異世界での喫茶店とハンター《ライト・ライフ・ライフィニー》

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第二章 崩壊する氷と炎

深紅の瞳

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第七十一話 深紅の瞳


銃都市ウェーイクト・ハリケーンの地下空間で広がる、数々の称号使いたちの死体。
その現場となる場所で、アチルとブロの前に現れた男は小さく笑い声を上げた後、重い溜め息を吐く。

「全く、この場所に忍び込んだ者がいると聞いて来てみましたが、まさか称号使いに加えて魔法使いもいるとは、実に困った組み合わせですね」
『………貴方が、ここの指揮をしている者と、そう判断してもいいのですね』

アチルの言葉にブロの殺気はさらに強く、濃くなる。
だが、対して男は小さく息を吐き捨てると、

「ええ、まぁ……一応はそうなってますね。それで? それが何か」
『なら、貴方に問います。………別に貴方が黒幕と思っていません。しかし、貴方たちは、………一体何をしたかわかっているんですか?』
「はて、何をとは?」


そう、男は言いながら言葉を問い返す。
全く何も感じていない、一欠片も罪悪感を抱いてすらいない。
眉間に力が籠ったのと同時に、アチルは瞳を見開き、冷静を装う事を忘れ、怒りにまかせ言葉を叫ぶ。

『ッ!! 貴方たちが行った、この場所で数百の人を死なせたことに対してだッ!!!』

直後、ルヴィアスの一本が男に向かって攻撃を開始する。
剣先は真っ直ぐと標的を突き刺すように、狂いのない特攻を見せる。だが、男と剣の軌道上に突如、一つの影が入ってくる。
それは、さっきまで吊されていた称号使いに引っ付いていた肉塊だった。突然の介入にルヴィアスは標的を変え、自身に飛びついてきた塊を切り裂いた後、アチルの元へと戻る。
その一方でアチルの言葉について考えていた男は、今起きた光景を眺めながら、小さな唸り声を上げる。
そして、問いの答えが出たような顔を浮かべ、男は言った。

「…それが何だというのですか?」
『!?』
「研究には犠牲はつきものです。称号使いの力は強大である。だから私たちはその力を地上にいるハンターたちに配布することで、今の世界、秩序を保っているのです。それを考えれば、苦になることなんて何もない」
『…本気で言ってるんですか?』

何も悪いことはしていない。
平然と人の命を奪い、それを研究という言葉で済ませる男は口元を緩めながら、アチルの言葉に応える。

「ええ、……彼らもまた同じ。誰かの助けになるとわかってここにいるのです、だから、何も責められることなどしては」

その直後。
バゴン!!! と地面が砕け、破壊音が男の言葉を消し去った。
音の発生源は地面を殴りつけ、殺気を膨らませるブロだ。

「黙れ」
「………………」
「コイツらが望んでここに来た? 自分が死ぬのを分かってて? ッ、ふざんけんじゃないわよッ!! ここにいる称号使いたちが、そんなことを望むわけないでしょ!!」

吊される死体の中に、涙の痕を残す者もあった。
口を噛みしめ血を流す、悔しさでいっぱいの者もいた。
そして、自分が一番苦しかったはずなのに、最後の力を振り絞って、妹を助けて欲しいと訴えた姉がいたッ!!
ブロの目の前で、そんな彼らを自分から望んでここにやってきた、とそう言う男がいる。
硬く、双剣の柄を握り締め、ブロは怒りを叫ぶ。

「アンタだけはここで殺す! 瞬殺じゃなく、永遠に終わらないぐらいに痛みでなぶり殺して、駒みじんまで切り裂いて生きてきたことを後悔させてやる!!!」
『…ブロ。私も一緒に』
「アンタは手を出さないで!! これは称号使いの弔い、私がやるべき事よ!! 行くわよ、双剣―――――ライフィニーモード!!!

アチルの手助けを拒否し、ブロは構えていた双剣を振り下ろし、力の解放を言い放つ。
二つの刃に赤い光が纏い、それは持ち主であるブロおも同時に纏いつく。
そして、その場で彼女が地面を蹴り飛ばした瞬間。
ブロは一瞬で男の目の前に迫り、下から上へ、双剣の一刀を振り上げた。
強力な一撃が今まさに激突するはずだった。
だが、

「ッ!?」

ガキン!! と、男とブロを隔てるように、薄光の壁が現れ攻撃が弾き飛ばされる。
予期しない現象に、ブロは歯を噛みしめ、後方に跳んだ。
だが、今度はこちらからです、と男は不敵な笑みを浮かべると、腰に収めた銃を取り出し銃口をブロへと向け、そのトリガーを引く。
直後、銃口から無数の光弾が枝分かれをするように放たれ、それは一斉にブロへと迫り、襲い掛かってくる。

「コイツ…ッ!?」

ブロは赤い光を足に集中させ、高速で回避の行動に入る。
弾の軌道から外れ、その広い空間を颯爽と走り抜ける。だが、光弾はまるで吸い寄せられるように彼女の後を追いかけてくる。

『っ、やらせません!』

アチルは宙を浮く四本のルヴィアスに指示を飛ばし、光弾を潰そうとした。
しかし、男はそんな彼女に対し、

「やれ、お前たち」

その言葉がスイッチだった。
死体となった称号使いたちに付く肉塊たちが、一斉にアチルを目掛け襲い掛かってきたのだ。

『ッ、ルヴィアス!』

アチルはルヴィアスに肉塊の排除を命じ、地面に横たわる少女を手で抱え、瞬時に転移でその場から少し離れた地点へと跳ぶ。だが、何体いるのかわからない肉塊は標的を再び補足し直すと、さっきよりも速く移動しながら追いかけて来た。

『水は支配と配布を作り、風は余分を排除する』

アチルは手を地面にかざし、魔法を唱える。
本来なら、無詠唱での魔法が出来る状態にある彼女。しかし、この場には今も尚、吊された称号使いたちがいる。
例え生きていなくとも、攻撃の巻き添えをその体に与えるわけにはいかない。その為に、詠唱を用いた調整が今のアチルには必要だったのだ。

(標的は肉塊のみ、それ以外は対象にしないッ!)

アチルの手をかざした場所から、大量の水が噴水のように現れ流れていく。そして、肉塊の足場に水が到達した直後、肉塊に対し、風の刃が水面から現れ、その醜い塊を切り裂いていく。
遠くからその光景を眺めていた男は、褒めるかのように口笛を鳴らす。
だが、その背後で急接近したブロは双剣を振り上げ、

「よそ見してんじゃないわよ!!」

そう言い放ち、剣を振り下ろそうとした。
だが、その次の瞬間だった。

「ッ!?」

突如、ブロと双剣に纏っていた赤い光が消えた。
そして、そんな彼女に向かっていた光弾も同じように不意に消えた、その時。

「っが!?」

がら空きとなったブロの腹部目掛け、男の強烈な蹴りが炸裂する。
瞬間、体の内に溜まった空気が強引に押し出され、一瞬と意識を失った彼女の体は、その地下空間の端ある壁まで吹き飛ばされ、破壊音と共に激突する。
衝撃によって壁にヒビが入り、ブロの口から血が吐き出される。

『ブロッ!?』

アチルは直ぐさまに転移に入ろうとした。
だが、ソレを肉塊が許さない。まるで知能があるかのように、何段にも積み重なるようにして肉塊は互いを重ね合い、水のない上空へと跳びながらアチルに襲い掛かってくる。





「ッ……この野郎…」
「これは凄い……今の攻撃を受けて、まだ意識を保っていられるのですね」

ゆっくりと近づいてくる男。
その体には、さっきまでのブロと同じ、赤い光を纏われている。
ブロは奥歯を噛みしめながら、眉間を寄せ、

「…私の称号を……お前ッ」
「ほぉ…気づいたのですね」

ブロの言葉に口元を緩める男は銃を直し、今度は二本の剣を鞘から取り出した。
そして、その刃に赤い光が纏うのを確認すると、それを見せびらかすように両腕を広げ、男は彼女に問う。

「双剣の称号。その力を身に味わった感想はどうでした?」
「……ッ!」
「称号に頼る者は、必ず称号を攻撃の手段として使う。まぁそれが称号使いにとっての許された行為なので、別にケチを付けるわけではありません。だがしかし、こうして称号を奪ってしまえば、その者はただの人間になる。そして、それを可能にするのが、私が持つ称号、強奪です。……とはいえ、一時的に称号を自分の物にできるだけであって、そう長くは使えませんが」

そう言って、男は勝ち誇った笑みを浮かべる。
だが、オリジナルを持つブロにとって、そんな男の力を。その正体を見破れないわけがなかった。

「ふぜけんじゃないわよ…、アンタのソレは、オリジナルじゃない。ただのレプリカでしょうがッ!!」
「ええ、そうです。しかし、例えレプリカだとしても、今まさにオリジナルを圧倒している事実は変わらない。…さて、そろそろ貴方の称号を貰うとしましょうか」

男は二本の剣に赤い光を込め、その刃に強大な威力を集めていく。
対して、壁によって後ろに退くことができないブロは顔を俯かせ、立ち上がる行動すら起こそうとしなかった。
抵抗する姿勢がない、と。そう判断した男は口元を緩ませながら、

「貴方の称号は手に入れるのに色々と大変そうなので、その両腕でも切り落としておきましょうか」
「…………………」
「おや、どうしたのです? さっきまでの威勢はもう終わりましたか?」

男は口を開かないブロに対し、そう挑発的な言葉を続ける。
だが、その中で彼女の唇は、そっと動いた。

「アンタは…………それを手に入れるために他の称号使いを……平和に暮らしていた奴らを殺したのか…」
「…何を今更。ええ、そうです。そして、貴方もその一人だ!!」

一切の躊躇いもない。
莫大な力がためられた二本の剣を振り上げ、俯くブロの両肩目掛けその刃を振り下ろす。
空気を切り裂き、その先にある身を斬る。
ガッ!! と男の目の前で音が鳴り響き…………二本の腕が地に落ちるはずだった。

「ッ!?」

驚愕の表情を浮かべる男の目の前に………赤い光を纏った刃を二つの小さな手によって止める、ブロがいた。
男は直ぐさま剣を戻そうと力を込める。
だが、剣は動かない。一ミリも、微動だにしない。

「ッん!! ッツ!!!」
「……なめんじゃないわよ」

必死に抵抗を試みる相手に対し、顔を俯かしていたブロはゆっくりと視線を男へ動かしていく―――

「たかが、レプリカ風情が…………本気でオリジナルに叶うと思ってるの?」
「ッひぃ!?」

そして、次の瞬間。
男の顔色は驚愕から恐怖へと塗りつぶされる事となる。
目では見えない、ブロの威圧は時間が経つに連れ膨れあがっていく中で、その圧に押されてさっきまでの勝ち気な顔が嘘だったかのように、男は唇を震わせながら言葉を吐き散らす。

「あ、貴方の称号は確かに私が奪った! それなのにッ、それなのにッ!! お、お前のその力は………その目は何なんだッ!?」

称号使いとは、称号という力を使い戦う力を持つ人間を指す。当然、称号を使えなくなった者は当然のごとく人間に戻ってしまうだろう。そのため、力を奪う者や力を封じる者に対し、称号使いの戦いは不利になる。
それ一択を攻撃手段にしている者にとっては、それは致命的な弱点でもある。
だがそれは、一択にしていればの話だ。

「……ば、馬鹿な…ありえ、…ない…っ」

未だ、自身が振り下ろされた剣が二つの手によって止められていることに男は動揺を露わにする。対して、ブロは静かに口を動かしながら、

「……確かに、称号を使えなくなった奴らはただの人間になる。その事に関してはオリジナルを持つ誰もが知っている事よ」

でもね、とブロは言葉を続ける。
そして、彼女は言う。


「私がいつ、一つしか称号を持ってないって言ったわけ?」


大きな瞳孔が見開き、その瞳は深紅の色へと染まっていた。
次の瞬間、バキィン!! と甲高い音を放ち、男の剣がブロの手によってへし折られる。
さらに、混乱した状況に反応を鈍らせる男に向かって、その重い足蹴りが放たれ、一撃が腹部に直撃する。

「 !!」

鈍く、不気味な音がその肉の内から小刻みに聞こえ、男の体はバネによって弾き飛ばされたように吹き飛び、ブロとは比べものにならないほどの破壊音を立て、その先にある壁に激突する。

「……ぁ…が…」
「まだよ。こんなので済むわけがないでしょうがッ!!!!」

強烈な衝撃が男の内部を損傷させ、大量の血を口から吐き出る。
だが、そんな中で、間近でブロの言葉が聞こえた。男の視界にその瞬間、力が込められることで震える拳が映り、バン!!! と高音が男の顔面から鳴り響く。
そして、そこから連続と音が鳴り続けて行く。
精巧に組み立てられた骨が次々と折られ、強烈な衝撃が脳震盪を起こしていく。が、そんな問題は最初の一撃で既に終わっていた。
言語を喋る、そんな思考すら男の頭に浮かぶことはなかったのだ。
男の体にある様々な部位が、高速の連打によって壊されていく。
無音に近かった地下に、止むことのない音が続いていく。
そうして、いつしか指令を飛ばされ動きを見せていた肉塊が止まり、追いかけられることから解放されたアチルが見つめる中、殴る動作を止めたブロの両手は真っ赤に染まっていた。
彼女の目の前には、虫の息を吐きながら、言葉を発することのできない人間の体とは思えない物体がある。
各部位がへし折られ、ただの肉の塊だけがその場に横たわっていた。

「ッ、死ねえええええええええええええええええええ!!!!」

今度こそ、その命を殺す。
もう何の抵抗もできない男に向かい、ブロは強大な力が込められた拳を振り下ろす。
それで全てが終わる、その時だった。

「!?」

ブロが放った拳の前に、宙を浮いた液体が突如現れ、その攻撃を止めた。受け止めたのではなく受け流したように、液体は衝撃を受け小刻みに揺れ動く。
本来なら止められることでさえ、ありえないはずなの威力が込められていたはずなのに…。
荒れた息を吐くブロは、背後に立つもう一人の存在…今まさに彼女の攻撃を防いだアチルに口を開いた。

「……邪魔しないでよ」
『そうはいきません。こいつには、まだ聞かなければならないことが山積みにあるので』
「………」
『この状況が、ここだけだとは限りません。殺すなら、情報を全て取り出した後からでも遅くはないはずです』
「…クッソ」

アチルの説得に逆らえず、ブロは腕をダランと下ろし、肩で息をつく。
それに同調するように瞳の色も正常な色へと戻っていき、ブロはその場に腰を落とした。
双剣とは違うもう一つの称号、ソレを使った事による急激な消耗があったことは、アチルの目から見ても十分に理解できた。

『…………(この男からどこまで情報が盗み取れるか)』

アチルは視線を、息を吐くだけの肉体となった男に向け、手をかざしながら魔法を発動させる準備をする。
この男の命など、どうでもいい。
だが、これ以上こんな場所で行われた非情な実験を見逃すわけにはいかない。

『貴方が知る情報全てを、教えて貰います』

冷酷な瞳を向けるアチルは、龍脈を魔力に変換し、魔法を発動させる。
男の体が光を放ち、情報が伝達される。
見たくない男の記憶、その中に何かしらの手がかりがある。
アチルはその情報を全て奪い尽く―――――――――――――――――――――――――



『ここまで、だな』


それは、突然だった。
アチルの脳内に、強引に侵入されたその言葉が静かに響き渡って聞越えてきた。
そして、その次の瞬間。
アチルたちの視界は、地下から地上。
視界を塞ぐ物のない、青空が広がる上空へと強引に変換される事となる。




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