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「君、よくわかったな、忘却魔法にかけられていたと。普通は思い至らないだろう、あのような闇魔法は。」
婚約無効の手続きを待っている私に、議長を務めた若い男性が話しかけてきた。
「そうですね、最初から気づいていたわけではなくて・・気づいたのはつい去年のことです」
「どうやって?魔法をかけられたこと自体、忘れてしまうものなのに?」
「・・・忘れないはずのものを忘れていたので。」
男はその深い海の底のような、ダークブルーの瞳で、じっと私を見つめた。
どうやら話の先をご所望らしい。小さく息を吐き、話を続ける。
「マザレイの飴飾りをご存知ですか?年に1度のマザレイのお祭りで売られる飴です。毎年テーマがあって、テーマに合わせた飴が作られるんです。花だったり、動物だったり・・その飴を私、毎年楽しみにしていて。見たことありますか?」
「いや・・聞いたこともないな」
「本当に?あれはお菓子の芸術品ですよ?細い棒の先に、形も色も、本物そっくりに作られてるんです。それを毎年、マザレイに住む叔父が、私と妹に送ってくれるんですが、私はそれが本当に楽しみで・・すぐには食べずに、届いた日から1週間は大事に大事に部屋に飾るんです。去年は蝶々の飴でそれはもう美しくて・・ああ、つまりですね。マザレイのお祭りの後に、叔父から荷物が届いたなんて知らせを受けて、私がそのことをうっかり忘れるなんてこと、あるはずがないんです」
ジェイド様とのお出かけの後、帰宅した私がすっかり叔父からの荷物の報せを忘れていたので、メイドが不思議に思い教えてくれたのだ。
「なるほどな・・。それで、なぜ今回は忘却魔法が効かなかったんだ?」
「・・これを身につけていたから」
私は襟元から指を入れて、ネックレスを手繰り寄せた。
ペンダントトップを握った手を、彼の眼の前で広げてみせる。
そこにある、親指の爪くらいの大きさの、つるりとした乳白色の石。
傾けると、銀色の煌めきがサラサラと渦を巻く。
まるで石の中に、銀砂入りの液体が入っているように見えるが、割っても何も出てこない。
何度見ても不思議な石だ。
「まさか・・解魔の角石?本物か?これを君が?」
”解魔の角石”は、すべての魔法を無効化する。
その原料は、不死の鹿、エルフィンの角だ。
その希少性と効能から、非常に貴重で高価となっている。
「どうやって手に入れたんだ?一介の令嬢が手に入れられるような代物じゃないだろう?」
「残念ながら、私のではないんです。今日1日だけのお約束で、お金を払って借りました」
ジェイド様の魔法に対抗するために、「解魔の角石」は必須アイテムだったが、金額的にはどう頑張っても手が出ない。
なので、前世の記憶を元に、この世界にはない”レンタル”のシステムを提案して借りることにした。
1日だけのレンタルとは言え、目が飛び出るほどの金額だった。
ネックレスの金鎖の部分に魔法付与されているので、0時になった瞬間に、自動的に貸し主の元に返却される。
「これを借りるのに、お金はほとんど使ってしまいましたけど、やっぱり借りておいてよかったです」
「君は何というか、豪胆だな・・」
何だか呆れられたような気がするが、結果オーライではないだろうか。
「金もなくて・・これからどうするんだ?市井に降りるつもりだと聞いているが。」
「ええ、仕事を見つけて自活します」
「・・多少は援助してやってもいいぞ。金がないんだろう?」
冷たそうな見た目に反して、どうやら私を気遣ってくれているらしい。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。」
そう言ってニッコリと笑顔を返すが、彼は疑わしげな視線を送ったのみだった。
「仕事の当てはあるのか?」
「それはこれから探しますけど・・」
彼の眼差しに疑いの色が一層濃くなり、私は慌てて言葉を継いだ。
「大丈夫ですよ?当面の生活費は残してますし、私これでも計算が得意なので、仕事先には困らないです」
「計算が得意?本当に?」
前世では珠算を習っていて、暗算が得意だった。5桁位の暗算は余裕だし、総合商社に勤めていた経験を生かせば、食いっぱぐれることはないだろう。
この1年、自活に向けて準備は整えてきたつもりだ。
男はまだ訝しげな様子ではあったが、ため息をつくと「餞別だ。」と言って、懐から小さな巾着を出して私に寄越した。
「何ですか?」
「オオチガマヘビの尾石だ。別名を身守り石、とも言うな。」
「え・・身守り石!」
オオチガマヘビは身の危険に晒されると、この尾石に貯めた魔力で魔法を起こし敵を倒す。
一度使えば尾石は割れてしまうので、オオチガマヘビが魔法を使えるのは一生に一度だけ。
身の危険を感じさせずに、尾を切り落とさねば得られない石なので採取が難しく、解魔の角石ほどではないにしろ、これも高価な部類に入る石だ。
持ち主が強い身の危険を感じると、この身守り石が魔法を発動し助けてくれる。
「ありがたいですが・・いいんですか?」
「君が行き倒れでもしたらさすがの私も寝覚めが悪いからな。売ればいい金になる。もしものために、持っていて困ることはないだろう。」
「・・優しいんですね」
巾着を開いて中を覗くと、彼と同じ、ダークブルーのペンタゴンストーンがきらりと光った。
「・・これが優しさだと思うなら、君は相当お人好しだ。」
彼が自嘲するように笑う。
「ただ後ろめたいだけだよ。君の望みを叶えることが果たして君にとって最善だったのか、それはこれからの君次第だからな。」
ダークブルーの瞳が真っ直ぐ私を射抜く。
「この先の人生を幸せに生き抜いて、証明してほしい。今日のこの判断は間違っていなかった、と。そうでなければ私は、年若い令嬢を不幸にした極悪人だ」
その瞳は私を通り越して、ずっとずっと先を見ているかのようだった。
婚約無効の手続きを待っている私に、議長を務めた若い男性が話しかけてきた。
「そうですね、最初から気づいていたわけではなくて・・気づいたのはつい去年のことです」
「どうやって?魔法をかけられたこと自体、忘れてしまうものなのに?」
「・・・忘れないはずのものを忘れていたので。」
男はその深い海の底のような、ダークブルーの瞳で、じっと私を見つめた。
どうやら話の先をご所望らしい。小さく息を吐き、話を続ける。
「マザレイの飴飾りをご存知ですか?年に1度のマザレイのお祭りで売られる飴です。毎年テーマがあって、テーマに合わせた飴が作られるんです。花だったり、動物だったり・・その飴を私、毎年楽しみにしていて。見たことありますか?」
「いや・・聞いたこともないな」
「本当に?あれはお菓子の芸術品ですよ?細い棒の先に、形も色も、本物そっくりに作られてるんです。それを毎年、マザレイに住む叔父が、私と妹に送ってくれるんですが、私はそれが本当に楽しみで・・すぐには食べずに、届いた日から1週間は大事に大事に部屋に飾るんです。去年は蝶々の飴でそれはもう美しくて・・ああ、つまりですね。マザレイのお祭りの後に、叔父から荷物が届いたなんて知らせを受けて、私がそのことをうっかり忘れるなんてこと、あるはずがないんです」
ジェイド様とのお出かけの後、帰宅した私がすっかり叔父からの荷物の報せを忘れていたので、メイドが不思議に思い教えてくれたのだ。
「なるほどな・・。それで、なぜ今回は忘却魔法が効かなかったんだ?」
「・・これを身につけていたから」
私は襟元から指を入れて、ネックレスを手繰り寄せた。
ペンダントトップを握った手を、彼の眼の前で広げてみせる。
そこにある、親指の爪くらいの大きさの、つるりとした乳白色の石。
傾けると、銀色の煌めきがサラサラと渦を巻く。
まるで石の中に、銀砂入りの液体が入っているように見えるが、割っても何も出てこない。
何度見ても不思議な石だ。
「まさか・・解魔の角石?本物か?これを君が?」
”解魔の角石”は、すべての魔法を無効化する。
その原料は、不死の鹿、エルフィンの角だ。
その希少性と効能から、非常に貴重で高価となっている。
「どうやって手に入れたんだ?一介の令嬢が手に入れられるような代物じゃないだろう?」
「残念ながら、私のではないんです。今日1日だけのお約束で、お金を払って借りました」
ジェイド様の魔法に対抗するために、「解魔の角石」は必須アイテムだったが、金額的にはどう頑張っても手が出ない。
なので、前世の記憶を元に、この世界にはない”レンタル”のシステムを提案して借りることにした。
1日だけのレンタルとは言え、目が飛び出るほどの金額だった。
ネックレスの金鎖の部分に魔法付与されているので、0時になった瞬間に、自動的に貸し主の元に返却される。
「これを借りるのに、お金はほとんど使ってしまいましたけど、やっぱり借りておいてよかったです」
「君は何というか、豪胆だな・・」
何だか呆れられたような気がするが、結果オーライではないだろうか。
「金もなくて・・これからどうするんだ?市井に降りるつもりだと聞いているが。」
「ええ、仕事を見つけて自活します」
「・・多少は援助してやってもいいぞ。金がないんだろう?」
冷たそうな見た目に反して、どうやら私を気遣ってくれているらしい。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。」
そう言ってニッコリと笑顔を返すが、彼は疑わしげな視線を送ったのみだった。
「仕事の当てはあるのか?」
「それはこれから探しますけど・・」
彼の眼差しに疑いの色が一層濃くなり、私は慌てて言葉を継いだ。
「大丈夫ですよ?当面の生活費は残してますし、私これでも計算が得意なので、仕事先には困らないです」
「計算が得意?本当に?」
前世では珠算を習っていて、暗算が得意だった。5桁位の暗算は余裕だし、総合商社に勤めていた経験を生かせば、食いっぱぐれることはないだろう。
この1年、自活に向けて準備は整えてきたつもりだ。
男はまだ訝しげな様子ではあったが、ため息をつくと「餞別だ。」と言って、懐から小さな巾着を出して私に寄越した。
「何ですか?」
「オオチガマヘビの尾石だ。別名を身守り石、とも言うな。」
「え・・身守り石!」
オオチガマヘビは身の危険に晒されると、この尾石に貯めた魔力で魔法を起こし敵を倒す。
一度使えば尾石は割れてしまうので、オオチガマヘビが魔法を使えるのは一生に一度だけ。
身の危険を感じさせずに、尾を切り落とさねば得られない石なので採取が難しく、解魔の角石ほどではないにしろ、これも高価な部類に入る石だ。
持ち主が強い身の危険を感じると、この身守り石が魔法を発動し助けてくれる。
「ありがたいですが・・いいんですか?」
「君が行き倒れでもしたらさすがの私も寝覚めが悪いからな。売ればいい金になる。もしものために、持っていて困ることはないだろう。」
「・・優しいんですね」
巾着を開いて中を覗くと、彼と同じ、ダークブルーのペンタゴンストーンがきらりと光った。
「・・これが優しさだと思うなら、君は相当お人好しだ。」
彼が自嘲するように笑う。
「ただ後ろめたいだけだよ。君の望みを叶えることが果たして君にとって最善だったのか、それはこれからの君次第だからな。」
ダークブルーの瞳が真っ直ぐ私を射抜く。
「この先の人生を幸せに生き抜いて、証明してほしい。今日のこの判断は間違っていなかった、と。そうでなければ私は、年若い令嬢を不幸にした極悪人だ」
その瞳は私を通り越して、ずっとずっと先を見ているかのようだった。
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