏ったのを確認し、美野里は柄を持つ手に力を込めた。
(大丈夫……いける)
再び、視線を黒狼に向ける美野里。
と、後方からアチルが杖と剣を握り駆けつけた。
黒狼は二つの気配を警戒してか唸り声を上げ、その場から地面を蹴飛ばし離脱する。
「っ!? 追いかけよう、アチル!」
「はい!」
逃げる黒狼を追いかけようとする美野里。
対してアチルは杖を上空に向けかざし深呼吸と共に膨大な魔力を全身に駆け巡らせた。淡い水色の光が彼女に纏い、それに呼応するように杖先から上へ巨大な魔法陣が形成される。
彼女が使役するは、水の化身にして最強の水龍王。
アチルはその名を言い放つ。
「バウン・ルーチュ・リヴァイアサン!」
魔法陣からさらに上へ飛び跳ねるようにして現れた、水龍王リヴァイアサン。
アチルと美野里は上空から自分の元に戻ってくる龍の頭に飛び乗り、地上を走る黒狼の後を上空から追跡する。
「上から先回りするの?」
「はい、先で待ち伏せて魔法で仕留めます!」
人々が行き交う大通りを何の躊躇なく突き進む黒狼。
接触した者たちが真横に吹き飛ばされ、怪我人が増えて行く一方だ。
このまま跡を追いかけていては捕まらない上、負傷者が増え続ける。アチルは先回りのため、リヴァイアサンを通りの先にある中央広場へと向かわせる。
足を持たない水龍にとっての移動手段は上空移動。
全速力での移動なら間に合う。リヴァイアサンは咆哮を上げ、風を押し切り突き進む。美野里は目的の場所を見るため視線を上空から下へと向けた。
だが、その時だった。
「何……あれ」
「え?」
美野里の声に追われ下を見るアチル。
視線を向けたのは都市に数ある建物の内の一つ、その屋根上。
普段なら誰もいないはずのそこに一人の女が立っていた。
ただ立っているのではなく上空の美野里たちを見つめ、背中から抜き取った大剣をこちらに構えている。
美野里が気になったのはその事が原因なのだろう。
アチルも同じように警戒した顔つきで、遠く離れているはずの女の口が微かに動いたのを確認した。
「?」
当初、何を言っているかわからなかった。
だが、彼女の大剣に突如と淡い光が集まり同時に色のついた風が纏わりつく。
そして、殺意とも言える瞳が美野里たちに向けられた瞬間。
「「ッ!?」」
美野里とアチル。
同時に全身を危険信号が駆け巡った。
大きく離れているにも関わらず、ここまで届く強烈な殺意。
「アチッ」
「しっかり掴まっててください!!」
アチルはリヴァイアサンの顔を屋根上にいる彼女に向ける。
同時に女も、大剣を大きく後ろに振り上げた。
そして、二人は叫ぶ。
「ガン・バスター・ウィード!!」
「ヴァースト!!」
二つの力。
魔法とセルバースト。
強大な力同士が巨大な音と共に激突し、都市上空で大爆発が炸裂した。
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