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第6話「招かれざる客は、美しき姫騎士」
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アースガルド領の農業改革が軌道に乗り始めてから半年ほどが過ぎた。
領内の畑は見違えるように整備され、ポポイモを始めとする新しい作物が豊かに実っている。領民たちの顔色も良くなり、村には活気が戻ってきた。
「カイ様! 見てください、こんなに大きなサンティマが採れました!」
リナが真っ赤に熟れたトマトのような作物「サンティマ」を手に、嬉しそうに駆け寄ってくる。俺が品種改良した、この世界の新しい野菜だ。
「おお、見事だな。今日の昼はこれを使ってパスタにしようか」
「ぱすた! あの、細くて長い麺にこのサンティマの赤いソースをかけたお料理ですね! 大好きです!」
そんなのどかな日常を過ごしていたある日、アースガルド領に一台の豪華な馬車が到着した。
馬車から降りてきたのは、燃えるような真紅のドレスを身にまとい、腰には見事な装飾の剣を下げた絶世の美女だった。
輝くような金髪に、気の強そうな翠の瞳。肌は雪のように白く、その立ち姿はまるで一輪の薔薇のようだ。しかし、その表情は氷のように冷たく、俺たちを見下すような視線を向けている。
彼女の後ろに控えていた騎士が、尊大な態度で口上を述べた。
「頭が高い! こちらにおわすは、ヴァーミリオン王国の第一王女、セレスティア・フォン・ヴァーミリオン様であらせられるぞ!」
ヴァーミリオン王国。それはアークライト王国の隣に位置する、大陸でも有数の軍事大国だ。その王女がなぜこんな辺境の地に?
父である辺境伯が慌てて彼女の前にひざまずく。俺もそれに倣った。
「これはこれは、セレスティア王女殿下。ようこそ、このような辺境へ。して、ご用向きは……?」
セレスティアと名乗った姫騎士は、扇で口元を隠し冷然と言い放った。
「近頃、この痩せたアースガルド領で奇跡のような収穫が上がっていると聞きましてよ。にわかには信じがたい噂ですが、万が一にも真実ならば、その秘密、我が国のために役立てさせてもらおうと思い、視察に参りましたの」
その言い方は明らかに「教えろ」ではなく「差し出せ」というニュアンスだった。
なるほど、噂を聞きつけて、その技術を奪いに来たというわけか。
『いかにもお姫様って感じの、高飛車な女だな……』
心の中で毒づいていると、セレスティアの視線が父の後ろに控えていた俺を捉えた。
「あなたがその改革とやらを主導している、アースガルド家の三男ですの? 見るからに頼りない、ただの小僧ではありませんか」
初対面の相手になんという言い草だ。カチンときたが、相手は王女だ。ぐっとこらえる。
「ご紹介にあずかりました、カイ・アースガルドです。父の許可をいただき、農地改革を担当しております。どうぞ俺の畑をご覧ください。噂が真実かどうか、その目でお確かめいただければ」
俺は平静を装って彼女を農園へと案内した。
そこには青々と茂る葉と、たわわに実った作物たちがどこまでも広がっている。
しかしセレスティアはそれを見ても、表情一つ変えなかった。
「ふん。見た目は、まあ悪くありませんわね。ですが肝心なのは味と栄養価。そして、その再現性ですわ。まぐれで一度成功しただけでは意味がありませんのよ?」
彼女は俺の農園をぐるりと見回すと、ふんと鼻を鳴らした。
「説明なさい。あなた、一体どんな妖術を使ってこの畑を作りましたの?」
完全に俺をイカサマ師か何かだと思っているようだ。
このプライドの高そうな姫騎士に一から十まで説明するのは骨が折れそうだ。だが、ここで彼女を納得させられなければ面倒なことになるかもしれない。
『よし、こうなったら論破してやるしかない』
俺は覚悟を決めて口を開いた。
「妖術などではありません。すべては科学的根拠に基づいた農法の結果です。土壌の化学成分を分析し、不足している栄養素を堆肥で補い、作物の成長サイクルに合わせた水分と日光の管理を徹底する。ただ、それだけのことですよ」
俺はあえて彼女が知らないであろう単語を並べ立ててみた。
「かがくてきこんきょ? どじょうのぶんせき……? な、何を言っているのですか、あなたは。意味の分からない言葉でわたくしを煙に巻こうというつもりですの?」
セレスティアがわずかに狼狽したのを見逃さなかった。
よし、いいぞ。もっとやれ。
「おや、ご存じない? では、輪作の概念はご存知ですか? 連作障害を防ぎ、土壌の栄養バランスを保つための基本的な農業技術ですが」
「り、りんさく……?」
「では、コンパニオンプランツは? 共に植えることで、互いの成長を助け合ったり病害虫を防いだりする植物の組み合わせのことです。これも常識の範疇ですが」
「こんぱにおん……?」
セレスティアの翠の瞳が、明らかに動揺で揺れている。プライドを維持しようと必死に平静を装っているが、内心パニックになっているのが手に取るように分かった。
『ざまあみろ。知識は力なり、だ』
俺は最後にとどめの一言を放った。
「どうやら姫騎士様は、農業に関してはまったくのご専門外のようですね。ご安心ください。この俺が手取り足取り、一から教えて差し上げますよ?」
にやりと笑ってやると、セレスティアの顔がみるみるうちに彼女が着ているドレスのように真っ赤に染まっていく。
「なっ……! こ、この無礼者! わたくしを誰だと思っているのです! この田舎貴族が!」
彼女はわなわなと震えながら腰の剣に手をかけた。
まずい、ちょっとからかいすぎたか?
だが、その時。
ぐぅぅぅぅぅぅ~~~~。
静まり返った農園に、盛大な腹の虫の音が響き渡った。
音の発生源は言うまでもなく、顔を真っ赤にして固まっている姫騎士様のお腹からだった。
その瞬間、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。
俺の後ろにいたリナが必死に笑いをこらえて肩を震わせている。
セレスティアは信じられないという顔で自分のお腹を押さえ、次の瞬間、羞恥で爆発しそうになりながら絶叫した。
「き、聞こえませんこと!? 今のはカエルの鳴き声ですわ! そう、近くにカエルがいたのです!」
あまりにも見苦しい言い訳に、俺は思わず吹き出してしまった。
どうやらこの気高き姫騎士様、見た目によらず色々と面白い人のようだ。
領内の畑は見違えるように整備され、ポポイモを始めとする新しい作物が豊かに実っている。領民たちの顔色も良くなり、村には活気が戻ってきた。
「カイ様! 見てください、こんなに大きなサンティマが採れました!」
リナが真っ赤に熟れたトマトのような作物「サンティマ」を手に、嬉しそうに駆け寄ってくる。俺が品種改良した、この世界の新しい野菜だ。
「おお、見事だな。今日の昼はこれを使ってパスタにしようか」
「ぱすた! あの、細くて長い麺にこのサンティマの赤いソースをかけたお料理ですね! 大好きです!」
そんなのどかな日常を過ごしていたある日、アースガルド領に一台の豪華な馬車が到着した。
馬車から降りてきたのは、燃えるような真紅のドレスを身にまとい、腰には見事な装飾の剣を下げた絶世の美女だった。
輝くような金髪に、気の強そうな翠の瞳。肌は雪のように白く、その立ち姿はまるで一輪の薔薇のようだ。しかし、その表情は氷のように冷たく、俺たちを見下すような視線を向けている。
彼女の後ろに控えていた騎士が、尊大な態度で口上を述べた。
「頭が高い! こちらにおわすは、ヴァーミリオン王国の第一王女、セレスティア・フォン・ヴァーミリオン様であらせられるぞ!」
ヴァーミリオン王国。それはアークライト王国の隣に位置する、大陸でも有数の軍事大国だ。その王女がなぜこんな辺境の地に?
父である辺境伯が慌てて彼女の前にひざまずく。俺もそれに倣った。
「これはこれは、セレスティア王女殿下。ようこそ、このような辺境へ。して、ご用向きは……?」
セレスティアと名乗った姫騎士は、扇で口元を隠し冷然と言い放った。
「近頃、この痩せたアースガルド領で奇跡のような収穫が上がっていると聞きましてよ。にわかには信じがたい噂ですが、万が一にも真実ならば、その秘密、我が国のために役立てさせてもらおうと思い、視察に参りましたの」
その言い方は明らかに「教えろ」ではなく「差し出せ」というニュアンスだった。
なるほど、噂を聞きつけて、その技術を奪いに来たというわけか。
『いかにもお姫様って感じの、高飛車な女だな……』
心の中で毒づいていると、セレスティアの視線が父の後ろに控えていた俺を捉えた。
「あなたがその改革とやらを主導している、アースガルド家の三男ですの? 見るからに頼りない、ただの小僧ではありませんか」
初対面の相手になんという言い草だ。カチンときたが、相手は王女だ。ぐっとこらえる。
「ご紹介にあずかりました、カイ・アースガルドです。父の許可をいただき、農地改革を担当しております。どうぞ俺の畑をご覧ください。噂が真実かどうか、その目でお確かめいただければ」
俺は平静を装って彼女を農園へと案内した。
そこには青々と茂る葉と、たわわに実った作物たちがどこまでも広がっている。
しかしセレスティアはそれを見ても、表情一つ変えなかった。
「ふん。見た目は、まあ悪くありませんわね。ですが肝心なのは味と栄養価。そして、その再現性ですわ。まぐれで一度成功しただけでは意味がありませんのよ?」
彼女は俺の農園をぐるりと見回すと、ふんと鼻を鳴らした。
「説明なさい。あなた、一体どんな妖術を使ってこの畑を作りましたの?」
完全に俺をイカサマ師か何かだと思っているようだ。
このプライドの高そうな姫騎士に一から十まで説明するのは骨が折れそうだ。だが、ここで彼女を納得させられなければ面倒なことになるかもしれない。
『よし、こうなったら論破してやるしかない』
俺は覚悟を決めて口を開いた。
「妖術などではありません。すべては科学的根拠に基づいた農法の結果です。土壌の化学成分を分析し、不足している栄養素を堆肥で補い、作物の成長サイクルに合わせた水分と日光の管理を徹底する。ただ、それだけのことですよ」
俺はあえて彼女が知らないであろう単語を並べ立ててみた。
「かがくてきこんきょ? どじょうのぶんせき……? な、何を言っているのですか、あなたは。意味の分からない言葉でわたくしを煙に巻こうというつもりですの?」
セレスティアがわずかに狼狽したのを見逃さなかった。
よし、いいぞ。もっとやれ。
「おや、ご存じない? では、輪作の概念はご存知ですか? 連作障害を防ぎ、土壌の栄養バランスを保つための基本的な農業技術ですが」
「り、りんさく……?」
「では、コンパニオンプランツは? 共に植えることで、互いの成長を助け合ったり病害虫を防いだりする植物の組み合わせのことです。これも常識の範疇ですが」
「こんぱにおん……?」
セレスティアの翠の瞳が、明らかに動揺で揺れている。プライドを維持しようと必死に平静を装っているが、内心パニックになっているのが手に取るように分かった。
『ざまあみろ。知識は力なり、だ』
俺は最後にとどめの一言を放った。
「どうやら姫騎士様は、農業に関してはまったくのご専門外のようですね。ご安心ください。この俺が手取り足取り、一から教えて差し上げますよ?」
にやりと笑ってやると、セレスティアの顔がみるみるうちに彼女が着ているドレスのように真っ赤に染まっていく。
「なっ……! こ、この無礼者! わたくしを誰だと思っているのです! この田舎貴族が!」
彼女はわなわなと震えながら腰の剣に手をかけた。
まずい、ちょっとからかいすぎたか?
だが、その時。
ぐぅぅぅぅぅぅ~~~~。
静まり返った農園に、盛大な腹の虫の音が響き渡った。
音の発生源は言うまでもなく、顔を真っ赤にして固まっている姫騎士様のお腹からだった。
その瞬間、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。
俺の後ろにいたリナが必死に笑いをこらえて肩を震わせている。
セレスティアは信じられないという顔で自分のお腹を押さえ、次の瞬間、羞恥で爆発しそうになりながら絶叫した。
「き、聞こえませんこと!? 今のはカエルの鳴き声ですわ! そう、近くにカエルがいたのです!」
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