婚約破棄? 上等じゃない! 王妃教育が完璧だから恐れるものは何もないわ!

オフィス景

文字の大きさ
1 / 8

1 破棄された

しおりを挟む
「フェリシア・カートライト、おまえとの婚約を破棄する!」



 無駄にいい声が謝恩パーティーの会場に響き渡った。

「…はい……?」

 貴族たる者簡単に内心を窺わせてはいけない、という教育を受けているのだが、さすがにこれを平静のまま流すことはできなかった。

「殿下、今何と?」

「おまえとの婚約を破棄すると言ったのだ」

 私の婚約者ーーこの国の王太子であるラドック第一王子は、私に指を突きつけて宣言した。金髪碧眼、絵に描いたようなイケメン王子は気取ったポーズもいちいち様になる。

「…理由をお訊きしても?」

「おまえの性根が腐っていることがわかったのでな。そんな女を王族に迎えることはできん」

「…性根が腐ってる?」

 何を根拠にそんなことを?

 スッと頭が冷えるのを感じた。

 目の前の殿下が怯えたような表情を見せた。どうしたのかしら?

「そうやってエレナのことを威圧したんだな」

「威圧?   何のことです?   それに、エレナとはどなたですか?」

 王子の言葉は私には全然わからなかった。一体何が言いたいのだろうか?

「おまえはいつもそうだ。自分は常に正しく、間違えるのは全部俺。そうやって人を馬鹿にして嘲笑いやがって」

「そんなつもりはございませんでしたが、お気にさわったようなら申し訳ございませんでした」

 理不尽だなと思いつつも、頭を下げる。

「誠意のない謝罪などいらん。それに謝るのであれば、まずエレナに謝るべきであろう」

 殿下は斜め後ろに控えていた小柄な少女を自分の隣に並べた。

「エレナ様、ですか?   私、その方に何か悪いことをしてしまったのでしょうか?   そもそも、どこかでお会いしたことがあったでしょうか?」

 正直、エレナ様と名乗る女性に心当たりはまったくなかった。大変可愛らしいご令嬢なので、会っていれば印象に残ると思うのだけど。

「戯れ言を。エレナが何度挨拶をしても、おまえが無視し続けたのであろうが!」

「それは大変失礼いたしました」

 挨拶された記憶はなかったが、私は時々周りの声が聞こえなくなることがあるらしい。これは親しい友人からも言われたことがあるので、きっとやらかしてしまったのだろう。だとすれば、本当に申し訳ないことだ。

「ふん、おまえのような粗忽者に王妃が務まるわけはないな。手遅れになる前に婚約を破棄し、新たにこのエレナと婚約を結ぶこととする」

 今日一番のどよめきが会場を満たした。

「おい、本気か?」

「こんな公衆の面前で婚約破棄なんて、ありえないだろう」

「これじゃあフェリシア様のお立場がーー」

「大体、あのエレナ嬢ってのはどこの誰なんだ?」

「地方の男爵令嬢らしいぞ」

「男爵令嬢!?   それはまたーー」

「カートライト候と王の間は大丈夫か?」

 周りの様々な声が耳に入ってくる。

 そんな騒ぎの中、私は自分でも奇妙に思うくらい冷静だった。

 殿下との婚約は私が物心ついた時にはすでに決まっており、そこに私や殿下の意思は存在しなかった。

 別段そのことに不満はなかった。王族や貴族の婚姻に当人の意思が反映されないのは理解できていたから。

 そんな私に待っていたのは、国母であるための徹底した王妃教育だった。

 礼儀作法は言うに及ばず、政治経済、歴史、古典、書道、護身術等々、王妃ってそこまで修めなきゃいけないの、と叫びたくなるくらい多岐にわたった。

 それでも何とかついていけたのは、教育にあたってくれたのが他ならぬ王妃様ご本人だったからだ。つまりは、王妃様はすべてを身につけていらっしゃるということで「そんなに全部はできません」という弱音は最初から封じられていたのだ。

 王妃様の教育は「スパルタ」の一言で表現でき、それ以上の言葉は必要なかった。思い出すだけで貧血になりそうだから、詳細は割愛する。

 それらはすべて王妃になるためで、こんなことになるのであれば、まったく必要なかったものだ。十年以上に及ぶ私の時間を返して欲しい、とちょっとだけ思った。

 でも、そんなことももうどうでもよくなってしまった。

 多分心の中の大事な物が切れてしまったんだと思う。

「殿下のお言葉とあれば是非のあろうはずもございませんーー婚約破棄、慎んでお受けいたします」

 申し出があり、それを受けた。

 この時点で私達の婚約は破棄された。申し出を受けずにごねれば話が覆る可能性もあったが、そこまで足掻く価値をもう見出だせなくなってしまっていた。

 どよめきが大きくなると共に人の動きが活発になる。

 まあ、普通に大ニュースだよね。もう私には関係ないけど。

 冷めた気持ちで殿下を見ると、これ以上ないくらいのドヤ顔をしている。その隣でエレナ嬢は俯いて肩を震わせている。事態の大きさに戦いているように見えなくもないが、口角が吊り上がっているのを隠しきれていない。

 なるほど。全部計画通りってわけね。

 口元に笑みが浮かぶ。

 もう腹も立たなかった。それで自分が本当に吹っ切れたのを再確認する。

「それでは、私はこれで失礼させていただきますわーー色々と忙しくなりそうなので」

 そうと決まれば、こんなところには一秒だって長居したくない。忙しくなるのはほぼ確定事項だし、とっとと退散するに限る。

 でも、ちょっと遅かったみたい。



「何の騒ぎだ?」



 会場に国王夫妻が入って来たのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

初恋の終わりは

あんど もあ
ファンタジー
おてんばで無邪気な少女と婚約した、第一王子の私。だが十年後、彼女は無表情な淑女となっていた。その事に耐えられなくなって婚約解消したのだが、彼女は「これからは、好きな物は好きだと突き進ませていただきます!」と言わんばかりに豹変! そんな彼女と反対に、私には問題が降りかかり……。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...