婚約破棄 ~ガチでやられると結構キツい~

オフィス景

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87 スイーツ天国

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「ドラゴン?」

 アリサはキョトンとする。どこからどう見ても普通の老紳士にしか見えないのだ。アリサのように気配を感じることのできない一般人のあたりまえの反応である。

「うむ。こう見えてもエンシェントクラスのドラゴンでな。今回この二人には返しきれない恩を受けたので、我の加護を与えたのだ。我の加護を受けた者を傷つけられる者などこの世にはおらぬよ」

「ほ、本当ですか?」

「今回この二人が無茶をしたのは我の子供のせいなのだ。怒る気持ちはわかるが、大目に見てはもらえまいか」

「そういうことなら」

 まだ釈然としない部分はあったが、ひとまずアリサは矛を収めた。

 ケントとフローリアは揃ってドラゴンに感謝の念を送る。

「じゃあ二人は無敵になったの?」

「無敵ってのとは違うと思うけど、極端に怪我をしにくくなったとかそんな感じかな」

「その認識で間違いないな」

 ドラゴンの頷きに、ようやくアリサの表情も緩んだ。

「それならお礼をしなくちゃいけないわね」

「お礼?」

「あたしの一番の心配事を取り除いてくれたわけですし、ドラゴンさんのお口に合うかどうかわかりませんけど、ぜひ召し上がってください」

 そう言ってアリサは自慢のスイーツをドラゴンの前に並べた。定番のチーズケーキやティラミスだけでなく、ケントたちが初めて見るものもいくつかあった。ずっと研鑽は積んでいたらしい。

「これは…食べ物なのか?   このような可愛らしいもの、見たことも聞いたこともない」

 あ、ドラゴンにも可愛らしいって感覚はあるんだ。

 場違いな感想を抱いたケントだったが、余計なことを言って場を混ぜっ返したりはしなかった。

「ふむ。ではいただくとしようか」

 ドラゴンが最初に選んだのは、シンプルなチーズケーキだった。それを、器用にフォークを使って切り分け、口に運ぶ。

 モグモグと口が動いたところで、ドラゴンの動きが止まった。目が見開かれ、口がパクパクと開閉する。

「ご、ごめんなさい!   お口に合いませんでしたか!?」

 アリサが慌てるが、ケントにはまったく違って見えた。用心として耳をふさぎ、それを見たフローリアも倣った。

「ふおおおおーーーーーっ!!」

 ドラゴンの歓喜の咆哮は、一帯の空気をビリビリと震わせた。

「きゃあっ!」

 耳をふさいでいたケントたちでさえ頭がくらくらしたのだから、まともに食らったアリサはたまったものではない。思いっきり後ろにひっくり返ってしまう。

「美味い、美味いぞ、何だ、これは!?」

 アリサの様子など目に入らぬようで、ドラゴンはひたすら歓喜に咽ぶ。

「この世にこれほど美味いものがあったとはーーなぜ我は今までこれに巡り合うことができなかったのだ!」

 そしてドラゴンは皿の上のスイーツを次々と平らげていく。

「これもだ!   これも美味い!   美味すぎる!   なんたることだ、もう終わってしまう」

 その嘆きを聞いたアリサは頭を振って立ち直り、おかわりを用意した。ここまで喜んでくれるなら、パティシエ冥利に尽きるというものだ。

「おおおおお!   ここは桃源郷か!?」

 ドラゴンの歓喜は果てることがなかった。
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