異世界でカイゼン

soue kitakaze

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第202話 アルファとベータ

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「アルファ、お前までなにを言い出すのだ」

「ベータは元服前だからダメと、おっしゃったではありませんか。僕は元服も済んだ16才です。それに、いまは特に仕事はしていません。それならかまわないということでしょう?」

 揚げ足を取られた形のミギキチであった。しかし病弱な長男を遠くにやる気などさらさらない。

「と、とんでもありませんぞ、アルファ様。あなたはトヨタ家の跡取りです。病弱な身でミノ国へなどと」

 アルファを次期総統にしたいヌカタ卿にしても、もちろんのことである。

「ヌカタ卿。ミノ国などそんなに遠いわけではありませんよ。馬車で半日もあれば着く距離です。どのみち私がここにいたところで、特に役には立っていません。それならいっそ」

「アルファ。黙れ!!」

 ミギキチの怒号が飛んだ。その剣幕の激しさに押されて誰も口を挟むことができなかった。
 久しぶりに見たミギキチの憤怒の表情。会場中に雷が落ちたようなものだ。誰もが息をのんだ。

「アルファ。それは許さん。病弱だとは言え、自分がトヨタ家の長男であるという自覚を持て」

 しかし会場中でただひとり、アルファだけは負けていなかった。それどころか、その表情には笑みさえ浮かんでいた。

「それがどうかしましたか?」
「なんだとぉ!」

「長男が後継ぐ、なんてことこそ時代遅れだと言っているのです」
「そ、そんな。アルファ様!?」

 ヌカタ卿は焦った。せっかく自分が近衛大将になってアルファを次期総統にする体勢ができそうだったのに、そのアルファ自身が自分でなくても良いと言い出すとは、まさに青天の霹靂である。

「時代など知ったことかぁぁ!!! この時代を作ってきたのはワシらだ。時代はワシらと共にあるのだ。なにも知らぬ若造が偉そうな口を叩くでないわ」

 ミギキチは怒り心頭である。会場が凍り付く。これだけの部下の前で、公然と反論されたのは初めてなのだ。普段遠慮のないエースでさえも、ミギキチに公共の場で意見したことはなかった。

 上司に意見を言うときはふたりきりになってからだ。上司が部下を叱るときもふたりきになってからだ(褒めるときは皆の前のほうが良いです)。

 それが大人のルールである(マメ知識)。それが分からないものは組織で働く資格はない。

 まだ幼いベータはともかく、帝王学を学んでいるアルファがそれを知らないはずはない。しかもこれは、最初から内輪の話である。それをこの場で持ち出したことで、場が紛糾しているのである。

 トヨタ家の身内のごたごたを、多くの部下たちの前に晒してしまった。はっきり言って失態である。

 その最初のきっかけを作ったエースは、この事態に当惑していた。自分だけがミノ国に行ければ良いのだ。ベータにオファーを出したのは、ただの論点ずらしである。

 それにうまいことベータが乗ってくれた。これは利用できると直感したエースは交換トレードを申し出た。
 ベータを諦める代わりに、自分のミノ国行きを認めさせるという材料に使ったのだ。

 エースにとっては痛くもかゆくもないトレードである。それをわざわざミギキチの肉親が作ってくれた。それに乗っからない手はないと思った。

 エースはレクサスと身の回りの世話係以外は、誰も連れてゆくつもりなどなかった。ベータなど、利用できる交渉カードのひとつに過ぎなかったのだ。

 しかしそこに、アルファまでが乗っかった(自分もミノ国へ行くと言い出した)ものだから、これをどう捉えたら良いのか、分からなくなってしまった。

(ちょっと、乗っかるのが早かったか。まさかあそこでアルファ様が出てくるとは)

 ベータに続いてアルファまでをシキ研が拒否することは、自分にとってメリットなのかデメリットなのか。その判断が付かないのである。

 ベータの気持ちなら良く分かっている。幼少より接することの多かった子供である。気の合う仲間、と言っても良いぐらいである。

 このニホン刀の構造(斬れ味ではなく)に、誰よりも興味を引いてるのがベータであろう。だから幼さを楯に、自分も行きたいとだだをこねた。それもひとつの戦略であろう。その年齢だからこそ許されるだだである。

 それがわざとであるならそれなりの策士であるが、ベータはそこまで考えていたわけではない。ベータはエースが好きなのだ。家族よりも他の友人よりも、エースと離れるのが嫌だった。それでエースの撒いたエサに速攻で食いついたのだ。

 そこまではうまくいったのだ。しかし肝心のエースが味方をしてくれなかった。ベータは忸怩たる思いである。

 エースのミノ国への移籍承認、そして近衛大将の後釜にはヌカタ卿という人事は、その流れで承認されそうな空気ができた。ベータの気持ちを踏みにじってではあったが。

 しかしその上に発せられたアルファの爆弾発言は、せっかく皆が納得しそうになった空気を完全に破壊してしまった。各人の思惑が入り乱れて、調整不能に陥ったのだ。

 アルファは、総統であるミギキチの怒声にさえも負けていない態度を取っている。

 エースを始め、会場のものはすべて、わけが分からずが黙って見ていることしかできなかった。

 しかし、ただひとり。この事態を正しく把握しているものがいた。

 レクサスである。レクサスは、アルファの発言意図を感じ取っていた。そして自分が口を出す機会をずっと窺っていた。


「総統は、もともとエースを跡取りにするおつもりであったのでしょう? それを今さら長男であることを自覚しろなどと、言うことが矛盾していますよね」

 その通りである。理屈ならアルファのほうに分がある。それはミギキチの弱みである。ミギキチは一番痛いところを、一番突かれたくない相手に突かれたのだ。それだけに、怒りは燃え上がる。

「小賢しいことを言うな! お前などの出る幕ではないわ!!」

 ミギキチの立場からすると、後継者にと思っていたエース。次男のベータ。その上に長男のアルファまでを一度に失う事態になろうとしているのだ。その喪失感を誰も分かってくれないという焦燥がある。

 どいつもこいつもワシの気も知らずに勝手なことばかいりを言いおって。もう、いっそこいつら全員を、トヨタ家から追放してやろうか。そんなことまで考えた。
 怒り狂った人間が取る行動は、いまも昔も変わらない。それは破滅への道の第1歩である。

 会場の人々は破滅の予感を感じ取っていた。しかし、口を挟めるものはいなかった。たったひとり、この男を除いては。

 レクサスが初めて口を挟んだ。

「アルファ様は、シキ研に移ったとしてなにをされるのでしょうか?」

 張り詰めていた空気がホッと緩んだ。話が具体的な内容になることで、感情の爆発は一時ではあっても反らすことができたのだ。

「僕は肉体労働はできないけど、いままでに築いてきた人脈というものがある。それを生かした営業、がいいかなと思うのだけど、どうだろうか、エース?」
「どんな人脈をお持ちでしょうか。先ほども言いましたが、我々の作る商品はこのトヨタ家のものとはまるで違いますよ」

「それだけに販路を確保するのに苦労しているのではないか? ユウという人は商品開発や生産には長けているようだけど、作った商品を売りさばく能力はあるのだろうか?」

 痛いところを突かれた、とエースは思った。商品の販路確保はシキ研の弱みである。ユウもそれで頭を悩ませている。

 アルファ様はいままでの話だけで、そのことに気づいたのだろうか。だとしたらなんと鋭いお人だろう。

「それをアルファ様ならできると?」
「はい、できますよ。まずはその包丁だけど、私の懇意にしている雑貨を扱う商店がアズマ国にある。アキバと言ってアズマでも1、2位を争うほどの大店で、流通量ならニホン有数だ。そこに話を通せばダマク・ラカス包丁でもステンレス包丁でも置いてもらえると思う」

 会場がざわめく。できますよ、ってはっきり言ったぞ。いつのまにそんなとこと懇意になったのだ? まさか適当なことを言っているだけじゃないよな。アキバって軍需関連で有名なところだろ。雑貨屋とは知らなかったな。いまのトヨタ家とはなんの繋がりもないと思うのだが、どうやってそんなところと?

「それからヤマトにはダイフクという食品関連の商家があります。シキ研で作ったというこのポテチなどは、そこで売れば爆発的に売れることでしょう。食はヤマトからというのは、商人の常識です。これだけおいしいお菓子なら、間違いなく売れます」

 その後、アルファは次々に商品とそれに関した販売ルートをすらすらと述べた。そのすべてを自分の人脈として持っているという。つまりいますぐにでも、シキ研の商品を取り扱ってもらうことができるというのだ。

 ユウは他人に頼るということが苦手だ。というよりもできないと言ったほうがいい。それはユウの大きな欠点でもある。

 部下に作らせることはできても、いまある流通に自分の商品を乗せるという発想はない。あっても人脈どころか人との交渉そのものが苦手なのだ。流通さえも自分で作ろうとしていたぐらいである。

 それがユウの得意分野なら必ずしも間違った判断とは言えないが、流通に関してはまったくの素人である。本質はカイゼン屋なのだ。一介の商人に過ぎないグースやマツマエに頼らなければならないほどの素人である。

 アルファがそれをどこまで見抜いていたのか、そこまでは分からない。しかしシキ研の業績に多大な影響を与えるポイントを、見事に突いて見せたのである。父親の前で。

 自分で流通経路を作るのではなく、すでにあるものを使おうということは、たくさん作って広く売るというユウの意志に反しない。それによってコストを下げることもできる。シキ研にとっては大きな利益であり、喉から手が出るほど欲している能力である。

 レクサスは答えた。

「私どもの弱点まで分析されているとは驚きました。それにそのお年で、それだけの人脈を築おられたことには畏敬の念に堪えません。素晴らしいことです」

 素直に称賛をした。これはおべんちゃらではない。レクサスの本心である。そのため、自分の判断にますます確信を持った。

 私の見込みが違っていなければ、これでこの話は終わるはずだ。だが、ほんとうにこれで終わらせて良いものだろうか。そんなわずかな疑念を持ちながら、レクサスは言った。

「しかし、残念ながらそれだけのためにアルファ様をシキ研にお迎えすることはできません」
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