婚約破棄で追放された「無能」な悪役令嬢?結構です!辺境でもふもふ神獣とチート農業してたら、聖女と崇められる

黒崎隼人

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第8話「もふもふの逆襲と、王子の誤算」

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 アルフォンス殿下の騎士たちが剣を抜き、私たちに襲いかかろうとした、その瞬間。私の背後から現れたのは、いつもの可愛らしいモカではなかった。
 体長は優に馬を超え、純白の毛並みは神々しい光を放っている。黄金の瞳は燃えるような怒りに満ち、剥き出しにされた牙は、どんな剣よりも鋭く光っていた。それは、伝説の聖獣「森神狼」の、成長した雄々しい姿だった。
 そして、モカだけではない。その両脇には、同じく巨大な体躯を持つ二匹の森神狼――おそらくモカの両親だろう――が控えている。さらに、森からは数え切れないほどの動物たちが姿を現した。鋭い爪を持つ熊、巨大な角を持つ鹿、そして空には無数の猛禽類が舞っている。
 彼らは皆、私を守るように騎士たちの前に立ちはだかり、敵意のこもった唸り声を上げていた。
「なっ……なんだ、こいつらは……!?」
 あまりの光景に、アルフォンス殿下は呆然と立ち尽くしている。騎士たちも、聖獣たちの放つ凄まじい威圧感に気圧され、動けずにいた。
 聖女リナに至っては、腰を抜かしてへたり込んでいる。
(モカ……みんな……!)
 私の胸に、熱いものがこみ上げてくる。彼らは、私とこの村を守るために集まってくれたのだ。
 モカが一歩前に出ると、アルフォンス殿下は「ひっ」と情けない悲鳴を上げた。
「ま、魔獣だと!? なぜこんな場所に……!」
「彼らは魔獣ではありません。この森を守る、誇り高き聖獣たちです。そして、私の……大切な家族です」
 私がそう言うと、モカは同意するように私の頬にそっと鼻先をすり寄せた。その仕草は、体が大きくなっても昔のままだった。
 アルフォンス殿下は、信じられないという顔で私とモカを交互に見ている。
「馬鹿な……聖獣が、人間に懐くだと……?」
「それは、あなたの心が汚れているから理解できないのでしょう。彼らは、私たちがこの土地を愛し、敬っていることを知っているのです」
 私の言葉に、アルフォンス殿下はぐうの音も出ないようだった。彼は、力で全てを支配できると信じていた。自然や動物たちと心を通わせるという発想そのものが、彼にはなかったのだろう。
 状況が完全に不利だと悟ったのか、騎士の一人がアルフォンス殿下に恐る恐る進言した。
「で、殿下、ここは一度、退いた方が……」
「う、うるさい! 黙れ! たかが獣に、この私が怯むとでも思うか!」
 アルフォンス殿下は虚勢を張り、震える手で剣を抜くと、モカに向かって斬りかかった。あまりに愚かで、無謀な行動だった。
 ガキンッ!
 甲高い金属音が響き渡る。アルフォンス殿下の剣は、モカの体に届く前に、突如現れた銀色の閃光によって弾き飛ばされていた。
「――そこまでにしてもらおうか、王太子殿下」
 冷たく、静かな声。いつの間にか、アルフォンス殿下の背後に、銀髪の青年――リアムが立っていた。彼の右手には、抜き身の細剣が握られている。
「リアムさん!」
「お怪我はありませんか、アリアさん」
 私を振り返った彼の表情は、いつものように穏やかだった。しかし、アルフォンス殿下に向けるその瞳は、絶対零度の氷のように冷え切っている。
「貴様、何者だ!」
「これはご丁寧に。私はリアムと申します。アリアさんと、この村の産物の独占契約を結ばせていただいている、ただの商人ですよ」
 リアムは優雅に一礼する。しかしその身のこなしは、ただの商人とは思えないほど洗練されていた。
「あなたのなさっていることは、明白な略奪行為だ。私の大切な商売相手に剣を向けるなど、万死に値する」
 リアムの体から放たれる気迫は、聖獣たちにも劣らないほどだった。アルフォンス殿下は完全に戦意を喪失し、後ずさる。
 リアムは剣を収めると、にこやかに、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。
「さあ、お引き取り願おう。これ以上、私の愛する人に近づくというのなら、この国の王家を相手に、商売戦争を仕掛けることになる。私の商会を敵に回すことが、どういうことか……賢いあなたなら、お分かりのはずだ」
 それは、静かな脅迫だった。リアムの商会は、今やこの国の経済を裏で支えるほど巨大な組織となっている。もし彼らが本気になれば、王国の経済を一夜にして麻痺させることすら可能だろう。
 アルフォンス殿下は、顔を青ざめさせ、屈辱に唇を噛んだ。彼はついに、自分が敵に回してはいけない相手を敵に回してしまったことを理解したのだ。
「……っ! 覚えていろ!」
 負け犬の遠吠えのような捨て台詞を残し、アルフォンス殿下はリナさんを無理やり引きずって馬車に乗り込むと、慌ただしく逃げ帰っていった。
 王都の軍勢が去っていくのを、私たちは静かに見送った。
 嵐が過ぎ去り、村にはいつもの平穏が戻ってきた。村人たちが、歓声を上げて私とリアム、そして聖獣たちを称えてくれる。
 私は、大きくなったモカの首に抱きついた。
「モカ、みんな、ありがとう。怖かった……」
「くぅん」
 モカは、私を慰めるように、優しく顔を舐めてくれた。その温かさに、私は涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。
 隣で、リアムが私の手をそっと握る。
「もう大丈夫ですよ、アリアさん。僕が、必ずあなたを守ります」
 その力強い言葉と、手のぬくもりに、私はただ、黙って頷くことしかできなかった。
 こうして、元婚約者の襲撃は退けられた。しかし、本当の戦いは、まだ始まったばかりだったのかもしれない。
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