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慎也のミス
しおりを挟む「なあ、頭にこないか?」
「そうだな。いいかげんにして欲しいとは思うな」
「あれって、どう見ても痴話喧嘩だよな」
「ああ。『喧嘩するほど仲がいい』ってやつな」
うんざりした会話が交わされる。主はサッカー部の部員たちである。その視線の先には、日課と化した言い争いを繰り広げる辰巳と舞子の姿があった。
「いつになったら現れるんだよ!」
「そんなのあたしが知るわけないでしょ」
「いつまで俺に張り付いてる気だ」
「人聞き悪い言い方しないでよ。それじゃああたしがつきまとってるみたいじゃない」
「そのとおりじゃねえか」
「全然違うでしょ。ちゃんと別の目的があるんだから」
「そのために何か手は打ってるのかよ。真面目にやってるように見えねえぞ」
「相手はかなり計画的なのよ。なかなか尻尾をつかませないわ」
「おまえらがとろいだけじゃねえのか?」
「言ってくれるじゃない」
言いながら、舞子が辰巳の膝をちらりと見た。その視線に不穏なものを感じて、辰巳は眉を寄せた。
「…今、何考えた?」
「んー、この膝もう一度壊したら、また治しに現れるかなーって」
恐ろしいことをしゃらっとのたまう。言葉は冗談めかしているものの、目だけを見れば完全に本気である。辰巳は嫌そうな顔をして一歩退いた。
「何よ、冗談だってば」
「いーや、おまえなら本当にやりかねん」
「失礼ね。あたし、そんなに乱暴者じゃないわよ」
「そういう発想する時点で乱暴者だ」
それはもっともなのだが、それを辰巳が言っているところに違和感があった。「人に常識を説く辰巳」というのは、部員たちにしてみれば想像を絶する姿であった。
それだけ舞子がとんでもないという見方もできる。見た目の麗しさとは真逆のぶっ飛んだ性格は、なかなか馴染めないものであった。
「本当にあの二人、上手くいくのか?」
疑問を抱いているのは慎也である。
満里奈が言うにはあの二人の相性は最高ということだし、みんなもそう見ているのだが、慎也の目にはどうしてもそうは見えないのだ。一触即発、いつ致命的な激突が起きても不思議ではないように思えて仕方ないのだ。
これって、まずいんじゃないのか?
確か満里奈の究極の目的は辰巳と舞子を仲良くさせることだったはずである。このままではその目的を達成することはできなくなってしまう。
そして、放っておけばいいのに、人のよい慎也は突っ込まなくてもいい首を突っ込んでしまうのだ。
「なあ辰巳。もうちょっと穏やかにだな」
「アホか。甘くしたらつけあがるぞ、このアマ」
「あたしがいつつけあがったって言うのよ」
「現在進行形でつけあがり中じゃねえか」
「待て待て待て」
慌てて慎也が割って入る。何で俺が、という思いはあるが、放っておくわけにもいかない。
「おまえら二人ともケンカ腰になるのをやめろ。もう少し穏やかに話せ」
『無理』
期せずして声が揃う。なぜこのチームワークを応用できないのか。
「息合ってるじゃねえか」
「ふざけたこと言ってると、口きけなくするぞ」
「この人と疎通できるのは獣だけだと思います」
「詳しくは知らんが、共同戦線張ってるんじゃなかったのか?」
「そうなんだよ。とっとと解消したいから、早く見つけたいんだよな」
役立たずを見る目で舞子を見る。
舞子はあっさり逆上した。
「仕方ないでしょ。相手が魔法を使わなきゃこっちは感知できないんだから」
勢いでそこまで言ってしまってから、舞子ははっと口を押さえた。第三者の前で魔法のことを口にするなど、取り返しのつかない失態である。
辰巳も「あいたー」という顔で天を仰いだ。
ところが、慎也はまるっきり普通にしていた。それは、舞子が予想した反応とはかなりかけ離れたものだった。
「…驚いて、ない?」
その呟きに、慎也も自分の失策を悟った。一般人が魔法などと聞いたら、怪訝そうにしたり、驚いたり、気味悪がったりするものだろう。今の自分のように平然としているのは不自然だろう。
「魔法って、何の話だ?」
とりあえずとぼけてみる。
「魔法なんて言ってないわよ」
白々しさこの上ない台詞だったが、慎也的にもここは乗ったほうが得策である。
「俺の聞き間違いか?」
「そうじゃない?」
「俺もここのところ疲れてるからな。今日は早めに帰って休むとするか」
「そうしたほうがいいよ」
その場はなし崩し的に治まった。
「あいつ、何か知ってるな」
「そうね。あからさまに怪しかったわね」
二人は顔を見合わせて頷きあった。
あの場はさらりと済ませたものの、慎也の態度は露骨過ぎた。疑ってください、と言わんばかりのものである。
「それにしても、あんたちょっと無用心すぎるぞ」
「反省してるわよ。でもいいじゃない。おかげで手掛かりつかめたんだから」
「まあいい。この後どうやってアプローチするかだな」
「直球勝負じゃいけないの?」
「あいつも素直じゃねえからな。現場押さえに行くか」
「どうするの?」
「尾行と聞き込み」
「刑事みたいね」
「実際そうだろ。あいつがどこであんたのそっくりさんと会ったのか、今も会ってるのか、そのへんがまったくわかってないわけだからな」
「じゃあどこから行く?」
「やつの行きそうなところ……そう言えば、喫茶店を自慢してたな」
「喫茶店?」
「ああ。何でも途轍もなく美味いコーヒーを飲ませてくれるところがあるって言ってたんだ」
「じゃあそこに行ってみようよ」
そこで二人は辰巳のうろ覚えの記憶を頼りに目当ての喫茶店を目指した。
「ねえ、あれがそうじゃない?」
「看板ちっちぇえなあ」
気をつけていなければ見落としてしまうほど小さな看板が出ている、小ぢんまりした店の扉をくぐる。アンティークな雰囲気を漂わせる、年季の入った空気が二人を迎えた。
「いい感じ」
「いらっしゃい」
カウンターの中にいたマスターが、舞子を見て親しみのこもった笑みを向けた。
「え?」
明らかに顔見知りに向けられた笑顔に、舞子が戸惑う。
「あれ? こないだ慎也くんと一緒に――」
途中で口をつぐむ。それ以上言うべきではない。と言うより、ここまでで既に反則気味である。
辰巳と舞子は顔を見合わせた。
『ビンゴ!』
こんなに簡単にいっていいのか、とは辰巳は思わない。自分の思い通りにならないことなどないと思っているからだ。
「ここに来たんですね。あたしにそっくりな娘」
噛みつかんばかりの勢いで舞子がマスターに迫る。
「い、いや、それは――」
基本的に人のいいマスターはとっさに気の利いた嘘がつけなかった。
「教えてください。その娘、探してるんです」
「俺の恩人なんです」
それはまったくの事実だったので、辰巳の迫力には勢いがあった。
「会って、お礼を言わなくちゃならんのです。お願いですから教えてください」
この男にしては非常に珍しい低姿勢。それを知らないマスターにも、辰巳の真摯さは通じた。
「…私も詳しくは知らないんだ。常連さんが一度一緒に連れてきただけで」
「その常連ってのは掛井慎也ですね?」
「君は、慎也くんとは?」
「チームメイトです。ただ、あいつ隠してて話そうとしないもんですから」
マスターはどうしたものかと辰巳を見据える。
辰巳は真正面からその視線を受け止めた。
しばしの沈黙が流れる。
ややあって、マスターが小さくため息をついた。
「慎也くんが連れて来たよ。確か、満里奈ちゃんって呼んでたと思ったな」
「満里奈? 聞き覚えがないな」
「あたしもないわ」
「とにかく、その娘が探してる娘だってのは間違いないな」
「そうね。本当にいたって訳ね」
「慎也んとこにいくか」
「そうね。彼が知ってるのははっきりしたわけだし」
二人の目は獰猛な野獣のそれになっていた。
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