6 / 11
第5話「金融という名の武器」
しおりを挟む
王都における物販事業は、順調に拡大していた。グランデ商会をはじめとする既存の商人たちの妨害をことごとく退け、「黎明商会」の名は、品質と信頼の証として王都に定着しつつあった。しかし、私の目的は、ただの一大商会を築くことではない。王国経済の根幹を揺るがし、私を陥れた者たちに鉄槌を下すこと。そのためには、物販だけでは限界があると感じていた。
商品は、天候や不作、流行り廃りに左右される。それはあまりにも不安定だ。もっと確実で、もっと大きな力を手に入れなければならない。私が次なる一手として目を向けたのは、「金融」という名の、見えざる巨大な武器だった。
当時の商業取引は、主に金貨や銀貨といった現物で行われていたが、高額な取引になるほど、その運搬には危険と手間が伴った。そこで、一部の大商人たちの間では「手形」が使われ始めていた。手形とは、発行者の信用を担保に、指定された期日に指定された金額の支払いを約束する証書のことだ。
私は、この仕組みに目をつけた。黎明商会が、独自の「黎明手形」を発行するのだ。
「ジン、王都中の商人たちに触れを出して。『黎明商会が発行する手形は、いつでも当商会の金貨と交換することを保証する』と」
私の提案に、ジンは眉をひそめた。
「おいおい、レイ。そりゃ危険すぎる。もし商人たちが一斉に手形を金貨に替えに来たらどうする? うちは破産だぞ。そんな信用、どこにあるってんだ」
「信用は、これから創るのよ。見せつけるの。黎明商会には、それを可能にするだけの圧倒的な財力があるということを」
私はまず、王都で最も大きな広場に面した一等地を買い上げ、そこに壮麗な石造りの建物を建てさせた。黎明商会の王都本店だ。そして、その一階には鉄格子で守られた巨大な金庫室を設け、壁の一部をガラス張りにした。道行く誰もが、その中にうず高く積まれた金貨の山を、嫌でも目にすることができるように。もちろん、そのほとんどは見せかけのハリボテだ。だが、人々は目に見えるものを信じる。
「黎明商会は、これほどの金を保有しているのか…」
噂は一瞬で広まった。その上で、私たちは「黎明手形」の取り扱いを開始した。当初は警戒していた商人たちも、黎明商会の店舗で手形が即座に金貨に換えられるのを見て、徐々にその利便性を受け入れ始めた。重い金貨を持ち運ぶ必要がなく、盗難の心配もない。黎明手形は、その圧倒的な信用力を背景に、驚くべき速さで王都の商業取引に浸透していった。
こうなると、金の流れは全て私のもとに集まってくる。商人たちは、黎明商会に金を預け、手形を受け取る。その預けられた金が、私の手元で莫大な資金となるのだ。私はその資金を、ただ眠らせてはおかなかった。
「手元に集まったこの金で、私たちはさらに大きな事業に投資するわ」
私は次に、複数の商人から資金を集めて共同で大きな事業に投資する「組合(ギルド)」のような仕組みを創り上げた。名付けて、「黎明投資組合」。これまでは、王族や一部の大貴族しか手が出せなかった大規模な貿易、例えば、東方からの茶葉や絹の輸入独占権の買い付けや、未開発の鉱山の開発事業などに乗り出した。
「一個人で投資するには危険すぎる事業も、組合で資金を出し合えば、リスクは分散できる。そして、成功すれば莫大な利益が分配される」
最初は様子見だった商人たちも、最初の鉱山開発が成功し、投資額の数倍もの配当金が支払われると、目の色を変えて組合への参加を申し込んできた。黎明投資組合は雪だるま式に規模を拡大し、生み出される利益は、もはや一商会の物販事業のそれとは比較にならないレベルに達していた。
黎明商会の影響力は、もはや王都の一商会という枠を、とうに超えていた。黎明手形がなければ日々の取引は成り立たず、黎明投資組合の動向が、王国の景気そのものを左右する。私たちは、知らず知らずのうちに、この国の経済の心臓部を握る存在となっていたのだ。
そして、その事実に、ついにあの男も気づき始めた。
ある日、ジンが血相を変えて事務所に駆け込んできた。
「レイ、大変だ! アルフレッドの奴が、黎明商会の会頭について、裏で嗅ぎまわってるらしい!」
「……そう。ようやく、私の存在に気づいたようね」
私は帳簿から顔を上げ、静かに微笑んだ。遅すぎるくらいだ。追放したはずの、取るに足らない存在だったはずの女が、今や自分の喉元に刃を突きつけるほどの力を持っている。その事実に、彼は今頃、どれほどの恐怖と屈辱を感じているだろうか。
アルフレッド王子は、黎明商会の会頭が、あの雨の夜に追放したレイラ・クロイツではないかと疑い始めていた。そして、自らの地位を脅かすその存在に対し、強い警戒心と、どす黒い敵意を燃やし始めていた。
だが、もはや手遅れだった。彼が私を潰そうと動き出した時には、彼の周りは既に、私の張り巡らせた見えざる金の網によって、幾重にも絡め取られているのだから。物販による市場の支配、そして金融による経済の掌握。私の復讐の舞台は、最終段階へと移行しつつあった。次なる標的は、アルフレッド本人と、私から全てを奪うことに加担した、あの貴族たちだ。
商品は、天候や不作、流行り廃りに左右される。それはあまりにも不安定だ。もっと確実で、もっと大きな力を手に入れなければならない。私が次なる一手として目を向けたのは、「金融」という名の、見えざる巨大な武器だった。
当時の商業取引は、主に金貨や銀貨といった現物で行われていたが、高額な取引になるほど、その運搬には危険と手間が伴った。そこで、一部の大商人たちの間では「手形」が使われ始めていた。手形とは、発行者の信用を担保に、指定された期日に指定された金額の支払いを約束する証書のことだ。
私は、この仕組みに目をつけた。黎明商会が、独自の「黎明手形」を発行するのだ。
「ジン、王都中の商人たちに触れを出して。『黎明商会が発行する手形は、いつでも当商会の金貨と交換することを保証する』と」
私の提案に、ジンは眉をひそめた。
「おいおい、レイ。そりゃ危険すぎる。もし商人たちが一斉に手形を金貨に替えに来たらどうする? うちは破産だぞ。そんな信用、どこにあるってんだ」
「信用は、これから創るのよ。見せつけるの。黎明商会には、それを可能にするだけの圧倒的な財力があるということを」
私はまず、王都で最も大きな広場に面した一等地を買い上げ、そこに壮麗な石造りの建物を建てさせた。黎明商会の王都本店だ。そして、その一階には鉄格子で守られた巨大な金庫室を設け、壁の一部をガラス張りにした。道行く誰もが、その中にうず高く積まれた金貨の山を、嫌でも目にすることができるように。もちろん、そのほとんどは見せかけのハリボテだ。だが、人々は目に見えるものを信じる。
「黎明商会は、これほどの金を保有しているのか…」
噂は一瞬で広まった。その上で、私たちは「黎明手形」の取り扱いを開始した。当初は警戒していた商人たちも、黎明商会の店舗で手形が即座に金貨に換えられるのを見て、徐々にその利便性を受け入れ始めた。重い金貨を持ち運ぶ必要がなく、盗難の心配もない。黎明手形は、その圧倒的な信用力を背景に、驚くべき速さで王都の商業取引に浸透していった。
こうなると、金の流れは全て私のもとに集まってくる。商人たちは、黎明商会に金を預け、手形を受け取る。その預けられた金が、私の手元で莫大な資金となるのだ。私はその資金を、ただ眠らせてはおかなかった。
「手元に集まったこの金で、私たちはさらに大きな事業に投資するわ」
私は次に、複数の商人から資金を集めて共同で大きな事業に投資する「組合(ギルド)」のような仕組みを創り上げた。名付けて、「黎明投資組合」。これまでは、王族や一部の大貴族しか手が出せなかった大規模な貿易、例えば、東方からの茶葉や絹の輸入独占権の買い付けや、未開発の鉱山の開発事業などに乗り出した。
「一個人で投資するには危険すぎる事業も、組合で資金を出し合えば、リスクは分散できる。そして、成功すれば莫大な利益が分配される」
最初は様子見だった商人たちも、最初の鉱山開発が成功し、投資額の数倍もの配当金が支払われると、目の色を変えて組合への参加を申し込んできた。黎明投資組合は雪だるま式に規模を拡大し、生み出される利益は、もはや一商会の物販事業のそれとは比較にならないレベルに達していた。
黎明商会の影響力は、もはや王都の一商会という枠を、とうに超えていた。黎明手形がなければ日々の取引は成り立たず、黎明投資組合の動向が、王国の景気そのものを左右する。私たちは、知らず知らずのうちに、この国の経済の心臓部を握る存在となっていたのだ。
そして、その事実に、ついにあの男も気づき始めた。
ある日、ジンが血相を変えて事務所に駆け込んできた。
「レイ、大変だ! アルフレッドの奴が、黎明商会の会頭について、裏で嗅ぎまわってるらしい!」
「……そう。ようやく、私の存在に気づいたようね」
私は帳簿から顔を上げ、静かに微笑んだ。遅すぎるくらいだ。追放したはずの、取るに足らない存在だったはずの女が、今や自分の喉元に刃を突きつけるほどの力を持っている。その事実に、彼は今頃、どれほどの恐怖と屈辱を感じているだろうか。
アルフレッド王子は、黎明商会の会頭が、あの雨の夜に追放したレイラ・クロイツではないかと疑い始めていた。そして、自らの地位を脅かすその存在に対し、強い警戒心と、どす黒い敵意を燃やし始めていた。
だが、もはや手遅れだった。彼が私を潰そうと動き出した時には、彼の周りは既に、私の張り巡らせた見えざる金の網によって、幾重にも絡め取られているのだから。物販による市場の支配、そして金融による経済の掌握。私の復讐の舞台は、最終段階へと移行しつつあった。次なる標的は、アルフレッド本人と、私から全てを奪うことに加担した、あの貴族たちだ。
16
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢は、辺境の村で美食の楽園を創り、やがて王国の胃袋を掴むことになる
緋村ルナ
ファンタジー
第一王子に濡れ衣を着せられ、悪役令嬢として辺境の村へ追放された公爵令嬢エリアーナ。絶望の淵に立たされた彼女は、前世の現代農業知識と類稀なる探求心、そして料理への情熱を武器に、荒れた土地で一歩ずつ農業を始める。貧しかった村人たちとの絆を育みながら、豊穣の畑を築き上げ、その作物を使った絶品の料理で小さな食堂「エリアーナの台所」を開業。その評判はやがて王都にまで届き、エリアーナを貶めた者たちの運命を巻き込みながら、壮大な真実が明らかになっていく――。これは、逆境に負けず「食」を通じて人々を繋ぎ、自分自身の居場所と真の幸福を掴み取る、痛快で心温まる追放・ざまぁサクセスストーリーである。
追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。
緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。
前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。
これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!
婚約破棄された悪役令嬢、追放先の辺境で前世の農業知識を解放!美味しいごはんで胃袋を掴んでいたら国ができた
緋村ルナ
ファンタジー
婚約者である王太子に、身に覚えのない罪で断罪され、国外追放を言い渡された公爵令嬢アリーシャ。しかし、前世が日本の農学部女子大生だった彼女は、内心ガッツポーズ!「これで自由に土いじりができる!」
追放先の痩せた土地で、前世の知識を武器に土壌改良から始めるアリーシャ。彼女の作る美味しい作物と料理は、心を閉ざした元騎士や、貧しかった村人たちの心を温め、やがて辺境の地を大陸一豊かな国へと変えていく――。
これは、一人の女性が挫折から立ち上がり、最高の仲間たちと共に幸せを掴む、痛快な逆転成り上がりストーリー。あなたの心も、アリーシャの料理で温かくなるはず。
追放悪役令嬢のスローライフは止まらない!~辺境で野菜を育てていたら、いつの間にか国家運営する羽目になりました~
緋村ルナ
ファンタジー
「計画通り!」――王太子からの婚約破棄は、窮屈な妃教育から逃れ、自由な農業ライフを手に入れるための完璧な計画だった!
前世が農家の娘だった公爵令嬢セレスティーナは、追放先の辺境で、前世の知識と魔法を組み合わせた「魔法農業」をスタートさせる。彼女が作る奇跡の野菜と心温まる料理は、痩せた土地と人々の心を豊かにし、やがて小さな村に起こした奇跡は、国全体を巻き込む大きなうねりとなっていく。
これは、自分の居場所を自分の手で作り出した、一人の令嬢の痛快サクセスストーリー! 悪役の仮面を脱ぎ捨てた彼女が、個人の幸せの先に掴んだものとは――。
【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました
きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。
追放令嬢のスローライフ。辺境で美食レストランを開いたら、元婚約者が「戻ってきてくれ」と泣きついてきましたが、寡黙な騎士様と幸せなのでお断りし
緋村ルナ
ファンタジー
「リナ・アーシェット公爵令嬢!貴様との婚約を破棄し、辺境への追放を命じる!」
聖女をいじめたという濡れ衣を着せられ、全てを奪われた悪役令嬢リナ。しかし、絶望の淵で彼女は思い出す。――自分が日本のOLで、家庭菜園をこよなく愛していた前世の記憶を!
『悪役令嬢?上等じゃない!これからは大地を耕し、自分の手で幸せを掴んでみせるわ!』
痩せた土地を蘇らせ、極上のオーガニック野菜で人々の胃袋を掴み、やがては小さなレストランから国をも動かす伝説を築いていく。
これは、失うことから始まった、一人の女性の美味しくて最高に爽快な逆転成り上がり物語。元婚約者が土下座しに来た頃には、もう手遅れです!
追放された悪役令嬢が前世の記憶とカツ丼で辺境の救世主に!?~無骨な辺境伯様と胃袋掴んで幸せになります~
緋村ルナ
ファンタジー
公爵令嬢アリアンナは、婚約者の王太子から身に覚えのない罪で断罪され、辺境へ追放されてしまう。すべては可憐な聖女の策略だった。
絶望の淵で、アリアンナは思い出す。――仕事に疲れた心を癒してくれた、前世日本のソウルフード「カツ丼」の記憶を!
「もう誰も頼らない。私は、私の料理で生きていく!」
辺境の地で、彼女は唯一の武器である料理の知識を使い、異世界の食材でカツ丼の再現に挑む。試行錯誤の末に完成した「勝利の飯(ヴィクトリー・ボウル)」は、無骨な騎士や冒険者たちの心を鷲掴みにし、寂れた辺境の町に奇跡をもたらしていく。
やがて彼女の成功は、彼女を捨てた元婚約者たちの耳にも届くことに。
これは、全てを失った悪役令嬢が、一皿のカツ丼から始まる温かい奇跡で、本当の幸せと愛する人を見つける痛快逆転グルメ・ラブストーリー!
「君の魔法は地味で映えない」と人気ダンジョン配信パーティを追放された裏方魔導師。実は視聴数No.1の正体、俺の魔法でした
希羽
ファンタジー
人気ダンジョン配信チャンネル『勇者ライヴ』の裏方として、荷物持ち兼カメラマンをしていた俺。ある日、リーダーの勇者(IQ低め)からクビを宣告される。「お前の使う『重力魔法』は地味で絵面が悪い。これからは派手な爆裂魔法を使う美少女を入れるから出て行け」と。俺は素直に従い、代わりに田舎の不人気ダンジョンへ引っ込んだ。しかし彼らは知らなかった。彼らが「俺TUEEE」できていたのは、俺が重力魔法でモンスターの動きを止め、カメラのアングルでそれを隠していたからだということを。俺がいなくなった『勇者ライヴ』は、モンスターにボコボコにされる無様な姿を全世界に配信し、大炎上&ランキング転落。 一方、俺が田舎で「畑仕事(に見せかけたダンジョン開拓)」を定点カメラで垂れ流し始めたところ―― 「え、この人、素手でドラゴン撫でてない?」「重力操作で災害級モンスターを手玉に取ってるw」「このおっさん、実は世界最強じゃね?」とバズりまくり、俺は無自覚なまま世界一の配信者へと成り上がっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる