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第7話:王国からの土下座
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アキト村が、神業のような防衛術で敵を退けたという噂は、王国の飢饉の報と共に、瞬く間に大陸を駆け巡った。
その頃、王国は、まさに末期的な状況に陥っていた。
備蓄食糧は完全に底をつき、王都ですら餓死者が出始めていた。民衆の怒りは爆発し、各地で暴動が発生。「聖女の奇跡」などという言葉を信じる者は、もはや誰もいない。
聖女リリアのメッキは、完全にはがれ落ちた。民衆の怒りの矛先は、彼女を盲信し、国を傾かせた王太子アルフォンス、そして無策だった国王へと向かっていた。王家の権威は、地に堕ちた。
万策尽きた国王は、最後の希望にすがるしかなかった。
唯一、食料が溢れているという辺境の奇跡の村。かつて自分たちが追放した、セレスティーナ・フォン・ヴァインベルクが治める土地。
国王は、生涯で最も屈辱的な決断を下した。
セレスティーナに対し、食糧支援を正式に要請する使者を送ることを決めたのだ。それは、国のトップが、追放した一人の少女に送る、事実上の「助けてください」という悲鳴であり、土下座に等しい行為だった。
王からの親書を携えた使者が、アキト村の堅牢な門の前に立った。
領主の館で親書を受け取ったセレスティーナは、複雑な表情でその文面に目を通していた。そこには、過去の非礼を詫びる言葉と、なりふり構わぬ懇願の言葉が、切々と綴られていた。
「自業自得だわ。私を、ヴァインベルク家をあれほど侮辱しておいて、今さら……」
彼女の呟きには、抑えきれない怒りと侮蔑が滲んでいた。過去の仕打ちを思えば、このまま王国が滅ぶのを見過ごすという選択肢もあった。誰も彼女を責められないだろう。
隣にいた俺は、静かに口を開いた。
「セレスティーナ様。あなたの言う通りです。王家は、あなたにひどい仕打ちをした。でも、飢えに苦しんでいるのは、王家だけじゃない。名もなき、たくさんの民です。その民に、罪はあるでしょうか」
俺の言葉に、セレスティーナはハッとした顔で俺を見た。
そうだ。彼女が常に考えてきたのは、民のことだった。彼女が領主として立ち上がったのも、このアキト村の民を救いたいという一心からだった。王家への憎しみと、民を救いたいという想いの間で、彼女の心は激しく揺れていた。
長い沈黙の末、彼女は顔を上げた。その瞳には、もはや迷いはなかった。領主として、そして一人の人間としての、苦渋の決断が下されたのだ。
「わかりました。食糧支援の要請、お受けしましょう」
使者が安堵の表情を浮かべたのも束の間、セレスティーナは、しかし、と続けた。その声は、氷のように冷たく、厳かだった。
「ただし、交換条件があります」
彼女が突きつけた条件は、二つ。
一つ。私、セレスティーナ・フォン・ヴァインベルク、並びにヴァインベルク家の名誉を、王国全土において完全に回復すること。そして、私を陥れた聖女リリアと王太子アルフォンスを、法の元に正しく裁くこと。
二つ。このアキト村とその周辺地域を、王国の支配を受けない、完全な自治領として承認すること。
あまりに大胆な要求に、使者は言葉を失った。しかし、王国に、これを拒否する選択肢は残されていなかった。数日後、国王が全ての条件を呑むという返書が届いた。
アキト村の巨大な食料庫の門が、ついに開かれた。
セレスティーナと俺は、山のように積まれた小麦や干し肉、保存食を解放し、王都へと向かう巨大な輸送隊を組織した。俺は護衛として、セレスティーナの隣で馬に乗り、その隊列を率いた。
アキト村から王都へ続く道は、飢餓地獄そのものだった。道端には力尽きた人々が倒れ、痩せこけた子供たちが、虚ろな目で輸送隊を見つめている。
しかし、輸送隊が食料を運んでいると知ると、人々の目に光が戻った。彼らは、輸送隊の前にひざまずき、涙ながらに感謝の言葉を口にした。
「救いの神様だ……」
「聖女様が、我々を救いに来てくださった!」
彼らが「聖女」と呼んでいるのは、リリアではない。輸送隊を率いる、誇り高き銀髪の少女、セレスティーナのことだった。
かつて、悪役令嬢として罪人のように王都を追われた道。
今、その同じ道を、彼女は数十万の民の命を救う「救国の聖女」として、堂々と進んでいく。
彼女の心には、過去を乗り越えた感慨と、これからの未来を切り拓く新たな決意が、静かに宿っていた。
王都では、彼女の凱旋と、偽りの聖女の断罪劇が、その幕開けを待っていた。
その頃、王国は、まさに末期的な状況に陥っていた。
備蓄食糧は完全に底をつき、王都ですら餓死者が出始めていた。民衆の怒りは爆発し、各地で暴動が発生。「聖女の奇跡」などという言葉を信じる者は、もはや誰もいない。
聖女リリアのメッキは、完全にはがれ落ちた。民衆の怒りの矛先は、彼女を盲信し、国を傾かせた王太子アルフォンス、そして無策だった国王へと向かっていた。王家の権威は、地に堕ちた。
万策尽きた国王は、最後の希望にすがるしかなかった。
唯一、食料が溢れているという辺境の奇跡の村。かつて自分たちが追放した、セレスティーナ・フォン・ヴァインベルクが治める土地。
国王は、生涯で最も屈辱的な決断を下した。
セレスティーナに対し、食糧支援を正式に要請する使者を送ることを決めたのだ。それは、国のトップが、追放した一人の少女に送る、事実上の「助けてください」という悲鳴であり、土下座に等しい行為だった。
王からの親書を携えた使者が、アキト村の堅牢な門の前に立った。
領主の館で親書を受け取ったセレスティーナは、複雑な表情でその文面に目を通していた。そこには、過去の非礼を詫びる言葉と、なりふり構わぬ懇願の言葉が、切々と綴られていた。
「自業自得だわ。私を、ヴァインベルク家をあれほど侮辱しておいて、今さら……」
彼女の呟きには、抑えきれない怒りと侮蔑が滲んでいた。過去の仕打ちを思えば、このまま王国が滅ぶのを見過ごすという選択肢もあった。誰も彼女を責められないだろう。
隣にいた俺は、静かに口を開いた。
「セレスティーナ様。あなたの言う通りです。王家は、あなたにひどい仕打ちをした。でも、飢えに苦しんでいるのは、王家だけじゃない。名もなき、たくさんの民です。その民に、罪はあるでしょうか」
俺の言葉に、セレスティーナはハッとした顔で俺を見た。
そうだ。彼女が常に考えてきたのは、民のことだった。彼女が領主として立ち上がったのも、このアキト村の民を救いたいという一心からだった。王家への憎しみと、民を救いたいという想いの間で、彼女の心は激しく揺れていた。
長い沈黙の末、彼女は顔を上げた。その瞳には、もはや迷いはなかった。領主として、そして一人の人間としての、苦渋の決断が下されたのだ。
「わかりました。食糧支援の要請、お受けしましょう」
使者が安堵の表情を浮かべたのも束の間、セレスティーナは、しかし、と続けた。その声は、氷のように冷たく、厳かだった。
「ただし、交換条件があります」
彼女が突きつけた条件は、二つ。
一つ。私、セレスティーナ・フォン・ヴァインベルク、並びにヴァインベルク家の名誉を、王国全土において完全に回復すること。そして、私を陥れた聖女リリアと王太子アルフォンスを、法の元に正しく裁くこと。
二つ。このアキト村とその周辺地域を、王国の支配を受けない、完全な自治領として承認すること。
あまりに大胆な要求に、使者は言葉を失った。しかし、王国に、これを拒否する選択肢は残されていなかった。数日後、国王が全ての条件を呑むという返書が届いた。
アキト村の巨大な食料庫の門が、ついに開かれた。
セレスティーナと俺は、山のように積まれた小麦や干し肉、保存食を解放し、王都へと向かう巨大な輸送隊を組織した。俺は護衛として、セレスティーナの隣で馬に乗り、その隊列を率いた。
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