異世界でカイゼン

soue kitakaze

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第56話 刀鍛冶の弟子

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「ユウっっっっっっっ!!!」

 ほーら、暑苦しいやつがやってきた。ひょいっと華麗に避け……ぐぇぇぇぇ。

 華麗に避けようとしたのだが、俺がハルミの運動神経にかなうはずはなかったのだ。簡単につかまってしまった。村長のときのようにはいかなかったげぇぇぇぐぇ。

「ミヨシに聞いたぞ。私の、私のニホン刀はそんなすごい刀になるのか。魔刀なのか、斬れ味は世界一なのか、そのぐらい斬れるのか。鉄でもなんでも斬れる……あれ?」

 ぐぇぇぇぇ。

「ユウ? 大丈夫か?」
「こ、殺す気か!!! げほほほほほげほほげほげほ。あぁ苦しかった。首を絞めるな、首を。それと、自分の馬鹿力を自覚しろ!」

 あと、おっぱいの大きさも自覚しろ。ちょっと楽しんじゃったじゃないか。おかげで余分に苦しい目にあってしまった。

「そんなことより、本当に魔刀を作ってくれるのだな。オウミヨシと同じで、私だけしか持てない世界一の1本なのだな!」

 そんなことより、じゃねぇよ。俺のこっちでの人生終わらせるつもりか。げほげほ。

「あ、ああ。ハルミが優勝したら作ってやるとも。ただし、剣技大会で使うのはもっと普通のニホン刀だ。それで、鉄の棒を斬ってもらうつもりでいる。それができることが最低条件だぞ。そういえば、ニホン刀の練習はしてるか?」
「もちろんしているとも。昨日は2,245回振ったぞ。木の枝も421本切った」

「どんだけ正確に数えててんだよ。それからここらの木を丸裸にする気か! ほどほどにしておけよ。あれだって大事な食料の供給源なんだからな」

「大丈夫だ、実を付けない木を選んで切っているからな。むしろ、切り落とした枝はあとから拾えば焚き付け用の燃料になる」

 なるほど。そこらはよく分かってらっしゃるのね。

「それはそうと、両手で刀を持つというのはもう慣れたか。ずいぶん違和感があっただろ?」
「まあ最初はな。ついつい片手で振ってしまう癖がでたが、最近はようやく慣れてきた」

「戦闘なら片手になることもあるだろうが、今回は止まっているものが相手だ。大切なのは刃の向きと自分のスイングの方向が合っているかどうかだ。それは枝を切っているなら分かるよな?」

「ああ、一番苦労したのはそれだ。切ったつもりの枝が、ただ折れただけと知ったときにはがっかりしたな。ニホン刀ってのは、剣以上に操るのが難しい。刃の向きの正確さが要求されるんだな」
「剣より扱うのが難しいのか、それは知らなかった」

「ところが、しっかり刃が当たったときには、なんの抵抗もなくスカッと枝が切れるんだ。あの感触はもうカイカンだ」
「怖いことを言うやっちゃ。だが、その分なら大丈夫だろう。本番まであと3日だ。がんばってくれ」
「ああ、まかせてくれ。もう、毎日が楽しくて仕方ないのだ私は」

 うん、刀オタクここにありですな。


「で、制作のほうはどうだ、ヤッサン」

 トンカントンカン、トンカンコ。

 肩たたきじゃないっての。ヤッサーーン。もうひとりの違う意味での刀オタクさんーーん!

「ああ、びっくりした。なんだユウか。刀ならもう8本を焼き入れに送ったぞ。そのうち5本は割れずに残ったそうだ。あと最低1本できれば、この仕事は完了だ」

 ちょっと寂しそうなヤッサン。もっと作っていたいのかな?

「そうか、そのできた5本というのは、みんな同じものと思っていいのか?」
「いや、それは違う。見た目にはたいした差はないが、俺としては作るたびに新しいことを試している。良くなったり悪くなったりしながら、良くなっているはずだ」

「ややこしいな笑。ということは、最後にできたものが一番よく斬れる刀だと、いうことになるな」
「そういうことだ。いま打っているこれがおそらく最高の刀になる」

「ほう、もう焼き入れで割れない自信もあるってことか」
「ある。ただそれは、ゼンシンの改善があってこそだけどな」
「これはふたりの共同作業だからな。こっちではなんか工夫はしたのか?」
「まず、鉄の折り返しも普段の2倍やった」

 *折り返しとは、鉄を熱して叩いては引き延ばし、伸びたら半分に折ってまた叩いて伸ばすことである。通常は10回くらいで充分とされている。構造を多層にすることで鉄を強くし、その都度叩くことで鉄中の不純物を除去するのだ。

「打っていて気がついたんだが、ゼンシンの作る錬鉄の中にはいろいろなバリエーションがある。ただ硬いだけのものもあれば、ただ柔らかいものもある。ところが、硬いのに割れにくいものがあったかと思うと、逆に柔からかいのに割れやすいものまである。その中でも特筆すべきは、鉄とは思えないぐらい硬いのに、熱をかけると他の鉄と簡単にくっつく鉄だ。実はこいつを発見したことで焼き入れしても割れないニホン刀ができるようになったんだよ」

「ほほぉ。それはヤッサンの大発見だな。ゼンシンは最初、銑鉄は2種類って言ってたぞ。それが5つに分類できるのか。それらはどこに使うものだ?」

「いまのニホン刀の構造は、真ん中には柔らかい鉄。これで衝突の圧力を吸収する。そして先端には炭素をみっちり入れたカチコチの炭素鋼だ。これで相手を斬る」

「ふむふむ」
「それらをステンレスの中でもクロム含有量の低い炭素鋼で両側から挟む。そしてステンレスと内側の柔らかい鉄の間に、最後に言った熱でくっつく鉄を挟むんだ」

 なんだか良く分からん構造になってきた。もうそれは芸術作品の域じゃないのか。俺のいた世界でも、そこまで複雑な刀を作っている人はいただろうか。断面を見たらどんな風になっているのかすごく興味がある。もし、折れた刀があったら断面を研磨して見てみよう。

「それが、その最後のニホン刀か」
「そうだ。これができたら、注文の6本が完成だ」

 そして終わりか。なんかヤッサンが気の抜けたコーラみたいになってる。

 このまま終わりでは、ちょっと気の毒になってきた。まだ時間はあるし鉄もある。よし、ついでに懸案事項の頼みごともしてしまおう。

「ヤッサン。たしかに依頼したのは6本だが、まだ製造技術が確立したとは言えない。試し切りで割れる可能性だってある。ハルミがヘタをして割ってしまうこともあるかもしれない。だからあと2本ぐらいは予備を作っておいてくれないか」

「おおっ、そうか。分かった。せっかく編み出したこの方式を忘れないようにしたかったんだ。ありがとう、ユウ。打たせてもらうよ」

 いやだから。お礼を言われるのは筋違いなんだけど。

「それでお願いがあるんだ。その打ち方を、ゼンシンに教えてやってもらえないだろうか。見せてやるだけでもいい。もう銑鉄を作る必要はないからやつも手が空くだろう」

 ヤッサンは、え? という顔をした。

 それは当然のことだ。職人は自分が得たノウハウをおいそれと他人には教えない。門外不出、一子相伝。そういうものだ。それは現代日本でもさほど変わらない。

 ただし、例外がある。

「俺は、ゼンシンをもう手放すつもりはないんだ。借金を完済した暁には、タケウチ工房でもらい受けるつもりでいる。この銑鉄はゼンシンにしか作れないし、焼き入れだってゼンシン頼りだ。その技術をみすみす他の誰かに持っていかれてはたまらんからな」

「それはその通りだな。たしかにあの銑鉄は俺にも作れない」
「だろ? そのために、ゼンシンは正式にヤッサンの一番弟子、ということにしてもらいたんだ」

 ……たしか、まだ紹介もしていない弟子もどきが、ふたりほどいたっけ?
((もどきってなんですか!! 弟子ですよ、弟子。れっきとした弟子です!!))

「あのふたりはここの従業員であって、俺の弟子ってわけではないからな。別にそれはかまわないが、ゼンシンはそれで納得するのか。あいつは仏師を目指しているんだろ?」

(おまえらふたりのことはかまわないらしいぞ?)
((えええっ?))

「いずれ、この工房でも仏像の制作販売を手がけようと思っている。ここには木もあれば粘土もある。合金技術だってある上に、金めっきまであるんだ。仏師を目指すゼンシンにとって最適ともいえる環境だろう」

「まあ、それはそうだろうな」
「だからゼンシンにとって悪い話ではないはずだ。だが、まずはゼンシンをここに縛り付けておきたい。そのためにニホン刀の作り方を教えることで、ヤッサンの弟子にしてもらいたいんだ」

「あいつは研究熱心だし、勘もいい。それはなによりこの銑鉄が物語っている。こちらに供給してくれる銑鉄の量は最初の3倍にもなっている。収量をあげるためにいろいろやったんだろうな。俺は感心してたんだよ。あいつなら、俺の持っている技術を全部伝えてもいいかもしれない」

 よし、決まった! これでゼンシンも俺のものだ。

「お主のもの、というわけではないと思うノだ」

 そして計8本のニホン刀が完成し、剣技大会初日を迎えたのである。
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