追放令嬢と【神の農地】スキル持ちの俺、辺境の痩せ地を世界一の穀倉地帯に変えたら、いつの間にか建国してました。

黒崎隼人

文字の大きさ
3 / 13

第2話:追放された公爵令嬢

しおりを挟む
 アキトの家の食卓は、日に日に豊かになっていった。
 蕪の次は、瑞々しいトマト。その次は、甘みの強い人参。スキル【神の農地】によって生まれ変わった畑は、まるで魔法のように次々と極上の作物を生み出した。俺は前世の知識を活かし、作物の連作障害が起きないよう、計画的に栽培を進めていた。

 余った作物は、兄さんが町の市場へ売りに行った。俺の畑で採れた野菜は、見た目の美しさと味の良さから、瞬く間に評判となり、これまでの何倍もの値段で売れた。おかげで我が家は、久しぶりにまともな肉やパンを手に入れることができた。妹のエリナの頬にも、少しずつ健康的な赤みが戻り始めていた。

 家族が笑顔でいる。ただそれだけで、俺の心は満たされた。
 しかし、一歩家の外に出れば、村の景色は何も変わっていなかった。相変わらず土地は痩せ、人々は飢え、子供たちの顔には元気がない。我が家だけが豊かになっても、根本的な解決にはならない。村全体をどうにかしなければ。そう思い始めた矢先のことだった。

 ある日の昼下がり、村の入り口がにわかに騒がしくなった。
 村に一台の馬車がやってきたのだ。しかし、それは貴族が乗るような煌びやかなものではなく、塗装は剥げ、車輪は軋みをあげる、お世辞にも立派とは言えない粗末なものだった。

 馬車を引く馬も痩せており、御者台に座る老人は疲れ切った顔をしている。村人たちは、何事かと遠巻きにその馬車を眺めていた。やがて馬車が村の広場で止まると、その老人――後に執事だとわかる――が、震える手で扉を開けた。

 中から現れたのは、一人の少女だった。
 歳は十五、六だろうか。長い銀色の髪は艶を失い、着ているドレスは上質な生地で仕立てられているものの、あちこちが汚れ、ほつれている。だが、そんなみすぼらしい格好をしていても、彼女の気品と美しさは隠しきれていなかった。雪のように白い肌、整った顔立ち。そして何より、見る者を射抜くような、強い意志を宿した紫色の瞳。

 しかし、その瞳の奥には、深い絶望と、打ち砕かれた誇りの残滓が揺らめいていた。
 彼女こそ、セレスティーナ・フォン・ヴァインベルク。数日前まで王太子アルフォンスの婚約者であり、次期王妃と目されていた公爵令嬢だった。

 王都では、彼女の噂で持ちきりだった。突如現れた「聖女」リリアに王太子が心酔し、セレスティーナは聖女への嫉妬に狂い、数々の嫌がらせを行った「悪役令嬢」だと。そして、断罪された彼女は、罰として、王国で最も貧しいこの辺境領地の管理を命じられたのだ。事実上の追放だった。

 村人たちは、彼女が誰であるかを知ると、侮蔑と不信の入り混じった冷たい視線を向けた。貴族なんて、自分たちのことしか考えない搾取者だ。そんな存在が自分たちの領主になるというのだから、歓迎する者など一人もいなかった。誰も彼女に手を差し伸べようとはせず、ただ遠巻きに見ているだけだ。

 セレスティーナは、そんな村人たちの視線を毅然と受け止め、唯一の従者である老執事ジルと共に、領主の館とされる、廃屋同然の建物へと入っていった。

 数日後、領主としての務めを果たすべく、セレスティーナは村の視察を始めた。彼女が目の当たりにしたのは、想像を絶する貧困だった。枯れ果てた畑、痩せこけた家畜、そして目に光のない領民たち。彼女が夢見ていた、豊かで平和な領地経営とは、あまりにもかけ離れた現実。あまりの惨状に、彼女は言葉を失い、何度も唇を噛みしめていた。

「これが……私の領地……」

 彼女の呟きは、誰にも聞こえないほど小さく、絶望に満ちていた。
 そんな中、彼女は一つの異様な光景に気づいた。村の家々が並ぶ中で、一軒だけ、その家の周りの畑だけが、まるで絵画のように青々と生い茂っているのだ。季節外れの野菜が、生命力に満ち溢れ、たわわに実をつけている。

「……あれは?」

 執事のジルに尋ねると、彼はそれがアキトという農家の息子の畑であることを告げた。最近、にわかに信じがたいほどの豊作に恵まれているらしい、と。

 セレスティーナは、その畑に引き寄せられるように歩き出した。彼女にとって、それは暗闇の中に差し込んだ、たった一本の光の筋のように見えた。

 そして、俺と彼女は出会った。
 畑の手入れをしていた俺の前に、あの美しい少女が立ったのだ。彼女はしばらく黙って、俺の畑と俺の顔を交互に見つめていた。その紫色の瞳が、何かを値踏みするように、鋭く俺を射抜く。

「あなたが、この畑を?」

 凛とした、鈴を転がすような声だった。
 俺は頷いた。

「はい。俺が育てています」

「……どうやったの?この土地は、死んでいるはず。こんな作物が育つわけがないわ」

 彼女は、元公爵令嬢としてのプライドを必死に保とうとしているように見えた。だが、その声は微かに震えていた。俺は、スキルについて話すわけにはいかないので、曖昧に答える。

「ちょっと、昔の文献で見つけた農法を試してみただけです」

「嘘よ」

 セレスティーナは、俺の言葉を即座に否定した。
「そんなもので、ここまでにはならない。これは……奇跡だわ」
 彼女は、畑に実る大きなトマトにそっと触れた。その指先が、震えている。
 しばらくの沈黙の後、彼女は意を決したように顔を上げた。そして、次の瞬間、俺は自分の目を疑った。

 気高く、誰にも頭など下げたことのなかったであろう公爵令嬢が、俺のような、ただの農家の少年に向かって、深く、深く頭を下げたのだ。美しい銀髪が、さらりと地面にこぼれ落ちそうになる。

「お願い……!私に、あなたの力を貸してほしいの。この村を、この土地を、このまま見捨てたくない。領主として、私にできることがあるはず……。そのためには、あなたの力が必要なの。お願い、力を貸してちょうだい!」

 それは、彼女が絞り出した、魂の叫びだった。プライドも、何もかもかなぐり捨てた、必死の願いだった。

 俺は、彼女の瞳の奥にあるものを見た。それは、悪評が囁くような「悪役令嬢」の昏い光ではなかった。領地を、民をどうにかしたいと願う、真摯で、強い意志の光だった。彼女は、追放されたからといって、全てを諦めたわけではなかったのだ。

 この人は、信頼できる。
 俺は直感的にそう感じた。

 俺が差し伸べた手を取れば、この人はきっと、素晴らしい領主になるだろう。
 俺の力と、彼女のリーダーシップ。それが合わされば、この村は、いや、この土地は、きっと変われる。

 俺は、彼女の前に跪き、その手を取った。
「顔を上げてください、セレスティーナ様」
 彼女が驚いて顔を上げる。その紫色の瞳には、涙が浮かんでいた。

「俺が、この土地を生まれ変わらせてみせます。あなたと共に」

 元・悪役令嬢と、チートスキルを持つ転生農民。
 この日、この痩せた辺境の地で、二人の異色なコンビによる静かな革命が、その幕を開けた。
 セレスティーナは、アキトという名の希望を見出し、絶望の淵から再び立ち上がる決意を、その胸に固く刻んだのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

過労死した植物学者の俺、異世界で知識チートを使い農業革命!最果ての寂れた村を、いつの間にか多種族が暮らす世界一豊かな国にしていました

黒崎隼人
ファンタジー
これは、土を愛し、土に愛された男の物語。 そして、忘れられた歌を紡ぐ、始まりと終わりの物語。 過労の果てに命を落とした植物学者の魂は、異世界で「カイ」として新たな生を得る。彼が目覚めたのは、魔法の代償で枯れ果て、人々が希望を失った最果ての村だった。前世の知識という唯一無二の力で、カイは死んだ土に緑を、人々の心に温かな灯をともしていく。 彼の育てる作物はただ腹を満たすだけでなく、魂を癒し、奇跡を呼び起こす。その噂は静かな波紋のように広がり、やがて世界を揺るがす大きな渦となる。 森の奥で悠久の時を生きるエルフの少女、リーリエは歌う。彼の起こした奇跡を、彼が築き上げた温かな国を、そして土に還った愛しい人の記憶を。 これは、一人の男が村を興し、国を育て、世界を変えるまでの壮大な叙事詩。 異世界農業ファンタジーの新たな地平。

悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~

黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」 皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。 悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。 ――最高の農業パラダイスじゃない! 前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる! 美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!? なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど! 「離婚から始まる、最高に輝く人生!」 農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!

追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。

緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。 前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。 これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

『しろくま通りのピノ屋さん 〜転生モブは今日もお菓子を焼く〜』

miigumi
ファンタジー
前世では病弱で、病室の窓から空を見上げることしかできなかった私。 そんな私が転生したのは、魔法と剣があるファンタジーの世界。 ……とはいえ、勇者でも聖女でもなく、物語に出てこない“モブキャラ”でした。 貴族の家に生まれるも馴染めず、破門されて放り出された私は、街の片隅―― 「しろくま通り」で、小さなお菓子屋さんを開くことにしました。 相棒は、拾ったまんまるのペンギンの魔物“ピノ”。 季節の果物を使って、前世の記憶を頼りに焼いたお菓子は、 気づけばちょっぴり評判に。 できれば平和に暮らしたいのに、 なぜか最近よく現れるやさしげな騎士さん―― ……って、もしかして勇者パーティーの人なんじゃ?! 静かに暮らしたい元病弱転生モブと、 彼女の焼き菓子に癒される人々の、ちょっと甘くて、ほんのり騒がしい日々の物語。

追放された悪役令嬢が前世の記憶とカツ丼で辺境の救世主に!?~無骨な辺境伯様と胃袋掴んで幸せになります~

緋村ルナ
ファンタジー
公爵令嬢アリアンナは、婚約者の王太子から身に覚えのない罪で断罪され、辺境へ追放されてしまう。すべては可憐な聖女の策略だった。 絶望の淵で、アリアンナは思い出す。――仕事に疲れた心を癒してくれた、前世日本のソウルフード「カツ丼」の記憶を! 「もう誰も頼らない。私は、私の料理で生きていく!」 辺境の地で、彼女は唯一の武器である料理の知識を使い、異世界の食材でカツ丼の再現に挑む。試行錯誤の末に完成した「勝利の飯(ヴィクトリー・ボウル)」は、無骨な騎士や冒険者たちの心を鷲掴みにし、寂れた辺境の町に奇跡をもたらしていく。 やがて彼女の成功は、彼女を捨てた元婚約者たちの耳にも届くことに。 これは、全てを失った悪役令嬢が、一皿のカツ丼から始まる温かい奇跡で、本当の幸せと愛する人を見つける痛快逆転グルメ・ラブストーリー!

処理中です...