十二回の死を繰り返した悪役令嬢、破滅回避は諦めました。世界のバグである司書と手を組み、女神の狂ったシナリオをぶっ壊します

黒崎隼人

文字の大きさ
14 / 15

番外編「司書は古書に夢を見る」

しおりを挟む
 男――レオンがこの世界の異常に最初に気づいたのは、彼が四回目のループを迎えた、ある雨の日の午後だった。
 王立図書館の片隅で、彼はいつものように古書の修復作業に没頭していた。それは彼の人生における数少ない心穏やかな時間だった。
 その日、彼が手に取ったのは三百年前の詩集。昨日、確かに最後のページまで修復を終えたはずの一冊だった。しかし彼が本を開くと、そこには昨日までなかったはずのインクの染みが一つ、ポツリと浮かんでいた。

『……気のせいか?』

 最初はそう思った。疲れているのだろう、と。
 だがその日から彼の周囲で、奇妙な「違和感」が頻発するようになった。
 覚えたはずの蔵書の場所がいつの間にか変わっている。
 話したことのない同僚が親しげに昨日の会話の続きをしてくる。
 そして毎週決まって同じ日に、国中が公爵令嬢の断罪の話題で持ちきりになる。
 最初はデジャヴだと思っていた。だがそれが五回、六回と繰り返されるうちに彼は確信せざるを得なかった。
 この世界は同じ時間を何度も繰り返している。

 その事実に気づいた時、彼を襲ったのは恐怖よりもむしろ一種の知的な興奮だった。
 本だけが友達だった孤独な司書にとって、この世界の謎を解き明かすことは、これまで読んだどの物語よりもスリリングで魅力的な冒険に思えたのだ。
 彼はその日から全てを記録し始めた。ループの度に起こる僅かな変化。「歪み」と彼が名付けた世界の綻びを、一つ、また一つと丹念に拾い集めていった。

 だが七回目のループで、それは起きた。
 国中に未知の疫病が蔓延したのだ。人々は次々と倒れ、街は死の匂いに満ちた。それは神話に記された「女神の嘆き」と呼ばれる天災だった。
 彼の両親も、そしてまだ幼い妹もその病に罹った。彼はループで得た知識を総動員し、あらゆる薬草や治療法を試したが無駄だった。
 妹は彼の腕の中で、か細い声でつぶやいた。
『兄さん……また、本を……読んで……』
 それが最期の言葉だった。
 家族の亡骸を前に、彼は初めてこの世界の真実に触れた気がした。これはただのループではない。誰かの悪意ある実験なのだ、と。
 絶望が彼の心を支配した。冒険は終わった。そこにあったのはただ理不尽な死と、無力な自分だけ。
 彼は全てを諦めようとした。次のループが来たら家族と共に、静かに死を受け入れよう、と。

 しかし八回目のループは来なかった。
 疫病は起こらず、世界は何事もなかったかのように平穏な日常を繰り返した。
 彼は混乱した。そして悟った。
 あの悲劇さえもこの世界の管理者にとっては、気まぐれに加えた「設定」の一つに過ぎなかったのだ、と。
 その日から彼の目的は謎の解明から、この世界への「復讐」へと変わった。
 彼は図書館の知識を貪るように吸収し、禁書庫への侵入を試み、世界のシステムとその管理者である「女神」の存在にたどり着いた。
 だがたった一人ではあまりに無力だった。背景でしかない、しがない司書にできることなどたかが知れている。彼は何度も、何度も絶望の淵に立たされた。

 そんな彼の十三回目のループ。
 いつものように公爵令嬢の断罪劇を、大聖堂の二階席から「観測」していた時のこと。
 その日の「悪役令嬢」はこれまでとはまるで違っていた。
 彼女は罪人でありながら少しも怯えていなかった。それどころかその瞳には、全てを嘲笑うかのような冷たい光が宿っていた。彼女は壇上の王子や聖女を挑発し、この茶番劇そのものを内側から壊そうとしていた。
 その姿にレオンは、雷に打たれたような衝撃を受けた。

『彼女も……気づいているのか?』

 いや、それ以上に。彼女は、この狂った舞台の上でただ一人、自分の意志で立っているように見えた。
 その瞬間、レオンの心に何年も忘れていた熱い感情が蘇った。
 希望。
 そうだ、彼女となら、あるいは。
 彼女という最大の「イレギュラー」となら、このくだらない物語を終わらせることができるかもしれない。
 彼はその日から、オフィーリア・フォン・ヴァインベルクという孤独な反逆者を観測し続けた。彼女が様々な「悪役令嬢」を演じるのを固唾をのんで見守った。
 そして彼女が自らの力で断罪を回避し、王立図書館に現れた時、彼は確信した。
 自分の長い孤独な冒険は、この日のためにあったのだ、と。

 古書の中の物語にしか夢を見ることのできなかった司書は、初めて現実の世界で、共に物語を紡ぎたいと願えるパートナーを見つけたのだ。
 たとえその物語の結末が、世界の崩壊であったとしても。
 彼にとっては、何よりも価値のあるハッピーエンドだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

【完結】聖女の私を処刑できると思いました?ふふ、残念でした♪

鈴菜
恋愛
あらゆる傷と病を癒やし、呪いを祓う能力を持つリュミエラは聖女として崇められ、来年の春には第一王子と結婚する筈だった。 「偽聖女リュミエラ、お前を処刑する!」 だが、そんな未来は突然崩壊する。王子が真実の愛に目覚め、リュミエラは聖女の力を失い、代わりに妹が真の聖女として現れたのだ。 濡れ衣を着せられ、あれよあれよと処刑台に立たされたリュミエラは絶対絶命かに思われたが… 「残念でした♪処刑なんてされてあげません。」

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

処理中です...