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第7話「胃袋を掴めば、心も掴める(はず)」
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「では姫殿下、長旅でお疲れでしょう。まずは我が領地の自慢の料理を召し上がってください」
腹の虫事件で完全にペースを崩されたセレスティアを、俺は屋敷の食堂へと案内した。彼女のプライドをこれ以上傷つけないように、という俺なりの優しさだ。
テーブルに並べられたのはアースガルド領の食材をふんだんに使ったフルコース。
前菜は採れたてのサンティマと、自家製チーズのカプレーゼ風。
スープはポポイモを裏ごしした濃厚なポタージュ。
メインは領内で狩れた猪肉のロースト、甘酸っぱいベリーのソース添え。
そして締めはリナが焼いたコルン麦のパンと、新鮮な果物。
「ふん……。見た目だけは、それなりですわね」
セレスティアはまだツンとした態度を崩さない。しかしその翠の瞳はテーブルの上の料理に釘付けだ。
『まあ、見てなって。一口食べればあんたも落ちる』
俺は自信満々で見守る。
彼女はまずサンティマのカプレーゼ風を、疑うような手つきで口に運んだ。
その瞬間、セレスティアの時間が止まった。
翠の瞳が驚きに見開かれる。そしてゆっくりと咀嚼するうちに、その表情が恍惚としたものへと変わっていく。
「な……! なんですの、この野菜は……! 甘みと酸味のバランスが完璧で、まるで果物のよう……! それにこの白い塊……濃厚で、ミルクの風味が口いっぱいに広がって……」
次にポポイモのポタージュをスプーンで一口。
「こ、今度は……! なんて滑らかな舌触り……! 芋の優しい甘さが、身体の芯から温めてくれるようですわ……!」
メインの猪肉に至ってはもはや言葉もなかった。
ナイフを入れると、柔らかい肉から肉汁がじゅわっと溢れ出す。それをベリーのソースに絡めて口に運ぶと、彼女は天を仰いで至福のため息をついた。
『よし、完全に落ちたな』
最初は澄ましていた姫騎士様が、今や夢中で料理を頬張っている。その食べっぷりは見ていて気持ちがいいほどだ。
あれだけ疑っていた俺の農法も、この料理が何よりの証拠となっただろう。
食事が終わる頃には、セレスティアの態度は来た時とはまるで別人のように軟化していた。
「……参りましたわ」
彼女はナプキンで口元を拭い、深々とため息をついた。
「あなたの言う通りでした。これほどの食材を安定して生み出せるのなら、それはもはや一つの奇跡です。わたくしの不明を、お詫びいたしますわ」
素直に非を認めるあたり、根は正直な性格らしい。
「分かっていただけて何よりです、姫殿下」
「セレスティアでよろしい。……それで、カイ。単刀直入に聞きますわ。この技術、我がヴァーミリオン王国に教えていただくことはできませんこと?」
彼女は真剣な目で俺に頭を下げた。
聞けば、軍事大国であるヴァーミリオンはその軍事力を維持するために常に食糧不足に悩まされているらしい。特に最近は天候不順も重なり、深刻な飢饉の危機に瀕しているのだという。
民を思う彼女の気持ちは本物だった。
「もちろん、協力しますよ。食い物の恨みは怖いですからね。飢えた人間は何をするか分からない」
俺の言葉に、セレスティアはぱあっと顔を輝かせた。
「本当ですの!? ありがとうございます、カイ! この御恩は決して忘れませんわ!」
さっきまでのツンとした態度はどこへやら、今はすっかり懐いてきたようだ。現金なものだが、分かりやすくて悪くない。
こうして俺はセレスティアに農業技術を指導することになった。
彼女は数週間、このアースガルド領に滞在するという。
その夜。
俺は彼女のために特別なおやつを用意した。ポポイモをふかして潰し、砂糖とミルクを混ぜて焼いたスイートポテトだ。
「これは……? 甘くて、なんて優しい味……」
初めて食べるスイーツに、セレスティアはうっとりと目を細めている。
「お気に召しましたか?」
「え、ええ……。こんな美味しいもの、生まれて初めて食べましたわ」
彼女は少し恥ずかしそうにうつむく。月明かりに照らされたその横顔は、昼間の凛とした姿とは違い、年相応の少女のあどけなさを感じさせた。
『なんだ、こうしてみると、結構可愛いところもあるじゃないか』
胃袋を掴むことは、どうやら彼女の心を解きほぐすのにも大いに役立ったらしい。
こうして誇り高き姫騎士様との奇妙な共同生活が始まった。それは俺の人生にとっても、大きな転機となる出来事の始まりだった。
腹の虫事件で完全にペースを崩されたセレスティアを、俺は屋敷の食堂へと案内した。彼女のプライドをこれ以上傷つけないように、という俺なりの優しさだ。
テーブルに並べられたのはアースガルド領の食材をふんだんに使ったフルコース。
前菜は採れたてのサンティマと、自家製チーズのカプレーゼ風。
スープはポポイモを裏ごしした濃厚なポタージュ。
メインは領内で狩れた猪肉のロースト、甘酸っぱいベリーのソース添え。
そして締めはリナが焼いたコルン麦のパンと、新鮮な果物。
「ふん……。見た目だけは、それなりですわね」
セレスティアはまだツンとした態度を崩さない。しかしその翠の瞳はテーブルの上の料理に釘付けだ。
『まあ、見てなって。一口食べればあんたも落ちる』
俺は自信満々で見守る。
彼女はまずサンティマのカプレーゼ風を、疑うような手つきで口に運んだ。
その瞬間、セレスティアの時間が止まった。
翠の瞳が驚きに見開かれる。そしてゆっくりと咀嚼するうちに、その表情が恍惚としたものへと変わっていく。
「な……! なんですの、この野菜は……! 甘みと酸味のバランスが完璧で、まるで果物のよう……! それにこの白い塊……濃厚で、ミルクの風味が口いっぱいに広がって……」
次にポポイモのポタージュをスプーンで一口。
「こ、今度は……! なんて滑らかな舌触り……! 芋の優しい甘さが、身体の芯から温めてくれるようですわ……!」
メインの猪肉に至ってはもはや言葉もなかった。
ナイフを入れると、柔らかい肉から肉汁がじゅわっと溢れ出す。それをベリーのソースに絡めて口に運ぶと、彼女は天を仰いで至福のため息をついた。
『よし、完全に落ちたな』
最初は澄ましていた姫騎士様が、今や夢中で料理を頬張っている。その食べっぷりは見ていて気持ちがいいほどだ。
あれだけ疑っていた俺の農法も、この料理が何よりの証拠となっただろう。
食事が終わる頃には、セレスティアの態度は来た時とはまるで別人のように軟化していた。
「……参りましたわ」
彼女はナプキンで口元を拭い、深々とため息をついた。
「あなたの言う通りでした。これほどの食材を安定して生み出せるのなら、それはもはや一つの奇跡です。わたくしの不明を、お詫びいたしますわ」
素直に非を認めるあたり、根は正直な性格らしい。
「分かっていただけて何よりです、姫殿下」
「セレスティアでよろしい。……それで、カイ。単刀直入に聞きますわ。この技術、我がヴァーミリオン王国に教えていただくことはできませんこと?」
彼女は真剣な目で俺に頭を下げた。
聞けば、軍事大国であるヴァーミリオンはその軍事力を維持するために常に食糧不足に悩まされているらしい。特に最近は天候不順も重なり、深刻な飢饉の危機に瀕しているのだという。
民を思う彼女の気持ちは本物だった。
「もちろん、協力しますよ。食い物の恨みは怖いですからね。飢えた人間は何をするか分からない」
俺の言葉に、セレスティアはぱあっと顔を輝かせた。
「本当ですの!? ありがとうございます、カイ! この御恩は決して忘れませんわ!」
さっきまでのツンとした態度はどこへやら、今はすっかり懐いてきたようだ。現金なものだが、分かりやすくて悪くない。
こうして俺はセレスティアに農業技術を指導することになった。
彼女は数週間、このアースガルド領に滞在するという。
その夜。
俺は彼女のために特別なおやつを用意した。ポポイモをふかして潰し、砂糖とミルクを混ぜて焼いたスイートポテトだ。
「これは……? 甘くて、なんて優しい味……」
初めて食べるスイーツに、セレスティアはうっとりと目を細めている。
「お気に召しましたか?」
「え、ええ……。こんな美味しいもの、生まれて初めて食べましたわ」
彼女は少し恥ずかしそうにうつむく。月明かりに照らされたその横顔は、昼間の凛とした姿とは違い、年相応の少女のあどけなさを感じさせた。
『なんだ、こうしてみると、結構可愛いところもあるじゃないか』
胃袋を掴むことは、どうやら彼女の心を解きほぐすのにも大いに役立ったらしい。
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