10 / 89
10 夏休みの予定
「…おまえ、帝国行って、何してきたんだ?」
父王に訊かれて、ケントは返答に窮した。
「…えーっと、それはまあ、何と言うか…その……あはは……」
「男が話を笑ってごまかそうとするな」
ビシッと言われて、ケントは居ずまいを正した。
「フローリア姫と仲良くなりました」
「意外と手が早いんだな」
からかう口調にケントは苦い笑いを見せた。
「そんなんじゃないですよ。ちょっと話が合ったってだけで…情けないけど、まだ女は怖いです……」
「ははっ、そんな状態であの皇女将軍を口説いちまったってか。やるじゃねえか」
「口説いてなんかないですよ!?」
ケントは慌てて否定したが、あの場にいた侍女たちがこれを聞いたら「どの口がそれを言う!?」と憤慨したことだろう。
「おまえにそのつもりはなくても、口説けちまったみたいだぜ」
「はい?」
「向こうの皇帝から苦情が来てる。フローリア姫の切なげなため息が激増してるってよ」
「え……」
ケントは困惑を隠せない。何かの間違いか、からかわれているとしか思えなかった。
「おまえ次第だが、婚約って形をとることもできそうだぞ。どうする?」
「どうもこうもないよ。婚約なんて考えられない」
婚約破棄で受けたケントの傷は、いまだ完治には程遠かった。
ふと純粋無垢なフローリアの笑顔を思い出す。
フローリアが人を裏切ることがあるとは思えない。彼女はアルミナとは違う。
そうは思っても、また裏切られたらという恐怖が拭いきれないのだ。アルミナだって、実際にやられるまではそんなことをするようには見えなかった。
「いずれにしても、しばらく女性はいいです」
「そうか? 婚約の傷は婚約でしか癒やせないと思うんだがな」
「いや、そんな『オリンピックの悔しさはオリンピックでしか晴らせない』みたいなこと言われても……」
「ん? オリンピックって何だ?」
「あ、いや、こっちの話」
苦笑してケントは話題を変えた。
「そう言えば、しばらく別荘借りたいんだけど、いいかな?」
「誰か来るのか?」
「ああ。ラスティーンの友達を何人か呼ぼうと思ってるんだ」
「そうか。それじゃあその間は休んでしっかり鋭気を養え」
ありがたい申し出に、ケントは素直に頷いた。
「じゃあそうさせてもらうよ」
「最近学食の質って大分落ちたよな」
日替わり定食のプレートを持ったティエリーのボヤキに、仲間たちは揃って深く頷いた。
「量も減ったけど、何よりも味が落ちたわ」
「それな。結構つらいよな」
「あー、ミソ汁が飲みたい」
「炒めものにはショウユ味が欠かせないと思うんだがな」
「同感」
突き詰めた話題は、ここにいない一人の男に帰結した。
「ケントぉーっ」
「帰ってきてくれぇーっ」
食欲由来によるものだけに、魂の叫びは切実だった。
もちろん、食欲以外の理由でケントに戻って欲しいと思っている者もいるわけでーー
「ケント、元気かな……」
アリサがため息混じりに呟く。
「元気でしょ。今一番勢いある国の先頭に立って飛び回ってるんだから」
「それに引き換え、我が国は……」
「ヤバいよね。坂道を転がり落ちるってこういうことなのって感じ?」
「ひとつ歯車が狂うだけでなあ……」
「そのうち帝国あたりに攻められて滅びちまうんじゃないのか?」
「実際にその動きはあったみたいよ」
ナスチャの言葉に、全員が固まった。
「マジで!?」
「ええ。あの皇女将軍が出陣の準備をしてたそうよ」
「え? でも、してたってことは、今はもうしてないってこと?」
「そうみたい。で、話によると、それを止めてくれたのがケントくんみたいなのよ」
「…どういうこと?」
「ケントくんがひとりで帝国に乗り込んでいって皇女将軍と話をつけたみたいなんだけど……」
ナスチャは、自分で言ったことなのに自信なさげである。
「ホントか、それ?」
「ケントはそういうキャラじゃない気がする」
「お父様の情報だから間違いないと思うんだけど……」
ナスチャの家はラスティーンでも有数の商家である。商人にとって情報は命とも言えるほど大事なものであることは誰にでもわかる。大商人であるナスチャの父がいい加減なことを言うはずがなかった。
「うーん、ケントと皇女将軍か……ケントが食われちまうとこしか想像できない」
「確かにねー」
「皇女将軍って、すっごく気性が荒くて、ちょっとでも気に入らない部下とかすぐ斬り捨てちゃうんでしょ」
アリサに悪気はない。実際に巷に流れる皇女将軍の噂としては、これはおとなしい方である。
素手でオーガを葬りその生肉を貪ったとか、五人の小姓を一晩で干からびさせたとか、それもう人間じゃないでしょと言いたくなるような話がまことしやかに語られているのだ。
「どう考えても食われたな。それと引き換えにケントはこの国を守ってくれたんだ」
事実とはかけ離れた認識が彼らの中でできあがった。
「でも、ケントはどうしてそこまでしてくれたの?」
ケントにしてみれば、ラスティーンは恨みこそあれ、身体を張ってまで守る価値などないはずだ。
「…もしかして、まだアルミナのこと……」
前提条件が間違っていると、憶測はどんどんずれた方向へ進んでいってしまう。
「あんなにひどいことされたのに、まだアルミナのこと忘れられないの……?」
ケントがこの場にいれば、即座に否定されて終わっている話なのだが、残念ながらいないために思考の暴走は止まらない。
「…わたしのことは見てくれないのかな……」
寂しげに呟くアリサの肩をナスチャが優しく抱いた。
「ケントがわたしたちのこと忘れるわけないでしょ。もしかしたらアルミナのためじゃなくて、アリサのためかもしれないわよ」
「え? そ、そんなことあるわけないよ」
「いずれにしても、本人の話を聞かなきゃ埒があかないわ。行こうか、グリーンヒルへ」
「い、行きたいけど、邪魔にならないかな…忙しそうだし……」
急にそわそわし始めるアリサ。
「行って、会えなかったら悲しいね」
「会いたいな……」
アリサは深いため息をついた。
そんな話をした翌日、ケントからグリーンヒルへの招待状が届き、一同は大喜びすることになる。中でもアリサの喜び方が多少度を越していたのはここだけの話になった。
父王に訊かれて、ケントは返答に窮した。
「…えーっと、それはまあ、何と言うか…その……あはは……」
「男が話を笑ってごまかそうとするな」
ビシッと言われて、ケントは居ずまいを正した。
「フローリア姫と仲良くなりました」
「意外と手が早いんだな」
からかう口調にケントは苦い笑いを見せた。
「そんなんじゃないですよ。ちょっと話が合ったってだけで…情けないけど、まだ女は怖いです……」
「ははっ、そんな状態であの皇女将軍を口説いちまったってか。やるじゃねえか」
「口説いてなんかないですよ!?」
ケントは慌てて否定したが、あの場にいた侍女たちがこれを聞いたら「どの口がそれを言う!?」と憤慨したことだろう。
「おまえにそのつもりはなくても、口説けちまったみたいだぜ」
「はい?」
「向こうの皇帝から苦情が来てる。フローリア姫の切なげなため息が激増してるってよ」
「え……」
ケントは困惑を隠せない。何かの間違いか、からかわれているとしか思えなかった。
「おまえ次第だが、婚約って形をとることもできそうだぞ。どうする?」
「どうもこうもないよ。婚約なんて考えられない」
婚約破棄で受けたケントの傷は、いまだ完治には程遠かった。
ふと純粋無垢なフローリアの笑顔を思い出す。
フローリアが人を裏切ることがあるとは思えない。彼女はアルミナとは違う。
そうは思っても、また裏切られたらという恐怖が拭いきれないのだ。アルミナだって、実際にやられるまではそんなことをするようには見えなかった。
「いずれにしても、しばらく女性はいいです」
「そうか? 婚約の傷は婚約でしか癒やせないと思うんだがな」
「いや、そんな『オリンピックの悔しさはオリンピックでしか晴らせない』みたいなこと言われても……」
「ん? オリンピックって何だ?」
「あ、いや、こっちの話」
苦笑してケントは話題を変えた。
「そう言えば、しばらく別荘借りたいんだけど、いいかな?」
「誰か来るのか?」
「ああ。ラスティーンの友達を何人か呼ぼうと思ってるんだ」
「そうか。それじゃあその間は休んでしっかり鋭気を養え」
ありがたい申し出に、ケントは素直に頷いた。
「じゃあそうさせてもらうよ」
「最近学食の質って大分落ちたよな」
日替わり定食のプレートを持ったティエリーのボヤキに、仲間たちは揃って深く頷いた。
「量も減ったけど、何よりも味が落ちたわ」
「それな。結構つらいよな」
「あー、ミソ汁が飲みたい」
「炒めものにはショウユ味が欠かせないと思うんだがな」
「同感」
突き詰めた話題は、ここにいない一人の男に帰結した。
「ケントぉーっ」
「帰ってきてくれぇーっ」
食欲由来によるものだけに、魂の叫びは切実だった。
もちろん、食欲以外の理由でケントに戻って欲しいと思っている者もいるわけでーー
「ケント、元気かな……」
アリサがため息混じりに呟く。
「元気でしょ。今一番勢いある国の先頭に立って飛び回ってるんだから」
「それに引き換え、我が国は……」
「ヤバいよね。坂道を転がり落ちるってこういうことなのって感じ?」
「ひとつ歯車が狂うだけでなあ……」
「そのうち帝国あたりに攻められて滅びちまうんじゃないのか?」
「実際にその動きはあったみたいよ」
ナスチャの言葉に、全員が固まった。
「マジで!?」
「ええ。あの皇女将軍が出陣の準備をしてたそうよ」
「え? でも、してたってことは、今はもうしてないってこと?」
「そうみたい。で、話によると、それを止めてくれたのがケントくんみたいなのよ」
「…どういうこと?」
「ケントくんがひとりで帝国に乗り込んでいって皇女将軍と話をつけたみたいなんだけど……」
ナスチャは、自分で言ったことなのに自信なさげである。
「ホントか、それ?」
「ケントはそういうキャラじゃない気がする」
「お父様の情報だから間違いないと思うんだけど……」
ナスチャの家はラスティーンでも有数の商家である。商人にとって情報は命とも言えるほど大事なものであることは誰にでもわかる。大商人であるナスチャの父がいい加減なことを言うはずがなかった。
「うーん、ケントと皇女将軍か……ケントが食われちまうとこしか想像できない」
「確かにねー」
「皇女将軍って、すっごく気性が荒くて、ちょっとでも気に入らない部下とかすぐ斬り捨てちゃうんでしょ」
アリサに悪気はない。実際に巷に流れる皇女将軍の噂としては、これはおとなしい方である。
素手でオーガを葬りその生肉を貪ったとか、五人の小姓を一晩で干からびさせたとか、それもう人間じゃないでしょと言いたくなるような話がまことしやかに語られているのだ。
「どう考えても食われたな。それと引き換えにケントはこの国を守ってくれたんだ」
事実とはかけ離れた認識が彼らの中でできあがった。
「でも、ケントはどうしてそこまでしてくれたの?」
ケントにしてみれば、ラスティーンは恨みこそあれ、身体を張ってまで守る価値などないはずだ。
「…もしかして、まだアルミナのこと……」
前提条件が間違っていると、憶測はどんどんずれた方向へ進んでいってしまう。
「あんなにひどいことされたのに、まだアルミナのこと忘れられないの……?」
ケントがこの場にいれば、即座に否定されて終わっている話なのだが、残念ながらいないために思考の暴走は止まらない。
「…わたしのことは見てくれないのかな……」
寂しげに呟くアリサの肩をナスチャが優しく抱いた。
「ケントがわたしたちのこと忘れるわけないでしょ。もしかしたらアルミナのためじゃなくて、アリサのためかもしれないわよ」
「え? そ、そんなことあるわけないよ」
「いずれにしても、本人の話を聞かなきゃ埒があかないわ。行こうか、グリーンヒルへ」
「い、行きたいけど、邪魔にならないかな…忙しそうだし……」
急にそわそわし始めるアリサ。
「行って、会えなかったら悲しいね」
「会いたいな……」
アリサは深いため息をついた。
そんな話をした翌日、ケントからグリーンヒルへの招待状が届き、一同は大喜びすることになる。中でもアリサの喜び方が多少度を越していたのはここだけの話になった。
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。