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第1章:断罪の庭園
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アースガルディア王国の王宮、星明かりの下で開かれた夜会は、色とりどりのドレスと宝石の輝きで満ちていた。貴族たちの楽しげな笑い声が飛び交う中、公爵令嬢リリアーナ・フォン・アースガルディアは、ただ一人、冷たい仮面を顔に貼り付けていた。
(やっと、この日が来た)
内心で呟き、彼女は舞台の中央に立つ婚約者、第一王子アルフレッドを見つめた。彼の隣には、子爵令嬢セシリアが庇護欲をそそる様子で寄り添っている。完璧な構図だ。この茶番劇の最終幕に、これほどふさわしい舞台はない。
リリアーナは、物心ついた時から「悪役令嬢」としての役割を教え込まれてきた。それは、気弱で優柔不断なアルフレッド王子に、次期国王としての決断力を促すための、王家と公爵家が仕組んだ壮大な芝居。そして、平民に近い家柄のセシリアを、王子が「自らの意思で」選んだという物語を演出するための、ただの舞台装置。
「リリアーナ・フォン・アースガルディア!」
アルフレッドの張りのある声が、庭園の喧騒を切り裂いた。全ての視線がリリアーナに突き刺さる。待ってました、とばかりに彼女はゆっくりと王子に視線を向けた。
「貴様の悪行の数々、もはや看過できぬ! 貴様がセシリアに対し、どれほど陰湿ないじめを繰り返してきたか! 社交界でのその傲慢な振る舞いが、どれほど人々を不快にさせてきたか! もはや疑いの余地はない!」
並べ立てられる罪状は、どれもこれも聞き覚えのあるものばかり。そう、すべてリリアーナがシナリオ通りに演じてきたことだ。周囲の貴族たちは、同情的な視線をセシリアに送り、リリアーナには非難の眼差しを向けている。セシリアは王子の腕の中でか弱く震え、その瞳には勝利の光が宿っていた。茶番、本当にくだらない。
「よって、本日をもって貴様との婚約を破棄する! そして、その罪を償うため、貴様を辺境の地へ追放することを言い渡す!」
その言葉が響き渡った瞬間、リリアーナの脳裏に、今まで霞がかっていた前世の記憶が、洪水のように流れ込んできた。そうだ、私は、リリアーナである前に、現代日本のOLだった。毎日満員電車に揺られ、理不尽な上司に頭を下げ、夜遅くまでパソコンに向かっていた、あの頃の記憶。そして、過労の末に命を落とし、この世界に転生したことも。
思い出した。だから私は、この窮屈な「悪役令嬢」の役割に、心の底からうんざりしていたのだ。追放? 結構じゃない。むしろ、ご褒美だ。しがらみだらけの貴族社会から解放され、自由に生きられる。これ以上の喜びがあるだろうか。
リリアーナは、もはや悲劇のヒロインを演じる必要はないと判断した。彼女はゆっくりと淑女の礼をとると、毅然とした声で言い放った。
「かしこまりました、アルフレッド殿下。殿下のご英断、謹んでお受けいたします」
予想外の反応に、アルフレッドも周囲の貴族たちも、一瞬戸惑いの表情を浮かべた。泣き崩れるか、あるいは逆上して喚き散らすとでも思っていたのだろう。
「ですが、一つだけ。私の行いが、いつか、誰かのためであったとご理解いただける日が来ることを、心より願っております」
それは、皮肉でもなければ、懇願でもない。ただの事実だった。しかし、勝利に酔いしれる彼らに、その真意が伝わることはないだろう。リリアーナは、優雅に背を向けると、誰の助けも借りずにその場を後にした。その背中は、断罪された罪人ではなく、自らの意思で舞台を降りる主演女優のように、凛として見えた。
王都の門を出る頃には、夜はすっかり更けていた。辺境へと向かう馬車の揺れは、彼女にとって心地よい揺りかごのようだった。窓の外に流れる景色が、王都の華やかさから徐々に寂しいものへと変わっていく。しかし、リリアーナの心は、これまでにないほどの自由と希望で満たされていた。
(さあ、始めよう。私の、本当の人生を)
辺境の荒れた土地。それは、前世の知識と経験を持つ彼女にとって、無限の可能性を秘めたフロンティアに他ならなかった。
(やっと、この日が来た)
内心で呟き、彼女は舞台の中央に立つ婚約者、第一王子アルフレッドを見つめた。彼の隣には、子爵令嬢セシリアが庇護欲をそそる様子で寄り添っている。完璧な構図だ。この茶番劇の最終幕に、これほどふさわしい舞台はない。
リリアーナは、物心ついた時から「悪役令嬢」としての役割を教え込まれてきた。それは、気弱で優柔不断なアルフレッド王子に、次期国王としての決断力を促すための、王家と公爵家が仕組んだ壮大な芝居。そして、平民に近い家柄のセシリアを、王子が「自らの意思で」選んだという物語を演出するための、ただの舞台装置。
「リリアーナ・フォン・アースガルディア!」
アルフレッドの張りのある声が、庭園の喧騒を切り裂いた。全ての視線がリリアーナに突き刺さる。待ってました、とばかりに彼女はゆっくりと王子に視線を向けた。
「貴様の悪行の数々、もはや看過できぬ! 貴様がセシリアに対し、どれほど陰湿ないじめを繰り返してきたか! 社交界でのその傲慢な振る舞いが、どれほど人々を不快にさせてきたか! もはや疑いの余地はない!」
並べ立てられる罪状は、どれもこれも聞き覚えのあるものばかり。そう、すべてリリアーナがシナリオ通りに演じてきたことだ。周囲の貴族たちは、同情的な視線をセシリアに送り、リリアーナには非難の眼差しを向けている。セシリアは王子の腕の中でか弱く震え、その瞳には勝利の光が宿っていた。茶番、本当にくだらない。
「よって、本日をもって貴様との婚約を破棄する! そして、その罪を償うため、貴様を辺境の地へ追放することを言い渡す!」
その言葉が響き渡った瞬間、リリアーナの脳裏に、今まで霞がかっていた前世の記憶が、洪水のように流れ込んできた。そうだ、私は、リリアーナである前に、現代日本のOLだった。毎日満員電車に揺られ、理不尽な上司に頭を下げ、夜遅くまでパソコンに向かっていた、あの頃の記憶。そして、過労の末に命を落とし、この世界に転生したことも。
思い出した。だから私は、この窮屈な「悪役令嬢」の役割に、心の底からうんざりしていたのだ。追放? 結構じゃない。むしろ、ご褒美だ。しがらみだらけの貴族社会から解放され、自由に生きられる。これ以上の喜びがあるだろうか。
リリアーナは、もはや悲劇のヒロインを演じる必要はないと判断した。彼女はゆっくりと淑女の礼をとると、毅然とした声で言い放った。
「かしこまりました、アルフレッド殿下。殿下のご英断、謹んでお受けいたします」
予想外の反応に、アルフレッドも周囲の貴族たちも、一瞬戸惑いの表情を浮かべた。泣き崩れるか、あるいは逆上して喚き散らすとでも思っていたのだろう。
「ですが、一つだけ。私の行いが、いつか、誰かのためであったとご理解いただける日が来ることを、心より願っております」
それは、皮肉でもなければ、懇願でもない。ただの事実だった。しかし、勝利に酔いしれる彼らに、その真意が伝わることはないだろう。リリアーナは、優雅に背を向けると、誰の助けも借りずにその場を後にした。その背中は、断罪された罪人ではなく、自らの意思で舞台を降りる主演女優のように、凛として見えた。
王都の門を出る頃には、夜はすっかり更けていた。辺境へと向かう馬車の揺れは、彼女にとって心地よい揺りかごのようだった。窓の外に流れる景色が、王都の華やかさから徐々に寂しいものへと変わっていく。しかし、リリアーナの心は、これまでにないほどの自由と希望で満たされていた。
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