死んだ土を最強の畑に変える「土壌神の恵み」〜元農家、異世界の食糧難を救い、やがて伝説の開拓領主になる〜

黒崎隼人

文字の大きさ
9 / 16

第8話「姫を救うは一皿のスープ」

 フェルメル公爵の居城、シルバームーン城は、アロンが想像していた以上に壮大で、美しい城だった。

 天を突くようにそびえる白い尖塔。磨き上げられ、人の姿を映す大理石の床。壁には、英雄たちの活躍を描いたであろう巨大なタペストリーが掛けられている。

『うわー……。うちの村の家、何百軒分だ、これ』

 案内されるままに、豪華な廊下を歩きながら、アロンは完全に気圧されていた。

 隣を歩くセナは、口を半開きにしたまま、きょろきょろと辺りを見回している。

「アロンが行くなら、私も絶対に行く!」と駄々をこね、護衛兼お目付け役として、強引についてきたのだ。

 城の一室に通されたアロンとセナは、この城の主、フェルメル公爵その人と対面することになった。

 謁見の間に現れたのは、厳格な顔つきをした、壮年の男性だった。立派な口髭を蓄え、その瞳は鷲のように鋭い。だが、その表情には、娘を心配する父親としての深い疲労と悲しみの色が浮かんでいた。

「君が、アロン君か。執事のセバスチャンから話は聞いている」

 低く、しかしよく通る声で、フェルメル公爵は言った。

「娘、セレスは、もう幾月も床に伏せっている。原因もわからず、ただただ、命の灯火が消えていくのを待つばかり……。もし、君が、娘を救う手立てを持つというのなら、私はどんなことでもしよう。頼む、娘を助けてやってはくれまいか」

 領地の民、数万人を束ねる領主が、10歳の少年に、深々と頭を下げた。

 アロンは、その姿に、領主ではなく、一人の父親の必死な思いを見た。

「顔を上げてください、公爵様。全力を尽くすことをお約束します。まずは、姫君様にお会いさせてください」

 アロンの言葉に、公爵は静かに頷いた。

 案内されたのは、城の最上階にある、陽当たりの良い部屋だった。

 天蓋付きの大きなベッドの上に、一人の少女が横たわっている。

 年の頃は、アロンと同じくらいだろうか。

 透き通るように白い肌。月光を溶かし込んだかのような銀色の髪。人形のように整った顔立ち。

 しかし、その顔色は青白く、頬はこけ、唇は乾ききっている。か細い呼吸を繰り返す彼女の姿は、あまりに儚く、痛々しかった。

 彼女が、セレス姫。

「……ひどいな」

 アロンは、思わずつぶやいた。

 彼女の様子は、アロンの予想以上に深刻だった。

 これは、ただの栄養失調ではない。特定の栄養素が極度に欠乏することで引き起こされる、壊血病や脚気に近い症状かもしれない。

 アロンは、持参したカゴの中から、いくつかの野菜を取り出した。

 真っ赤に熟したトマト。鮮やかなオレンジ色のカボチャ。濃い緑色の葉物野菜。

 これらは、アロンが『土壌神の恵み』の力を使って、特にビタミンやミネラルを豊富に含むように品種改良を重ねた、特別な野菜たちだ。

「公爵様、厨房をお借りします。僕が、姫君様のためのお食事をお作りします」

 アロンの申し出に、城の料理長は、あからさまに不快な顔をした。

「な、何を言うか、小僧! 公爵家のお厨房は、お前のような素性が知れん者に使わせるわけにはいかん!」

 しかし、それを制したのは、公爵その人だった。

「構わん。好きに使わせてやれ。アロン君、頼んだぞ」

 公爵の鶴の一声で、アロンは城の広大な厨房を自由に使わせてもらえることになった。

 アロンが作ろうとしているのは、病み上がりの人間でも、栄養を効率よく摂取できる、特別なスープだった。

 まず、鶏の骨と、香味野菜をコトコト煮込んで、滋味深いスープストックを取る。

 次に、カボチャとタマネギをじっくりと炒めて甘みを引き出し、スープストックを加えて柔らかくなるまで煮込む。

 それを丁寧に裏ごしし、滑らかなクリーム状にする。最後に、新鮮な牛乳(村から持ってきたものだ)を加えてコクを出し、塩で味を調える。

 仕上げに、湯剥きして種を取り、細かく刻んだトマトを散らす。

 カボチャのポタージュスープ。

 鮮やかなオレンジ色のスープに、トマトの赤がアクセントになっている。見ているだけで、食欲が湧いてくるような一皿だ。

 このスープには、ベータカロテン、ビタミンC、ビタミンE、カリウムなど、今のセレス姫に最も必要だと思われる栄養素が、ぎゅっと凝縮されている。

 アロンは、完成したスープを銀の器に入れ、セレス姫の元へと運んだ。

「セレス様、お食事をお持ちしました。ほんの少しでいいんです。スプーン一杯だけでも、口にしていただけませんか」

 アロンが優しく語りかけると、それまで虚ろだった姫の青い瞳が、わずかに動いた。

 彼女の視線が、スープの温かい湯気と、甘い香りに引き寄せられる。

 侍女がスプーンを姫の口元へ運ぶが、姫はか細く首を横に振るだけだった。

「……僕に、やらせてください」

 アロンは、侍女からスプーンを受け取ると、もう一度、姫に語りかけた。

「これは、僕が畑で育てた、太陽の味がするカボチャのスープです。これを飲めば、きっと、元気になれます。僕が、保証します」

 アロンの真剣な目に、嘘はなかった。

 セレス姫は、しばらくじっとアロンの顔を見つめていたが、やがて、ほんの少しだけ、その唇を開いた。

 アロンは、慎重にスプーンを姫の口へと運ぶ。

 こくり、と。

 小さな喉が、動いた。

 何週間も、何も受け付けなかった姫が、スープを飲んだ。

 その場にいた、公爵も、セバスチャンも、侍女たちも、誰もが息を飲んだ。

 姫は、もう一口、もう一口と、アロンが運ぶスープを、ゆっくりと、しかし確実に飲み込んでいく。

 そして、器の半分ほどが空になった頃、姫の青白い頬に、ほんのりと、血の気が差したように見えた。

「……おいしい」

 それは、蚊の鳴くような、か細い声だった。

 しかし、その一言は、部屋にいた全員の耳に、確かに届いた。

 次の瞬間、フェルメル公爵は、アロンの両肩を掴み、その場に崩れ落ちるようにして泣き出した。

 厳格な領主の仮面を脱ぎ捨てた、ただの父親の、喜びの涙だった。

 この日から、セレス姫の奇跡的な回復が始まった。

 アロンが毎日作る、栄養バランスを考え抜かれた「アロン特製・回復食コース」によって、姫はみるみるうちに元気を取り戻していった。

 カボチャのポタージュ、トマトとジャガイモのニョッキ、具沢山のミネストローネ、鶏の卵を使ったプリン……。

 アロンの料理は、姫の体を癒し、そして、閉ざされていた彼女の心をも、少しずつ溶かしていった。

 1ヶ月後。

 セレス姫は、自分の足で、城の庭を散歩できるまでに回復した。

「アロン。あなたの作ってくれるご飯、本当に美味しいわ。まるで、魔法みたい」

 銀色の髪を風になびかせながら、セレスは花のように微笑んだ。

 その笑顔は、アロンの心に、セナとはまた違う、温かい光を灯した。

 フェルメル公爵は、アロンを、娘の命の恩人として、そして、この領地の宝として、最大限の支援を約束した。

 資金、人材、領地内の未開墾地の使用許可。

 アロンが望むものは、何でも与えられた。

 アロンの農業革命は、今、一個人の、一つの村の規模を完全に超え、領地全体を巻き込む、巨大なプロジェクトへと発展しようとしていた。

 その先に、王都の黒い嫉妬が渦巻いていることを、この時のアロンは、まだ知る由もなかった。

あなたにおすすめの小説

追放悪役令嬢は、絶品農業料理で辺境開拓!気づけば隣国を動かす「食の女王」になってました

緋村ルナ
ファンタジー
身に覚えのない罪を着せられ、婚約者である王子から追放された公爵令嬢ベアトリス。絶望の辺境で、彼女は前世の知識と持ち前の負けん気を糧に立ち上がる。荒れた土地を豊かな農地へと変え、誰もが食べたことのない絶品料理を生み出すと、その美食は瞬く間に国境を越え、小さなレストランは世界に名を馳せるようになる。 やがて食糧危機に瀕した祖国からのSOS。過去の恩讐を乗り越え、ベアトリスは再び表舞台へ。彼女が築き上げた“食”の力は、国家運営、国際関係にまで影響を及ぼし、一介の追放令嬢が「食の女王」として世界を動かす存在へと成り上がっていく、壮大で美味しい逆転サクセスストーリー!

婚約破棄されたので田舎の一軒家でカフェを開くことにしました。楽しく自由にしていたら居心地が良いとS級冒険者達が毎日通い詰めるようになりました

緋月らむね
ファンタジー
私はオルレアン侯爵令嬢のエルティア。十四歳の頃、家の階段を踏み外して頭を打った衝撃で前世を思い出した。    前世での名前は坂島碧衣(さかしまあおい)。祖父母の引退後、祖父母の経営していた大好きなカフェを継ぐつもりでいたのに就職先がブラック企業で過労の挙句、継ぐ前に死んでしまった。そして、自分が息抜きでやっていた乙女ゲーム「星屑のカンパニー」の悪役令嬢、オルレアン侯爵令嬢エルティアに転生してることに気がついた。  エルティアは18歳の舞踏会で婚約破棄を言い渡される。それだけならまだしも、婚約者から悪役令嬢として断罪され、婚約破棄され、父親から家を追い出され、よからぬ輩に襲われて殺される。  前世だってやりたかったことができずに死んでしまったのに、転生してもそんな悲惨な人生を送るなんて、たまったもんじゃない!!それなら私は前世継ごうと思っていた祖父母のやっていたようなカフェを開いて楽しく自由な人生を送りたい。  そして私は王都と実家を飛び出して森が開けた自然豊かな場所で念願のカフェを侍女のシサとともに開くことができた。  森が開けた自然豊かな場所で楽しく自由にカフェをやっていたら、個性豊かなS級冒険者たちが常連として私のカフェにやってくるようになりました!

追放された聖女は、辺境で狼(もふもふ)とカフェを開く

橘 あやめ
ファンタジー
――もう黙らない。追放された聖女は、もふもふの白狼と温かい居場所を見つける―― 十二年間、大聖堂で祈り続けた。 病人を癒し、呪いを祓い、飢饉のときは畑に恵みの光を降ろす。 その全てを、妹の嘘泣きひとつで奪われた。 献金横領の濡れ衣を着せられ、聖女の座を追われたアーシャ。 荷物は革鞄ひとつ。行く宛てもない。 たどり着いた辺境の町で、アーシャは小さなハーブティーのカフェを開くことに。 看板は小枝の炭で手作り。 焼き菓子は四度目でようやく成功。 常連もできて、少しずつ「自分の居場所」が生まれていく――。 そんなカフェに夜ごと現れるのは、月光のように美しい銀色の狼。 もふもふで、不愛想で、でも何かとアーシャのことを助けてくれる。 やがて、穏やかな日々を壊しに――妹が現れる。 ※追放聖女のカフェ開業もの(もふもふつき)です!ハッピーエンド!

モンド家の、香麗なギフトは『ルゥ』でした。~家族一緒にこの異世界で美味しいスローライフを送ります~

みちのあかり
ファンタジー
10歳で『ルゥ』というギフトを得た僕。 どんなギフトかわからないまま、義理の兄たちとダンジョンに潜ったけど、役立たずと言われ取り残されてしまった。 一人きりで動くこともできない僕を助けてくれたのは一匹のフェンリルだった。僕のギルト『ルゥ』で出来たスープは、フェンリルの古傷を直すほどのとんでもないギフトだった。 その頃、母も僕のせいで離婚をされた。僕のギフトを理解できない義兄たちの報告のせいだった。 これは、母と僕と妹が、そこから幸せになるまでの、大切な人々との出会いのファンタジーです。 カクヨムにもサブタイ違いで載せています。

魔物の装蹄師はモフモフに囲まれて暮らしたい ~捨てられた狼を育てたら最強のフェンリルに。それでも俺は甘やかします~

うみ
ファンタジー
 馬の装蹄師だった俺は火災事故から馬を救おうとして、命を落とした。  錬金術屋の息子として異世界に転生した俺は、「装蹄師」のスキルを授かる。  スキルを使えば、いつでもどこでも装蹄を作ることができたのだが……使い勝手が悪くお金も稼げないため、冒険者になった。  冒険者となった俺は、カメレオンに似たペットリザードと共に実家へ素材を納品しつつ、夢への資金をためていた。  俺の夢とは街の郊外に牧場を作り、動物や人に懐くモンスターに囲まれて暮らすこと。  ついに資金が集まる目途が立ち意気揚々と街へ向かっていた時、金髪のテイマーに蹴飛ばされ罵られた狼に似たモンスター「ワイルドウルフ」と出会う。  居ても立ってもいられなくなった俺は、金髪のテイマーからワイルドウルフを守り彼を新たな相棒に加える。  爪の欠けていたワイルドウルフのために装蹄師スキルで爪を作ったところ……途端にワイルドウルフが覚醒したんだ!  一週間の修行をするだけで、Eランクのワイルドウルフは最強のフェンリルにまで成長していたのだった。  でも、どれだけ獣魔が強くなろうが俺の夢は変わらない。  そう、モフモフたちに囲まれて暮らす牧場を作るんだ!

無能だと追放された「雑用係」のハル、現代の知恵(ライフハック)を駆使したら、呪われた魔王城が聖域化して伝説の賢者と呼ばれ始めた

ユネ
ファンタジー
「君のような無能な掃除係は必要ない!」 勇者パーティーからゴミのように捨てられた雑用係のハル。だが彼女には、前世で培った【家事のプロとしてのライフハック】があった。 ​移り住んだのは、誰もが恐れる『呪われた魔王城』。しかしハルにとっては、ただの「掃除のしがいがある大型物件」に過ぎなかった! 重曹とクエン酸で呪いを浄化し、アルミホイルで魔物を除け、ジャガイモの皮で伝説の鏡を蘇らせる。 ​魔法より便利な知恵で、お城はいつの間にか世界一快適な聖域に。 一方、ハルを失った勇者たちは、汚部屋と化した拠点と自らの無知に絶望することになり――。 ​これは、一人の「掃除好き」が知恵と工夫だけで異世界に革命を起こし、最高のスローライフを手に入れるまでの物語。

追放されたので、心置きなく発酵ライフ始めます〜外れスキル【万能発酵】で荒野を極上の美食国家に作り変えてたら、いつの間にか独立してました〜

黒崎隼人
ファンタジー
実家の男爵家から「物を腐らせるだけの外れスキル」と蔑まれ、不毛の地『嘆きの荒野』へ追放された三男のカイ。 しかし、彼のスキル【万能発酵】は、あらゆる微生物を自在に操り、発酵プロセスを支配するチートスキルだった! 前世の知識とスキルを駆使して、一瞬で極上の堆肥を作り、荒野を豊かな農地に変え、味噌や醤油、パンにワインと、異世界にはない発酵食品を次々と開発していくカイ。 さらに、助けたエルフの少女・リシアや仲間たちと共に、荒野はいつしか世界一の美食が集まる『穣りの郷』へと発展する。 一方、カイを追放した実家と王国は、未曾有の食糧危機に瀕しており……? 「今さら戻ってこい? お断りです。僕はここで最高の仲間とスローライフを送りますので」 発酵スキルで成り上がる、大逆転の領地経営ファンタジー、開幕!

【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~

御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。 十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。 剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。 十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。 紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。 十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。 自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。 その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。 ※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。