魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人

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第1話「追放されし賢者、その名はアインシュタインにあらず」

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 僕、アレンが生を受けたこの世界は、魔力がすべてだった。フォン・アルトス家の三男として生まれた僕にとって、それは絶対の真理のはずだった。人々は呼吸をするように魔力を操り、生活の隅々にまで魔法が浸透している。そんな世界で、僕は生まれつき魔力を一切持たなかった。

 十歳で行われる魔力鑑定の儀。水晶に手をかざした僕の測定値は、無慈悲なまでに「ゼロ」を示した。その瞬間から、僕の人生は色を失った。父は僕を「我が家の恥」と呼び、二人の兄たちは「出来損ない」と石を投げた。屋敷の使用人たちの目に宿る侮蔑の色は、幼い僕の心を容赦なくえぐった。

 そんな灰色の日々の中で、唯一の光があった。隣家の幼馴染、エリアだ。彼女だけは、魔力を持たない僕を「アレン」として見てくれた。彼女の屈託のない笑顔と、僕の擦りむいた膝を治してくれる温かい治癒魔法が、僕が人間でいられる最後の砦だった。

 そして、僕が十八歳になった日。成人として認められるその日に、父は氷のように冷たい声で言い渡した。
「もはや貴様をこの家に置いておく理由はない。家名と財産をすべて剥奪し、追放とする」
 抵抗も許されず、わずかな保存食と着の身着のまま、僕は生まれ育った屋敷から追い出された。背後で固く閉ざされた門の音は、僕の世界からの拒絶そのものだった。

 あてもなく、引き寄せられるように森へと足を踏み入れる。絶望が全身を支配し、足取りは重い。
「……物理学者として生きた前世の記憶があるせいで、こんな非科学的な世界に馴染めなかったのが、間違いだったのか」
 自嘲気味につぶやいた言葉が、虚しく木々の間に吸い込まれていく。

 そう、僕には記憶があった。一条聡(いちじょう さとし)として、日本という国で物理学を研究していた前世の記憶が。黒板を数式で埋め尽くし、宇宙の真理を探求することに情熱を燃やした日々。仲間たちと夜通し議論を交わした研究室。そして――研究室からの帰り道、飛び出してきた子供をかばって大型トラックに轢かれた、あの日のアスファルトの匂い。

 気が付けば、僕はフォン・アルトス家の赤子として、この魔法世界に生まれ落ちていた。前世の知識は、魔法が常識であるこの世界では何の役にも立たないどころか、むしろ僕を孤立させた。

 飢えと疲労で意識が遠のき始める。もうろうとする視界の先、茂みからぬっと黒い影が現れた。涎を垂らし、飢えた赤い目をらんらんと輝かせる、巨大な狼型の魔物――シャドウウルフ。その殺気に満ちた牙が、僕の死を明確に予感させた。

 もう、どうでもいいか……。諦めかけた、その時だった。
 脳裏に、前世の記憶が閃光のように駆け巡った。膨大な数式、物理法則、宇宙の摂理。それらは僕という人間の根幹を成す、愛すべき知識のすべてだった。

「そうだ……この世界は、魔法がすべてじゃないはずだ!」

 シャドウウルフが大地を蹴り、僕に飛びかかってきた。死が、すぐそこまで迫る。だが、僕の心は不思議と冷静だった。無意識に、僕は地面を強く、強く蹴りつけた。

 ――すべての作用には、等しい大きさで反対向きの反作用が必ず存在する!

 ニュートンの運動の第三法則。その思考が、まるで引き金になったかのように、世界の法則に干渉した。僕の足が地面を押した力とまったく同じ力が、地面から僕の体へと返ってきた。まるで背後で爆発が起きたかのような凄まじい推進力が、僕の体を弾き飛ばす。シャドウウルフの鋭い爪は、僕がほんの数瞬前までいた空間を、空しく切り裂いた。

 何が起きたのか、僕自身も理解が追いつかない。背中から地面に叩きつけられ、肺から空気が搾り出される。それでも、僕は震える手で近くに転がっていた石ころを拾った。震えは恐怖からではなかった。未知の現象に対する、科学者としての興奮からだった。

「もし……もし、僕の思考が、この世界の法則に干渉できるなら……!」

 僕はイメージする。この石ころに僕が与える「仕事」が、一切のロスなく、すべて純粋な「運動エネルギー」に変換される様を。

【概念置換(コンセプト・シフト):運動エネルギーの法則】

 僕の脳内で、E = 1/2mv²の公式が光を放つ。次の瞬間、僕の手から放たれたただの石ころは、空気を切り裂く轟音と共に、一筋の光となって飛翔した。それは、シャドウウルフが反応するよりも速く、その硬い頭蓋骨のど真ん中を正確に撃ち抜いた。

 悲鳴を上げる間もなく、巨体は勢いよく吹き飛び、地面に叩きつけられて動かなくなった。一撃での絶命。
 静まり返った森の中、僕は自らの右手を見つめた。そこに宿っているのは、魔力ではない。前世の僕が、人生のすべてを捧げて愛した学問、「物理法則」そのものだったのだ。

 呆然とする僕の元へ、茂みをかき分けて息を切らした人影が駆け寄ってきた。
「アレン! よかった、無事だったのね!」
 金色の髪を揺らし、涙を浮かべていたのは、エリアだった。僕の追放を知り、心配のあまり一人で屋敷を飛び出してきたのだという。
「エリア……どうして……」
「当たり前でしょ! アレンは、私の、大切な人なんだから!」
 彼女のその言葉と優しさに、僕の心のダムは決壊した。涙が、溢れて止まらなかった。

 僕は彼女に、すべてを打ち明けた。前世の記憶のこと。そして、今この手に宿った、新たな力のことを。エリアは驚きに目を見開いていたが、やがてふわりと微笑んだ。
「アレンはやっぱりすごいのね。魔力なんてなくたって、アレンはアレンよ。昔から、私の知らないことをたくさん知っている、賢いアレンだわ」
 その言葉が、僕の心をどれだけ救ってくれたことか。

 僕たちは、固く手を取り合った。僕にはもう、帰る家も、地位も、財産もない。けれど、世界でただ一人、僕を信じてくれる人が隣にいる。そして、この手には、魔法世界の常識を覆す「物理学」がある。
「行こう、エリア。二人で」
「うん、どこへでも」
 僕たちは、この理不尽な世界で二人で生きていくことを、静かに、しかし強く誓ったのだった。
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