婚約破棄で追放された悪役令嬢、前世の便利屋スキルで辺境開拓はじめました~王太子が後悔してももう遅い。私は私のやり方で幸せになります~

黒崎隼人

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第2章:最果ての村と、最初の依頼

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 王都を追われ、揺れのひどい護送馬車に揺られること十数日。私がたどり着いたのは、地図の端にようやく記されているような辺境の村、「ロッカ」だった。
 馬車から降ろされた瞬間、肺腑を刺すような冷たい風が吹き付けた。空は鉛色に曇り、乾いた土と枯れ草の匂いがする。見渡す限り、荒涼とした大地が広がり、申し訳程度に建ち並ぶ家々は、どれも古びて傾きかけていた。ここが、私の新しい住処らしい。

「お嬢様、達者でな」
 護送役の兵士は、同情のかけらもない目で私を一瞥すると、荷物とも呼べない小さな布袋を一つ地面に放り投げ、さっさと馬車をUターンさせて去って行った。布袋の中身は、着の身着のままのドレス以外に許された、最低限の着替えと硬いパンが数個だけ。公爵令嬢だった頃の面影は、どこにもない。

 村人たちの視線は、針のように冷たかった。彼らは農作業の手を止め、鋤や鍬を持ったまま、私という異物を遠巻きに眺めている。その目には、好奇心よりも警戒と、ほんの少しの侮蔑が混じっていた。追放されてきた罪人。それが、今の私の肩書きだ。
「……さて、と」
 私は小さく呟き、まずは自分の寝床を確保しなければ、と歩き出した。村長らしき老人に案内されたのは、村外れにある、今にも崩れそうな廃屋だった。屋根には大きな穴が空き、壁の隙間からは容赦なく風が吹き込んでくる。お世辞にも、人が住める場所ではなかった。

「……ここが、私の家ですか」
「文句があるなら野宿でもするんだな。罪人のお嬢様には、これでも上等だろう」
 村長は吐き捨てるように言うと、背を向けて去ってしまった。なるほど、手厳しい。けれど、前世で雨漏りする安アパートに住んでいた経験を思えば、驚くほどのことでもない。むしろ、壁と、穴は空いているが屋根があるだけマシかもしれない。

 その日から、私の辺境でのサバイバル生活が始まった。幸い、ドレスの下には動きやすい下着を着込んでいた。高価なドレスの裾を引き裂いて縄を作り、近くの森で拾い集めた枝や葉で、屋根の穴を応急処置で塞ぐ。前世のキャンプ知識がこんなところで役立つとは。
 食事は、森で採れる木の実や食べられる野草でなんとか凌いだ。貴族としてのグルメな舌は、とうの昔に記憶の彼方に追いやった。今は、生きるためだ。

 村人たちとの交流は、ないに等しかった。彼らは私を汚物のように避け、すれ違いざまに舌打ちをする。それでも私は、毎日欠かさず、村の水汲み場へ通った。そこで会う人々に、小さく「こんにちは」と声をかけ続けた。返事がなくても、気にしない。信頼は、一朝一夕に築けるものではないことを、私は知っていたから。

 そんな生活がひと月ほど続いたある日のこと。一人の老婆が、水汲み場で重そうな桶を前にして難儀しているのを見かけた。腰を痛めているのか、何度も持ち上げようとしては、苦痛に顔を歪めている。周りの村人たちは、見て見ぬふりだ。
 私は、そっと彼女に近づいた。
「よろしければ、お持ちしましょうか?」
 老婆は、訝しげな目で私を睨みつけた。
「……あんたに頼むことなんざ、ねぇよ」
「ですが、お困りのご様子。お住まいはどちらです? 運ぶだけですから」
 私はにこやかに、しかし有無を言わせぬ勢いで桶の取っ手に手をかけた。老婆は一瞬ためらったが、やがて諦めたように溜息をついた。
「……あそこの、煙突から煙が出てる家だよ」

 老婆の家まで、桶を二つ運んでやる。大した距離ではなかったが、老婆にとっては重労働だったのだろう。家の戸口で、彼女は初めて私をまじまじと見た。
「……あんた、公爵令嬢だったんだろ? なんでこんな真似ができるんだい」
「元、ですよ。それに、今はただのクラリスです。困っている人がいれば、手を貸す。それだけのことです」
「ふん……」
 老婆は鼻を鳴らしたが、その目から敵意が少しだけ薄れたように見えた。

 翌日、私が廃屋の修理をしていると、その老婆がやってきた。手には、布に包まれた温かい麦粥の椀を持っている。
「……昨日の礼だ。取っときな」
 ぶっきらぼうに差し出されたそれを受け取ると、ふわりと優しい湯気が立ち上った。ひと月ぶりの、まともな温かい食事だった。
「ありがとうございます」
「……それと、一つ頼みがある」
 老婆は、私の作業を指差した。
「うちの納屋の扉も、ガタがきてるんだ。直せるかい?」
 それは、この村で受けた、最初の「依頼」だった。
 私は、手に持っていた木の枝と蔓を見つめ、それから老婆の顔を見て、満面の笑みを浮かべた。
「ええ、喜んで。材料費は、そちらの麦粥で結構ですわ」
 私の返事に、老婆は呆気にとられたような顔をしたが、やがてその皺くちゃの顔に、小さな笑みが浮かんだ。
 よそ者に冷たかった辺境の村で、私は「便利な奴」として、ほんの少しだけ認識され始めた。それは、とても小さな一歩だったけれど、私にとっては大きな前進だった。
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