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「ロゼッタ様!ロゼッタ様!?おい!ロゼッタ様はどこだ!」
「へ?いや、ご気分が悪そうだったので、私も今、お水をお持ちした所で…」
「なぜ離れた!どこへ行ったのか見ていないのか!」
「で、ですから、私も今戻ってきて、そしたら、ご令嬢はすでにいらっしゃらず…」
「馬鹿者!あれほどそばに居るようにと…探せ!若君のことが知られる前に!」
慌てふためく執事の声を背中に聞きながら、私は上の階へ急ぐ。
前世の記憶を思い出してから、まもなく1年。
ジェイド様の住むお屋敷に、今日私はアポなしで訪れた。
ジェイド様への取次を請う私に、目を泳がせながら応対した執事は「お待ちください」と私を応接室に案内した。
すぐに取り次げるはずがないことはわかっているので、気分が悪いふりをして従僕を巻いた私は彼の部屋を目指す。
彼の部屋は2階の中ほど。
直接部屋に行ったことはないけれど、窓から私に手を振ってくれたこともあるし、大体の部屋の位置はわかる。
当たりをつけた場所に向かうと、他のドアよりも明らかに立派なドアが目に入った。
(ここでしょ。)
ドアの前まで来ると、雑にノックしてドアを開ける。
もう昼前だと言うのに、窓は重厚なカーテンで塞がれていて、室内は暗い。
やはり、ここだ。
後ろ手で鍵を閉めた。
本当は、こんな所に1秒も居たくないし、息さえ吸いたくない。
だが、自由を手に入れるために、やらねばならない。
「おはようございます、ジェイド様。お休みのところ申し訳ないのですが、あなた様に急ぎ用事がありましたので、勝手ながら失礼します。」
言いながら大股で窓に近づき、次々とカーテンを開け放っていく。
陽射しに照らされ、床に散らばる服や下着が目に入った。
爛れた昨夜の状況が容易に想像できる。
澱んだ空気を吸いたくなくて、換気のために窓を開いた。
観音開きの窓を全開にすると、少し汗ばんだ私の肌を鎮めるかのように、冷気がなだれ込んできた。
やっと、気兼ねせず息ができる。
そうこうしているうちに、ようやく布団の膨らみが動き出した。
身体を起こし、目を擦りながらこちらを見る彼は、寝起きのせいか、いつもより気怠げだ。
「ん?ロゼッタ、なの?」
「左様です。お休みの所を申し訳ありません」
ニッコリ笑って、再び入ってきたドアの前に戻った。
今日の私の立ち位置は、ここなのだ。
「ロゼッタ…どうしたの?なんでここに…」
段々醒めてきたのか、声に少し動揺が感じ取れる。
まぁ、事後の現場を見られるのは、さすがにジェイド様も初めてでしょうからね。
仕方ないとは言え、こっちだって出来れば見たくなかった。
私は努めて明るい声を出した。
「ジェイド様、私、お願いがあって参りました。」
目を見開く彼が口を開く前に、ひと息に言い切った。
「婚約の解消に、同意して頂けますか?」
「婚約…解消…?」
「はい!」
勢いこんで返事をした私と違い、彼の方は、直ぐに反応できなかったらしい。
呆然とした様子で「婚約、解消?」と呟いている。
彼は何て言うだろうか。
同意してくれれば万々歳だが、拒否してくれてもどちらでもいい。
沈黙するのだけは、やめて欲しい。
そんな願いが通じたのか、彼はゆるゆると首を振った。
羨ましくなるくらい長くて真っ直ぐな銀髪が、波を立てる。
「そんな…そんな大事なこと、ここで決められるわけない…」
「それは…今は婚約解消できない、ということですか?」
彼のルビーのように赤い目をまっすぐ見据えてそう聞くと、彼は確かに頷いた。
「…そうだ。話し合おう、ロゼッタ」
やった…
胸の高鳴りが、一際大きくなる。
今日、ここに来た甲斐があったというものだ。
「そうですか。残念です。ですが…」
もう、ここには用はない。
あとは、退室するだけ。
「私、貴方様の同意は、それほど必要とはしておりませんの。それでは失礼いたしました。」
艶然と微笑みカーテンシーをきめて顔を上げたら、目の前に彼がいて、息を呑んだ。
「現せ」
低い声でそう唱えて、訝しげに私の目を覗き込むが、いつまでも私に何の変化もないことがわかると、微かに驚いた表情になった。
誰かが魔法で私に化けているか、または誰かが魔法で私の精神を乗っ取っているのか、その2つを瞬時に疑い、どちらの場合にも正体を暴ける姿現しの魔法を唱えたのだろう。
さすがは王宮筆頭魔法使い次席、とでも言うべきなんだろう。
彼にとっては、こんな行動力のあるロゼッタは最早別人で、誰かが成り代わっていると考えた方が自然だ。
でも、残念でした。
この1年、元々のロゼッタを演じながら、今日に向けて準備してきたのだ。
「へ?いや、ご気分が悪そうだったので、私も今、お水をお持ちした所で…」
「なぜ離れた!どこへ行ったのか見ていないのか!」
「で、ですから、私も今戻ってきて、そしたら、ご令嬢はすでにいらっしゃらず…」
「馬鹿者!あれほどそばに居るようにと…探せ!若君のことが知られる前に!」
慌てふためく執事の声を背中に聞きながら、私は上の階へ急ぐ。
前世の記憶を思い出してから、まもなく1年。
ジェイド様の住むお屋敷に、今日私はアポなしで訪れた。
ジェイド様への取次を請う私に、目を泳がせながら応対した執事は「お待ちください」と私を応接室に案内した。
すぐに取り次げるはずがないことはわかっているので、気分が悪いふりをして従僕を巻いた私は彼の部屋を目指す。
彼の部屋は2階の中ほど。
直接部屋に行ったことはないけれど、窓から私に手を振ってくれたこともあるし、大体の部屋の位置はわかる。
当たりをつけた場所に向かうと、他のドアよりも明らかに立派なドアが目に入った。
(ここでしょ。)
ドアの前まで来ると、雑にノックしてドアを開ける。
もう昼前だと言うのに、窓は重厚なカーテンで塞がれていて、室内は暗い。
やはり、ここだ。
後ろ手で鍵を閉めた。
本当は、こんな所に1秒も居たくないし、息さえ吸いたくない。
だが、自由を手に入れるために、やらねばならない。
「おはようございます、ジェイド様。お休みのところ申し訳ないのですが、あなた様に急ぎ用事がありましたので、勝手ながら失礼します。」
言いながら大股で窓に近づき、次々とカーテンを開け放っていく。
陽射しに照らされ、床に散らばる服や下着が目に入った。
爛れた昨夜の状況が容易に想像できる。
澱んだ空気を吸いたくなくて、換気のために窓を開いた。
観音開きの窓を全開にすると、少し汗ばんだ私の肌を鎮めるかのように、冷気がなだれ込んできた。
やっと、気兼ねせず息ができる。
そうこうしているうちに、ようやく布団の膨らみが動き出した。
身体を起こし、目を擦りながらこちらを見る彼は、寝起きのせいか、いつもより気怠げだ。
「ん?ロゼッタ、なの?」
「左様です。お休みの所を申し訳ありません」
ニッコリ笑って、再び入ってきたドアの前に戻った。
今日の私の立ち位置は、ここなのだ。
「ロゼッタ…どうしたの?なんでここに…」
段々醒めてきたのか、声に少し動揺が感じ取れる。
まぁ、事後の現場を見られるのは、さすがにジェイド様も初めてでしょうからね。
仕方ないとは言え、こっちだって出来れば見たくなかった。
私は努めて明るい声を出した。
「ジェイド様、私、お願いがあって参りました。」
目を見開く彼が口を開く前に、ひと息に言い切った。
「婚約の解消に、同意して頂けますか?」
「婚約…解消…?」
「はい!」
勢いこんで返事をした私と違い、彼の方は、直ぐに反応できなかったらしい。
呆然とした様子で「婚約、解消?」と呟いている。
彼は何て言うだろうか。
同意してくれれば万々歳だが、拒否してくれてもどちらでもいい。
沈黙するのだけは、やめて欲しい。
そんな願いが通じたのか、彼はゆるゆると首を振った。
羨ましくなるくらい長くて真っ直ぐな銀髪が、波を立てる。
「そんな…そんな大事なこと、ここで決められるわけない…」
「それは…今は婚約解消できない、ということですか?」
彼のルビーのように赤い目をまっすぐ見据えてそう聞くと、彼は確かに頷いた。
「…そうだ。話し合おう、ロゼッタ」
やった…
胸の高鳴りが、一際大きくなる。
今日、ここに来た甲斐があったというものだ。
「そうですか。残念です。ですが…」
もう、ここには用はない。
あとは、退室するだけ。
「私、貴方様の同意は、それほど必要とはしておりませんの。それでは失礼いたしました。」
艶然と微笑みカーテンシーをきめて顔を上げたら、目の前に彼がいて、息を呑んだ。
「現せ」
低い声でそう唱えて、訝しげに私の目を覗き込むが、いつまでも私に何の変化もないことがわかると、微かに驚いた表情になった。
誰かが魔法で私に化けているか、または誰かが魔法で私の精神を乗っ取っているのか、その2つを瞬時に疑い、どちらの場合にも正体を暴ける姿現しの魔法を唱えたのだろう。
さすがは王宮筆頭魔法使い次席、とでも言うべきなんだろう。
彼にとっては、こんな行動力のあるロゼッタは最早別人で、誰かが成り代わっていると考えた方が自然だ。
でも、残念でした。
この1年、元々のロゼッタを演じながら、今日に向けて準備してきたのだ。
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