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2 順序は違うけど
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唇が触れあっていたのは、ごくわずかな時間だった。
それでも、そのインパクトたるや俺の脳裏が焼け野原になるくらいには強烈なものだった。
ちなみに、初めてだ。
年齢イコール彼女いない歴な甲斐性なしにとって唐突に訪れたファーストキスは、あらゆる意味で予想外のものだった。
何と言ってもその柔らかさ。女の子の唇がこんなにも柔らかいものだとは、妄想の世界の住人には知り得なかったことだ。
そして、何よりも衝撃的だったのは「可愛らしいセレーネ」だった。
セレーネには「3ペキ」と共に囁かれるもうひとつの徒名がある。「鉄の処女」というのがそれなのだが、そのイメージを根こそぎひっくり返すような儚げな一面に、俺はやられてしまった。
おそらく、壁を背にした俺と相対していたせいで、今のセレーネの顔は誰にも見えていないはずだ。
俺だけが知っているセレーネの表情。それを他の誰にも見せたくないと思った時点で俺の返答は決まっていた。
そう、決まってはいたのだが、想像を遥かに超えるトンデモ展開についていけない言語中枢が麻痺してしまい、イエスの返事を口にできずにいた。
しばしセレーネと見つめ合う。
何か言わなくちゃと思うのだが、口はなかなか自由にならず、意味もなく口をパクパクさせるばかりだ。金魚か。
どれくらいそうしていたのかーー俺の体感的には極々短い時間だったんだけど、どうも客観的には違ったらしい。
諦めたような、寂しげな笑みを浮かべたセレーネはふと目を伏せた。
「ごめんなさい。突然こんなこと言われても迷惑ですよね」
ヤバい!
身を翻しかけたセレーネの手をギリギリのところで捕まえる。
「待って!」
やっと言葉が復活した。
「放してください」
「迷惑じゃねえから放さない」
「え?」
「いくら何でも唐突すぎるだろ。アドリブが利くタイプじゃねえんだから、少々フリーズしたのは大目に見て欲しいな」
ふう、と大きく息をつく。何だか精神の耐久性が音を立てて削れていってる気がする。
「ごめんなさい」
「責めてるわけじゃないから謝らんでくれ。話の流れ的におかしいのはあっちの方なのは間違いないからな」
バルディンの方を見ると、口をあんぐり開けている。ものすごいバカ面だ。
「あいつも少しは痛い目見た方がいいよな」
何でも自分の思い通りになると思ったら大間違いだ。今回の件に限らず、あまりにも自分本位な行動、言動が多すぎる。
もちろんセレーネの話を受けたのはそれだけが理由ではない。一目惚れというには語弊があるかもしれないが、俺の貧弱な語彙では他に適当な言葉が見つからなかった。
もっとも、セレーネの話はちゃんと聞きたい。これまでそんな素振りすらなかったのに、話の展開が急すぎる。単なるあてつけだとしたら悲しいし。まあ、セレーネがそんな女だとは思わないけど。
「この後、時間ありますか?」
「大丈夫だよ」
「少しお話したいです」
「それはこっちからもお願いしたいな」
「ありがとう。じゃあ場所変えてお願いします」
俺としてもここに長居をしたいとは思わなかったので、申し出を了承する。どこか聞き耳を立てられないところで話したいよな。
好奇の視線が集まる中、セレーネは堂々とした態度で歩いていく。さっきまでの不安そうな様子はどこにも見当たらない。一度好意を持ったせいか、近寄りがたく感じていたそんな姿もカッコよく見える。ちょっと現金すぎるだろうか。
扉の前でセレーネがふと足を止め、バルディンを振り返った。
「ーー何でもいうこと聞いてくれるって言ったわよね?」
「そ、それは……」
バルディンはみっともないくらい狼狽えた。冷や汗をだらだら流し、一体何を要求されるのかと戦々恐々している。
「まさか王族ともあろう御方が二枚舌を使うとは思いませんが」
口元は笑みの形になっているが、目はまったく笑っていない。こえぇ……
「う……」
バルディンの顔色はどんどん悪くなっていく。さっきの言い種じゃどんな願いでも叶えなきゃいかんからな。金でも宝でも、セレーネはそんなこと言わんと思うけど命でも。迂闊なことは言うもんじゃないな。
周りの目も冷ややかなものが多い。誰も助け舟を出そうともしないって、どんだけ人望ないんだよ。
「ひとつお願いしますね」
セレーネが何を言うのか、全員が注目し、会場全体が水をうったように静まり返る。
訳のわからない濡れ衣を着せられた挙句に婚約破棄を突きつけられたわけだから、それなりの意趣返しは認められるだろう。正直、自業自得だと思う。
しかしーー
「二度とあたしに関わらないで」
セレーネの要求はそれだけだった。
「へ?」
もっととんでもない要求を予想していたのであろうバルディンは、史上最高の間抜け面を晒していた。多分、今後どんだけ長生きしたとしても、これを超える間抜け面にはお目にかかれないだろうなと思えるレベルだ。
「もう話しかけもしないで。それを破ったら、その時こそ覚悟してもらうわーーいいわね?」
問いかけに、完全に呑まれてしまったバルディンは何度も頷いた。威厳の欠片もないその姿に、あちこちで失笑が起こる。
「行きましょう」
「お、おう」
颯爽と身を翻したセレーネに付き従う格好になったが、その背中にこう思わずにはいられなかった。
おっとこまえだなー。
それでも、そのインパクトたるや俺の脳裏が焼け野原になるくらいには強烈なものだった。
ちなみに、初めてだ。
年齢イコール彼女いない歴な甲斐性なしにとって唐突に訪れたファーストキスは、あらゆる意味で予想外のものだった。
何と言ってもその柔らかさ。女の子の唇がこんなにも柔らかいものだとは、妄想の世界の住人には知り得なかったことだ。
そして、何よりも衝撃的だったのは「可愛らしいセレーネ」だった。
セレーネには「3ペキ」と共に囁かれるもうひとつの徒名がある。「鉄の処女」というのがそれなのだが、そのイメージを根こそぎひっくり返すような儚げな一面に、俺はやられてしまった。
おそらく、壁を背にした俺と相対していたせいで、今のセレーネの顔は誰にも見えていないはずだ。
俺だけが知っているセレーネの表情。それを他の誰にも見せたくないと思った時点で俺の返答は決まっていた。
そう、決まってはいたのだが、想像を遥かに超えるトンデモ展開についていけない言語中枢が麻痺してしまい、イエスの返事を口にできずにいた。
しばしセレーネと見つめ合う。
何か言わなくちゃと思うのだが、口はなかなか自由にならず、意味もなく口をパクパクさせるばかりだ。金魚か。
どれくらいそうしていたのかーー俺の体感的には極々短い時間だったんだけど、どうも客観的には違ったらしい。
諦めたような、寂しげな笑みを浮かべたセレーネはふと目を伏せた。
「ごめんなさい。突然こんなこと言われても迷惑ですよね」
ヤバい!
身を翻しかけたセレーネの手をギリギリのところで捕まえる。
「待って!」
やっと言葉が復活した。
「放してください」
「迷惑じゃねえから放さない」
「え?」
「いくら何でも唐突すぎるだろ。アドリブが利くタイプじゃねえんだから、少々フリーズしたのは大目に見て欲しいな」
ふう、と大きく息をつく。何だか精神の耐久性が音を立てて削れていってる気がする。
「ごめんなさい」
「責めてるわけじゃないから謝らんでくれ。話の流れ的におかしいのはあっちの方なのは間違いないからな」
バルディンの方を見ると、口をあんぐり開けている。ものすごいバカ面だ。
「あいつも少しは痛い目見た方がいいよな」
何でも自分の思い通りになると思ったら大間違いだ。今回の件に限らず、あまりにも自分本位な行動、言動が多すぎる。
もちろんセレーネの話を受けたのはそれだけが理由ではない。一目惚れというには語弊があるかもしれないが、俺の貧弱な語彙では他に適当な言葉が見つからなかった。
もっとも、セレーネの話はちゃんと聞きたい。これまでそんな素振りすらなかったのに、話の展開が急すぎる。単なるあてつけだとしたら悲しいし。まあ、セレーネがそんな女だとは思わないけど。
「この後、時間ありますか?」
「大丈夫だよ」
「少しお話したいです」
「それはこっちからもお願いしたいな」
「ありがとう。じゃあ場所変えてお願いします」
俺としてもここに長居をしたいとは思わなかったので、申し出を了承する。どこか聞き耳を立てられないところで話したいよな。
好奇の視線が集まる中、セレーネは堂々とした態度で歩いていく。さっきまでの不安そうな様子はどこにも見当たらない。一度好意を持ったせいか、近寄りがたく感じていたそんな姿もカッコよく見える。ちょっと現金すぎるだろうか。
扉の前でセレーネがふと足を止め、バルディンを振り返った。
「ーー何でもいうこと聞いてくれるって言ったわよね?」
「そ、それは……」
バルディンはみっともないくらい狼狽えた。冷や汗をだらだら流し、一体何を要求されるのかと戦々恐々している。
「まさか王族ともあろう御方が二枚舌を使うとは思いませんが」
口元は笑みの形になっているが、目はまったく笑っていない。こえぇ……
「う……」
バルディンの顔色はどんどん悪くなっていく。さっきの言い種じゃどんな願いでも叶えなきゃいかんからな。金でも宝でも、セレーネはそんなこと言わんと思うけど命でも。迂闊なことは言うもんじゃないな。
周りの目も冷ややかなものが多い。誰も助け舟を出そうともしないって、どんだけ人望ないんだよ。
「ひとつお願いしますね」
セレーネが何を言うのか、全員が注目し、会場全体が水をうったように静まり返る。
訳のわからない濡れ衣を着せられた挙句に婚約破棄を突きつけられたわけだから、それなりの意趣返しは認められるだろう。正直、自業自得だと思う。
しかしーー
「二度とあたしに関わらないで」
セレーネの要求はそれだけだった。
「へ?」
もっととんでもない要求を予想していたのであろうバルディンは、史上最高の間抜け面を晒していた。多分、今後どんだけ長生きしたとしても、これを超える間抜け面にはお目にかかれないだろうなと思えるレベルだ。
「もう話しかけもしないで。それを破ったら、その時こそ覚悟してもらうわーーいいわね?」
問いかけに、完全に呑まれてしまったバルディンは何度も頷いた。威厳の欠片もないその姿に、あちこちで失笑が起こる。
「行きましょう」
「お、おう」
颯爽と身を翻したセレーネに付き従う格好になったが、その背中にこう思わずにはいられなかった。
おっとこまえだなー。
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