赤い糸

オフィス景

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6 異変

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「赤い糸が見えるようになった日だ」



 薫は強い視線で裕治を見つめる。

「三ヶ月くらい前に私が事故に遭ったのは知ってるよね。その時に頭を強く打ったせいだと思う──詳しいことはわかっていないんだけど──それ以来、赤い糸が見えるようになったんだ」

「今更だけど確認するぞ。赤い糸って、運命の相手とは小指と小指が赤い糸で結ばれてるってアレか?」

 さっきは茶化したが、裕治とて知らないわけではない。

「そう、それ」

「……」

 こいつ、イッちゃってんじゃないか?

 裕治の正直な感想はそれだった。突拍子もなさすぎて、信じる信じない以前に頭の中身を疑ってしまったのだ。

「…そういう反応になるよね。それはわかるよ。でも嘘は言ってない。それは信じて欲しい」

 絶賛混乱中の裕治だったが、この際言いたいことは言わせてしまおうと先を促した。

「今話したような理由で私は普通の恋愛はあきらめていた。でも、私にも運命の相手がいる。そう知ったら、もう居ても立ってもいられなくなってしまったんだ」

 悲痛にも聞こえる叫び。

 その気持ちは理解できなくもない。夢でしか見れないと思っていたものが実はすぐ身近にあったのだとしたら、自分なら我慢はできないだろう。

「それが、俺だってのか?」

 話はわかったが、それを受け入れるかどうかはまた別問題である。いずれにしても、心の整理は必要だった。

「悪いが、少し時間をくれ。混乱してて、まともに頭が働かねえ」

「うん。でも、今の話はくれぐれもオフレコにしてほしいんだ。それだけはお願いします」

 言われなくても言いふらすつもりはない。だが、何かが引っかかった。

「まさかとは思うが、このままずっと男で通す気か?」

「そのつもりだよ。運命の相手と結ばれないのであれば、後はみんなに期待に応えるしか私の存在価値はないからね」

「それは脅迫じゃねえのか?」

「そんなつもりはない。誤解しないでほしい」

 確かに、裕司が知る薫の性格ではそんなどす黒いことは考えないだろう。

 しかし、そんなふうに言われれば裕司の選択肢はほとんどなくなったに等しい。これがもともと仲の悪い相手であればともかく、薫とはこれまで友好的な関係だったのだ。

 しかしなあ……

 あまりにも突拍子がなさすぎて、にわかには決断しかねた。

 改めて薫を見る。

 美人だよな。間違いなく。それも、超絶レベルだ。

 クラスメイトというか、薫と接点を持った誰もが一度は感じたことーー薫が女の子だったらーーが事実だったわけだ。

 裕治は薫と並んで歩く姿を想像してみた。

 …悪くないかも……

 悪くないどころか、自慢できそうだ。

 次に裕治は自分の小指を見た。

 裕治には赤い糸は見えなかったが、自分と薫が繋がっていると思うのは、悪い気分ではなかった。

 黙ってしまった裕治を薫は心配そうに見つめている。

 薫にとっては一世一代の大勝負。それこそ清水の舞台から飛び降りる覚悟でした告白である。当然いい答えを期待している。

 が、薫の冷静な部分は、これがとんでもなく突拍子もない話だということも理解していた。

 であれば、答えを急かすのは悪手でしかない。逸る気持ちに薫は懸命にブレーキをかけた。

 我慢比べのような沈黙が続く

 先にそれを破ったのは裕治の方だった。

「…わかったよ」

 ため息をつきながら、裕治は小さく頷いた。

「ホント!?」

 薫の顔が喜色に染まる。

「前向きに考えることは約束する。でも、今この場で割り切るのは流石に無理だ。そこはわかってくれ」

 裕治の言葉に薫は何度も頷いた。

「もちろんそれでいいよ!」

 薫にしてみれば、バッサリ一刀両断されることも想定していたのだ。裕治の返答はベストではないにせよ、想定していた中ではかなり上位にランクされるものだった。

「じゃあこれからよろしくね!」

 薫が裕治に右手を差し出した瞬間ーー



 突然、大地が大きく揺れた。



「うおっ!?」

「きゃあっ!?」

 あまりに大きな揺れに、二人の身体が宙に浮く。

 そして次の瞬間、二人は眩い光に包まれていた。

 咄嗟に伸ばされていた薫の手を取った裕治だったが、それ以上は何もできず、意識を手放した。

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