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第二章 崩壊する氷と炎
禁忌を犯した魔法使い
しおりを挟む第七十二話 禁忌を犯した魔法使い
視界は一変して、青一色が広がる上空へと移り変わる。
謎の声に導かれるように、あの場にいなかった第三者による突然の介入によって銃都市ウェーイクト・ハリケーンの地下内部から、その真上となる上空に強制転移されたアチルとブロは今、重力に逆らえない空中の中、盲目の少女と共に空から地へ、真っ逆さまに落下し続けていた。
「ッ!」
周囲に手で触れる物がない状況も含め、全く事態を掴めないブロは空から落ちることによる中腹にのし掛かる不快感に顔を歪める。
だが、それでも彼女は必死に手を前に伸ばし、共に飛ばされた視力を失った盲目の少女の腕を手繰りで引き寄せ、離さないように強くその小さな体を抱き締めた。
対して、アチルはそんな現状にいる中で地下で一件を思い出す。
都市の地下内部で、十字架に吊された称号使いたちの死体の数々。そして、あのようなことが他に行われていないか、その情報を得るために彼女は強烈な攻撃によって重傷を負った男から記憶を読み取ろうとしていた。
しかし、その時。
突然とアチルの頭の中へ、直接話し掛けるように聞こえてきた声…。
(あの声は……まさか……っ)
実際に、アチルはその声の主と会ったことはない。
だが、その声と同時に龍脈を扱うアチルをいとも簡単に強制転移させた事実を鑑みることでその者は相当の力を持った者だと思われる。
そして、それほどの力を持った人物など、アチルが知る中で二人しかいない。
一人はアチルの母である現アルヴィアン・ウォーターの女王、レルティア。
そして、もう一人………それは――――――――
同時刻、銃都市ウェーイクト・ハリケーンの路地裏にて。
アチルたちが地下へと転移をした代わりに、その場に残りマーキングを守るよう言い任されていたジェルシカは今、銃を片手に警戒した顔つきで周囲に視線を巡らせていた。
「…何よ…これッ…」
舌打ちを吐きながら、ジェルシカは奥歯を噛み締め苛立ちを強くさせる。
だが、この路地裏という人通りの少ない場所で今も銃を構える彼女の周囲には、……………敵という影は一つも存在していない。
ましてや、この短時間の間に彼女の前に敵が現れたという事実もないのだ。
しかし、そんな状況にもありながらジェルシカは警戒を解こうとはせず、視線は何もない上空へと向けられていた。
そう、初めから彼女が敵意を向けているのは、人ではなかったのだ。
彼女が敵意を向けていたもの。
それは現に今起きている、この銃都市ウェーイクトに突然と襲い掛かった惨事に対してなのだから。
事の始まりは数分前に遡る。
アチルと別れた後、ジェルシカは一人路地の壁に背を預けながらモヤモヤした気持ちを落ち着かせようと溜め息をついていた。
言い負かされた形で置いていかれた彼女だが、このままここにいたとしても何かをするわけでもない。とはいえ、地下へと向かった彼女たちの跡を追いかけるのも色んな意味で強情過ぎる行動だと思え、ジェルシカは片手で髪を掻き乱しながら、ゴチャゴチャとなる思考に小さな唸り声を出していた。
だが、その時。
それは何の前触れもなくして、誰も予期することができない異変が突然と舞い降りた。
「ッ!?」
それは突如にして、数秒の出来事だった。
都市一帯の地上にある全ての物に向けた、日常では味わうことのない強力な重圧の圧が銃都市ウェーイクト・ハリケーンの全域を支配したのだ。
奇襲とも取れる都市に対する攻撃。
だがそれは、ハンターと名乗る者たちが多く住む大都市にとって、都市勢力その物に喧嘩を売るのと同じ意味を持ち、たった一つの攻撃が何百者ハンターたちを敵をまわす結果を生む恐れがあった。
だからこそ、そんな馬鹿げた行動を起こす者はいないと、そう都市に住む誰もが思っていた。しかし、そんな淡い考えは今この瞬間に壊されることとなってしまった。
何故なら、攻撃は現に今、銃都市ウェーイクト・ハリケーンに襲い掛かってきているのだから。
「ッ…」
突然の事態に息を詰まらせるジェルシカ。
彼女の周囲から、ミシッという不気味な音が継続して鳴り続く中、重圧による影響は着実に都市全体を支配している。
銃都市を観光する目的でやって来た人々は、その重みに耐えかねその場に蹲ることしか出来ず、通りから離れたこの路地裏からでも人々の困惑した声が聞こえてくる。
また、例えハンターとしての実力を持っていたとしても、並のハンターたちは同様にロクに動くことさえ出来ない始末だ。
ただ幸いだった事に、事態が起きる以前から周囲に警戒を意識していたジェルシカだけが直後に起きた異変に気づき、重圧が完全になる手前で銃声による防壁を発動させることが出来た。
だが、それでも完璧に重圧の攻撃を防げたわけではない。
動けたとしても身体的な動きの速さは鈍くなり、銃弾を撃ったとしてもそれが狙った場所を撃ち抜けるとは到底思えない。
戦力として考えても、今の彼女の状態はほぼ戦力外的状態だった。
(こんなの、真面な奴が起こせるわけがない……一体、誰よ。ウェーイクトに攻撃を仕掛けようとする奴はッ)
自身の不甲斐なさに苛立つジェルシカは空を見上げ、この元凶を引き起こした者について考える中、ふと地下調査の為にその場所へと転移したアチルたちのことが気がかりになり始めた。
都市の秘密を探ろうと地下へと侵入したアチルたち、その数分後に起きた都市への奇襲攻撃。
ジェルシカには、それがただ偶然に重なり合ったとは到底思えなかった。
現時点でその攻撃はまるで、タイミングを計ったように立て続けに起きている。
地下で何かが起き、それが原因で都市への攻撃が開始されたと考えるジェルシカだったが、それでも地下の出来事とイコールして、地上を攻撃する。
その関係性は、あまりにもアンバランスなのではないかと思えてならない。
(って言っても、例えそうだったとして、………この重圧を今の私がどうにかできるわけでもないッ…)
考えは色々と募るも、それに対しての行動が思いつかない。
完全な力不足に奥歯を噛み締めるジェルシカは、現状況で対抗策のない都市への攻撃についての考えを後回しにした。
そして、この状況を鑑みながら彼女は今一度、アチルたちとの合流することを決める。
「よしッ」
視線を地面へと向け、ジェルシカは胸ポケットから光沢のある赤い銃弾を取り出し、片手に持つ銃へ装填する。
そして、外すはずのない足元の地面に銃口を構え、地下内部へと繋がる入り口を強引にこじ開ける為、その指に掛けられたトリガーを引こうとした。
だが―――――――――その矢先のことだった。
「ちょっと、遅すぎるわよ!」
「うるさい、お前みたいな肉体派に動きを合わせられるわけがないだろっ!」
ジェルシカの耳に、路地裏へと繋がる通路から突然と両者いがみ合うような言い争いが聞こえてきた。
同時に、この場所へと向かってくる足音も聞こえてくる。
地面に銃口を向けていたジェルシカは目を見開かせながらも直ぐさま思考を冷静にさせ、銃口を通路側へと構え直す。
この危機的状況の中、滅多に人の寄りつかないとされる場所に何者かが近づいて来ている。
怪しむには十分過ぎる材料だ。
喉奥に溜まった唾を飲み込み、頬に冷や汗を浮かべるジェルシカは銃のトリガーに掛ける指に力が籠める。そんな中でも足音は以前と近づいて来ている。
一刻一刻と時間が過ぎ、その場の緊張が張り詰めていく。
(ッ…!)
そして、手汗を感じるジェルシカが見つめる先で二つの声が通路から路地裏へと飛び出す。
重々しい重圧が今もその場を支配する状況の中、ジェルシカの目の前に現れたのは―――――――――――――――背丈の似た、同じ衣装に身を包む二人の少年少女の姿だった。
「ねぇ、火鷹。ここで、あってるのよね?」
「ああ。……はぁ、はぁ、シンドイ…っ」
通路から出てきたのは、どちらも歳が十六程といった学生服を着込んだ子供たち。溜め息をつく少女の一方で、少年は両膝に手をつけ荒い息を吐く。
全く呼吸を乱していない活気のありそうな少女の両四肢には、空色の細長い六角形が背に埋め込まれた黒一色のガントレットやブーツが装着されている。
対して、やっと呼吸を落ち着かせ始めた少年の肩には橙色をした小さな子猫サイズの狐のような生物が上手に肩上に乗り、周囲を見渡してはクンクンと匂いを嗅いでいる。
見慣れない衣装に加え、幼い年齢の子供たちの登場に戸惑った表情を浮かべるジェルシカ。
対し、話を終えた子供たちは周囲を見渡し状況を確かめる。
そして、不意に少女の視線が銃を構えるジェルシカへと止まった。
「ッ!?」
殺気のない、何の変わりもない視線。
だが、ジェルシカにとっては違う。都市全域に及ぶ並の重さではない重圧が掛かる中、全くその重みを感じていない様子で移動する二人に存在に対し、彼女は今、驚異を感じていた。
自分よりも年下の子供に怖気づいていることに対しては二年前のアチルに負けた時と同様の悔しさを感じる。だが、それよりも先に心中に浮かんだ疑問が彼女の体を強張らせていた。
それは、たった一つの疑問。
何故、この状況でこの場所に……この子供たちはやって来た?
焦りを見せないよう、奥歯を噛み締め平常を装うジェルシカ。だが、その頬にはびっしりと汗の粒が浮かび上がっていた。
だが、一方でそんな彼女の状態などお構いなしの少女は、ゆっくりと品定めでもするかのようにジェルシカを見据えた後、やがてその口元を緩ませる。
そして、少女は平然とした態度で前へと近づいてくる。
自身の元に近づいてくる。その事に対し、咄嗟に銃のトリガーを引こうとしたジェルシカだったが、……その時。
近寄ってくる少女の口から、ある一人の名前が出てきた。
「あの、ここにまだアチルさんの魔法は残っていますか?」
上空からアチルたちが落ちる先には、闘技場のようなアリーナが建設されていた。
そこはインデール・フレイムと同様にウェーイクト・ハリケーンにも建てられる事となった、ハンターたちの修行を考慮して作られた闘技場だった。
しかし、称号というモノが出始めた頃から、修行に身を乗り出す者も少なくなり今では誰も利用することない廃墟と化している。
塀の内であるアリーナの敷地には、闘技をするための平らな地面とそれから戦いを観戦するために作られた観客席がある。
『っ!』
この場所なら大丈夫だ。
そう判断したアチルは、地面まで後数キロメートルといった距離で闘技場の中心に向かって手のひらをかざす。
直後、闘技場の中央から魔法による特大の水を噴水のようにして溢れながら生み出され、都市に建てられた闘技場、その三分の一ほどの大きな正方形の水の塊が形成された。
アチルはそれを作り上げた後、成り行くままに水の塊に向け落下していき、それに習うようにブロも盲目の少女を抱えて落ちて行く。
チャポン、と先に正方形の表面に足をつけたアチルは、そのまま水中に取り込まれるように体を潜らせ落下の衝撃は水によって吸収されていく。
ブロも同様に水中に沈んだ。
だが、そこで彼女はあることに気づく。
「っ!? ぇ」
何故か、水中にも関わらず衣服や体が濡れない所か息さえも普通にできる。
本来なら言葉を発する動きを一つさえすれば口内に大量の水が侵入してくるはずだった。しかし、アチルが作り出した水はそんな常識を覆していた。
未だ困惑した表情を浮かべるブロ。だが、それをよそにアチルは先に足を水中からその下にある地面へ付けた際、靴の爪先で地面をコンコンと蹴った。
その次の瞬間、パン!!! と音をたて水の塊は周囲に弾け飛びながら霧となって消えていく。
「わわッ!?」
突然と水が消えた事によって、着地前に宙に放り出されてしまったブロだったが、幸いにも小さな声を出しつつも無事に地面へと着地する事が出来た。
大きく息を吐きながら、胸の前で抱きしめる少女の安否を確かめたるブロ。
だが、対するアチルはそんな彼女たちには目もくれず、闘技場の出入り口に当たる場所に視線を向け、ゆっくりと片腕を上げ手のひらをかざした。
そして、アチルは魔力を高めることなく魔法を唱える。
『リヴァイアサン』
次の瞬間、静寂だった闘技場に轟音の鳴き声が響き渡る。
アチルの口からその言葉が発せられた直後、目の前に巨大な魔法陣が展開されたと同時に巨大な水龍王リヴァイアサンが現実となる世界へと召喚される。
二年前とは比べものにならない巨体となったリヴァイアサンは、大音量の咆吼を喉奥から上げ、真っ直ぐと指定された出入り口へと突き進む。
地面を擦るように進む水龍は、地表を砕いては冷気でそこにあるもの全てを凍らせ、周囲に被害を及ぼしながらも真っ直ぐと進んで行く。
リヴァイアサンは大きく開けた顎の中心で、気を溜める兆しを見せる。
だが、そんな水龍王の頭上に突如、
『ッ!?』
アチルが見せた魔法陣に似た赤黒の陣が現れた瞬間、そこから巨大な岩の拳が召喚と共に龍王の頭部に強烈な一撃が振り下ろされた。
その攻撃は、仮に地面に当たっていたならば地割れ程度では済まなかっただろう。
頭部から顎下にかけて裂け目を刻み込まれ、さらには力を溜めつつあった大口がその途中で強引に閉じられた。
リヴァイアサンは悲鳴のような声を上げるが、その赤い瞳はギロリと真上にある拳を睨み付ける。
そして、まるで最後の抵抗でもあるかのように、閉じられながらも咆吼を上げる。
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアッツ!!!!』
その場一帯に響き渡る轟音と同時に、水龍本体たる体が端の尾から次第に氷のように凍り始める。それと同時に、頭と密着していた拳も巻き込まれるように一瞬にして氷に包まれた。
全体が氷へと変わるのに数秒も掛からなかった。
ピキッ、と肉体の維持が保てなくなったリヴァイアサンはまるで道連れにするかのように、頭上に顕在する拳と共に自身の体を粉砕する。
二つの物体は周囲に氷の破片を残しながら粉々に砕け散り、地面には割れた氷から発せられる冷気がその場に多く漂った。
『……………』
属性にもよるが、水魔法でも高位にあたる水龍王の召喚。
以前とは比べものにならない強さを持つ龍だった。だが、その力でさえも、いとも簡単に倒されてしまった。
アチルは眉間を寄せながら、歯を噛みしめる。
だが、その状況の中で、
『ほぉ、リヴァイアサンを出してなお、魔力が衰えていないか。……そうか、お前も龍脈を手に入れたのだな』
パチパチ、と褒めるように手を叩く音が闘技場の出入り口の奥から聞こえてくる。
そして、アチルとブロの視線が集中する中で出入り口からゆっくりとした動きでローブを身に纏った一人の男が姿を現わした。
前髪や表情はローブによって半分隠れている。だが、唯一見える口端がニヤリと裂けたように笑っていた。
アチルの瞳は大きく見開かれ、彼女の感情に反応するように周囲に四つと分かれた魔法剣ルヴィアスが魔力を帯びながら宙の上で敵に矛先を向け停止する。
側にいるブロも少女を守るように抱きかかえながら警戒を強め、目の前に立つ男を睨みつつその男の詳細をアチルへと尋ねた。
「ねぇ、アイツは一体…」
『…まさか、あんな小物相手に貴方が出てくるとは思いませんでした』
「え?」
小物相手に、その言葉が地下で出会った男であることをブロは直ぐに理解する。
ローブの男を静かに見据えるアチルはその重くなった口をゆっくりと動かし、ついに彼女は語った。
今まで隠されてきた、様々な事件の裏に立っていたとされる、その者の正体を。
『あの男はかつて魔法都市アルヴィアン・ウォーターで数十者の人々を生け贄にして禁断魔法を行い、都市から永久追放された魔法使い。…………禁忌の魔法使い、ダーバス』
禁断魔法。
それは強力な魔法を発揮する代償に多くの犠牲を要するため、禁断と名を付けられた魔法のことを指す。そして、ローブの男――――ダーバスはその言葉に皮肉な笑みを浮かべ、一歩ずつ足を動かしながらアチルたちへと近づいて行く。
『その姿と顔立ち、流石レルティアの娘だな』
『…………………』
『だが、レルティアとは違った意味で龍脈に手を出したところを見るに、…あの女は娘の育て方を間違えたと見える』
ギリィ、と噛み締める歯から音をたてるアチルは宙に浮くルヴィアスを目の前に設置させ、四つの刀身は端と端で重なり合い、魔力を帯びた菱形(ひしがた)の輪へと形成され、アチルの前へとかざす両手に膨大な魔力を集中させる。
だが、その一方でダーバスは腹のそこから声を出すかのように笑い声を上げ、
『そんな幼稚なもので私を倒すというのか? 舐められたものだ…』
『………黙れ』
『しかし、小娘。…………龍脈を先に手にしている物との差は、勝敗を大きく左右するぞ?』
『ッ、黙れッ!!』
眉間に力を込めたアチルが叫んだ、その直後。
莫大な魔法が菱形(ひしがた)の輪を通し、莫大な威力を秘めた観客席をも喰らい尽くすほどの魔法砲撃が撃ち放たれる。
下手をすれば都市の一部が完全消滅するほどの威力が、その攻撃には秘められていた。
一度でも触れればその存在自体が消える、それほどの脅威が秘められていた。
だが、目と鼻の先まで迫る攻撃に対してダーバスは片手の一差し指を顔の前に持って行き、
『これがお前の力か。…………小娘、本当にレルティアの娘か?』
次の瞬間。
ダーバスの指先から展開させた小さな魔法陣によって、突き進むはずの強大な砲撃が簡単に止められた。
『!?』
『龍脈に手を出したからには期待をしていたのだが、……まさか、こんなものとはな』
大きな溜め息を吐くダーバスに対し、さらにアチルは怒りを込み上がらせ、放ち続ける砲撃に連続として魔力を注ぎ込んでいく。
必死に進もうと力を出し続ける砲撃、その外面から魔力による光が電気のように走ると同時にその大きさは次第と膨れあがっていく。
しかし、それを前にしてもダーバスは平然とした様子で立ち、アチルが見せる怒りの形相に首を傾げながら口を動かす。
『…小娘。何故、そう怒る。お前と私では、全くと接点はないはずだが?』
『うるさいッ! 貴方が二年前のあの時ッ、インデールにいたことは分かっています! そして、美野里を苦しめたこともッ!』
『ほぉ…………なるほど。しかし、あの女を見捨てたのはインデールの者たちだが』
『黙れッ!! 例えそうだとしてもッ、あの場所に貴方がいたこと自体が、貴方があの事件の黒幕だったという何よりの証拠だッ!!』
インデールという都市を落ちぶれたものにさせた。
その原因がダーバスにあると叫ぶアチル。
やれやれ、と溜め息を吐くダーバスは、顔の前に構えていた人差し指をそのまま維持させ、もう一本の片手を動かし、中指を親指の腹に掛けた形を作る。
そして、次の瞬間。
ピン、とデコピンでもするかのように迫る砲弾に向け中指で弾いた。
ただ、それだけだった。
強大な砲撃がまるでオモチャのように簡単にはね飛ばされ、上空に受け流された。
さらに加えて、ダーバスが小さな魔法弾をその砲撃に放った直後、外部からの攻撃に反応したアチルの一撃は空一面に巨大な大爆発を引き起こし、青色を茜色へと染め上げる。
周囲に浮かんでいた雲は一瞬で吹き飛ばされ、その下となる銃都市に多大な地響きが鳴り響く。
『…………ぁ』
自身の攻撃が事あるごとに簡単に潰されていく。
アチルの表情は驚愕と戦慄に染められ、自身の力が全く通用していないことにその顔には悔しさが滲み出ていた。
ブロも同じく、動揺を隠せずにいた。
だが、そんな中でダーバスは押し殺したような笑い声を出す。
それはアチルとの会話の中で現われた、美野里の事に関して、
『美野里…美野里か。っくく、はははっ…』
『何が、おかしいんですかッ…』
『くくっ………何、町早美野里の事を何も知らない小娘が、子犬のように泣き叫んでいるのが面白いのでな』
ダーバスの口から出た町早という言葉に対し、アチルの脳裏にかつて剣都市インデール・フレイムに存在していた一つの喫茶店の名前が過ぎる。
『町早…』
『ああ、それが奴の、いや………奴がいた世界での名前だ』
『!?』
『ほぉ……今の言葉に反応したと言うことは、貴様もあの女がシンクロアーツであることやこの世界の住人ではない事をレルティアから聞かされているみたいだな』
『………………』
二年前、魔法都市への襲撃騒動の後、都市アルヴィアンに残るように言われたアチルは、母でありアルヴィアンの女王レルティアから美野里が特別な存在であることを聞かされていた。
そして、美野里がいなくなった後、彼女の私物だった詳細不明の四角い機械を手にしたアチルは、そこから彼女がこの世界の住人でない事を知ってしまっていた。
しかし、このダーバスという男は、さらに美野里の秘密を知っている様子で言葉を続けていく。
『だが、シンクロアーツは衝光が守るべき存在、そこまでしか教えて貰っていないのではないのか?』
『…………』
「ねぇ、ちょっと……さっきからアンタ、何言ってるのよッ」
話の内容を詳しく理解できていないブロは、噛みつくようにダーバスの話に割り込んでいく。だが、そんな彼女に対し、ダーバスは小さく鼻で笑いながら、
『そう焦るな、称号使い。この話はその小娘だけでなくお前たち称号使いにとっても重要なものだ。さらに言えば、シンクロアーツはお前たちにとっても憎むべき者でもあるのだからな』
「…は? だから、何言って」
『なら、これを聞けば少しは興味を持てるか? ………シンクロアーツである、あの女がこの世界に戻ってきたことで、今まで眠っていた称号やセルバーストが目を覚ました、と言えば』
「!?」
突然と出てきたその二つの名前にアチルとブロの顔色が険しくなる。
そんな彼女たちの反応に、ダーバスは面白そうに口元をニヤつかせながら再び話を続ける。
『さっきも言いかけたが、シンクロアーツはただの衝光の親ではない。衝光使いたちはそう思い込んでいるようだが実際にあれは、力の原初なのだ。例えるなら、全ての特異的な力はあれから枝分かれするように生み出され、広まったと言えばいい』
『……………』
『だが、あの女が不在の間、ストッパーを掛けられたようにその進行は止まり、力の覚醒者は少数へとなってしまった。だが、奴がこの世界と再び定着した事で称号使いやセルバーストはまた増え、我らはその者達を利用することで本来なら手に入れることができない称号の複製に成功した』
「複製……じゃあ、アンタたちが…称号使いたちをッ!」
『…話を聞いていたのか? 怒る所はそこか? 違うだろ、元々あの女がこの世界に戻ってこなければ称号の力は復活することはなかった。全てはあの女が」
「ふざけるなッ!! アンタたちが地下であれをやったのが事実でしょッ! 私は、そんな絵空事聞かされて、はい、そうですかって素直に聞くつもりはないのよ!!」
例え、昔に何があったとしても、現にあの地下で行われた光景は偽りのない事実だ。
ましてそれに関与した者が今目の前にいる。その事に対し、一度は治まり掛けていた怒りが再び込み上げ、ブロの瞳が再び深紅に染まる。
しかし、そんな殺気を向けられてなお、ダーバスは平然とした様子で口を動かし、
『絵空事ではない。何故なら、私が連れてくるまであの女は元々この世界にいなかったのだから』
そう言って、その続きを口にしようとした、その時だった。
一瞬にして、その場一帯の地面がまるで新しい色によって塗り足されるように氷面に支配される。
冷気が地面から漏れ、辺りの気温も急激に冷めていく。
ダーバスは、ゆっくりと進んでいた足場が一瞬で凍り付いた事を静かに観察する。そんな男によそに、真っ直ぐと前を見据えるアチルはトーンを落とした声で口を動かした。
『もう黙って』
アチルの周囲に次々と極小の魔法陣が作り出されていく。
さらに彼女の足場の周りからも地面から生えるように凍りの棘が次々と突き出てくる。
『全部が貴方の仕組んだことは、今の説明でわかりました。そして、……あそこまでして、まだ美野里を追い詰めようとしていることも』
『…………………』
『だからもう、黙って。……貴方の言葉なんて、私はもうこれ以上聞きたくないッ!!』
周囲にまで及ぶ、強力な魔法。
アチルの瞳に染まる色がさらに純度を増すにつれ、側にいるブロにまで冷気という被害が襲ってくる。
だが、彼女の思考には既にそんな事などカバーする余裕はなかった。
ただ、目の前にいる男を倒す。
その事だけしか、脳裏に浮かばなかった。
そして、数秒にして魔力によるチャージが完了される。アチルが展開する魔法に、決まった名前はない。だが、放たれれば最後となる強大な一撃が今まさに放たれようとしていた。
しかし、ダーバスが鼻で笑い、パチンと指を鳴らす。
変哲のない、乾いた音だ。
だが、その直後。
戦況は一瞬にして覆り、アチルは窮地に追い込まれる事となる。
『ッ、がぁ!?!』
突如、異変がアチルの内部で起きた。
突然と胸の内に急激な痛みが走り、視界がその瞬間に酷く歪む。
さらに、全ての感覚が一瞬消えかけた直後、肺に穴が空いたような感覚と共に彼女の喉奥から血の塊が吐き出された。
ドサッ、と地面に倒れるアチルにブロは急ぎ側に駆け寄る。血を吐きながら荒々しい呼吸を続ける彼女の体は酷く冷たく、熱が冷めたように顔色も青ざめていた。
そして、そんな彼女たちの様子を見据えるダバースは愉快そうな表情を浮かべ、その状態になった経緯を話し始める。
『魔法とは違い、龍脈は先に手に入れた者との差で力の強さが歴然と変わる。そして、龍脈の力とは魔法使いが最強に辿り着く為に絶対に必要な物であり、龍脈を使い続けることでその者の体は着実に人間のそれとは違うものへと進化していく』
「…ッ」
『だが、そんな龍脈を使う者でも弱点はある。それは、完全な進化に至るまでは人間であるということだ。…さらに龍脈と繋がっている間、肉体と龍脈とを繋ぐルートには全くとして防壁が存在しないということ』
「アンタ、さっきから何言ってるのよッ!」
『なに、簡単な話だ。………今、その小娘と龍脈とが繋がるルートに毒を流した』
「!?」
『言っただろう、龍脈と魔法使いとが繋がっているルートに防壁が存在しないと。だから、それに毒を流すことなど簡単なことだったよ』
毒を流す。
そう軽々しい言葉を語るダーバスだが、本来それは簡単な物ではない。
この地の深々に存在する龍脈という力自体はまさにその地の力と言っても良い、それは計り知れない強力なものであり並大抵の力を介入させようとしても直ぐに消滅、もしくは弾き飛ばされてしまうのが普通だ。
しかし、そんな並大抵とは違う、同じ龍脈を使う力による毒なら話は別となる。
どちらがより龍脈の力を支配しているか。
その差によって、力の上下バランスが簡単についてしまう。
そう………アチルとは比べものにならないほどの龍脈を支配するダーバスとでは、勝敗は戦う前から既に決まっていたのだ。
「ッ! クッソ!!」
ブロはアチルの側に少女を寝かせ、双剣を抜き前へ構える。
だが、対してダーバスは再び指を鳴らした直後、数秒前にアチルが起こそうとしていた魔法と同じ、極小の魔法陣に周囲に展開させ、陣の中心には雷のような光が徐々に溜り始めていく。
『中々楽しませてもらったよ。だが……………今のお前たちは要らないな』
そして、アチルを見下した視線を向けるダーバスは、そう言葉を残した。
次の瞬間、周囲に展開された全ての陣から雷の砲撃がブロを含めたその場一帯に向けて発射される。
「ッ!?」
空気を貫き、砲撃の余波で地面を削り突き進む雷。
ブロは急ぎ二つの称号を使い、防御に入ろうとした。だが、そんな柔な防壁でその攻撃を防げるわけがなかった。
それは対峙して、直ぐに思い知らされてしまう。
圧倒的な力の差…。
ただ、やられるのを待つしか出来ないという事実に…。
「クッソオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!!」
ブロは奥歯を噛み締め、怒りの叫びを上げる。
彼女たちに残された道は、ない。
ここで負ける。―――――――――――――――――――――――――――――それしかなかった。
「炎王衝音・重刻」
だが、それは瞬きをした直後のことだ。
間近迫る雷が、突如として上空から現れた炎の振動によって押しつぶされ、消滅した。
地面からカスのような火種がパラパラと漂う中、目の前の事実に茫然と目を見開くブロ。
その一方でそんな彼女の後ろで倒れるアチルは霞む視界の中、上空から舞い降りた一人の男を確かに捉えていた。
炎を引き連れるように、地面に着地し、背中から生える炎の翼を消す男。
手入れのされていない後ろ髪。首元の黒いマフラーを巻き、すす切れた黒ずんだ紅のコートに身に纏う。
だが、例え成長したとしてもその容姿、面影は変わることはない。
アチルは掠れた声で、その者の名を呟く。
『………ルーサー、さん」
空から舞い降りた者は既にボロボロとなった骨刀を手に、ダーバスの前に立った。
かつて衝光使いであり、鍛治師でもあった。消息が不明となっていたその男……ルーサーは赤い瞳を見開き、その場に姿を現わす。
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