婚約破棄 ~ガチでやられると結構キツい~

オフィス景

文字の大きさ
5 / 89

5 キツい勘違い

しおりを挟む
 まず最初に変化が現れたのは食卓だった。

「味付けがおかしいじゃない!」

 居丈高に言って、アルミナはナイフとフォークを放り投げた。

「これを作ったのは誰?」

 呼びつけられた料理長は青い顔でアルミナのもとへやって来た。

「お呼びでしょうか」

「何これ。私にこんなものを出すなんて、一体どういうつもりかしら」

「申し訳ございません。一部の調味料が使用できなくなっておりまして……」

 少し声が震えた。料理長は、苛立ちを表情に表さないように取り繕うので精一杯だった。

「調味料?」

「はい。ショーユとミソが不足しております」

「ないなら買えばいいだけでしょう。言い訳しないで自分の仕事に最善を尽くしなさい」

 どの口がどの顔で言いやがる。誰のせいでこうなってると思ってやがんだ。

 料理長は怒鳴りたいのを必死に堪えた。

「畏れながら、殿下。今現在我が国はショーユとミソを購入できない状況にあります」

「はい?   何それ?」

「売ってもらえないのです」

「何で?」

「なぜでしょう?」

 自分で考えろ。

「相手はどこよ?」

「ショーユとミソはグリーンヒルの特産です」

「ああ、そういうこと」

 状況を理解したアルミナだったが、恐縮もしなければ反省もせず、逆にケントを罵る始末だった。

「小さい男ね。早めに手を切って正解だったわね」

 それを聞かされた料理長は、心の中で嘆息した。

 ダメだ、この小娘は……

 ショーユやミソだけではなく、調理器具や技法の研究に関して料理長はケントと交流があった。年は離れていても友人のようなつきあいをしていたのだ。

 だから、今回の一件についても苦々しく思っていたし、そこへもってきてこんな文句を聞かされたのでは、王族に対する敬意を棄てさせる充分過ぎる理由になった。

 ひとつだけ正解なのは、早めに手を切ったことだな。ケント様はこんな小娘にはもったいなさ過ぎる。

「もういいわ」

 料理をほったらかしにしてアルミナは立ち上がった。料理長を一瞥もせずに出ていってしまう。

 こういうところも減点対象だ。もっとも、料理長の中にはこれ以上減らす点は残っていなかったのだが。

 ここも長居すべき場所じゃなくなっちまったな…ケント様のところで雇ってもらえりゃベストだが、グリーンヒルで食堂やるのもいいかもしれんな。

 こういった動きは料理長に限ったことではなく、王国全土で見られ、人材の流失は加速していくのであった。



 アルミナは昼食をほっぽらかしたその足で父王のもとを訪れていた。

「お父様、なんでも調味料が不足していると聞きましたが」

 王は不機嫌そのものの目で娘を見た。

「それがどうした?」

「至急調達をお願いします」

「無理だな。あきらめろ」

 王の返答はにべもなかった。

「なぜです?   ケントの嫌がらせなのでしょう?   もってこさせればよいだけではありませんか」

「おまえは本当に何もわかっていないーーというより、わかろうとしておらんのだな」

 王は人生で一番深いため息をついた。

「ケント殿はもはやラスティーンの臣下ではない。命令などできるわけがなかろう」

「ならば購入すればーー」

「国家予算でも賄えんわ」

「どういうことですか?   そんな法外な値段ーー」

「あれはケント殿独自の製法で作られたもので、他の誰も真似ができないものだ。おまけに大量生産ができないから希少価値が高い。どうしても欲しければ、言い値で買うしかないが、我が国には予算がない。結論としてはあきらめるしかないわけだ」

「今までは不自由したことはないんですよね。どうしてそれが急にそんな話にーー」

「これまでは優先的に回してくれていたのだよ。だが、今回の件でその義理もなくなったということだろう」

 段々と状況を理解し始めたアルミナの表情が強張ってきた。

「じ、じゃあケントに作り方を教えてもらえばーー」

「それこそ無理だ」

「なぜです?」

 訊いたアルミナに、王は訝しげな目を向けた。

「まさかとは思うが、おまえ、ケント殿が転生者だということをーー」

「転生者っ!?」

 裏返った声が答えだった。

「転生者って、あの、異世界の記憶を持ってるって……」

 ごく稀に異世界の記憶に目覚める者がいる。それを転生者と呼び習わしているのだ。

 転生者の中には有益な情報をもたらし、国の発展に寄与する者がいる。もちろんそうでない者もいるのだが、ケントは前者だった。それもとびっきりの。

「…なぜ知らんのだ。ケント殿はおおっぴらにこそしていないが、ワシらでも知っている話だぞ」

 「そんなこと、ただの一度も……」

 王は先程記録した人生で一番深いため息記録を、一気に倍以上更新することになった。

「ケント殿が話さなかったわけはないだろうから、おまえが聞いていなかったのだろうな」

「それはケントが何度でも話すべきです」

「……」

 この期に及んでなお自分の非を認めようとしない娘の姿に、王は絶望的な気分になった。

「ここまでおまえはケント殿に興味をもっていなかったのか…どれだけ嫌な思いをさせられたか、考えるだけで胸が苦しくなる……ケント殿、本当にすまなかった……」

 ケントに届かないことはわかっていても、言わずにはいられなかった。同時に、自らの親としての責任、罪深さを思い、慟哭する。

 父親の涙に少しだけ鼻白んだアルミナだったが、不貞腐れた表情に反省の色は見られなかった。

「お金でもダメ、個人的なつてもダメ、となるともう一度傘下に入れるしかないのかしら」

「何をーー」

 王はぎょっとした顔でアルミナを見た。

「結局元に戻るのにね。馬鹿みたい」

「馬鹿はおまえだ」

 色々なものをあきらめた王は、冷たい声で言った。

「グリーンヒルに戦を仕掛けたところで、勝てるわけがない」

「え?   でも、兵力的には三倍くらいの差がーー」

「三倍が五倍でも勝てんな」

「なぜですか?」

「むこうは魔物相手に実戦経験を豊富に積んだ最精鋭だぞ。訓練しか知らぬ兵では勝負にすらならんわ」

「そんな……」

「それどころか、相手がグリーンヒルだと知った瞬間に兵たちは逃げ出すかもしれんな」

 王は自嘲して言った。

「グリーンヒルがその気になったら、我が国は三日で滅びることを覚えておけ。戦力的にも経済的にもラスティーンはグリーンヒルあってのラスティーンだったんだーーこうなるまでそのことに気づけなかったのが、我らの愚かさということだ」

「そんなの…信じない……」

「おまえが信じようが信じまいが現実は現実だ。グリーンヒルの武力もケント殿の知識による特産品もないラスティーンは、何の魅力もない弱小国に成り下がってしまったんだ」

「嘘です!   そんなの、ありえません!!」

 両耳を塞いで、髪を振り乱して、アルミナは喚き散らした。

 プライドの高いアルミナには、家が没落するというのが何よりも耐え難かったのだ。

 非常にわかりやすい、自業自得という言葉の見本であった。

「絶対認めない。こんなの認めない」

 譫言のように呟く姿には妄執が感じられ、ストレートな怖さがあった。

 自分の背筋にも寒気を感じて、王は侍女を呼んだ。

「アルミナを連れていけ。部屋から出さないようにするんだ」

 暴れるアルミナを侍女が三人がかりで連れていく。

 それを見送って、王は椅子の上で脱力した。

「…崩壊というのは、想像以上に早いものなのだな」

 つい最近までうまく回っていたのは一体何だったのだろうか……

 王は静かに乾いた笑いを浮かべた。

しおりを挟む
感想 332

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

姉妹差別の末路

京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します! 妹嫌悪。ゆるゆる設定 ※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...