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10 夏休みの予定
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「…おまえ、帝国行って、何してきたんだ?」
父王に訊かれて、ケントは返答に窮した。
「…えーっと、それはまあ、何と言うか…その……あはは……」
「男が話を笑ってごまかそうとするな」
ビシッと言われて、ケントは居ずまいを正した。
「フローリア姫と仲良くなりました」
「意外と手が早いんだな」
からかう口調にケントは苦い笑いを見せた。
「そんなんじゃないですよ。ちょっと話が合ったってだけで…情けないけど、まだ女は怖いです……」
「ははっ、そんな状態であの皇女将軍を口説いちまったってか。やるじゃねえか」
「口説いてなんかないですよ!?」
ケントは慌てて否定したが、あの場にいた侍女たちがこれを聞いたら「どの口がそれを言う!?」と憤慨したことだろう。
「おまえにそのつもりはなくても、口説けちまったみたいだぜ」
「はい?」
「向こうの皇帝から苦情が来てる。フローリア姫の切なげなため息が激増してるってよ」
「え……」
ケントは困惑を隠せない。何かの間違いか、からかわれているとしか思えなかった。
「おまえ次第だが、婚約って形をとることもできそうだぞ。どうする?」
「どうもこうもないよ。婚約なんて考えられない」
婚約破棄で受けたケントの傷は、いまだ完治には程遠かった。
ふと純粋無垢なフローリアの笑顔を思い出す。
フローリアが人を裏切ることがあるとは思えない。彼女はアルミナとは違う。
そうは思っても、また裏切られたらという恐怖が拭いきれないのだ。アルミナだって、実際にやられるまではそんなことをするようには見えなかった。
「いずれにしても、しばらく女性はいいです」
「そうか? 婚約の傷は婚約でしか癒やせないと思うんだがな」
「いや、そんな『オリンピックの悔しさはオリンピックでしか晴らせない』みたいなこと言われても……」
「ん? オリンピックって何だ?」
「あ、いや、こっちの話」
苦笑してケントは話題を変えた。
「そう言えば、しばらく別荘借りたいんだけど、いいかな?」
「誰か来るのか?」
「ああ。ラスティーンの友達を何人か呼ぼうと思ってるんだ」
「そうか。それじゃあその間は休んでしっかり鋭気を養え」
ありがたい申し出に、ケントは素直に頷いた。
「じゃあそうさせてもらうよ」
「最近学食の質って大分落ちたよな」
日替わり定食のプレートを持ったティエリーのボヤキに、仲間たちは揃って深く頷いた。
「量も減ったけど、何よりも味が落ちたわ」
「それな。結構つらいよな」
「あー、ミソ汁が飲みたい」
「炒めものにはショウユ味が欠かせないと思うんだがな」
「同感」
突き詰めた話題は、ここにいない一人の男に帰結した。
「ケントぉーっ」
「帰ってきてくれぇーっ」
食欲由来によるものだけに、魂の叫びは切実だった。
もちろん、食欲以外の理由でケントに戻って欲しいと思っている者もいるわけでーー
「ケント、元気かな……」
アリサがため息混じりに呟く。
「元気でしょ。今一番勢いある国の先頭に立って飛び回ってるんだから」
「それに引き換え、我が国は……」
「ヤバいよね。坂道を転がり落ちるってこういうことなのって感じ?」
「ひとつ歯車が狂うだけでなあ……」
「そのうち帝国あたりに攻められて滅びちまうんじゃないのか?」
「実際にその動きはあったみたいよ」
ナスチャの言葉に、全員が固まった。
「マジで!?」
「ええ。あの皇女将軍が出陣の準備をしてたそうよ」
「え? でも、してたってことは、今はもうしてないってこと?」
「そうみたい。で、話によると、それを止めてくれたのがケントくんみたいなのよ」
「…どういうこと?」
「ケントくんがひとりで帝国に乗り込んでいって皇女将軍と話をつけたみたいなんだけど……」
ナスチャは、自分で言ったことなのに自信なさげである。
「ホントか、それ?」
「ケントはそういうキャラじゃない気がする」
「お父様の情報だから間違いないと思うんだけど……」
ナスチャの家はラスティーンでも有数の商家である。商人にとって情報は命とも言えるほど大事なものであることは誰にでもわかる。大商人であるナスチャの父がいい加減なことを言うはずがなかった。
「うーん、ケントと皇女将軍か……ケントが食われちまうとこしか想像できない」
「確かにねー」
「皇女将軍って、すっごく気性が荒くて、ちょっとでも気に入らない部下とかすぐ斬り捨てちゃうんでしょ」
アリサに悪気はない。実際に巷に流れる皇女将軍の噂としては、これはおとなしい方である。
素手でオーガを葬りその生肉を貪ったとか、五人の小姓を一晩で干からびさせたとか、それもう人間じゃないでしょと言いたくなるような話がまことしやかに語られているのだ。
「どう考えても食われたな。それと引き換えにケントはこの国を守ってくれたんだ」
事実とはかけ離れた認識が彼らの中でできあがった。
「でも、ケントはどうしてそこまでしてくれたの?」
ケントにしてみれば、ラスティーンは恨みこそあれ、身体を張ってまで守る価値などないはずだ。
「…もしかして、まだアルミナのこと……」
前提条件が間違っていると、憶測はどんどんずれた方向へ進んでいってしまう。
「あんなにひどいことされたのに、まだアルミナのこと忘れられないの……?」
ケントがこの場にいれば、即座に否定されて終わっている話なのだが、残念ながらいないために思考の暴走は止まらない。
「…わたしのことは見てくれないのかな……」
寂しげに呟くアリサの肩をナスチャが優しく抱いた。
「ケントがわたしたちのこと忘れるわけないでしょ。もしかしたらアルミナのためじゃなくて、アリサのためかもしれないわよ」
「え? そ、そんなことあるわけないよ」
「いずれにしても、本人の話を聞かなきゃ埒があかないわ。行こうか、グリーンヒルへ」
「い、行きたいけど、邪魔にならないかな…忙しそうだし……」
急にそわそわし始めるアリサ。
「行って、会えなかったら悲しいね」
「会いたいな……」
アリサは深いため息をついた。
そんな話をした翌日、ケントからグリーンヒルへの招待状が届き、一同は大喜びすることになる。中でもアリサの喜び方が多少度を越していたのはここだけの話になった。
父王に訊かれて、ケントは返答に窮した。
「…えーっと、それはまあ、何と言うか…その……あはは……」
「男が話を笑ってごまかそうとするな」
ビシッと言われて、ケントは居ずまいを正した。
「フローリア姫と仲良くなりました」
「意外と手が早いんだな」
からかう口調にケントは苦い笑いを見せた。
「そんなんじゃないですよ。ちょっと話が合ったってだけで…情けないけど、まだ女は怖いです……」
「ははっ、そんな状態であの皇女将軍を口説いちまったってか。やるじゃねえか」
「口説いてなんかないですよ!?」
ケントは慌てて否定したが、あの場にいた侍女たちがこれを聞いたら「どの口がそれを言う!?」と憤慨したことだろう。
「おまえにそのつもりはなくても、口説けちまったみたいだぜ」
「はい?」
「向こうの皇帝から苦情が来てる。フローリア姫の切なげなため息が激増してるってよ」
「え……」
ケントは困惑を隠せない。何かの間違いか、からかわれているとしか思えなかった。
「おまえ次第だが、婚約って形をとることもできそうだぞ。どうする?」
「どうもこうもないよ。婚約なんて考えられない」
婚約破棄で受けたケントの傷は、いまだ完治には程遠かった。
ふと純粋無垢なフローリアの笑顔を思い出す。
フローリアが人を裏切ることがあるとは思えない。彼女はアルミナとは違う。
そうは思っても、また裏切られたらという恐怖が拭いきれないのだ。アルミナだって、実際にやられるまではそんなことをするようには見えなかった。
「いずれにしても、しばらく女性はいいです」
「そうか? 婚約の傷は婚約でしか癒やせないと思うんだがな」
「いや、そんな『オリンピックの悔しさはオリンピックでしか晴らせない』みたいなこと言われても……」
「ん? オリンピックって何だ?」
「あ、いや、こっちの話」
苦笑してケントは話題を変えた。
「そう言えば、しばらく別荘借りたいんだけど、いいかな?」
「誰か来るのか?」
「ああ。ラスティーンの友達を何人か呼ぼうと思ってるんだ」
「そうか。それじゃあその間は休んでしっかり鋭気を養え」
ありがたい申し出に、ケントは素直に頷いた。
「じゃあそうさせてもらうよ」
「最近学食の質って大分落ちたよな」
日替わり定食のプレートを持ったティエリーのボヤキに、仲間たちは揃って深く頷いた。
「量も減ったけど、何よりも味が落ちたわ」
「それな。結構つらいよな」
「あー、ミソ汁が飲みたい」
「炒めものにはショウユ味が欠かせないと思うんだがな」
「同感」
突き詰めた話題は、ここにいない一人の男に帰結した。
「ケントぉーっ」
「帰ってきてくれぇーっ」
食欲由来によるものだけに、魂の叫びは切実だった。
もちろん、食欲以外の理由でケントに戻って欲しいと思っている者もいるわけでーー
「ケント、元気かな……」
アリサがため息混じりに呟く。
「元気でしょ。今一番勢いある国の先頭に立って飛び回ってるんだから」
「それに引き換え、我が国は……」
「ヤバいよね。坂道を転がり落ちるってこういうことなのって感じ?」
「ひとつ歯車が狂うだけでなあ……」
「そのうち帝国あたりに攻められて滅びちまうんじゃないのか?」
「実際にその動きはあったみたいよ」
ナスチャの言葉に、全員が固まった。
「マジで!?」
「ええ。あの皇女将軍が出陣の準備をしてたそうよ」
「え? でも、してたってことは、今はもうしてないってこと?」
「そうみたい。で、話によると、それを止めてくれたのがケントくんみたいなのよ」
「…どういうこと?」
「ケントくんがひとりで帝国に乗り込んでいって皇女将軍と話をつけたみたいなんだけど……」
ナスチャは、自分で言ったことなのに自信なさげである。
「ホントか、それ?」
「ケントはそういうキャラじゃない気がする」
「お父様の情報だから間違いないと思うんだけど……」
ナスチャの家はラスティーンでも有数の商家である。商人にとって情報は命とも言えるほど大事なものであることは誰にでもわかる。大商人であるナスチャの父がいい加減なことを言うはずがなかった。
「うーん、ケントと皇女将軍か……ケントが食われちまうとこしか想像できない」
「確かにねー」
「皇女将軍って、すっごく気性が荒くて、ちょっとでも気に入らない部下とかすぐ斬り捨てちゃうんでしょ」
アリサに悪気はない。実際に巷に流れる皇女将軍の噂としては、これはおとなしい方である。
素手でオーガを葬りその生肉を貪ったとか、五人の小姓を一晩で干からびさせたとか、それもう人間じゃないでしょと言いたくなるような話がまことしやかに語られているのだ。
「どう考えても食われたな。それと引き換えにケントはこの国を守ってくれたんだ」
事実とはかけ離れた認識が彼らの中でできあがった。
「でも、ケントはどうしてそこまでしてくれたの?」
ケントにしてみれば、ラスティーンは恨みこそあれ、身体を張ってまで守る価値などないはずだ。
「…もしかして、まだアルミナのこと……」
前提条件が間違っていると、憶測はどんどんずれた方向へ進んでいってしまう。
「あんなにひどいことされたのに、まだアルミナのこと忘れられないの……?」
ケントがこの場にいれば、即座に否定されて終わっている話なのだが、残念ながらいないために思考の暴走は止まらない。
「…わたしのことは見てくれないのかな……」
寂しげに呟くアリサの肩をナスチャが優しく抱いた。
「ケントがわたしたちのこと忘れるわけないでしょ。もしかしたらアルミナのためじゃなくて、アリサのためかもしれないわよ」
「え? そ、そんなことあるわけないよ」
「いずれにしても、本人の話を聞かなきゃ埒があかないわ。行こうか、グリーンヒルへ」
「い、行きたいけど、邪魔にならないかな…忙しそうだし……」
急にそわそわし始めるアリサ。
「行って、会えなかったら悲しいね」
「会いたいな……」
アリサは深いため息をついた。
そんな話をした翌日、ケントからグリーンヒルへの招待状が届き、一同は大喜びすることになる。中でもアリサの喜び方が多少度を越していたのはここだけの話になった。
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