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第2話「音速の小石とドワーフの探求心」
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追放された貴族の身分を隠し、僕とエリアは新たな生活の地を求めて旅を始めた。目指すは、様々な人々や仕事が集まるという冒険者の街、ギアブルクだ。道中、僕は自らの新たな能力【概念置換】の検証を繰り返していた。
この力を、僕は「物理魔法(フィジカル・アーツ)」と名付けた。魔法のように超常的な現象を引き起こすが、その根源はあくまで物理法則にある。魔力を使わないため魔力探知には一切かからないし、何より僕自身の魔力保有量がゼロであるため、使用回数に制限がない。必要なのは、僕の知識と、それを正確にイメージする集中力だけだ。
「運動エネルギーは、質量と速度の二乗に比例する。つまり、どんなに小さな石ころでも、速度さえ極限まで上げれば、絶大な破壊力を生み出せるはずだ」
僕は脳内で【E = 1/2mv²】の公式を展開し、指で弾いた小石の速度をマッハ1――すなわち音速にまで高めるイメージを構築した。圧縮された空気が白い円錐状の雲(ベイパーコーン)を発生させ、ソニックブームがわずかに遅れて鼓膜を揺らす。放たれた小石は、街道脇に立つ大木に吸い込まれ、反対側まで綺麗に貫通して突き抜けていった。
「すごい……アレン。これなら、どんな魔物も怖くないわね」
エリアが目を輝かせて拍手してくれた。彼女が素直に喜んでくれることが、僕にとっては何よりの力になった。護身の術を手に入れたこと以上に、彼女を守れる力が手に入ったことが嬉しかった。
数週間の旅の末、僕たちはようやくギアブルクにたどり着いた。活気に満ちた街並みは、僕たちがこれから生きていく場所なのだと実感させてくれる。冒険者ギルドに登録するにしても、まずは最低限の装備が必要だ。僕たちは武器や防具を扱う店が軒を連ねる、鍛冶屋通りを訪れた。
そこで、ひときわ異彩を放つ工房を見つけた。看板には「フィオの魔導工房」とある。中からは規則正しい槌の音に混じって、時折、甲高い少女の快活な声が響いてきた。
汗を光らせながら巨大な金槌を振るい、真っ赤に焼けた鉄を鍛えている。
「いらっしゃい! 何か用かい?」
僕たちに気づいた彼女は、金槌を置くと屈託のない笑顔を向けた。年の頃は僕たちと同じくらいだろうか。フィオと名乗った彼女は、この工房の主らしい。
「この剣の修理をお願いしたいんですが……」
僕が差し出したのは、追放される時に唯一持たされた、安物の鉄の剣だった。フィオはそれを受け取ると、ひと目見ただけで呆れたようにため息をついた。
「なんだいこりゃ。こんななまくら、直すだけ時間の無駄だよ。それより……あんた、面白いねぇ」
フィオは僕の剣を放り出すと、興味津々な目で僕の全身をなめ回すように見つめた。
「身体中のエネルギーの流れが、まるで魔力じゃないみたいだ。すごく効率的で、淀みがない。一体どうなってるんだい、それ?」
彼女に言い当てられ、僕は息をのんだ。魔力を持たない僕の体内のエネルギー循環は、確かにこの世界の人間とは根本的に違うはずだ。それを一目で見抜くとは。
驚く僕に、フィオは目をきらきらと輝かせて詰め寄ってきた。その瞳は、未知の現象を前にした科学者のそれとよく似ていた。
「ねえ、あんたのその力、なんなんだい? 教えてくれたらさ、あたしがとびっきりの装備を作ってやるよ!」
彼女の純粋で、どこまでもまっすぐな探求心に、僕はなぜか抗うことができなかった。この子なら、僕の力を理解してくれるかもしれない。そう直感した僕は、エリアに目配せしてうなずきをもらうと、意を決して自らの力が「物理法則」という、この世界にはない異世界の概念であることを説明した。
「運動エネルギー」「慣性の法則」「摩擦係数」……。
魔法しか知らないフィオにとって、僕が語る言葉は未知の言語そのものだった。最初は首をかしげていた彼女だったが、僕が工房の隅にあった鉄くずを小石代わりに使い、目の前で音速射出を実演して見せると、彼女の表情は驚愕から歓喜へと劇的に変わった。
「すごい……! なんて効率的なエネルギー変換なんだい! 魔法陣も呪文の詠唱もなしに、こんな現象が起こせるなんて!」
フィオは貫通された壁の穴と僕の指先を交互に見比べ、興奮のあまりその場で飛び跳ねた。
「質量と速度の二乗! そうか、だからあんな小さな鉄くずが、大砲みたいな威力になるのか! あんた、天才だよ!」
僕の「物理魔法」は、天才ドワーフ技師の心を完全に鷲掴みにしたようだった。
「決めた! あんたの相棒に、この私、フィオ・マグナスがなってやる!」
彼女はそう高らかに宣言すると、僕専用の装備開発を一方的に申し出た。僕が断る暇も与えず、彼女は工房の奥から設計図とペンを持ち出し、僕の理論に基づいて次々とアイデアを書き殴り始めた。
「あんたの音速の小石、もっと威力を上げるには空気抵抗を減らすのが一番だ。弾丸を、こう……先端が尖った流線形にする。素材は魔鉄鋼(アダマンタイト)を混ぜて、質量と強度を稼ごう!」
「それから、作用・反作用の法則! あんたが地面を蹴る力を効率よく推進力に変えるには、靴底に特殊なバネ機構を組み込むといい。衝撃を吸収して、一気に放出するんだ!」
彼女の頭の中では、僕の語った物理法則が、ドワーフの持つ最高の鍛冶技術と瞬く間に融合していた。空気抵抗を極限まで減らす投擲用の弾丸「エアロ・ブレット」。反作用を効率よく推進力に変えるための特殊なブーツ「イナーシャル・ブーツ」。その設計図は、僕が見てもうなるほど精巧で、機能美に溢れていた。
こうして、異世界から来た物理学者の頭脳と、若き天才ドワーフ技師の技術が、運命的な出会いを果たした。僕の隣には、僕を信じてくれるエリアと、僕の力を理解してくれるフィオがいる。二人だった僕たちの旅は、三人になった。これから始まる冒険者としての生活に、僕は確かな希望の光を見ていた。
この力を、僕は「物理魔法(フィジカル・アーツ)」と名付けた。魔法のように超常的な現象を引き起こすが、その根源はあくまで物理法則にある。魔力を使わないため魔力探知には一切かからないし、何より僕自身の魔力保有量がゼロであるため、使用回数に制限がない。必要なのは、僕の知識と、それを正確にイメージする集中力だけだ。
「運動エネルギーは、質量と速度の二乗に比例する。つまり、どんなに小さな石ころでも、速度さえ極限まで上げれば、絶大な破壊力を生み出せるはずだ」
僕は脳内で【E = 1/2mv²】の公式を展開し、指で弾いた小石の速度をマッハ1――すなわち音速にまで高めるイメージを構築した。圧縮された空気が白い円錐状の雲(ベイパーコーン)を発生させ、ソニックブームがわずかに遅れて鼓膜を揺らす。放たれた小石は、街道脇に立つ大木に吸い込まれ、反対側まで綺麗に貫通して突き抜けていった。
「すごい……アレン。これなら、どんな魔物も怖くないわね」
エリアが目を輝かせて拍手してくれた。彼女が素直に喜んでくれることが、僕にとっては何よりの力になった。護身の術を手に入れたこと以上に、彼女を守れる力が手に入ったことが嬉しかった。
数週間の旅の末、僕たちはようやくギアブルクにたどり着いた。活気に満ちた街並みは、僕たちがこれから生きていく場所なのだと実感させてくれる。冒険者ギルドに登録するにしても、まずは最低限の装備が必要だ。僕たちは武器や防具を扱う店が軒を連ねる、鍛冶屋通りを訪れた。
そこで、ひときわ異彩を放つ工房を見つけた。看板には「フィオの魔導工房」とある。中からは規則正しい槌の音に混じって、時折、甲高い少女の快活な声が響いてきた。
汗を光らせながら巨大な金槌を振るい、真っ赤に焼けた鉄を鍛えている。
「いらっしゃい! 何か用かい?」
僕たちに気づいた彼女は、金槌を置くと屈託のない笑顔を向けた。年の頃は僕たちと同じくらいだろうか。フィオと名乗った彼女は、この工房の主らしい。
「この剣の修理をお願いしたいんですが……」
僕が差し出したのは、追放される時に唯一持たされた、安物の鉄の剣だった。フィオはそれを受け取ると、ひと目見ただけで呆れたようにため息をついた。
「なんだいこりゃ。こんななまくら、直すだけ時間の無駄だよ。それより……あんた、面白いねぇ」
フィオは僕の剣を放り出すと、興味津々な目で僕の全身をなめ回すように見つめた。
「身体中のエネルギーの流れが、まるで魔力じゃないみたいだ。すごく効率的で、淀みがない。一体どうなってるんだい、それ?」
彼女に言い当てられ、僕は息をのんだ。魔力を持たない僕の体内のエネルギー循環は、確かにこの世界の人間とは根本的に違うはずだ。それを一目で見抜くとは。
驚く僕に、フィオは目をきらきらと輝かせて詰め寄ってきた。その瞳は、未知の現象を前にした科学者のそれとよく似ていた。
「ねえ、あんたのその力、なんなんだい? 教えてくれたらさ、あたしがとびっきりの装備を作ってやるよ!」
彼女の純粋で、どこまでもまっすぐな探求心に、僕はなぜか抗うことができなかった。この子なら、僕の力を理解してくれるかもしれない。そう直感した僕は、エリアに目配せしてうなずきをもらうと、意を決して自らの力が「物理法則」という、この世界にはない異世界の概念であることを説明した。
「運動エネルギー」「慣性の法則」「摩擦係数」……。
魔法しか知らないフィオにとって、僕が語る言葉は未知の言語そのものだった。最初は首をかしげていた彼女だったが、僕が工房の隅にあった鉄くずを小石代わりに使い、目の前で音速射出を実演して見せると、彼女の表情は驚愕から歓喜へと劇的に変わった。
「すごい……! なんて効率的なエネルギー変換なんだい! 魔法陣も呪文の詠唱もなしに、こんな現象が起こせるなんて!」
フィオは貫通された壁の穴と僕の指先を交互に見比べ、興奮のあまりその場で飛び跳ねた。
「質量と速度の二乗! そうか、だからあんな小さな鉄くずが、大砲みたいな威力になるのか! あんた、天才だよ!」
僕の「物理魔法」は、天才ドワーフ技師の心を完全に鷲掴みにしたようだった。
「決めた! あんたの相棒に、この私、フィオ・マグナスがなってやる!」
彼女はそう高らかに宣言すると、僕専用の装備開発を一方的に申し出た。僕が断る暇も与えず、彼女は工房の奥から設計図とペンを持ち出し、僕の理論に基づいて次々とアイデアを書き殴り始めた。
「あんたの音速の小石、もっと威力を上げるには空気抵抗を減らすのが一番だ。弾丸を、こう……先端が尖った流線形にする。素材は魔鉄鋼(アダマンタイト)を混ぜて、質量と強度を稼ごう!」
「それから、作用・反作用の法則! あんたが地面を蹴る力を効率よく推進力に変えるには、靴底に特殊なバネ機構を組み込むといい。衝撃を吸収して、一気に放出するんだ!」
彼女の頭の中では、僕の語った物理法則が、ドワーフの持つ最高の鍛冶技術と瞬く間に融合していた。空気抵抗を極限まで減らす投擲用の弾丸「エアロ・ブレット」。反作用を効率よく推進力に変えるための特殊なブーツ「イナーシャル・ブーツ」。その設計図は、僕が見てもうなるほど精巧で、機能美に溢れていた。
こうして、異世界から来た物理学者の頭脳と、若き天才ドワーフ技師の技術が、運命的な出会いを果たした。僕の隣には、僕を信じてくれるエリアと、僕の力を理解してくれるフィオがいる。二人だった僕たちの旅は、三人になった。これから始まる冒険者としての生活に、僕は確かな希望の光を見ていた。
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