婚約破棄 ~ガチでやられると結構キツい~

オフィス景

文字の大きさ
4 / 89

4 友人たち

しおりを挟む
「あー、気が重い……」

 足首に鉛でも巻かれているのでは、と思うほど重く感じる足を引きずりながらケントは学園へ続く坂道を歩いていた。

 どうせもう知らないヤツなんていないんだろうな…はあ……

 あれだけの人前で騒いだのだ。しかもネタがネタだけに広まらない方がおかしい。

 絶対あることないこと言われるんだろうな。

 憂鬱でしかたない、とケントは背中を丸めた。

「どうしたのよ、元気ないぞ!」

 弾けそうな声とともにスナップの利いた平手で背中を叩かれて、ケントは悲鳴をあげた。

「いってぇ!?」

 振り返ると、予想通りの元気ハツラツ少女がいた。

「おはよう、ケント」

「おはよう、ってか挨拶ならもう少し手加減してくれ。絶対手形残ったぞ」

「おじいちゃんみたいに背中丸めてるからだよーー気持ちはわからなくもないけど、ケントは悪くないんだからもっと堂々としてなきゃダメだよ」

 そう言って、クラスメイトの元気少女アリサはにぱっとおひさまのような笑顔を見せた。

「心配してくれたのか。サンキューな」

 ケントの礼にアリサがパニクった。

「そ、そ、そ、そういうわけじゃないよ。歩いてたら前に背中丸めてるみっともないのがいたから助走つけて叩いただけだよ」

「助走つけたのかよ……ま、おかげで背中は伸びたよ」

「ん。それでよし」

 アリサは小柄な身体をいっぱいに使って、えへんと威張って見せる。そこに小動物的可愛さを見て、ケントの気分もほっこりした。

 アリサが先陣を切ってくれたおかげで、スタンスを決めかねていたクラスメイトたちもいつも通りにケントに挨拶をしてきた。

「ようケント、災難だったな」

「よかったじゃん。身軽になれて」

「ケントくん、今度デートしよ」

 ちょっと不穏な発言もあったが、基本的には気の置けない友人たちなので、ケントも楽しい気分になれる。

 しかし、辺境伯領へ戻ることになれば、彼らとも別れる話になる。それはちょっと残念だな、と思うケントであった。



「どういうことよ!?」

 ケントが自らの退学と領地への帰還を告げたら、裏返った声で悲鳴をあげたのがアリサだった。

「何でケントが学校やめるなんて話になるわけ!?」

「領地へ帰るんだ。しょうがないだろ」

「やめなくたっていいじゃん。ケントだけこっちに残るわけにはいかないの?」

「残念だけど……」

「そんなあ」

「何とかならんのか?」

 仲間内ではリーダーシップをとることが多いティエリーが気遣わしげな表情で問いかけた。

「どうにもならんなあ」

 素っ気なく答えながら、ケントは胸が熱くなるのを感じていた。こうして別れを惜しんでくれる友人の存在は何物にも代えがたい。 

「うー」

 アリサが可愛い顔に似合わぬ唸り声を上げる。

「せっかくチャンスが巡ってきたかと思ったのにぃ」

「チャンス?」

「あ、ううん、何でもない!」

「そうか?」

 二人のやり取りを聞いていた仲間たちは身悶えした。

「気づけ!」

「鈍」

「ギルティ」

 どれも呟きに近い声量だったので、ケントの耳には届かなかった。

「慌てなかったのは正解だよ。昨日の今日でがっついてきたら、ケントくんの人間性を疑わなきゃいけなくなるしね」

 アリサの耳元で楽しそうに囁いたのはナスチャ。綺麗なお姉さんという表現がこれほど似合う人はいないだろうと言われている。

「でも、遠くに離れちゃうんだよ」

「わかってる」

 小さく頷いて、ナスチャはケントに問いかける。

「ねえケント、夏休みにグリーンヒル領に遊びに行ってもいい?」

 はっとアリサがナスチャを振り返った。

 いい笑顔でサムズアップするナスチャ。

 持つべきものは機転の利く友人だ、と感謝しつつアリサはケントに期待の目を向けた。

「おう、もちろんだ。大歓迎するぜ」

「やった!」

 アリサは小さくガッツポーズした。とりあえずこれで縁がこれっきり切れてしまうという最悪の事態は避けられた。

 ナスチャも言ってたけど、慌てちゃダメよね。普通そうに見えるけど、傷ついてないはずがないもんね。

「荷造りは進んでるのか?   何なら手伝うが」

 ティエリー、ナイス!

 アリサは前のめりに食いついた。

「あたしも行く。ケントの形見何かちょうだい」

「殺すな!」

 ケントは思わず素で突っ込んだ。



 元々殺風景な部屋だったので改まって片づけるようなものはない、とケントは断ったのだが、強引に押しかけるような形で一同は部屋を訪れていた。

「…何と言うか、ストイックな部屋だね……」

「面白味がないだろ?」

「いつも部屋で何してたの?」

「一人の時は大体料理の研究してたかな」

「料理の研究?   ケントくん、料理なんてするの?」

「するぞーーショーユとミソって知ってるか?」

 ケントが訊くと、女性陣は揃って頷いた。

「あれ、美味しいよね。あたしは特に魚をショーユで味付けするのが好き」

「店先で配ってたレシピにあったミソシルって美味しかったわ。具も色々工夫できるから飽きないし」

「おお、使ってくれてるんだなーーちなみに、あれ作ったの俺だから」

「「「ええーっ!?」」」

 驚きの声がハモる。

「マジ?」

「何でそんなことできるの?」

「それは企業秘密だ」

「キギョウって何?」

 アリサの素朴な疑問に、ケントのこめかみがピクリと動いた

「あ、あー、何でもない。忘れてくれ」

「変なの」

 それ以上追及はなかったので、ケントとしては助かった。

 ヤバいヤバい。気を緩めちゃダメだ。

「ちょっと待って」

 ナスチャが鋭い声でその場を制し、ケントはビビって跳ね上がりそうになった。

「ど、どうした?」

「もしかしてこれからショーユとミソって手に入れにくくなる?」

 あー、そのことか。

 ケントは罪悪感を覚えながら頷いた。

「多分そうなると思う」

「大変じゃない!?」

 アリサが素っ頓狂な声をあげた。

「あの味を教え込まれて、あれなしではいられなくなったところで取り上げられるなんて、耐えられるわけないじゃない!?」

「アリサ、落ち着きなさい。その言い方、ちょっと卑猥に響くわよ」

「なーー」

 赤くなって沈黙したアリサに代わって、ナスチャがケントに質問する。

「国としての政策ってことなのよね?」

「ああ」

「それじゃあしかたないのもわかるんだけど、あたしもあの味を食べれなくなっちゃうのは辛いかなーー何とかならない?」

「ごめん」

 変に期待を持たせないよう、ケントはきっぱり頭を下げた。

 そうなると、一連の事情を知っている身としては強く言えなくなってしまう。

「ケントが悪いわけじゃないわよ。悪いのはアルミナよ」

「あいつ、ホントにロクでもないわね」

「アリサ、あんまり言わない方がいいわよ」

「あ、ごめん、ケント」

「気にすんな。そう思ったから婚約破棄に応じたわけだし」

 ケントは苦笑混じりに答えた。

「なあ、使えなくなるものって、そのショーユとミソだけなのか?   グリーンヒル領っていろんな産業があるよな」

 今度はティエリーが訊いた。

「実に言いづらいんだが……」

 ケントが影響が出そうなものを挙げていったら、一同の表情が見るみるうちに険しくなっていった。

「やっぱあいつロクでもない」

 結論としては、そこに落ち着いた。

しおりを挟む
感想 332

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

姉妹差別の末路

京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します! 妹嫌悪。ゆるゆる設定 ※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...