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第40話 看板方式異論
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「ふん、むむむむむむむむむむむむむむむ」
がんばってくれてるなオウミ、よしよし。
「ふむむむむむんむんむん、ふぬぬぬぬぬぬぬ」
そろそろ3年ぐらいは進んだころかな? それにしても、もう少し呪文っぽい文言はないものか。
「ふんむむむむむ、おかしいノだユウ」
「おっ、どうしたオウミ?」
オウミの前には20個のアイテムが置いてある。
オウミの持つ超級魔法である時間統制魔法を使って、タケウチ工房で作った商品の経時劣化試験をしてもらっているのだ。これはオウミのメインの業務である。
この魔法は範囲魔法だそうで、一定の範囲内のものを一度に処理できるものであるらしい。
そのために、いろいろな試験品を貯めておいて、まとめて時間を進めてもらっている。このほうがオウミ的効率が良いからである。
現時点で、だいたい3年分の時間を進めたとオウミが言う。すでに金めっき品はいくつかがボロボロになっている。
そして、いまだになんの変化も見られないのは、ステンレス鋼が数種類と、アチラがニッケルめっきでやらかしたものと同等の金めっき品がひとつである。
「ふむ。ステンレスに関してはだいたい予想通りだが」
「おかしいのは、この剣なノだ。なんなのだ。これだけやって金めっきごときがなんともないのは、おかしいノだ。なんなノだ、なんなノだ」
なんでちょっと切れ気味? 別にお前の能力を疑ったりはしないぞ。
最初に成功した金めっき品は、2年ほどしか持たないことがすでに分かっている。それをもう少し伸ばすための試験をいろいろやっていたのだ。
そしたら、アチラがおかしなものを作ってしまったので、ついでにまとめて評価していた。ところが、皮肉なことにそれが一番の好結果となったというわけである。
「この剣だけ、いくら時間を進めてもまったくなんの変化も見られないノだ。まるで、魔法が滑っているような、そんな感じを受けるノだ。なんか歯がゆいのだ。なんか負けた気がするノだ」
魔法って滑るようなものなのか。まるでじじいのダジャレのように。それと、負けてないから。これはただの試験だから。
「時間を進めて劣化しないものなど、ついぞ見たことないノだ」
「まあ、そいうこともあるさ。そのぐらい強固なめっきがついたということかな?」
「これではまるで、純金なノだ」
ちょっと待ってな。ごりごりごりごり。例の砥石である。ごりごり。うむ、間違いなくめっきだ。オウミ、この断面を見て見ろ。
「本当なノだ……。よし、我の剣もこれで金めっきするのだ。これはすごいことなノだ」
確かにすごい。すでに3年分の時間を進めたのになんの劣化も見られないとは。
今のところ経時劣化評価は3年を上限としている。オウミのリソースも限られている。その範囲でこき使う……がんばってもらわなければならないのだ。
「今なんか、気になる発言があったノだ?」
それから3年も持てば充分という目算もある。過剰品質まで求めるつもりはないのだ。保証期間後の劣化が問題になるのであれば、割安で再めっきをかけてあげるというアフターサービスも考えている。
「無視なノか?!」
ところが、その3年を楽々クリアする金めっきができてしまった。
「過剰品質になってしまったな」
「そのようなノだ。でも、これはこれでかまわんのではないか?」
「ああ、もちろんかまわない。特別コストをかけたわけじゃないからな」
その後、アチラとコウセイさんを呼んで打ち合わせをし、そして確認試験まで行った。
そして結論はこうだ。
通常のニッケルをめっきする前に、電流値を倍にして短時間プレニッケルめっきを施すことで、金めっきの信頼性は大きく向上する。
どうしてだかは知らない。
だが、これなら3年保証がつけられる。しかし、そのために必要なコストはほとんど変わらない。
リードタイムは10%ほど長くなるが、現状で問題になるレベルではない。そもそも月に数千本できるキャパがあるのに、それを10本程度に抑えているのだ。少々の工数アップぐらい問題になろうはずがない。
「アチラ、おめでとう。お前のおかげだ。いい条件が見つかったぞ」
「あ、いえ、そう言われましても、困っちゃいますが」
コウセイさんが口を挟んだ。
「まあ、失敗は失敗だからな。アチラは反省すべきだ。だが、それを隠さずにきちんと報告したことが、今回の発見に繋がったと思う。そこは褒めていいだろうな」
なるほど。中間管理職の鏡のような回答だ。俺にはそんなこと到底思いつかない。せいぜいこのぐらいだ。
「間違えることはよくあることだ。人の注意力に頼っている限りそれはなくならない。だからポカよけを考える必要があるな」
「ポカよけか。その通りだが、なにかいい手はあるか?」
「めっき条件をプログラム化できるといいのだが」
「ぷろぐ なんだって?」
ですよね。コンピューターがないんだからそれは無理か。リレーもないだろうし。やむを得まい。ここはアナログに頼ろう。
「これからはめっきの種類は増えて行くと思われる。すると、商品ごとにめっき条件が異なるだろう。なん種類もの条件を全部覚えること、アチラはできるか?」
「えっと、難しいけどがんばります」
「その意気込みはいいけど、覚えてはダメだ」
「「ええええっ!? どうして?」」
うん、思った通りの反応をありがとう、ふたりとも。
「覚えちゃダメなんだよ。記憶に頼ることになるから」
「そ、それじゃ、どうやって?」
「看板を作ろう」
「カンバン?」
「看板はこっちにもあるだろ? その看板1枚につき、ひとつだけめっき条件を書いておく。めっきするものが決まったら、該当する看板をめっきの投入口あたりに掲示しておく」
「そうか、だんだん分かってきたぞ」
「コウセイさんは理解が早い、さすが工房の責任者だ。めっきを始めるときは、記憶には絶対に頼らないこと。その看板を見ながら、そこに書いてある通りに条件を設定するんだ。それで間違えることはなくなる」
「ほぇぇぇ。そんな方法があるんですね。言われて見れば、そのほうがこちらもずっと楽です」
「だろ? だから看板を作ろう。条件はそんなに多くないから、板のサイズは30cm□もあればいいだろう」
「分かった。アチラ、俺も手伝うから、その看板を今から作ろう」「はい」
とそんな感じでふたりが作業に取りかかった。
これがトヨタの生産システムのひとつ、看板方式である。
というのは大ウソである。
本当の看板方式とは、在庫管理を協力工場にやらせるという姑息な手法に過ぎない。在庫管理コストを協力工場に負わせているのだ。別にとても良くできたシステムなどではない(なんで俺がちょっと切れてんだ)。
それにしても、いろんなことがうまく行き過ぎている気がする。失敗のはずが新技術になったり、都合良く経時劣化試験ができるスキル持ちがタダで手に入ったり。
「そのタダで手に入った、から離れることはできないノか?」
いつかこの反動がでなきゃいいけどな。
「じゃあ、我の仕事は今日は終わりでよいな」
「あ、ああ。そうだな。お疲れさん。もういいぞ」
「よし、じゃあ我はちょっと行ってくるノだ」
「また、ヤッサンのとこか?」
「そうなノだ。あの、なんだっけ。ダマクラカス綱の進捗を確認するのだ」
「だまくらかしてねぇよ! ダマスカス綱だ」
そう言ってオウミはヤッサンの作業場に飛んで行った。まあ、あやふやな知識でやらせているのだから、だまくらかしていると言えなくもないが。
「邪魔にならないようにしろよ」
「分かっているノだ。子供扱いするなノだ」
すっかりだまくらか……そうじゃない、ダマスカス綱に魅せられているオウミであった。
「あ、私も行ってくる」
ミヨシもであった。
あいつら、いろいろと気が合うみたいだなぁ。オウミは俺の眷属なのに、ミヨシといる時間のほうが長くないか?
べ、別に妬いてなんかいないんだからね?
ふたりが夢中になっている理由は分かっている。夢中になっているのはヤッサンも同じだ。新しい刃物を作るという行為自体が楽しくて仕方ないのだ。
ダマスカス綱を毎日叩いているヤッサンの話では、普通の鉄を叩く5倍は疲れると言っていた。そのぐらい硬さの違う鉄を重ねて打つというのは難しいのである。
だからといって嫌になったとは一度も言わない。あのふたりも頼まれもしないのに、暇さえあれば毎日に見に行っている。
ヤッサンは、重ねる鉄の種類をいろいろ組み合わせて、いくつかの延べ板を作った。それで包丁は7本ほど作れるらしい。それを包丁に加工するのは、まだこれからだ。
ひーひー言って綱を叩くヤッサンを応援すべく、ふたりは汗を拭いたり冷たい飲み物を運んだりしているらしい。
あれはかえって邪魔なんだが、とヤッサンがこぼしているのを先日聞いた。だけど、せっかく手伝ってくれているのに、邪険にもできないからと諦めているそうだ。
良い人である。
俺はただ、ひっそり応援するのみである。ヤッサン、がんばれノシ。暑いところは嫌いなのだ。寒いところも嫌いだが。
ダマスカス綱が本当にできていれば、磨いたときに独特の文様が浮かび上がる。実は、それが一番重要なのだ。
ある意味、切れ味よりもその紋様のほうが大事だ。包丁になったときに、目立つからである。
市場の魚をさばく職人がウチのダマスカス包丁を使えば、否応なしに注目を集めるだろう。そして、それがタケウチ工房でしかできない包丁だという情報が口コミで伝わるはずだ。
そうなれば、包丁を買おうという人がぞろぞろ現れる。そういう魂胆である。
ただ切れるだけの包丁ではインパクトが少ない。切っている人にはその違いが分かっても、見ているだけの人には伝わりにくい。
腕が良いから切れているのだな、と思われてしまうとどうしようもない。
魚をさばく職人さんも、わざわざ包丁の宣伝をしてくれるわけではない。そもそも職人というのは、無口な人が多い。その人が上手に宣伝してくれると期待するのは間違っている。
だが、特殊な文様を持つダマスカス包丁ならば、見ている人がすぐに気づく。気づいたら質問せずにはいられないのが、主婦などのそれを使う立場の人であろう。
いくら無口でも質問されれば答えないわけにはいかない。そして包丁を見せながらこう言うだろう。
「これ、びっくりするぐらいよく切れるんですよ」と。
多少妄想が入っているが、そのようなことが起こるに違いない。そうすれば噂は広がり、我先にとタケウチ工房に注文が殺到することになる。そしたら資金難は解消である。妄想ばかりが膨らんでいくな。
包丁の需要は刀とは桁違いに多いはずだ。だが、ダマスカス包丁は1本5万ぐらいを想定している。
そして大事なのは、そうしてやってたきた客のうちのあまり裕福ではない人々だ。5万はさすがに手が出せないわね、今日は話のネタに寄ってみただけなの。という客層である。
5万もするから買うのは無理だけどちょっと見てみたい。だけどやっぱり手がでない、あぁぁ可哀想な私。
そこに。
「これなら5千で買えますよ」
とステンレス包丁を見せるのである。5万はきついなぁ、と思って見ていたカモ(人)にとっては、5千というのは割安に感じることだろう。
そこにすかさず「切れ味も良いし、なんといってもこれは錆びないのですよ」とアピールする。なんなら実際になにかを切って見せても良いだろう。
そうすれば、もう手を出さずにはいられまい。もともと5万の包丁に興味を示した人たちだ。包丁が欲しくて仕方ないはずだ。
もちろん、客に損をさせるつもりはない。包丁として5千は確かに高いが、錆びずにずっと使い続けられるのだ。もちろん切れ味だって悪いわけではないし、なまったら研ぐこともできる。ランニングコストを考えれば、高い投資ではない。
なんならアフターサービスとして研ぎはこちらで引き受けても良い。研ぐ現場を見せることは、新たな客集めにもなるだろう。
このステンレス包丁が、タケウチ工房で一番の稼ぎ頭稼になるはずだ。月に1,000本はいけると思うが、とらたぬ。
いずれはラインナップも増やして行こう。ここは港町なのだから、魚をさばくことがメインになる。それなら、刺身包丁などの需要も多いだろう。
森で木の実を採取するなら、小刀や剪定ハサミなども売れるだろう。いっそ高枝切りハサミなんかも開発するか? 高い位置にある柿の実だってそれで採れるぞ。
その資金を使って、今度はニホン刀を作るのだ。そしたら、タケウチ工房の株価は跳ね上がることになる。じじいの老後もうはうはだ……そんなことはどうでもいいか。
まずは現金を稼いで、借金を返して給料の遅配を解消しよう。
あれ、いつになく明るい未来が見えるヒキに?!
がんばってくれてるなオウミ、よしよし。
「ふむむむむむんむんむん、ふぬぬぬぬぬぬぬ」
そろそろ3年ぐらいは進んだころかな? それにしても、もう少し呪文っぽい文言はないものか。
「ふんむむむむむ、おかしいノだユウ」
「おっ、どうしたオウミ?」
オウミの前には20個のアイテムが置いてある。
オウミの持つ超級魔法である時間統制魔法を使って、タケウチ工房で作った商品の経時劣化試験をしてもらっているのだ。これはオウミのメインの業務である。
この魔法は範囲魔法だそうで、一定の範囲内のものを一度に処理できるものであるらしい。
そのために、いろいろな試験品を貯めておいて、まとめて時間を進めてもらっている。このほうがオウミ的効率が良いからである。
現時点で、だいたい3年分の時間を進めたとオウミが言う。すでに金めっき品はいくつかがボロボロになっている。
そして、いまだになんの変化も見られないのは、ステンレス鋼が数種類と、アチラがニッケルめっきでやらかしたものと同等の金めっき品がひとつである。
「ふむ。ステンレスに関してはだいたい予想通りだが」
「おかしいのは、この剣なノだ。なんなのだ。これだけやって金めっきごときがなんともないのは、おかしいノだ。なんなノだ、なんなノだ」
なんでちょっと切れ気味? 別にお前の能力を疑ったりはしないぞ。
最初に成功した金めっき品は、2年ほどしか持たないことがすでに分かっている。それをもう少し伸ばすための試験をいろいろやっていたのだ。
そしたら、アチラがおかしなものを作ってしまったので、ついでにまとめて評価していた。ところが、皮肉なことにそれが一番の好結果となったというわけである。
「この剣だけ、いくら時間を進めてもまったくなんの変化も見られないノだ。まるで、魔法が滑っているような、そんな感じを受けるノだ。なんか歯がゆいのだ。なんか負けた気がするノだ」
魔法って滑るようなものなのか。まるでじじいのダジャレのように。それと、負けてないから。これはただの試験だから。
「時間を進めて劣化しないものなど、ついぞ見たことないノだ」
「まあ、そいうこともあるさ。そのぐらい強固なめっきがついたということかな?」
「これではまるで、純金なノだ」
ちょっと待ってな。ごりごりごりごり。例の砥石である。ごりごり。うむ、間違いなくめっきだ。オウミ、この断面を見て見ろ。
「本当なノだ……。よし、我の剣もこれで金めっきするのだ。これはすごいことなノだ」
確かにすごい。すでに3年分の時間を進めたのになんの劣化も見られないとは。
今のところ経時劣化評価は3年を上限としている。オウミのリソースも限られている。その範囲でこき使う……がんばってもらわなければならないのだ。
「今なんか、気になる発言があったノだ?」
それから3年も持てば充分という目算もある。過剰品質まで求めるつもりはないのだ。保証期間後の劣化が問題になるのであれば、割安で再めっきをかけてあげるというアフターサービスも考えている。
「無視なノか?!」
ところが、その3年を楽々クリアする金めっきができてしまった。
「過剰品質になってしまったな」
「そのようなノだ。でも、これはこれでかまわんのではないか?」
「ああ、もちろんかまわない。特別コストをかけたわけじゃないからな」
その後、アチラとコウセイさんを呼んで打ち合わせをし、そして確認試験まで行った。
そして結論はこうだ。
通常のニッケルをめっきする前に、電流値を倍にして短時間プレニッケルめっきを施すことで、金めっきの信頼性は大きく向上する。
どうしてだかは知らない。
だが、これなら3年保証がつけられる。しかし、そのために必要なコストはほとんど変わらない。
リードタイムは10%ほど長くなるが、現状で問題になるレベルではない。そもそも月に数千本できるキャパがあるのに、それを10本程度に抑えているのだ。少々の工数アップぐらい問題になろうはずがない。
「アチラ、おめでとう。お前のおかげだ。いい条件が見つかったぞ」
「あ、いえ、そう言われましても、困っちゃいますが」
コウセイさんが口を挟んだ。
「まあ、失敗は失敗だからな。アチラは反省すべきだ。だが、それを隠さずにきちんと報告したことが、今回の発見に繋がったと思う。そこは褒めていいだろうな」
なるほど。中間管理職の鏡のような回答だ。俺にはそんなこと到底思いつかない。せいぜいこのぐらいだ。
「間違えることはよくあることだ。人の注意力に頼っている限りそれはなくならない。だからポカよけを考える必要があるな」
「ポカよけか。その通りだが、なにかいい手はあるか?」
「めっき条件をプログラム化できるといいのだが」
「ぷろぐ なんだって?」
ですよね。コンピューターがないんだからそれは無理か。リレーもないだろうし。やむを得まい。ここはアナログに頼ろう。
「これからはめっきの種類は増えて行くと思われる。すると、商品ごとにめっき条件が異なるだろう。なん種類もの条件を全部覚えること、アチラはできるか?」
「えっと、難しいけどがんばります」
「その意気込みはいいけど、覚えてはダメだ」
「「ええええっ!? どうして?」」
うん、思った通りの反応をありがとう、ふたりとも。
「覚えちゃダメなんだよ。記憶に頼ることになるから」
「そ、それじゃ、どうやって?」
「看板を作ろう」
「カンバン?」
「看板はこっちにもあるだろ? その看板1枚につき、ひとつだけめっき条件を書いておく。めっきするものが決まったら、該当する看板をめっきの投入口あたりに掲示しておく」
「そうか、だんだん分かってきたぞ」
「コウセイさんは理解が早い、さすが工房の責任者だ。めっきを始めるときは、記憶には絶対に頼らないこと。その看板を見ながら、そこに書いてある通りに条件を設定するんだ。それで間違えることはなくなる」
「ほぇぇぇ。そんな方法があるんですね。言われて見れば、そのほうがこちらもずっと楽です」
「だろ? だから看板を作ろう。条件はそんなに多くないから、板のサイズは30cm□もあればいいだろう」
「分かった。アチラ、俺も手伝うから、その看板を今から作ろう」「はい」
とそんな感じでふたりが作業に取りかかった。
これがトヨタの生産システムのひとつ、看板方式である。
というのは大ウソである。
本当の看板方式とは、在庫管理を協力工場にやらせるという姑息な手法に過ぎない。在庫管理コストを協力工場に負わせているのだ。別にとても良くできたシステムなどではない(なんで俺がちょっと切れてんだ)。
それにしても、いろんなことがうまく行き過ぎている気がする。失敗のはずが新技術になったり、都合良く経時劣化試験ができるスキル持ちがタダで手に入ったり。
「そのタダで手に入った、から離れることはできないノか?」
いつかこの反動がでなきゃいいけどな。
「じゃあ、我の仕事は今日は終わりでよいな」
「あ、ああ。そうだな。お疲れさん。もういいぞ」
「よし、じゃあ我はちょっと行ってくるノだ」
「また、ヤッサンのとこか?」
「そうなノだ。あの、なんだっけ。ダマクラカス綱の進捗を確認するのだ」
「だまくらかしてねぇよ! ダマスカス綱だ」
そう言ってオウミはヤッサンの作業場に飛んで行った。まあ、あやふやな知識でやらせているのだから、だまくらかしていると言えなくもないが。
「邪魔にならないようにしろよ」
「分かっているノだ。子供扱いするなノだ」
すっかりだまくらか……そうじゃない、ダマスカス綱に魅せられているオウミであった。
「あ、私も行ってくる」
ミヨシもであった。
あいつら、いろいろと気が合うみたいだなぁ。オウミは俺の眷属なのに、ミヨシといる時間のほうが長くないか?
べ、別に妬いてなんかいないんだからね?
ふたりが夢中になっている理由は分かっている。夢中になっているのはヤッサンも同じだ。新しい刃物を作るという行為自体が楽しくて仕方ないのだ。
ダマスカス綱を毎日叩いているヤッサンの話では、普通の鉄を叩く5倍は疲れると言っていた。そのぐらい硬さの違う鉄を重ねて打つというのは難しいのである。
だからといって嫌になったとは一度も言わない。あのふたりも頼まれもしないのに、暇さえあれば毎日に見に行っている。
ヤッサンは、重ねる鉄の種類をいろいろ組み合わせて、いくつかの延べ板を作った。それで包丁は7本ほど作れるらしい。それを包丁に加工するのは、まだこれからだ。
ひーひー言って綱を叩くヤッサンを応援すべく、ふたりは汗を拭いたり冷たい飲み物を運んだりしているらしい。
あれはかえって邪魔なんだが、とヤッサンがこぼしているのを先日聞いた。だけど、せっかく手伝ってくれているのに、邪険にもできないからと諦めているそうだ。
良い人である。
俺はただ、ひっそり応援するのみである。ヤッサン、がんばれノシ。暑いところは嫌いなのだ。寒いところも嫌いだが。
ダマスカス綱が本当にできていれば、磨いたときに独特の文様が浮かび上がる。実は、それが一番重要なのだ。
ある意味、切れ味よりもその紋様のほうが大事だ。包丁になったときに、目立つからである。
市場の魚をさばく職人がウチのダマスカス包丁を使えば、否応なしに注目を集めるだろう。そして、それがタケウチ工房でしかできない包丁だという情報が口コミで伝わるはずだ。
そうなれば、包丁を買おうという人がぞろぞろ現れる。そういう魂胆である。
ただ切れるだけの包丁ではインパクトが少ない。切っている人にはその違いが分かっても、見ているだけの人には伝わりにくい。
腕が良いから切れているのだな、と思われてしまうとどうしようもない。
魚をさばく職人さんも、わざわざ包丁の宣伝をしてくれるわけではない。そもそも職人というのは、無口な人が多い。その人が上手に宣伝してくれると期待するのは間違っている。
だが、特殊な文様を持つダマスカス包丁ならば、見ている人がすぐに気づく。気づいたら質問せずにはいられないのが、主婦などのそれを使う立場の人であろう。
いくら無口でも質問されれば答えないわけにはいかない。そして包丁を見せながらこう言うだろう。
「これ、びっくりするぐらいよく切れるんですよ」と。
多少妄想が入っているが、そのようなことが起こるに違いない。そうすれば噂は広がり、我先にとタケウチ工房に注文が殺到することになる。そしたら資金難は解消である。妄想ばかりが膨らんでいくな。
包丁の需要は刀とは桁違いに多いはずだ。だが、ダマスカス包丁は1本5万ぐらいを想定している。
そして大事なのは、そうしてやってたきた客のうちのあまり裕福ではない人々だ。5万はさすがに手が出せないわね、今日は話のネタに寄ってみただけなの。という客層である。
5万もするから買うのは無理だけどちょっと見てみたい。だけどやっぱり手がでない、あぁぁ可哀想な私。
そこに。
「これなら5千で買えますよ」
とステンレス包丁を見せるのである。5万はきついなぁ、と思って見ていたカモ(人)にとっては、5千というのは割安に感じることだろう。
そこにすかさず「切れ味も良いし、なんといってもこれは錆びないのですよ」とアピールする。なんなら実際になにかを切って見せても良いだろう。
そうすれば、もう手を出さずにはいられまい。もともと5万の包丁に興味を示した人たちだ。包丁が欲しくて仕方ないはずだ。
もちろん、客に損をさせるつもりはない。包丁として5千は確かに高いが、錆びずにずっと使い続けられるのだ。もちろん切れ味だって悪いわけではないし、なまったら研ぐこともできる。ランニングコストを考えれば、高い投資ではない。
なんならアフターサービスとして研ぎはこちらで引き受けても良い。研ぐ現場を見せることは、新たな客集めにもなるだろう。
このステンレス包丁が、タケウチ工房で一番の稼ぎ頭稼になるはずだ。月に1,000本はいけると思うが、とらたぬ。
いずれはラインナップも増やして行こう。ここは港町なのだから、魚をさばくことがメインになる。それなら、刺身包丁などの需要も多いだろう。
森で木の実を採取するなら、小刀や剪定ハサミなども売れるだろう。いっそ高枝切りハサミなんかも開発するか? 高い位置にある柿の実だってそれで採れるぞ。
その資金を使って、今度はニホン刀を作るのだ。そしたら、タケウチ工房の株価は跳ね上がることになる。じじいの老後もうはうはだ……そんなことはどうでもいいか。
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