異世界での喫茶店とハンター《ライト・ライフ・ライフィニー》

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第四章 スザク・アルト編

動き出す、カウントダウン

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第四十八話 動き出す、カウントダウン


記憶の中、時間は巻き戻る。
それは町早美野里がインデール・フレイムに住むことになって三ヶ月が経とうとした頃だった。
インデールの都市、その中でも領地の広い建物の広場。
別名では訓練場とされているそこには何本かの大きな木の丸太が地面に突き刺され、その胴体には何重にも鋼のワイヤーが巻かれている。
縄とは違い、簡単に斬れない頑丈な鋼。
そう直ぐに斬れることのない、そこに連撃のごとく二本のダガーを巧みに扱い斬り込む少女、美野里の姿があった。
ワンステップからツーステップ。さらに踏み込んで怒涛の連打。
独特な攻め方だが、それはこの数か月で彼女自身が編み出したオリジナルの戦闘スタイルだ。
顔に溜まる汗が動作と共に飛び散り、その間に鋼と鉄の打ち合う音が響き渡る。
何十回の斬り込みが続き、徐々にだが美野里の動きにも疲れが見えてきた。
その時だ。

「そこまでだ!」

訓練場の端、彼女の動きを観察していた一人の男、ライザムが遠くに響き渡るほどの一声を放った。
何を隠そう、彼こそが今の美野里にとって剣の師匠ともいえる存在なのだ。
その言葉を聞き、荒い息を吐く美野里は今まで振り下ろしていた手の動きを止めた。
そして、緊張が抜けたかのように息を吐き、額に溜まる汗を服の袖で拭い取りながら近場に設置された木のベンチに腰を下ろす。
顔を上げ、空を見上げるとそこには雲一つない青空が広がっていた。
太陽の光が眩しく、ずっと眺めるのは苦しいほどに…。

「結構腕を上げたな、美野里」

地面を踏みしめるゆっくりとした足音。
傍まで歩み寄ってきたライザムは手に持つ水の入った容器を美野里に向かって投げ渡し、難なく受け取った彼女は頭を軽く下げながら容器の蓋を開け口から喉へ水を流し込む。
その間、ライザムは肩で息をつく目の前にいる少女を見つめ、顎に手を当てながら口を開いた。

「攻撃の勢いといい、動きは十分だろ。とはいえ、体力のなさが今後の問題だな」
「うっ……」
「当分は走っての体力作り。それが終わったら、俺と対人戦でもしてみるか?」
「……………………」

笑いながらそう言いかけるライザム。
対して美野里は顔を伏せ、その言葉に返事を返さない。

「ん? どうした?」

突然と黙り込む美野里に首を傾げるライザム。
と、不意に美野里は小さな声でボソリと呟いた。

「私、そこまで強くなろうと思ってないです」
「……………………」
「今まで教えてもらっていて、悪いとは思ってます。でも……私は」
「美野里」

弱々しい声を出す美野里の言葉を遮り、ライザムは彼女の名前を呼ぶ。
そして、申し訳なさそうに顔を上げた彼女に対し、彼は言う。

「俺は何も、お前を上に行かせてやりたいとは思っていない。ただ、この世界に住むにあたっての生き方を教えてやってるにすぎない」
「……………………」
「ただな、今やってることは今後、絶対に必要になる」

ライザムの言葉。
確かにそうだ、と美野里は思う。
この世界に突然と落とされ、都市についたその日でここがどういう世界なのかを理解した。
いや、させられた。
今までいた日常では生きていけない。
これからここで生きて行くためには、必ずも武器を取らなければならない。
だが、そう思っていても…………………、心の中でそれを認めたくない自分がいるのだ。
だから、彼の言葉に簡潔な返事すら返せない。

「………………」

ライザムは言葉を投げかける美野里を見つめ、溜め息を吐いた。
だが、その口は苛立つ所か優しそうなものへ変化する。
空からくる太陽の光。
雲一つない、地上を照らす明かりを受け続ける中、ライザムは口を開く。

「美野里」
「………はい」
「実は、な。お前に………俺が教えれる中で絶対に受け継いでほしいと思っているものがあるんだ」
「?」
『それは―』


その先に続いた彼の言葉。
美野里はその言葉を、多分……一生忘れないと、その時、思ったのだ。









衝光の力を発揮し、魔法を叩き斬った美野里。
目の前に現れた脅威に魔法使いルアは頬に汗を垂らし、皮肉の言葉を投げかける。

「驚きました。まさかそんな力があったとは。…………その力は既にSランクを越えていますね」
「そんなことはどうだっていい」
「………………貴方は分かっているのですか? 私を、……上層部直々の命令を邪魔することがどういうことか」

上層部。
インデール・フレイムという都市を奥底で管理している存在達。騎士団はそんな上の者たちが部下として選りすぐりのハンターたちを選び創設したものだ。
そのため、騎士団の思想は上層部の考えと等しい。
それを邪魔するということは、都市を敵に回すということになる。
だが、その言葉が同時に美野里の怒りを上昇させた。


「邪魔? 何それ、こんな馬鹿げたことをアンタは命令で片付けるの? 騎士団の何だか知らないけど、はっきり言ってクズね」
「ッ!! …………貴方、今何と」


一瞬の苛立ちを抑え、もう一度取り消せと声に出そうとしたルア。
しかし、そんな彼女は理解していなかった。
目の前に立つハンター。
町早美野里が、心の部分で激しく怒りを爆発させていることを。


「何度だって言ってあげるわよ! こんな抵抗もできない子に対して殺すとか言う騎士団なんて、存在する価値がないって言ってんのよ!!」
「ギィ!! ジ・オウガ・レイヴ!!!」

ルアの瞳孔が見開いた。
そして、今打ち消された魔法を再び美野里に向かって撃ち放つ。
怒りという感情が魔力の供給量を増加させ、その速さは先程とは違う速攻魔法へと進化した。
速さと威力。二つの力が交じり合い、強大な魔法に変わったのだ。
だが、美野里はその魔法を瞬きする間もなく一瞬で叩き斬った。
その速さも瞬速。
光の速さをまるで自分の力にしているかのように、衝光の力を自在に操る。

(またッ…!?)

造作もない動きで攻撃を消された。
そのことに動揺を隠せないルアに顔を伏せる美野里は一歩、また一歩と踏み出し、続くように言葉をぶつける。

「アンタはこの子が嵌められたって言った。あの事件の黒幕である魔法使いに、そのせいでこんな事になったって」

迫る彼女。
舌打ちを打ち、ルアは後方に跳びながら詠唱と共に光の魔法弾を連射する。
美野里は空いた片手で腰後ろに携える光剣を抜き取り、前へ投げ放った。刃の部分が大きい光剣は最初、空気を貫き真っ直ぐと進む。
だが、空気の圧が大きく当たる刃の部分が遠心力に従い回転を生み出した。
光剣はその姿を剣から手裏剣のように容易を変化させ、迫る光弾を全弾切り裂く。

「ッ!?」
「それなのに…………、何でそこでアンタはあの子に償うチャンスをあげないの!」

顔を上げ、眼光を見開く美野里は前へと駆け出す。
光刀の柄を硬く握り締め、勢いをつけ跳んだと同時に目の前にいる彼女に向かって刀を振り下ろした。
咄嗟の反応で防壁魔法を自身の周りに作り出すルア。
それはセルバーストという力を薄い壁で完全に防ぎ切った、美野里を守った頑丈な強度を発生させる魔法。
まさに、絶対防御のはず。
だが、…………それなのにっ、

「「!!!」」

激しい激突。
光刀と防壁、二つの力が共にせめぎ合う。
本当なら刀は後ろに跳ね飛ばされ、その隙をルアは突き反撃できるはず。だが、どれだけ防壁に魔力を供給しても、刀は、いや、彼女は一歩も引こうとしない。

「!!」

平然と人を殺そうとする。
命令だから。
危害を加えたから。
そんな、ふざけた理由で、あの子を………ワバルを殺そうとした!!



「もう一度やり直すための手を! 何で、アンタは差し出さないのよ!!!」



美野里の言いたかったこと。
その爆発した感情が衝光にさらなる力を与える。
高密度の光が刃に溜まり、それが驚異的な威力を生み出した。そして、その影響が赤い防壁にヒビを入れる。
ルアはその光景に目を剥き、同時に疑問が脳内を支配した。


この魔法は強大型生物の攻撃を考慮して考え出された魔法。
実戦に使用しても破られる所かヒビ一つ入れられたことがない。いや、破るまでの力を持った生物に出会ったことがなかった。
それなのに…………これほどの力を持ち、人間という原型を保つ。
貴様は一体何者なのだ。


疑問が埋まり、防壁は割れが徐々に広がっていくことに今だ気づけないルア。
美野里はその時、ここが決め手だと確信した。
力の放出を意識する中、美野里は記憶の中にある彼の技を借り、その力を口で放つ。

「衝光、打現!!!」

その瞬間。
ハンマーで何度も打ち込むように、刃から衝撃が連続と直撃する。
そして、それが今度こそ完全な決め手となった。
大きな音を上げ、絶対防御と思われていた防壁が完璧に破られた。
破壊される、と遅れて判断したルアは壊されるより前にその場から後退し回避する。
そして、今彼女が使った技が自分の知る彼の物であることを理解した。

(この技、………………間違いなく、ルーサーの)

地面に着地したルアは、歯噛みを見せた。
彼女の言っていること、それが、正しいことなど既にわかっている。
人を殺す。
それがどれだけ醜く、そして、どれだけ悪意を生み出すかも。
しかし、それでもそれが行われることで救われる人もいるのだ。
だから、彼も………言葉ではああいいながらも心の底で罪悪感を抱いている。
だからこそ、

「……ふざけるな…ッ」
「………排除なんてさせない。そんな馬鹿げたこと、私が絶対に止めてやる!」
「ッ!! ふざけるなッ!! 上層部の命令は絶対。そんなこと、私がさせるかッ!!」

あの方の、アーサーの道を塞ぐ者を殺し続ける。
彼女は彼と会ったその時から、そう心に誓った。
だから、

「アーサーの目指す正義、その邪魔は全部排除する!!」
「私は助けを求める人を助ける。たとえ、何を言われようとも! それが、私の師であるライザムが私に教えてくれたことよ!!」

ルアにも誓ったものがある。
対して、美野里にも受け継いだものが確かにあった。



『それは―助けを求める者を助ける、俺はそれだけはお前に継いでもらいたい』



彼の、ライザムの言葉。
そう言って笑う、その顔は絶対に忘れない。
だから、今度こそ、この場でケリをつける。
この一撃で決着をつける。同時に両目を見開く美野里とルアは自身の持つ力、必殺ともいえる一撃を放つべく行動を示した。
目の前にいる敵に向け、杖を突き出したルアはその棒先に膨大な魔力を注ぎ込む。
美野里は腰からもう一振りを抜き取り二刀の光刀を重ね合せ、その刃に長髪から伸びた糸が接続したと同時に衝光の供給を開始する。
どちらも自身の中で必殺と言える技を繰り出す。
一秒も遅れは許さない。
混沌とした空気がその場を漂う中、緊迫とした視線が交じり合い、そして、その次の瞬間。
美野里とルアは、叫び、放つ。



「ジ・オルバス・ラルバー!!」
「衝光、ルーツライト!!!」



眩い輝きが、その場を照らした。
光線とも言える魔法の光と、巨大な大刀に変質した衝光の光。
交差する力が重なり合い、どちらかを食い破る。

魔法に大火傷を負い、屋根上で今も倒れていたワバルは顔を上げ、自分の視界が徐々に回復してきていることに気づく。
そして、その眼で見たそこには圧倒的な光景が広がっていた。
まれで光の世界に入り込んだように、その場が真っ白になっていたのだ。
戦い。いや、これは本当に戦いと言っていいものなのか。
そんな疑問が頭を過ぎる。
しかし、そんな些細な問題をワバルは一蹴してしまった。
何故なら、

(そっか……………)

彼女はその光景を見つめ、その前で彼女が言った言葉を聞き、やっと確信したのだ。
自分の中で知るライザムという男はそう弟子を取ろうとしない。たとえ、見てやると言ったとしても、いつも笑いながらただ見守るだけの男だった。
しかし、彼女は確かに彼の事を師と呼んだ。
そして、彼女は彼に教えてもらったとも…………、


(……ライザムさんが、気に入るわけか…)


あの言葉や意思に嘘はなかった。
元からそういう性格なのかもしれないが、それでも彼女の覚悟は確かにライザムの意思を受け継いでいる。
だからこそ勝敗は分かり切っていた。
衝突が収まり、眩い光景が止んだと同時に日常がその世界に戻ってくる。
そして、そこに光り輝く長髪を揺らがせ振り返り、口元を緩ませる美野里の姿があった。

「……………ぅ」

光が止んだ場所には、立つ者と倒れる者。屋根上に魔法使いが倒れていた。
外傷はそう見当たらない。
だが、美野里はその敵に振り返ろうとしなかった。
ゆっくりとした足取りでワバルに歩み寄る美野里は、思うように返答もできない彼女に対し、口を開く。

「………確かに、あの事件の前。ライザムの誘いを拒んで私はライザムを助けることが出来なかった。もしかしたら、一緒に行けば助けれたかもしれないのに」
「…………………」
「どれだけ言葉を向けても、きっと許してもらえないと思う」
「…………………」
「でも、私は…」

美野里は知っている。
彼が、自分に戦い方を教えてくれた中で気づかせてくれたこと。
それは人として当たり前な心の持ち方。
助けを求める人を、助ける。

「あの人に教えてもらったことを、一生忘れたりなんかしない。心の奥で、その教えをずっと突き通していくと決めてるの」

美野里はそう言って笑いかけた。
それは守ると決めた者に向ける、彼女の素顔だった。
ワバルはその表情を見上げ、ゆっくりと唇を動かし、笑った。
彼女を誤解していたこと。
殺そうとしたこと。
それらを忘れ、ただ謝りたかった。
本当に、謝りたかった。
目の前で、手を差し伸べる、美野里の手。
ワバルはその手に答えるように、腕を動かし、手を出そうと、











「終わりだな」













その、言葉がスイッチだった。
ワバルの経験が、それを瞬時に悟った。

「セルバースト!!!」

ワバルは突然と叫び、目の前に強風が放たれる。
そして、完全に隙を見せていた美野里は防御する間もなく後方に吹き飛ばされた。
舞い上がった風に続き、大きく空に投げ飛ばされた美野里。
だが、そこで彼女は見た。

その場で、顔を上げるワバル。
その震えた口で、笑いながら彼女は言った。



『ありがとう』



その次の瞬間だった。
彼女の背中、赤黒の魔法陣が強大な光を放ったと同時に、


『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


爆音と大爆発。
彼女が倒れていた一体が一瞬にして消えてなくなった。さらに周りには強烈な被害が襲い掛かる。
地面は黒く焦げ、並んでいた建物が次々と崩壊していく。
悲鳴。嗚咽。怒声。
祭りもあり、被害は壮絶だった。
まるで、そこは地獄絵図だった。
ワバルの力で空に吹き飛ばされていた美野里は幸いに無傷ですんだ。
衝光の力で肉体強化していた彼女にとって、着地にそう問題はない。
爆発の中心。
そこに着地した美野里は、肩を激しく動かし体を痙攣させたように震え、うまく喋れない口でどうにか荒い呼吸をする。
そして、美野里はそこで見た。



何もなくなったその中心。
そこに残った、彼女の武器だった粉々になった大剣を………、










「じ、自爆魔法……」

魔法の力。
美野里に負け、ほんの少し気を失っていたルアは爆発が起きる寸前に気を取り戻し、咄嗟の反応で微量な魔力を使い防壁を作ることでどうにか爆発を回避した。
だが、爆発の余波は激しく、彼女が守ろうとしたものが全て最悪と化していた。

「なんで……なんでッ」

歯を噛み締め、同時に怒りを灯し、ルアはその眼光を目の前で立ち尽くす美野里に向けた。
もし、あの時彼女が邪魔をしなければ、ここまでの被害が起きなかった。
何が、助けるだ。
何が、教えてもらっただ。

(………全て、貴様のせいだ!!!)

ルアは向き出した怒りを魔力に変え、美野里に襲い掛かろうとする。
魔法使いという、騎士団という、そんなことは関係なく、ただ目の前の存在を消そうとした。
しかし、その直後。



「後、少しで上手くいくはずだったんだがな」



突然の空からの声。
聞き覚えのある、その声にルアは動こうとした体を止め視線を上へと向ける。
爆発の影響で、空には黒雲が立ち昇っていた。だが、その最中でそこに一人の男が魔法陣の展開させ立っていたのだ。
黒のローブ、顔をフーケで隠す魔法使い。
だが、ルアはその男を知っている。

「き、貴様は………」
「久しぶりだな、ルア。あれから腕を上げたじゃないか」
「ッ、黙れ!」
「…………だが、まだ未熟だな。強力な魔法で速攻しようとする癖が治ってない。もう少し冷徹かつズル賢くならなければ」

そう言って男は笑う。
高らかに、その場に広がる地獄絵図を見て笑うのだ。
不気味さを、まるで漂わすように、
だが、その時だった。








「………アンタ、なの?」








立ち尽くしていた美野里が顔を上げ呟く。
空に立つ男。
高らかに笑い、優雅に何かをほざいている。
そんな男が今、何をした?
足元に浮かぶ魔法陣はワバルの背中に刻まれていたものと同じ色をしている。
全ての最悪を生んだのが、あの男か?
ライザムを殺し、その彼を慕っていたワバルを騙し、殺した。




殺した。
殺した。殺した。殺した。


殺したッ!!!!



「ッ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



怒りの先、絶叫。
それに引き継ぎ、美野里が立つ一帯に衝光の光が柱のように空へ立ち昇る。さらに、彼女の手に握る光刀に他の武器、全てがその一刀に纏わり合体した。
そして、強大な巨大な一本の刀となった武器を手に美野里は歯を向き出し跳躍したのだ。
向かうは、空に立つ男。
美野里はその世界すら壊しかねない力を振り上げ、そのまま力にまかせ振り下ろした。
大規模の威力を持った一撃。
それで、全てが終わると誰もが思った。


「フッ…」


だが、その間を瞬間。
一つの、赤黒の魔法陣が遮った。

「ッ!!!?」

巨大な魔法陣ではない。
大光刀を赤黒の人の背丈ほどの魔法陣が防いだのだ。
驚愕の表情を見せる美野里。対して男は笑いながら言葉を投げかける。

「そう苛立つな…………ただの駒がなくなっただけではないか」
「ッ!! アンタだけはッ、アンタだけはあああああああああああああああああッ!!」

美野里は衝光の力をさらに注ぎ込もうとする。
魔法陣もろとも、この男を斬り伏せようとした。

だが、―溜まらない。

幾ら衝光の力を入れようと、その力が刀に行きわたらないのだ。
さらに続いて強大な刀だったそれが徐々に小さくなってきた。まるで、刀を受け止める魔法陣に吸い取られているかのように、

「ッ!?」

美野里はその瞬間、あの黒狼を思い出した。
衝光の一撃を放ち、その後にダガーへと戻って行った現象。
まずい、と思った。
その直後。
背後で数個の魔法陣が展開されると同時に美野里の体は十字架にかけられたように拘束される。
歯を噛み締め、衝光の力を使おうとする。
だが、思うように力が入らない。
苛立ちを表情に現し、怒声を叫び上げようとした。
だが、その直後だった。






「少しは落ち着いたらどうだ、町早美野里」






その言葉を聞き、まるで純白に塗りつぶされたように美野里の思考が真っ白に染まった。
今まで怒りが支配していたはず。
この男が憎くて仕方がなかった……それだけを抱いていた、はず。
それなのに、……………何故、

「な、何で…」
「…………………」
「…な、なんで………なんでアンタが私の本名を知ってるのよッ!?」

混乱と動揺が大きく美野里の思考を鈍らせる。
まるで欲しかったものを取り上げられた子供のように、美野里はその疑問を男に向かって投げかけた。
対して、男は顔を彼女に近づけると、その口を凶悪な笑みに変え、

「そんなこと、言わなくてもわかるだろう?」

言ったのだ。
それは美野里が待ち望んでいた言葉。
何も知らず、何もできず、ただ生きて行くしかなかった自分を救うかのように、



「この世界に貴様を呼んだのは……………私なんだから」



その、次の瞬間だった。
言葉に目を見開く美野里。その背後に突然と現れた黒狼が強靭な牙を向き出し美野里へ………、いや―。

『「!!!?」』

長く、伸びきった衝光の長髪を黒狼は噛み切ったのだ。
まるでガラスを割ったかのように音を立て、散らばり消える髪。


そして、長髪を失った美野里の体が痙攣を始めたと同時に、その口で吐血を始めたのだった。


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