俺のスキルは頭文字C

オフィス景

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「…何が起きたんだ?」

 アーノルドが呆然と呟いた。その声で俺とナディアも我に返った。

「…今の、誰……?」

「俺は鍔迫り合いしてたぞ」

 頷いたナディアの目がこっちを向いた。

「ケイジ、何かした?」

 問われた俺は反射的に首を横に振っていた。多分俺がやったんだと思うが、あまりにも常軌を逸した破壊力に恐れを抱いてしまったのだ。

「…そうよね……でも、そしたらこれは……」

「ナディアのウォーターカッターが実は効いてたんじゃないの?」

 苦しいかな、と思いつつそう言う。

「…そうなのかなあ……?」

 しきりに首を傾げているが、この線で押しきれそうだ。

「きっとそうだよ。ナディアの魔法が通じないなんてあるわけないじゃん」

「そ、そうかな?」

 笑いを堪えるように、口の端がピクピクしている。

「やっぱナディアはすげえな」

 そう言うと、口端だけでなく鼻までピクピクし始めた。

「よ、ようやくケイジもあたしの偉大さがわかってきたみたいね」

「うん、すげえすげえ」

 心はこもっていなかったが、ナディアは満足したようだ。

 アーノルドが何か言いたそうにしているのがわかったが、目を合わせたら負けだと思い、意地でもそちらに顔は向けなかった。



「これ、素材がとんでもないことになるぞ」

 アーノルドの声は興奮で上擦っていた。

 ホーンボアは元々素材としての価値が高い魔物である。肉は旨く、毛皮は重宝される。

 そして、何よりもその角は武具の素材として一級品なのだ。職人が泣いて喜ぶレベルである。

 自分の武具を作ってもいいし、素材として売却してもいい。何年か遊んで暮らせるだけの金にはなるはずだ。

「どうする?」

「これで剣作ったら凄いんだろうなぁ」

 あまり自己主張しないアーノルドがそう言うってことはよっぽど欲しいんだろう。

「いいんじゃないかな」

「そうね。あたしも賛成かな」

「いいの!?」

「「うん」」

 俺とナディアは揃って頷いた。前衛が強くなるのはパーティーにとっては間違いなくプラスになる。拒む理由がない。

「やった!   ありがとう」

 そして、今回はこれで終わらなかった。

「あれ?   なんかドロップしてるぞ」

「ホントだ。ラッキー」

 魔物を倒すと稀にお宝をドロップすることがある。何が落ちるかは運次第だが、落ちるだけでかなり強運だと言える。

「何これ?   本?」

 拾い上げたナディアが微妙な顔になる。魔導書とかだったら大喜びしそうだが、そういうものではなさそうだ。

「何書いてあるかさっぱりだけど、わかる?」

 渡された本を見て、俺は思わず石化した。

「こ、これーー」

「わかるの?」

「わ、わかるもわからんもーー」

 舌がもつれる。上手く言葉にならない。

 表紙に記されていたのはーー



 Sー1



 中を見てみれば、Sで始まる単語とその意味がずらりと記載されている。

 間違いない。英和辞典だ。

 Sしか書かれていないのは残念だが、それは問題ではなかった。

 Cの辞典も必ずどこかにある。

 そう思ったら、テンションは跳ね上がった。

「これ、俺がもらってもいい?」

 俺が使える物ではないのだが、なんとなく手元に持っておきたかった。

「別にいいけど、何なのそれ?」

「ここを見てくれ」

 表紙のSを指し示す。

「これ、アルファベットって言って、俺のスキルのCと同じ種類の文字なんだ。だから、これがあるってことはCにも同じ物があるんじゃないかと思うんだよ」

「おお、見つかるといいなぁ」

 アーノルドは素直にそう言ってくれたが、ナディアの方はそうはいかなかった。

「その、アルファベット、だっけ?   何でそんなこと知ってるの?」

 訝しげな視線を向けられて、答えに窮してしまう。

「……」

 さて、どう説明したもんかね。前世の記憶云々はできればまだ秘密にしておきたいんだけど、こいつは妙に鋭いところがあるから、下手にごまかそうとするとヤブヘビになりかねない。

 となればーー

「ごめん。今は話せない」

「何でよ?」

 ナディアの目が物騒な光を帯びる。相変わらず沸点が低いな、

「俺自身がよくわかってないんだよ。正直言って混乱してる。だから少し待ってくれ。整理できたらちゃんと話すから」

「……」

 ジト目で睨まれる。

 ここは目を逸らしたら負けだ。変に力んでも怪しまれる。なるべく自然な感じで受け止めた。

 しばし沈黙が落ちる。

 何でこんなことで真剣勝負の空気を醸し出してんだ?

 いい加減沈黙がキツく感じられ始めた時にようやくナディアが小さく息をついた。

「整理がついたら話してくれるのね?」

「約束する」

「わかった。じゃあそれまで待つわ」

「助かる」

 俺は大きく息をついた。

「じゃあこの後はホーンボアを狩りまくればいいわけね」

「へ?」

 意外な言葉に思わず変な声を出しちまった。

「そうすればケイジが必要なあれがドロップするかもしれないんでしょ?」

「そうだけど、いいのか?」

 ナディアからそう言ってくれるとは思わなかった。

「ホーンボアなら素材としてもおいしいし、いいでしょ」

「ありがてえ」



 で、その後ホーンボアを三体倒したんだが、そうそううまい話は転がっておらず、辞書がドロップすることはなかった。

 それでも、今後に対して前向きになれたのは、俺にとっては大きなことだった。

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