ソレイユ ~いつか降り注ぐ陽射しの下で~

オフィス景

文字の大きさ
3 / 12

何で?

しおりを挟む
「いててて」

 身体中に打撲や擦り傷がある。自分で手当てを施しながら、修平は痛みに顔をしかめた。

「ひでえ目に遭った」

 ぼやくのも無理はない。結局修平は一人で数百人を倒したことになる。本来の実力を発揮すれば怪我することもなかったはずだが、さすがに相手に大怪我をさせないように配慮しながらの闘いでは、自分は無傷というわけにはいかなかった。

 後から聞いた話では佐藤瑞穂は無事だったらしい。そのことは単純に嬉しかった。苦労した甲斐もあったということである。

「それにしても、なまってたな……」

 技を振るうのは久し振りだったが、あまりに思うとおりに動かない身体に、自分で愕然としてしまった。三年のブランクは、予想以上のものだった。

「少し鍛え直さなきゃな」

 飛び出してきた世界に戻る気はなかったが、このまま身体を錆びつかせるのは不本意であった。

 その時、軽快な電子音が鳴った。

「ん?」

 スマホの着メロのようだが、自分の物ではない。自分の耳と記憶が確かなら、これは佐藤瑞穂の曲のはずだ。今日のコンサートのオープニングがこの曲だったはずである。

 いぶかしみながらも、修平はスマホを取り出した。割と大きめのコバルトブルーのスマホは自分の物と全く一緒のタイプだった。

「どこかで間違えられたか?」

 とりあえず修平は出てみることにした。もしかしたら、本来の持ち主からの連絡かもしれない。

「もしもし」

 電話の向こうの声は若い女のものだった。

「えーっと、すいません。片山修平さん、ですか?」

「え、は、はい、そうですけど」

 びっくりした修平はどもってしまう。自分の物ではない携帯にかかってきた電話で自分の名をいきなり言われれば、誰だってびっくりする。

「やっぱりそうだったんだ!」

 電話の向こうの声が華やいだ。電話越しでありながら空気がぱっと明るくなった錯覚を起こさせるほど、その声は弾んでいた。

「もしかしたらって思ったんだけど、やっぱり修平さんだったんだ」

「あの、すいません。どちらさまですか?」

 間抜けだなと思いつつ修平は訊いた。

「わかりませんか?」

 悪戯っぽい調子で訊かれて、修平は眉を寄せた。心当たりは全くなかったが、声に聞き覚えがあるような気がするのは気のせいか。

「えーっと……」

 基本的に律儀な修平は一生懸命考え込んだ。

 だが、答えは出てこない。女友達が大勢いるわけでもないのだが、全く思いつかなかった。

 電話の向こうでくすくす笑う気配が伝わってくる。

「すいません、わからないんですけど、どちらさまですか?」

「じゃあヒント出します。さっき会ったばかりですけど、お話はしてません」

「え?」

 鏡で見たら相当間抜けな顔をしているんじゃないかと自分で思った。

 電話の相手の話に当てはまる人間に、一人だけ心当たりがあった。が、正気を保った人として、その名を口にするのははばかられた。口にしてもし違っていたら、誇大妄想狂と謗られそうな相手だったのだ。

「もう、まだわかんない?」

 だんだん苛立たしげな声になってきた。こっちはこっちでまずいかもしれない。

 仕方なく修平は思いついた名前を、恐る恐る口にした。

「さ、佐藤、瑞穂?」

「ぴんぽーん!」

 めちゃくちゃ嬉しそうな声。どんな顔をしているかの想像までできる。

「なーんだ。ちゃんとわかってるんじゃない」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ど、どうして佐藤瑞穂が俺のところに電話なんてして来るんだ?」

「だってそれ、あたしの携帯ですもの」

 手の中の携帯を、修平は恐ろしいもののように見つめた。

「もしかしたら修平さんかもしれないって思ったから、ちょっとすりかえさせてもらったの。あの場で問い詰めて、とぼけられちゃったらそれまでになっちゃうでしょ。だからちょっと小技を使ったわけ」

「どういうことなんだ? 俺、あなたと会ったことないと思うけど」

「さーて、それはどうかしら」

 楽しくて仕方ないというように瑞穂は言った。

 瑞穂はどうも自分のことを知っているらしい。記憶のどこを探しても瑞穂に該当する相手はいないのだが、ここまで確信を持たれていると、なんだか気味悪くなってしまう。

「会ったことないかどうか、確かめてみてくれます?」

「どうやって?」

 問い返した時、チャイムが鳴った。

「開けて下さい。今外にいますから」

「何いっ!?」

 慌てて玄関に出る。そこには言葉通り、サングラスをかけた佐藤瑞穂がいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...