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第6章:森の賢者と、伝説の始まり
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橋の一件以来、便利屋クラリスの名声はロッカ村に完全に定着した。ルドルフはすっかり意気消沈し、徴税が終わるとそそくさと王都へ帰っていった。私たちの日常は、再び忙しく、そして平和なものに戻った。
そんなある日のこと。私の元に、奇妙な依頼人が訪れた。森の奥深くに住むという、小柄な老人だった。彼は、自分が「森の番人」だと名乗り、信じられないような依頼を口にした。
「山の主が、弱っておられる。どうか、助けてはくれまいか」
山の主。それは、この地方に古くから伝わる伝説の存在、巨大な竜(ドラゴン)のことだった。村の伝承では、森を守る賢者であり、怒らせれば村一つを焼き尽くす恐ろしい存在でもあるとされている。
「ドラゴン……ですって?」
サラが目を丸くする。ガイアも、さすがに緊張した面持ちで黙り込んでいる。
「ええ、まさか本当に実在したとは。それで、どのようなご様子で?」
私は冷静に問い返した。前世ではUFOの目撃情報を調査したこともある。それに比べれば、ドラゴンなんて可愛いものだ。
「数日前から、お姿を見せない。わしが見に行ったところ、いつもの寝床で深く傷つき、弱々しい息をしておられた。人の手によるものではない。おそらくは、同族との争いか、あるいは……」
老人は言葉を濁した。詳しい事情はわからないが、一刻を争う事態であることは確かだった。
「危険すぎる、クラリスさん。相手はドラゴンですよ」
ガイアが諌めるが、私は首を横に振った。
「依頼は依頼よ。それに、山の主が死んでしまえば、この森の生態系がどうなるかわからない。村にとっても、他人事ではないわ」
私は覚悟を決めた。サラに薬草や包帯などの医療道具を準備させ、ガイアには護衛を頼み、老人の案内で、私たちは禁忌とされる森の奥深くへと足を踏み入れた。
森は、奥へ進むほどに空気が澄み、神秘的な雰囲気を増していく。数時間歩き続けた頃、私たちは巨大な洞窟の入り口にたどり着いた。
「この奥に、おられる」
老人に促され、松明を片手に洞窟の中へ入る。ひんやりとした空気の中に、獣の匂いと、微かに血の匂いが混じっていた。
そして、私たちはそれを見つけた。
洞窟の最奥、広くなった空間に、巨大な影が横たわっていた。月光のように白く輝く鱗、天を突くほどの角、そして山のように巨大な体躯。伝説のドラゴンそのものだった。
だが、その姿は痛々しかった。美しい白銀の鱗は所々が剥がれ落ち、脇腹には爪で引き裂かれたような、深く大きな傷がある。呼吸は浅く、時折苦しそうに喉を鳴らしているだけだった。
「これは……ひどい……」
サラが息を飲む。
私は、前世で獣医の助手として働いた経験を思い出しながら、慎重にドラゴンに近づいた。
「ガイア、周囲の警戒を。サラ、持っている薬草をすべて出して。治癒効果と鎮痛効果のあるものを優先して」
テキパキと指示を出す。幸い、ドラゴンは抵抗する力もないのか、じっと私たちを見つめているだけだった。その黄金色の瞳には、苦痛と、そして驚くべきことに、理知的な光が宿っているように見えた。
私は、まず傷口の洗浄から始めた。持ってきた清水で汚れを洗い流し、サラがすり潰した治癒効果のある薬草を、厚手の布に塗りつけて傷口に当てる。
「傷が深すぎるわ。縫合しないと……でも、ドラゴンの皮膚を縫う針なんてないし、糸も……」
途方に暮れかけたその時、私は王妃教育で学んだ一つの魔法を思い出した。物質の組成を一時的に変化させる、高度な錬金術の基礎魔法だ。
私は近くに落ちていたドラゴンの鱗の欠片を拾い上げ、集中した。
「《変質(トランスミュート)》!」
私の手にあった鱗の欠片が、眩い光と共に形を変え、丈夫で鋭い湾曲した針になった。さらに、ガイアの外套から丈夫な麻糸を数本もらい、それに「硬化」と「治癒促進」の魔法を付与する。
即席の医療道具の完成だった。
「すごい……クラリス、あなた魔法も使えたの!?」
「昔、少しだけね。刺繍が上手くなりたくて」
冗談めかして言いながら、私は慎重に傷口の縫合を始めた。ドラゴンの皮膚は想像以上に硬かったが、魔法の針は着実にそれを貫いていく。一針、また一針と縫い進めるうちに、ドラゴンの荒かった呼吸が、少しずつ穏やかになっていくのがわかった。
数時間に及ぶ大手術の末、どうにか応急処置を終えることができた。私たちは疲労困憊だったが、やりきった満足感があった。
すると、それまで黙って横たわっていたドラゴンが、ゆっくりと首をもたげた。そして、私たちの脳内に、直接声が響いてきた。
『……礼を言う、人の子らよ。まさか、お前たちに救われるとはな』
その声は、荘厳で、古の知恵を感じさせるものだった。
「喋った!?」
「テレパシー……!?」
驚くサラとガイアをよそに、私は落ち着いて答えた。
「どういたしまして。依頼でしたので」
ドラゴンは、フッと鼻から温かい息を漏らした。それは、まるで笑っているかのようだった。
『面白い娘だ。我が名は、リュミエール。この地の守護者であり……そして、ある王家の末裔でもある』
そう言うと、ドラゴンの巨大な体が眩い光に包まれた。光が収まった時、そこにいたのは、銀色の髪と黄金の瞳を持つ、気品あふれる一人の青年だった。その姿は、先ほどのドラゴンの面影を色濃く残している。
「ええええええ!?」
今度こそ、私も含めて全員が絶叫した。
「変身能力を持つ竜人族……いえ、竜王族。古の文献でしか読んだことのない存在……」
呆然と呟く私に、リュミエールと名乗った青年は、優雅に微笑んだ。
「我が命の恩人よ。この借りは、必ず返そう。お前たちの名を聞かせてはくれまいか」
「……便利屋クラリスです。こちらは、仲間のガイアとサラ」
「クラリス……良い名だ。覚えておこう」
この日、私たちは伝説のドラゴンを助け、そしてその正体が、変身能力を持つ高貴な王族であることを知った。
便利屋クラリスの依頼帳に、「ドラゴンの治療、一件」という、前代未聞の項目が書き加えられた。
そしてこの出会いが、後に私たちの運命を、そしてこの国の運命さえも大きく変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。
そんなある日のこと。私の元に、奇妙な依頼人が訪れた。森の奥深くに住むという、小柄な老人だった。彼は、自分が「森の番人」だと名乗り、信じられないような依頼を口にした。
「山の主が、弱っておられる。どうか、助けてはくれまいか」
山の主。それは、この地方に古くから伝わる伝説の存在、巨大な竜(ドラゴン)のことだった。村の伝承では、森を守る賢者であり、怒らせれば村一つを焼き尽くす恐ろしい存在でもあるとされている。
「ドラゴン……ですって?」
サラが目を丸くする。ガイアも、さすがに緊張した面持ちで黙り込んでいる。
「ええ、まさか本当に実在したとは。それで、どのようなご様子で?」
私は冷静に問い返した。前世ではUFOの目撃情報を調査したこともある。それに比べれば、ドラゴンなんて可愛いものだ。
「数日前から、お姿を見せない。わしが見に行ったところ、いつもの寝床で深く傷つき、弱々しい息をしておられた。人の手によるものではない。おそらくは、同族との争いか、あるいは……」
老人は言葉を濁した。詳しい事情はわからないが、一刻を争う事態であることは確かだった。
「危険すぎる、クラリスさん。相手はドラゴンですよ」
ガイアが諌めるが、私は首を横に振った。
「依頼は依頼よ。それに、山の主が死んでしまえば、この森の生態系がどうなるかわからない。村にとっても、他人事ではないわ」
私は覚悟を決めた。サラに薬草や包帯などの医療道具を準備させ、ガイアには護衛を頼み、老人の案内で、私たちは禁忌とされる森の奥深くへと足を踏み入れた。
森は、奥へ進むほどに空気が澄み、神秘的な雰囲気を増していく。数時間歩き続けた頃、私たちは巨大な洞窟の入り口にたどり着いた。
「この奥に、おられる」
老人に促され、松明を片手に洞窟の中へ入る。ひんやりとした空気の中に、獣の匂いと、微かに血の匂いが混じっていた。
そして、私たちはそれを見つけた。
洞窟の最奥、広くなった空間に、巨大な影が横たわっていた。月光のように白く輝く鱗、天を突くほどの角、そして山のように巨大な体躯。伝説のドラゴンそのものだった。
だが、その姿は痛々しかった。美しい白銀の鱗は所々が剥がれ落ち、脇腹には爪で引き裂かれたような、深く大きな傷がある。呼吸は浅く、時折苦しそうに喉を鳴らしているだけだった。
「これは……ひどい……」
サラが息を飲む。
私は、前世で獣医の助手として働いた経験を思い出しながら、慎重にドラゴンに近づいた。
「ガイア、周囲の警戒を。サラ、持っている薬草をすべて出して。治癒効果と鎮痛効果のあるものを優先して」
テキパキと指示を出す。幸い、ドラゴンは抵抗する力もないのか、じっと私たちを見つめているだけだった。その黄金色の瞳には、苦痛と、そして驚くべきことに、理知的な光が宿っているように見えた。
私は、まず傷口の洗浄から始めた。持ってきた清水で汚れを洗い流し、サラがすり潰した治癒効果のある薬草を、厚手の布に塗りつけて傷口に当てる。
「傷が深すぎるわ。縫合しないと……でも、ドラゴンの皮膚を縫う針なんてないし、糸も……」
途方に暮れかけたその時、私は王妃教育で学んだ一つの魔法を思い出した。物質の組成を一時的に変化させる、高度な錬金術の基礎魔法だ。
私は近くに落ちていたドラゴンの鱗の欠片を拾い上げ、集中した。
「《変質(トランスミュート)》!」
私の手にあった鱗の欠片が、眩い光と共に形を変え、丈夫で鋭い湾曲した針になった。さらに、ガイアの外套から丈夫な麻糸を数本もらい、それに「硬化」と「治癒促進」の魔法を付与する。
即席の医療道具の完成だった。
「すごい……クラリス、あなた魔法も使えたの!?」
「昔、少しだけね。刺繍が上手くなりたくて」
冗談めかして言いながら、私は慎重に傷口の縫合を始めた。ドラゴンの皮膚は想像以上に硬かったが、魔法の針は着実にそれを貫いていく。一針、また一針と縫い進めるうちに、ドラゴンの荒かった呼吸が、少しずつ穏やかになっていくのがわかった。
数時間に及ぶ大手術の末、どうにか応急処置を終えることができた。私たちは疲労困憊だったが、やりきった満足感があった。
すると、それまで黙って横たわっていたドラゴンが、ゆっくりと首をもたげた。そして、私たちの脳内に、直接声が響いてきた。
『……礼を言う、人の子らよ。まさか、お前たちに救われるとはな』
その声は、荘厳で、古の知恵を感じさせるものだった。
「喋った!?」
「テレパシー……!?」
驚くサラとガイアをよそに、私は落ち着いて答えた。
「どういたしまして。依頼でしたので」
ドラゴンは、フッと鼻から温かい息を漏らした。それは、まるで笑っているかのようだった。
『面白い娘だ。我が名は、リュミエール。この地の守護者であり……そして、ある王家の末裔でもある』
そう言うと、ドラゴンの巨大な体が眩い光に包まれた。光が収まった時、そこにいたのは、銀色の髪と黄金の瞳を持つ、気品あふれる一人の青年だった。その姿は、先ほどのドラゴンの面影を色濃く残している。
「ええええええ!?」
今度こそ、私も含めて全員が絶叫した。
「変身能力を持つ竜人族……いえ、竜王族。古の文献でしか読んだことのない存在……」
呆然と呟く私に、リュミエールと名乗った青年は、優雅に微笑んだ。
「我が命の恩人よ。この借りは、必ず返そう。お前たちの名を聞かせてはくれまいか」
「……便利屋クラリスです。こちらは、仲間のガイアとサラ」
「クラリス……良い名だ。覚えておこう」
この日、私たちは伝説のドラゴンを助け、そしてその正体が、変身能力を持つ高貴な王族であることを知った。
便利屋クラリスの依頼帳に、「ドラゴンの治療、一件」という、前代未聞の項目が書き加えられた。
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