異世界でカイゼン

soue kitakaze

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第44話 ダマク・ラカス包丁

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「ねぇ、あなた今ね、ダマク・ラカスっていうめっさ良く切れる包丁があるんですって。今使ってるのはそろそろ買い換え時なのよねぇチラッ」(49才主婦)

「聞いたか、魚さばき職人Dよ。タケウチ工房ってとこがダマク・ラカス包丁というめっさ切れる包丁を開発したそうだ。それを使うと切った魚がうまくなるらしいぞ」(51才市場関係者)

「ねぇ、パパ。ミカねぇ、新しい包丁が欲しいの。めっさ切れるという評判のダマク・ラカス包丁っていうのがあるんだけどぉ。買ってくれないとパパのこと嫌いになっちゃうよ?」(29才甘えん坊のミカちゃん)

「おらがっじゃぁ包丁が切れなくなぁって、困っていたらぁなんとまぁ、ダマク・ラカスがめっさ切れて、いい包丁だぁ、切れるのわぁ、魚も野菜もまな板も、いいもんだあなぁ、ダマク・ラカぁス」(40歳前後でカール坊やの父親)

 それにつけても、タケウチ包丁!! ちゃかちゃかちゃかちゃん。

 これが、俺が寝ている間に起きたことである。一部にほんの少し? だけ脚色がある。

「どどどどどーなってんだよ、ミヨシ、お前はいったいなにをしでかした?!」
「しでかした、って失礼な。私はユウに言われた通り、あの包丁を市場に持っていっただけだよ? シレッ」

「シレっと言ってんじゃねぇよ! 俺が起きるまで待っていろと」
「は言われてないわよ?」
「言って……、言ってないか……。言ってないけどな。切れ味を確かめてからって」
「確かめたわよ? 良く切れる包丁でした」

「そ、そうか、確かめたんだよな。えっと、それなら」
「なによ」

「どうしてこうなった!?」
「これが市場原理というやつなノだ」

 やかましいわ。オウミに言われたくないっての。

「最初はね、1本だけをひとりの職人さんに渡すつもりだったのよ。3本とも持ってはいったけど、渡すのは1本で充分だと思っていたの。だって、こんないい包丁をタダであげちゃうのはもったいないじゃない」

「現段階では3本の品質の差がほとんど分からないから、俺は3本とも渡して欲しかったんだ。使ってみた評価が聞きたいんだよ」

「それじゃあ、ちょうどよかった。結果的に3本とも渡しちゃったから」
「3本とも渡したのか、それなら問題はない。結果オーライってやつだ」

「いつもお世話になっているサトーさん(31才男性独身)って人がいて、無口だけど親切で、いつも魚をさばいた余りをタダでくれるのよ。そのお礼よと言って渡そうとしたら」

「生意気にも、『自分、包丁はこれだけですから』とか格好つけたことぬかしやがったノだ」
「どこかで聞いたようなセリフ……ってオウミ、お前も一緒に行ったんか?」
「私とオウミ様は、もう一心同体よ?」

 おいおい。オウミは俺が契約した眷属なのだが……まあそれはいいや。それで?

「で、私がね、ウチの新作包丁なのよ、ちょっとだけでいいから使ってみてくれない? それ、試供品として無料で提供するわよって」

「それでもなかなかそいつはウンと言わなかったノだ。頑固なやつなノだ。嫌いじゃないノだ」

「そのやりとりを見ていた、サトーさんの先輩のシオさん(35才女性主婦)さんが」

 砂糖の先輩で塩かよ。

「私が使って見てもいい? って言うから、喜んでと言って渡したの、そしたら」
「すごいことになったノだ」

 なんだすごいことって。

「この龍紋がすごくキレイね、太くてたくましいし。見ているだけで惚れ惚れしちゃうわ、あぁん。じゃあ、さっそく切ってみる……えぇっ? あららら。これすごいわ。こんなの初めて……。ものすごく、切れるじゃないの。これはいいわぁ! ああもう、魚だけじゃなくて、タコでもクラゲでもタケノコでも松茸でもなんでも私、あぁいけちゃいそう。ちょっと試してみるわね」

「って言ったのよ」

 シオって女性はエロい人なのか? クラゲという単語にはちょっと引いたが、気に入ってくれたことはよく分かった。でも、松茸にはちょっと危険なものを感じる。

 ただ、それならたいしてすごいことにはなっていないようだが? あと、俺はクラゲとか食う気はないからな。

「すごかったのはここからなノだ。シオとやらは大変あの包丁が気に入ったらしく、それを周り中に吹聴しまくったノだ」
「ああ、女の人あるあるだな」

「あれが世に言うところの口から先に生まれてきたという人間なノだ。あれよあれよという間にあやつの口から噂が広まったノだ。あれは我にもできない流言飛語魔法なノだ」

「そんな魔法はねぇよ、適当に作るな。で、あと2本の包丁はどうなった?」
「残りの2本は、女の人同士で取り合いになったノだ。戦いに勝った誰かが奪うように持っていったようなノだ」

 おいおい、誰かじゃだめだろうが。ちゃんと市場で包丁を使う人じゃないと。

 それにしても包丁をめぐる戦いって。ここらの女の人って怖い。しかし、宣伝効果だけは抜群にあったようだから、多少のことは大目に見るとしてもだ。

 一番の問題点がまだ残っている。

「ところでミヨシ」
「ん?」
「包丁の名前についてだが」

「ああ、ダマク・ラカス? 全然意味は分からないけど、もうみんなに定着しちゃったよ。シオさんが広めたせいで、今日のお母さん方の話題ってそればっかりだもの。冒頭の会話なんかそのほんの一部よ」

 あれでほんの一部なのか。他にどんなCM……会話がなされたのだろう。

 こんなことなら、最初にきちんとネーミングを考えておくべきだったなぁ。俺の特技はカイゼンであって、新商品開発ではない。そこまで気が回らなかったのだ。まあ、言い訳である。

「あ、そうそう。うちの工房に、すでに10本ほど引き合いが来てるよ。その辺の対応はよろしくね」

 まだ値段を決めてないのに注文がきたのか。早すぎるだろ。

 それにしても、あんな名前が広まってしまって、その語源を知られたらあとでエライことになりそうだ。
 俺がこの世界をだまくらかしたことになってしまうではないか。

 主婦層に広まったのなら、もう訂正は無理ゲーである。医学用語的に手遅れである。
 今さらどうしようもないのだから、諦めるしかない。あちらの世界でシリアの首都に住でいる人たち、どうもすみませんデス。

「ミヨシはその名前、いったい誰に聞いた?」
「ヤッサンからユウがそう言っていたと聞いてるよ? それがどうかしたの?」

 俺はそんなことを言った記憶はない。誰かが聞き間違えて、それが伝言ゲームのように間違ったまま広がっていったのだろう。

 だが、その最初は誰だ? ヤッサンが最初とは思えないので、後で確認をしよう。犯人を見つけたら、燃やして焦がしてゆーらゆらなあんこうにしてやる。

「それは、まあいいや。その名前で定着しちゃったのならもう諦めた。ところで、引き合いが来てるって?」
「そうなノだ。ただ、値段がまだ決まっていないからと待ってもらっているのだ」

「オウミにしてはいい判断だった。値段はもうちょっと待ってくれ。ミヨシ、試供品だが使った感想を聞くことはできるんだろうな? あの中から一番評価の高いものをとりあえず選ぼうと思っていたんだが」

「シオさんが使っているのは分かっているけど、あとふたつは誰が持っていったものやら。だってすざまじい取り合いになってたもの。みんな包丁扱いでは専門家だから、ヘタに近づいたら3枚に下ろされそうで。明日また市場に行って調べてくるね」

 ミヨシが3枚に下ろされたら。ミとヨとシになるのかな? それじゃ3分割か。ハルミが得意そうだ。

「ああ、そうしてくれ。それと、そのサトーさん? には渡ってないのか?」
「騒動になってから、サトーさんも欲しそうにしていたけど、一度いらないと言ってしまった手前、欲しいとは言い出せなかったみたいね」

「じゃあサトーさんの分も作って渡そう。まだ、磨けば商品になるものが3本ある。そのうちの1本を提供しよう」

「わぁ、ありがとうユウ。きっと喜んでくれるわ」
「そうかな。あの小僧また『自分にはこれが』とか言いそうなノだ」

「サトーって人が職人なら、いいものには目がないはずだ。きっと今度はもらってくれるよ。それはミヨシにまかせた」

 予定とはずいぶん違ってしまったが、いい方向には行ったようだ。あのネーミングを除けばの話だが。

 ヤッサンが起きてきたら、生産体制についての相談をしよう。ステンレスと炭素鋼の割合とか、配合の比率とか。まだまだ細かい詰めが残っている。

 ベストはすぐには決まらないだろうが、現状でモアベターなものを選んで販売しよう。カイゼンはその後でいい。いまは現金がいるのだ。

 値段は5万円を基準に、できの善し悪しで値段が変動するという形をとろうと思っている。

 材質やヤッサンの腕が上がればもっと高い値段に、弟子たち(そのうち紹介しますね3)が作るようになればもっと安い値段にする。そういうカラクリだ。

 包丁のブランド化である。当然、ヤッサンブランドが最高級品となる。

 しかし、それはあくまで客引きのための商品である。商売上の本命はこれから作るステンレス包丁だ。

 これは大量生産してもらわないといけない。そのためには、鋳型(いがた)というものを作る必要がある。溶かした鉄を鋳型に流し込んで、包丁のだいたいの形を作る。冷えて固まったら取りだし、あとはがしゃぽこ削るだけという方法だ。

 人が1から10まで作っていては、安くならない。割安でそこそこの品質のものを大量に作るのは、製造マンの仕事だ。職人が関わるのは最後の刃付けだけでいい。

 問題は、その鋳型をどんな材料でどうやって作るかだが、それについても俺は詳しくは知らない。

 その作業はヤッサンの部下たちの仕事になるだろう。そいつらにヒントだけやって、あとは考えてもらうという、いつもの作戦である。

 ここまで引っ張ってきた弟子ふたりの素性がいよいよ明らかに!!

 なるのだろうか、次号に乞うご期待。
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