婚約破棄された研究令嬢の辺境開拓日誌~前世の知識で特効薬を作ったら、冷徹公爵様が過保護になり、国から泣きつかれました~

黒崎隼人

文字の大きさ
2 / 23

第一話:偽りの断罪

しおりを挟む
 きらびやかなシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床に乱反射している。王太子の誕生を祝う夜会は、その熱気が最高潮に達していた。貴族たちの華やかなドレスや軍服が、まるで色とりどりの花畑のように会場を埋め尽くしている。
 その中心に立つのは、この国の王太子アラン・フォン・エルマイアと、その隣で可憐に微笑む異世界からの聖女、リリア様。
 そして、少し離れた場所でその光景を静かに見つめているのが、私、エリアーナ・フォン・クラウゼル。王太子の婚約者であり、クラウゼル公爵家の令嬢だ。
「エリアーナ様、先ほど聖女様にお渡ししたグラスですが…」
 侍女が不安そうな顔で囁く。私は聖女様の喉の渇きを癒すため、侍女を通して疲労回復効果のあるハーブウォーターを差し入れたのだ。もちろん、無害で、むしろ体に良いものだ。
 その時だった。
「きゃっ……!」
 リリア様が小さな悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。会場が一瞬にして静まり返る。
「リリア!どうしたんだ!」
 アラン殿下が血相を変えて彼女を抱きかかえる。リリア様は苦しげに胸元を押さえ、か細い声で呟いた。
「殿下……なんだか、胸が……エリアーナ様からいただいた飲み物を飲んでから……」
 その言葉が引き金だった。全ての視線が、槍のように私に突き刺さる。
 アラン殿下は、憎悪に燃える瞳で私を睨みつけた。
「エリアーナ・フォン・クラウゼル!貴様、聖女リリアを毒殺しようとしたな!」
 雷鳴のような糾弾だった。周囲の貴族たちが息を呑み、ざわめきが波のように広がる。
「お待ちください、殿下。私が差し上げたのはただのハーブウォーターです。毒など入っているはずが…」
「黙れ!聖女であるリリアが嘘を言うはずがない!嫉妬に狂い、なんと卑劣な真似を!」
 殿下の頭の中では、すでに物語が出来上がっているらしい。聖女に嫉妬した悪役令嬢が、毒殺という凶行に及んだ、と。弁解の余地など、初めから存在しなかった。
 リリア様は殿下の腕の中で、涙を浮かべながらか弱く首を振っている。「そんな、エリアーナ様が私を……信じられません……」などと呟きながら。その演技が、さらに殿下の怒りを煽っているのが手に取るように分かった。
「エリアーナ・フォン・クラウゼル!本日をもって貴様との婚約を破棄する!」
 ついに、その言葉が宣告された。覚悟はしていた。最近の殿下はリリア様に夢中で、私など存在しないかのように扱っていたのだから。
 だが、宣告はそれだけでは終わらなかった。
「聖女への毒殺未遂は大罪だ!クラウゼル公爵家の爵位は剥奪!全財産を没収の上、貴様を極寒の北部辺境、ヴァレリウス公爵領へ追放処分とする!」
 父や母はどうなるのだろう。私一人の罪で、家が…?血の気が引くのを感じた。しかし、私はここで感情的になってはいけない。冷静に、ただ冷静に。
 私は背筋を伸ばし、努めて平然と、カーテシーを一つ。
「……御意。王太子殿下のご命令、謹んでお受けいたします」
 私のあまりに落ち着いた態度が、逆にアラン殿下の癇に障ったらしい。彼は忌々しげに顔を歪め、「衛兵!こいつを連れて行け!」と叫んだ。
 両腕を屈強な衛兵に掴まれ、引きずられるようにして私は夜会の間を後にした。後ろでは「ああ、可哀想な聖女様」「恐ろしい女だ」という囁き声が聞こえてくる。
 これで終わり。私のこれまでの人生は、偽りの断罪によって、あっけなく幕を閉じたのだ。
 だが不思議と、涙は一滴も出なかった。ただ、頭の片隅で冷ややかに現状を分析している、もう一人の自分がいるのを感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました

きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。

完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」  その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。  努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。  だが彼女は、嘆かなかった。  なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。  行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、  “冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。  条件はただ一つ――白い結婚。  感情を交えない、合理的な契約。  それが最善のはずだった。  しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、  彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。  気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、  誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。  一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、  エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。  婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。  完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。  これは、復讐ではなく、  選ばれ続ける未来を手に入れた物語。 ---

追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!

六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。 家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能! 「ここなら、自由に生きられるかもしれない」 活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。 「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」

トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。  リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……  王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

日向はび
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。 自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。 しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━? 「おかえりなさいませ、皇太子殿下」 「は? 皇太子? 誰が?」 「俺と婚約してほしいんだが」 「はい?」 なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。

処理中です...