悪役令嬢、商会を興して世界の経済を握る~追放されたので、父の遺した航路図で大商人になります~

黒崎隼人

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第1話「偽りの断罪、追放の夜明け」

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 王宮を満たす華やかな旋律が、やけに遠く聞こえる。磨き上げられた大理石の床に反射するシャンデリアの光が、眩暈がするほど煌めいていた。その光の中心で、私は、レイラ・クロイツは、たった一人、世界の全てから切り離されたかのように立ち尽くしていた。

「レイラ・クロイツ! よくもこのような卑劣な真似を!」

 金色の髪を怒りに震わせ、私を指さすのは、つい先ほどまで私の婚約者であったはずの第二王子、アルフレッド様。その腕の中には、か細い体を震わせる男爵令嬢、エミリアが弱々しく抱きかかえられている。彼女の美しいドレスの裾からは、小さな毒の小瓶がこれみよがしに転がり落ちていた。

「嫉妬に狂い、エミリアを害そうとするとは! 貴様のような女が、この国の王妃になど、なれるはずがなかったのだ!」

 嫉妬? 私が? 意味が分からなかった。大商人クロイツ家の令嬢として生を受け、次期王妃となるべく、私は幼い頃から感情を殺す訓練を積んできた。喜怒哀楽を顔に出すことは、淑女の嗜みではない。全ては、この国の未来のため。アルフレッド様の隣に立つにふさわしい、完璧な王妃になるためだった。

 その努力が、周囲には「プライドが高く、感情のない女」と映っていたことは知っている。『氷の薔薇』。そんな不名誉な呼び名も、王妃となるための試練だと甘んじて受け入れてきた。だというのに、今、目の前で繰り広げられているのは、あまりにも稚拙な三文芝居だった。

「お待ちください、アルフレッド様。私ではございません。何かの間違いです」

 必死に紡いだ言葉は、けれど、彼の耳には届かない。私の冷静な態度が、彼の逆鱗にさらに触れたようだった。

「まだ白を切るか! そのふてぶてしい態度こそが、貴様の邪悪さの証拠だ!」

 周囲の貴族たちが、ひそひそと囁き合う声が聞こえる。「やはり、クロイツ家の令嬢は」「あのプライドの高さが、王子のご寵愛を奪われた嫉妬に…」誰も、私の無実を信じようとはしない。彼らが信じたいのは、悪役令嬢が断罪されるという、分かりやすい物語だけ。

 やがて、玉座から重々しい声が響いた。国王陛下による、裁定だった。

「レイラ・クロイツとの婚約は、これをもって破棄する。クロイツ家は国家への反逆とみなし、全財産を没収。レイラ・クロイツ本人には、国外追放を命じる」

 一瞬、時が止まった。全財産を没収? 国外追放?
 父が、祖父が、そのまた先祖が、代々命を懸けて築き上げてきたクロイツ商会の全てが、この茶番劇のせいで奪われるというのか。

 私は、ただ唇を噛みしめることしかできなかった。ここで泣き叫んでも、喚き散らしても、何も変わらない。彼らは、私がそうすることを望んでいるのだ。無様に打ちひしがれる悪役令嬢の姿を。ならばせめて、最期まで『氷の薔薇』でいてやろう。私は背筋を伸ばし、アルフレッドと、その腕の中で勝ち誇ったような笑みを浮かべたエミリアを一瞥し、静かに頭を下げた。

 王宮から追い出される頃には、空は泣いていた。冷たい雨が、私の豪奢なドレスを無慈悲に濡らしていく。つい数時間前まで称賛の的だった装いは、今や泥にまみれ、見る影もない。騎士たちに乱暴に突き飛ばされ、私は王都の門の外へと放り出された。門が、重々しい音を立てて閉ざされる。もう、私に帰る場所はどこにもなかった。

 全てを失った。父も母も既に亡く、私を支えてくれていた商会の者たちも、今頃は路頭に迷っているだろう。私のせいで。私の、不甲斐なさのせいで。

 雨に打たれながら、どれくらいそこに蹲っていただろうか。絶望が冷たい水のように、心の芯まで凍らせていく。もう、いっそこのまま朽ちてしまえたら。そんな考えが頭をよぎった時、不意に、頭上にかかる雨が途切れた。見上げると、大きな傘を差しだす老人の姿があった。

「バルトロ……?」

 父の代から、いいえ、祖父の代からクロイツ家に仕えてきた老執事。その顔は、深い皺が刻まれ、いつもの穏やかな表情はなかった。

「お嬢様。このような場所でお風邪を召されます」

「もう、お嬢様などでは……」

「いいえ。あなた様は、私にとって生涯唯一のお嬢様でございます」

 バルトロはそう言うと、震える手で一つの包みを差し出した。古びた革袋と、羊皮紙の巻物。

「旦那様からの、最後の預かり物でございます。『もし、私の身に何かあった時、そしてレイラが最大の苦境に立たされた時は、これを渡してほしい』と」

 革袋の中には、ささやかな金貨が数枚。そして、羊皮紙の地図を広げた瞬間、私は息をのんだ。そこに描かれていたのは、私が知る王国の地図ではなかった。大陸の南、誰もが魔物の海域だと恐れる危険なルートを抜け、まだ見ぬ小国へと至る航路。父が密かに開拓していた、未開の貿易路。『秘密の航路図』だった。

 父は、予見していたのかもしれない。クロイツ商会が大きくなりすぎ、王家や他の貴族から妬まれていることを。いつか、このような日が来ることを。そして、その時のために、私に再起の道を遺してくれたのだ。

「旦那様は、常々おっしゃっておられました。『レイラの商人としての才は、私を超える』と。お嬢様、あなた様の中には、クロイツ家の血が、誇り高き商人の魂が流れております。どうか、ご自分を諦めないでください」

 父の言葉、バルトロの涙。凍てついていた心に、小さな火が灯るのを感じた。そうだ、私は大商人クロイツ家の娘。こんなところで、終わるわけにはいかない。

 アルフレッド、エミリア、そして私を嘲笑った全ての者たち。私は必ず、舞い戻ってみせる。けれど、あなたたちと同じ土俵では戦わない。私が振るうのは、剣でも毒でもない。クロイツ家が代々受け継いできた、商才という名の、見えざる刃。

 私は濡れた頬を拭い、顔を上げた。雨上がりの空の向こうに、わずかに夜明けの光が差し込んでいる。私の長い夜が、そして本当の戦いが、今、始まろうとしていた。父の想いを胸に、私は復讐と再起を誓い、地図が示す国境の港町へと、震える足で一歩を踏み出したのだった。
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