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2 断罪
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思いがけないタイミングでの国王夫妻の登場に、会場内は水をうったように静まり返った。
本当なら会の最後にお祝いの言葉を述べられるだけのはずなのに、このタイミングでおみえになったということはーー
「今そこで不穏な話を耳にしたのですが」
王妃様の言葉に頭を抱えたくなる。やっぱりそれですよねー。
でも、もう遅い。婚約破棄は成立してしまった。いくら国王様と言えど、これを覆すことはもうできない。
事の成り行きを見守る周囲の視線が痛い。
王妃様の目がこちらを向いた。
「……受けて、しまったのですか?」
「……はい……」
目を伏せる王妃様。続けてその口から出たのは、意外な言葉だった。
「貴女を娘と呼べるようになる日を楽しみにしていたのですが……本当に残念です……」
「王妃様……」
まさかあの厳しい王妃様からそんなお言葉をいただけるなんて、ほんの少しだけ婚約破棄を早まったかもしれないと思った。
「私も残念でございますーーお義母様」
多分二度とそう呼ぶことはないだろう。と言うか、許されないだろう。だから、最初で最後の一回にありったけの思いを込めた。
王妃様は驚いたように目を瞠った。
数秒視線が絡む。
すっと視線を外した王妃様は、王妃教育中の何倍も厳しい目で馬鹿王子と馬鹿令嬢を睨み付けた。
「ひっーー」
馬鹿令嬢が息を飲む。それから視線の圧に耐えかねたようにその場にへたりこんだ。
「は、母上ーー」
なけなしの勇気を振り絞って、馬鹿王子が口を挟んだが、王妃様の一瞥であっさり撃沈した。
「どうやら教育を間違えたようですね。今からでは手遅れかもしれませんが、もう一度一からやり直しましょうーーこの国を滅ぼすわけにはいきませんからね」
王妃様の声はとても静かだったけど、なぜだろう、鳥肌が立つのを抑えられなかった。
王妃教育を受けている間、王妃様は私に対してとても厳しかった。絶対この人私のことを嫌いなんだろうと感じたことも一度や二度ではない。
でも、それは私に人を見る目がなかっただけだということが、王妃様の赫怒を目の当たりにして、初めてわかった。厳しいことは厳しかったけど、こうしてみると私への怒り方には愛があったんだとはっきりわかる。先程かけて下さった言葉といい、私は王妃様のことを全然わかっていなかったようです。
ごめんなさい、王妃様、やたらめったら怒りまくる怖い人だと誤解してました。
「教育が必要なのはもう一人いますねーー覚悟はできていますね?」
「か、覚悟?」
王妃様の静かで重い圧力に、馬鹿令嬢は完全にビビって縮み上がってしまったようだ。自分の不敬な物言いにも気づいていない。
「まさかとは思いますが、贅沢ができるからとか、楽そうだからなんていう理由で王妃になろうと考えたわけではないでしょうが」
馬鹿令嬢は肩がビクンと跳ねた。とてもわかりやすく図星だったらしい。
「ふふっ」
王妃様は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「なかなか伝わらないものですね。これからしっかり教えてあげましょう。『国母は国の模範たれ』ーーこの言葉の意味を、心と身体の隅々にまで」
この圧は何と表現すればいいんだろう? 自分に向けられたものではないとわかっていても、息を飲まずにはいられなかった。
そして、続けて投下された爆弾発言が居合わせた一同の度肝を抜いた。
「この娘が王妃教育を修了するまで、おまえの立太子も保留とします」
!?
数秒間の完全なる静寂。しわぶき一つ立たなかった。
最初に声をあげたのは馬鹿王子だった。さすがに我が事とあれば黙ってはいられなかったのだろう。
「な、何故ーー」
「説明されなければわかりませんか?」
声に温度があるならば、この時の王妃様の声は絶対零度に達していたと思われます。
「わかるわけがないでしょう!」
「その時点でアウトです。おまえの再教育も厳しくしなければいけないようですね」
「そんなーー」
馬鹿王子の顔が絶望に染まる。
「二人を連れていけ」
王様の命を受けた近衛兵の人たちがバカップルを会場から連れ出していく。二人してぎゃあぎゃあ騒いでいたけれど、誰からも顧みられていなかった。
王妃様は痛ましい表情でこちらを見た。
「…これから、どうするのですか?」
と訊かれても、展望なんてあるわけがない。王妃になる未来しか考えていなかったから、突然別の道へ進めと言われても困ってしまう。
「わからないです」
「希望があれば極力便宜を図ります。何でも言ってください」
そう言ってから王妃様は意味ありげな笑みを見せた。
「あなたなら、どこへ行っても、何をしても大丈夫だと思うけれど」
「え?」
王妃様の言葉の意味は、すぐにわかることになった。
本当なら会の最後にお祝いの言葉を述べられるだけのはずなのに、このタイミングでおみえになったということはーー
「今そこで不穏な話を耳にしたのですが」
王妃様の言葉に頭を抱えたくなる。やっぱりそれですよねー。
でも、もう遅い。婚約破棄は成立してしまった。いくら国王様と言えど、これを覆すことはもうできない。
事の成り行きを見守る周囲の視線が痛い。
王妃様の目がこちらを向いた。
「……受けて、しまったのですか?」
「……はい……」
目を伏せる王妃様。続けてその口から出たのは、意外な言葉だった。
「貴女を娘と呼べるようになる日を楽しみにしていたのですが……本当に残念です……」
「王妃様……」
まさかあの厳しい王妃様からそんなお言葉をいただけるなんて、ほんの少しだけ婚約破棄を早まったかもしれないと思った。
「私も残念でございますーーお義母様」
多分二度とそう呼ぶことはないだろう。と言うか、許されないだろう。だから、最初で最後の一回にありったけの思いを込めた。
王妃様は驚いたように目を瞠った。
数秒視線が絡む。
すっと視線を外した王妃様は、王妃教育中の何倍も厳しい目で馬鹿王子と馬鹿令嬢を睨み付けた。
「ひっーー」
馬鹿令嬢が息を飲む。それから視線の圧に耐えかねたようにその場にへたりこんだ。
「は、母上ーー」
なけなしの勇気を振り絞って、馬鹿王子が口を挟んだが、王妃様の一瞥であっさり撃沈した。
「どうやら教育を間違えたようですね。今からでは手遅れかもしれませんが、もう一度一からやり直しましょうーーこの国を滅ぼすわけにはいきませんからね」
王妃様の声はとても静かだったけど、なぜだろう、鳥肌が立つのを抑えられなかった。
王妃教育を受けている間、王妃様は私に対してとても厳しかった。絶対この人私のことを嫌いなんだろうと感じたことも一度や二度ではない。
でも、それは私に人を見る目がなかっただけだということが、王妃様の赫怒を目の当たりにして、初めてわかった。厳しいことは厳しかったけど、こうしてみると私への怒り方には愛があったんだとはっきりわかる。先程かけて下さった言葉といい、私は王妃様のことを全然わかっていなかったようです。
ごめんなさい、王妃様、やたらめったら怒りまくる怖い人だと誤解してました。
「教育が必要なのはもう一人いますねーー覚悟はできていますね?」
「か、覚悟?」
王妃様の静かで重い圧力に、馬鹿令嬢は完全にビビって縮み上がってしまったようだ。自分の不敬な物言いにも気づいていない。
「まさかとは思いますが、贅沢ができるからとか、楽そうだからなんていう理由で王妃になろうと考えたわけではないでしょうが」
馬鹿令嬢は肩がビクンと跳ねた。とてもわかりやすく図星だったらしい。
「ふふっ」
王妃様は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「なかなか伝わらないものですね。これからしっかり教えてあげましょう。『国母は国の模範たれ』ーーこの言葉の意味を、心と身体の隅々にまで」
この圧は何と表現すればいいんだろう? 自分に向けられたものではないとわかっていても、息を飲まずにはいられなかった。
そして、続けて投下された爆弾発言が居合わせた一同の度肝を抜いた。
「この娘が王妃教育を修了するまで、おまえの立太子も保留とします」
!?
数秒間の完全なる静寂。しわぶき一つ立たなかった。
最初に声をあげたのは馬鹿王子だった。さすがに我が事とあれば黙ってはいられなかったのだろう。
「な、何故ーー」
「説明されなければわかりませんか?」
声に温度があるならば、この時の王妃様の声は絶対零度に達していたと思われます。
「わかるわけがないでしょう!」
「その時点でアウトです。おまえの再教育も厳しくしなければいけないようですね」
「そんなーー」
馬鹿王子の顔が絶望に染まる。
「二人を連れていけ」
王様の命を受けた近衛兵の人たちがバカップルを会場から連れ出していく。二人してぎゃあぎゃあ騒いでいたけれど、誰からも顧みられていなかった。
王妃様は痛ましい表情でこちらを見た。
「…これから、どうするのですか?」
と訊かれても、展望なんてあるわけがない。王妃になる未来しか考えていなかったから、突然別の道へ進めと言われても困ってしまう。
「わからないです」
「希望があれば極力便宜を図ります。何でも言ってください」
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王妃様の言葉の意味は、すぐにわかることになった。
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