十二回の死を繰り返した悪役令嬢、破滅回避は諦めました。世界のバグである司書と手を組み、女神の狂ったシナリオをぶっ壊します

黒崎隼人

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番外編「司書は古書に夢を見る」

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 男――レオンがこの世界の異常に最初に気づいたのは、彼が四回目のループを迎えた、ある雨の日の午後だった。
 王立図書館の片隅で、彼はいつものように古書の修復作業に没頭していた。それは彼の人生における数少ない心穏やかな時間だった。
 その日、彼が手に取ったのは三百年前の詩集。昨日、確かに最後のページまで修復を終えたはずの一冊だった。しかし彼が本を開くと、そこには昨日までなかったはずのインクの染みが一つ、ポツリと浮かんでいた。

『……気のせいか?』

 最初はそう思った。疲れているのだろう、と。
 だがその日から彼の周囲で、奇妙な「違和感」が頻発するようになった。
 覚えたはずの蔵書の場所がいつの間にか変わっている。
 話したことのない同僚が親しげに昨日の会話の続きをしてくる。
 そして毎週決まって同じ日に、国中が公爵令嬢の断罪の話題で持ちきりになる。
 最初はデジャヴだと思っていた。だがそれが五回、六回と繰り返されるうちに彼は確信せざるを得なかった。
 この世界は同じ時間を何度も繰り返している。

 その事実に気づいた時、彼を襲ったのは恐怖よりもむしろ一種の知的な興奮だった。
 本だけが友達だった孤独な司書にとって、この世界の謎を解き明かすことは、これまで読んだどの物語よりもスリリングで魅力的な冒険に思えたのだ。
 彼はその日から全てを記録し始めた。ループの度に起こる僅かな変化。「歪み」と彼が名付けた世界の綻びを、一つ、また一つと丹念に拾い集めていった。

 だが七回目のループで、それは起きた。
 国中に未知の疫病が蔓延したのだ。人々は次々と倒れ、街は死の匂いに満ちた。それは神話に記された「女神の嘆き」と呼ばれる天災だった。
 彼の両親も、そしてまだ幼い妹もその病に罹った。彼はループで得た知識を総動員し、あらゆる薬草や治療法を試したが無駄だった。
 妹は彼の腕の中で、か細い声でつぶやいた。
『兄さん……また、本を……読んで……』
 それが最期の言葉だった。
 家族の亡骸を前に、彼は初めてこの世界の真実に触れた気がした。これはただのループではない。誰かの悪意ある実験なのだ、と。
 絶望が彼の心を支配した。冒険は終わった。そこにあったのはただ理不尽な死と、無力な自分だけ。
 彼は全てを諦めようとした。次のループが来たら家族と共に、静かに死を受け入れよう、と。

 しかし八回目のループは来なかった。
 疫病は起こらず、世界は何事もなかったかのように平穏な日常を繰り返した。
 彼は混乱した。そして悟った。
 あの悲劇さえもこの世界の管理者にとっては、気まぐれに加えた「設定」の一つに過ぎなかったのだ、と。
 その日から彼の目的は謎の解明から、この世界への「復讐」へと変わった。
 彼は図書館の知識を貪るように吸収し、禁書庫への侵入を試み、世界のシステムとその管理者である「女神」の存在にたどり着いた。
 だがたった一人ではあまりに無力だった。背景でしかない、しがない司書にできることなどたかが知れている。彼は何度も、何度も絶望の淵に立たされた。

 そんな彼の十三回目のループ。
 いつものように公爵令嬢の断罪劇を、大聖堂の二階席から「観測」していた時のこと。
 その日の「悪役令嬢」はこれまでとはまるで違っていた。
 彼女は罪人でありながら少しも怯えていなかった。それどころかその瞳には、全てを嘲笑うかのような冷たい光が宿っていた。彼女は壇上の王子や聖女を挑発し、この茶番劇そのものを内側から壊そうとしていた。
 その姿にレオンは、雷に打たれたような衝撃を受けた。

『彼女も……気づいているのか?』

 いや、それ以上に。彼女は、この狂った舞台の上でただ一人、自分の意志で立っているように見えた。
 その瞬間、レオンの心に何年も忘れていた熱い感情が蘇った。
 希望。
 そうだ、彼女となら、あるいは。
 彼女という最大の「イレギュラー」となら、このくだらない物語を終わらせることができるかもしれない。
 彼はその日から、オフィーリア・フォン・ヴァインベルクという孤独な反逆者を観測し続けた。彼女が様々な「悪役令嬢」を演じるのを固唾をのんで見守った。
 そして彼女が自らの力で断罪を回避し、王立図書館に現れた時、彼は確信した。
 自分の長い孤独な冒険は、この日のためにあったのだ、と。

 古書の中の物語にしか夢を見ることのできなかった司書は、初めて現実の世界で、共に物語を紡ぎたいと願えるパートナーを見つけたのだ。
 たとえその物語の結末が、世界の崩壊であったとしても。
 彼にとっては、何よりも価値のあるハッピーエンドだった。
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