婚約破棄? 上等じゃない! 王妃教育が完璧だから恐れるものは何もないわ!

オフィス景

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「フェリシア・カートライト、おまえとの婚約を破棄する!」



 無駄にいい声が謝恩パーティーの会場に響き渡った。

「…はい……?」

 貴族たる者簡単に内心を窺わせてはいけない、という教育を受けているのだが、さすがにこれを平静のまま流すことはできなかった。

「殿下、今何と?」

「おまえとの婚約を破棄すると言ったのだ」

 私の婚約者ーーこの国の王太子であるラドック第一王子は、私に指を突きつけて宣言した。金髪碧眼、絵に描いたようなイケメン王子は気取ったポーズもいちいち様になる。

「…理由をお訊きしても?」

「おまえの性根が腐っていることがわかったのでな。そんな女を王族に迎えることはできん」

「…性根が腐ってる?」

 何を根拠にそんなことを?

 スッと頭が冷えるのを感じた。

 目の前の殿下が怯えたような表情を見せた。どうしたのかしら?

「そうやってエレナのことを威圧したんだな」

「威圧?   何のことです?   それに、エレナとはどなたですか?」

 王子の言葉は私には全然わからなかった。一体何が言いたいのだろうか?

「おまえはいつもそうだ。自分は常に正しく、間違えるのは全部俺。そうやって人を馬鹿にして嘲笑いやがって」

「そんなつもりはございませんでしたが、お気にさわったようなら申し訳ございませんでした」

 理不尽だなと思いつつも、頭を下げる。

「誠意のない謝罪などいらん。それに謝るのであれば、まずエレナに謝るべきであろう」

 殿下は斜め後ろに控えていた小柄な少女を自分の隣に並べた。

「エレナ様、ですか?   私、その方に何か悪いことをしてしまったのでしょうか?   そもそも、どこかでお会いしたことがあったでしょうか?」

 正直、エレナ様と名乗る女性に心当たりはまったくなかった。大変可愛らしいご令嬢なので、会っていれば印象に残ると思うのだけど。

「戯れ言を。エレナが何度挨拶をしても、おまえが無視し続けたのであろうが!」

「それは大変失礼いたしました」

 挨拶された記憶はなかったが、私は時々周りの声が聞こえなくなることがあるらしい。これは親しい友人からも言われたことがあるので、きっとやらかしてしまったのだろう。だとすれば、本当に申し訳ないことだ。

「ふん、おまえのような粗忽者に王妃が務まるわけはないな。手遅れになる前に婚約を破棄し、新たにこのエレナと婚約を結ぶこととする」

 今日一番のどよめきが会場を満たした。

「おい、本気か?」

「こんな公衆の面前で婚約破棄なんて、ありえないだろう」

「これじゃあフェリシア様のお立場がーー」

「大体、あのエレナ嬢ってのはどこの誰なんだ?」

「地方の男爵令嬢らしいぞ」

「男爵令嬢!?   それはまたーー」

「カートライト候と王の間は大丈夫か?」

 周りの様々な声が耳に入ってくる。

 そんな騒ぎの中、私は自分でも奇妙に思うくらい冷静だった。

 殿下との婚約は私が物心ついた時にはすでに決まっており、そこに私や殿下の意思は存在しなかった。

 別段そのことに不満はなかった。王族や貴族の婚姻に当人の意思が反映されないのは理解できていたから。

 そんな私に待っていたのは、国母であるための徹底した王妃教育だった。

 礼儀作法は言うに及ばず、政治経済、歴史、古典、書道、護身術等々、王妃ってそこまで修めなきゃいけないの、と叫びたくなるくらい多岐にわたった。

 それでも何とかついていけたのは、教育にあたってくれたのが他ならぬ王妃様ご本人だったからだ。つまりは、王妃様はすべてを身につけていらっしゃるということで「そんなに全部はできません」という弱音は最初から封じられていたのだ。

 王妃様の教育は「スパルタ」の一言で表現でき、それ以上の言葉は必要なかった。思い出すだけで貧血になりそうだから、詳細は割愛する。

 それらはすべて王妃になるためで、こんなことになるのであれば、まったく必要なかったものだ。十年以上に及ぶ私の時間を返して欲しい、とちょっとだけ思った。

 でも、そんなことももうどうでもよくなってしまった。

 多分心の中の大事な物が切れてしまったんだと思う。

「殿下のお言葉とあれば是非のあろうはずもございませんーー婚約破棄、慎んでお受けいたします」

 申し出があり、それを受けた。

 この時点で私達の婚約は破棄された。申し出を受けずにごねれば話が覆る可能性もあったが、そこまで足掻く価値をもう見出だせなくなってしまっていた。

 どよめきが大きくなると共に人の動きが活発になる。

 まあ、普通に大ニュースだよね。もう私には関係ないけど。

 冷めた気持ちで殿下を見ると、これ以上ないくらいのドヤ顔をしている。その隣でエレナ嬢は俯いて肩を震わせている。事態の大きさに戦いているように見えなくもないが、口角が吊り上がっているのを隠しきれていない。

 なるほど。全部計画通りってわけね。

 口元に笑みが浮かぶ。

 もう腹も立たなかった。それで自分が本当に吹っ切れたのを再確認する。

「それでは、私はこれで失礼させていただきますわーー色々と忙しくなりそうなので」

 そうと決まれば、こんなところには一秒だって長居したくない。忙しくなるのはほぼ確定事項だし、とっとと退散するに限る。

 でも、ちょっと遅かったみたい。



「何の騒ぎだ?」



 会場に国王夫妻が入って来たのだ。

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