巻き込まれ婚約破棄~俺の理想はスローライフなんだけど~

オフィス景

文字の大きさ
2 / 23

2 順序は違うけど

しおりを挟む
 唇が触れあっていたのは、ごくわずかな時間だった。

 それでも、そのインパクトたるや俺の脳裏が焼け野原になるくらいには強烈なものだった。

 ちなみに、初めてだ。

 年齢イコール彼女いない歴な甲斐性なしにとって唐突に訪れたファーストキスは、あらゆる意味で予想外のものだった。

 何と言ってもその柔らかさ。女の子の唇がこんなにも柔らかいものだとは、妄想の世界の住人には知り得なかったことだ。

 そして、何よりも衝撃的だったのは「可愛らしいセレーネ」だった。

 セレーネには「3ペキ」と共に囁かれるもうひとつの徒名がある。「鉄の処女」というのがそれなのだが、そのイメージを根こそぎひっくり返すような儚げな一面に、俺はやられてしまった。

 おそらく、壁を背にした俺と相対していたせいで、今のセレーネの顔は誰にも見えていないはずだ。

 俺だけが知っているセレーネの表情。それを他の誰にも見せたくないと思った時点で俺の返答は決まっていた。

 そう、決まってはいたのだが、想像を遥かに超えるトンデモ展開についていけない言語中枢が麻痺してしまい、イエスの返事を口にできずにいた。

 しばしセレーネと見つめ合う。

 何か言わなくちゃと思うのだが、口はなかなか自由にならず、意味もなく口をパクパクさせるばかりだ。金魚か。

 どれくらいそうしていたのかーー俺の体感的には極々短い時間だったんだけど、どうも客観的には違ったらしい。

 諦めたような、寂しげな笑みを浮かべたセレーネはふと目を伏せた。

「ごめんなさい。突然こんなこと言われても迷惑ですよね」

 ヤバい!

 身を翻しかけたセレーネの手をギリギリのところで捕まえる。

「待って!」

 やっと言葉が復活した。

「放してください」

「迷惑じゃねえから放さない」

「え?」

「いくら何でも唐突すぎるだろ。アドリブが利くタイプじゃねえんだから、少々フリーズしたのは大目に見て欲しいな」

 ふう、と大きく息をつく。何だか精神の耐久性が音を立てて削れていってる気がする。

「ごめんなさい」

「責めてるわけじゃないから謝らんでくれ。話の流れ的におかしいのはあっちの方なのは間違いないからな」

 バルディンの方を見ると、口をあんぐり開けている。ものすごいバカ面だ。

「あいつも少しは痛い目見た方がいいよな」

 何でも自分の思い通りになると思ったら大間違いだ。今回の件に限らず、あまりにも自分本位な行動、言動が多すぎる。

 もちろんセレーネの話を受けたのはそれだけが理由ではない。一目惚れというには語弊があるかもしれないが、俺の貧弱な語彙では他に適当な言葉が見つからなかった。

 もっとも、セレーネの話はちゃんと聞きたい。これまでそんな素振りすらなかったのに、話の展開が急すぎる。単なるあてつけだとしたら悲しいし。まあ、セレーネがそんな女だとは思わないけど。

「この後、時間ありますか?」

「大丈夫だよ」

「少しお話したいです」

「それはこっちからもお願いしたいな」

「ありがとう。じゃあ場所変えてお願いします」

 俺としてもここに長居をしたいとは思わなかったので、申し出を了承する。どこか聞き耳を立てられないところで話したいよな。

 好奇の視線が集まる中、セレーネは堂々とした態度で歩いていく。さっきまでの不安そうな様子はどこにも見当たらない。一度好意を持ったせいか、近寄りがたく感じていたそんな姿もカッコよく見える。ちょっと現金すぎるだろうか。

 扉の前でセレーネがふと足を止め、バルディンを振り返った。

「ーー何でもいうこと聞いてくれるって言ったわよね?」

「そ、それは……」

 バルディンはみっともないくらい狼狽えた。冷や汗をだらだら流し、一体何を要求されるのかと戦々恐々している。

「まさか王族ともあろう御方が二枚舌を使うとは思いませんが」

 口元は笑みの形になっているが、目はまったく笑っていない。こえぇ……

「う……」

 バルディンの顔色はどんどん悪くなっていく。さっきの言い種じゃどんな願いでも叶えなきゃいかんからな。金でも宝でも、セレーネはそんなこと言わんと思うけど命でも。迂闊なことは言うもんじゃないな。

 周りの目も冷ややかなものが多い。誰も助け舟を出そうともしないって、どんだけ人望ないんだよ。

「ひとつお願いしますね」

 セレーネが何を言うのか、全員が注目し、会場全体が水をうったように静まり返る。

 訳のわからない濡れ衣を着せられた挙句に婚約破棄を突きつけられたわけだから、それなりの意趣返しは認められるだろう。正直、自業自得だと思う。

 しかしーー

「二度とあたしに関わらないで」

 セレーネの要求はそれだけだった。

「へ?」

 もっととんでもない要求を予想していたのであろうバルディンは、史上最高の間抜け面を晒していた。多分、今後どんだけ長生きしたとしても、これを超える間抜け面にはお目にかかれないだろうなと思えるレベルだ。

「もう話しかけもしないで。それを破ったら、その時こそ覚悟してもらうわーーいいわね?」

 問いかけに、完全に呑まれてしまったバルディンは何度も頷いた。威厳の欠片もないその姿に、あちこちで失笑が起こる。

「行きましょう」

「お、おう」

 颯爽と身を翻したセレーネに付き従う格好になったが、その背中にこう思わずにはいられなかった。



 おっとこまえだなー。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

処理中です...