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3 日常の終わり

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「先輩!  KAKUNIですね!?」

「…確かに角煮を作っちゃいるが…何でイントネーションが片言なんだ?」

「あたりまえじゃないですか。あの美味しさは国境を遥かに越えてるんですよ。万国共通、インターナショナルなんです。そう、TSUNAMIのごとく全てをさらっていく圧倒的な美味をもって、角煮は世界のKAKUNIへと進化したのです」

「……」

 …ああ、ドン引きって、こういうことかぁ……

 自分の料理を褒めてもらえるのは、基本的には嬉しい。ただ、あくまでも「基本的に」であり「無条件に」ではないということがわかった。

「先輩、食べたいです!」
 
「待て、あれは明日の仕込みだ」

「無理です。待てません」

「何と言われてもダメだ。未完成のモノを客には出せん」

 ぶっちゃけ、今の段階で食べてもそれなりには美味いはずだ。が、ここからの工夫なしでは「俺の」角煮とは言えない。

「味見だけでも……」

「ダメだ。これ以上聞き分けないこと言うなら出禁にするぞ」

「…それは困ります……」

「今は我慢しろ。明日、おまえの分はちゃんととっといてやるから」

「…わかりましたぁ……」

 恨めしそうに見られたが、何とか納得はしたようだ。ただ、この後おまけがついた。

「…先輩、この匂いでまたお腹空いちゃいました。何か作ってください」

 …まあ、気持ちはわかる。ただ、何を作るか……

 束の間悩んだが、ひとつ思いついた物があった。

 常識的にはゲテモノ扱いされそうだが、案外こいつなら喜びそうな気がする。

「ちょっと待ってろ」

 冷蔵庫からステーキ肉を取り出す。最高級の黒毛和牛というわけにはいかないが、普通に焼いただけでも十分に美味い肉だ。

 この肉に塩胡椒で下味を着けた後、卵液と小麦粉を使って細か目のパン粉で包む。通常よりも高温にした油で一気に揚げる。元々レアで美味い肉だから、揚げ時間は最低限でいい。

 ご飯を盛った丼にせんきゃべつを薄く敷き、切ったカツを乗せ、あっさり目に仕立てた醤油ダレをかけたら出来上がり。

「はいよ。『テキにカツ丼』だ」

「…そのネーミングセンスはちょっと……」

「うるせえ、早く食え」

「いただきまーす」

 自分で言うのも何だが、見た目は文句なく美味そうだ。

 美咲は豪快な一口でカツと飯を口に放り込んだ。

 ムシャムシャ。

「……!?」

 何かしら感想が出るかと思っていたのだが、美咲はピタッと動きを止めた。

「ん?」

「…う……」

 苦しそうに顔を伏せた。

 え?  何かミスったか?

 ちょっとだけ焦った次の瞬間ーー

「UMAAAAーーーーーっ!」

 音爆弾を炸裂させやがった。

 おい、飯粒飛んだぞ。

「何これっ、うまっ!」

 肉飯肉飯肉飯肉飯肉飯肉飯ーー

 脇目もふらず、ひたすらかっこむ。女らしさは微塵もなかったが、そんなの関係ねぇと思わせる幸せ顔がそこにあった。

「先輩、おかわり!」

「もうねえよ」

「え~、そんなぁ」

「どんだけ食ったら気が済むんだ」

「真の美味は満腹をも超越するものなんです」

「それでうまいこと言ったつもりか。とにかく、もう食材がねえの。今日はこれで店じまい」

 ったく、いつものことながら、こいつの胃袋はどうなってんだかな。あれだけ豚のように貪り食いながらこの体形を維持するってのは、もはや医学上の七不思議に認定してもいいような気がするな。

「先輩、今の敵に勝つ丼、レギュラーメニューにしましょう!  これを食べれば本当に勝てそうな気がします」

 目を輝かせて美咲が言うが、コストやら楽しくないことを考慮すると、ちょいと難しい。が、それをストレートに言うと、色々ごねられそうなので、詭弁を弄することにする。

「いいのか?」

「え?」

「本当にご利益があったら大変なことになるぞ。試合相手がこれ食ったらどうする?」

「それは困りますね……」

 単純でよかった。

「だから、おまえ専用の裏メニューにしといてやる」

 そう言ったら、目だけじゃなく、顔全体が輝いた。

「はい!」

 と、その瞬間ーー

 とてつもない悪寒が背筋を駆け上がった。

 考えなかった。感じた。

 咄嗟にカウンター越しに美咲の手首を掴むと、力任せに店の隅に放り投げた。

「きゃあっ!?」

 悲鳴が途切れるより早くーー

 何か巨大な物が店に突っ込んで来て、俺は意識ごと吹っ飛ばされた。
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