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第5話「ささやかな祝いと黒い影」
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バルドが店で騒ぎを起こしてから、数日が過ぎた。
幸いなことに、彼の脅し文句とは裏腹に、店には特にこれといった変化はなかった。常連の騎士たちは以前と変わらず通ってきてくれ、バルドの横暴への怒りからか、むしろ以前にも増して店を盛り上げてくれている。
「リョウ、気にするな! あんな奴の言うことなんて、俺たちが吹き飛ばしてやる!」
「そうだそうだ! ここのメシが食えなくなる方が、よっぽど大問題だ!」
彼らの温かい言葉に、俺は何度も救われた。アリアも、任務の合間を縫っては店に顔を出し、心配そうな表情で俺の様子を気遣ってくれた。
そんな周囲の支えもあり、俺は次第に落ち着きを取り戻していった。バルドのことは気にせず、今まで通り、心を込めて料理を作り、客をもてなすことに集中しよう。そう決めたのだ。
ちょうどその頃、店の売り上げが目標としていた額を初めて超えた。これは、俺が店主になってからの一つの大きな節目だった。
「マードックさん、リナちゃん、みんな! 今日はささやかだけど、お祝いをしよう!」
俺の提案に、リナは「わーい!」と歓声を上げ、マードックも「たまにはいいだろう」と目を細めた。
その日の夜、店を早めに閉め、俺たちはささやかな祝宴を開くことにした。メンバーは、俺とマードック、リナ、そして常連客の中から特に親しい騎士数名と、もちろんアリアも呼んだ。
俺は腕によりをかけて、特別な料理を用意した。大きな魚を丸ごと一匹使った塩釜焼き、数種類のキノコと肉を煮込んだクリームシチュー、そしてデザートには、この世界ではまだ珍しいフルーツをたっぷり使ったタルト。
「うおお! なんだこれ、すげえ!」
「リョウ、お前は本当に天才だな!」
騎士たちが子供のようにはしゃぎ、料理に舌鼓を打つ。マードックは自慢の熟成エールを振る舞い、リナは楽しそうにみんなの間を駆け回っている。アリアも、普段の堅い表情を崩し、心からこの場の雰囲気を楽しんでいるようだった。
笑い声と美味しい料理の匂いが、温かい光に満ちた店内に溢れている。
ああ、いい店だな。
俺は心からそう思った。前世では、こんな風に仲間と心から笑い合う時間なんて、ほとんどなかった。仕事に追われ、人間関係に疲れ、ただすり減っていくだけの毎日。それに比べて、今はどうだ。大変なこともあるけれど、ここには確かな温かさがある。守りたいと思える人たちがいる。
「リョウ、どうかしたのか? ぼんやりして」
いつの間にか隣に来ていたアリアが、不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んでいる。
「いえ、なんでもないです。ただ、幸せだなと思って」
素直な気持ちが、思わず口からこぼれた。
俺の言葉に、アリアは少し驚いたように目を瞬かせたが、やがてふわりと微笑んだ。
「……私もだ。ここに来ると、いつもそう思う」
その笑顔に、俺の心臓がとくん、と小さく跳ねる。彼女の横顔を照らすランプの光が、やけに優しく感じられた。
宴は夜遅くまで続いた。誰もが笑顔で、この店の未来を祝い、語り合った。
しかし、その頃。
俺たちの知らないところで、黒い影がうごめき始めていた。
王都の薄暗い一角にある、ならず者たちの巣窟。そこに、バルド・フォン・ゲルハルトの姿があった。彼は金貨が詰まった袋をテーブルに叩きつけ、目の前に立つ悪相の男たちに低く命じた。
「例の路地裏の酒場だ。まずは、軽い嫌がらせから始めろ。食材の仕入れを妨害しろ。店についての悪い噂を流せ、客足が遠のくように、ありとあらゆる手を尽くすんだ」
「へへっ、お安い御用でさ、貴族様」
下卑た笑い声を上げる男たち。
「だが、手荒な真似はするなよ。あくまで『不幸な偶然』が重なったように見せかけるんだ。あの店が、じわじわと追い詰められていく様を、私は特等席で眺めさせてもらう」
バルドの瞳には、冷たい狂気が宿っていた。アリアの前で恥をかかされたこと、そして何より、彼女が自分以外の男に心を許しているという事実が、彼のプライドを酷く傷つけたのだ。
「あの平民の料理人が、絶望に顔を歪めるのが楽しみだ。アリアも、そうすれば目が覚めるだろう。自分に相応しいのは、私のような男なのだと」
彼はそうつぶやくと、満足げに口の端を吊り上げた。
小さな酒場で開かれていた、ささやかな祝いの宴。その温かい光は、すぐそこまで迫る嫉妬と悪意に満ちた黒い影の存在に、まだ気づく由もなかった。
楽しい夜が明けた後、俺たちを待っているのが、陰湿で執拗な嫌がらせの始まりだとは、この時の誰もが想像すらしていなかったのである。
幸いなことに、彼の脅し文句とは裏腹に、店には特にこれといった変化はなかった。常連の騎士たちは以前と変わらず通ってきてくれ、バルドの横暴への怒りからか、むしろ以前にも増して店を盛り上げてくれている。
「リョウ、気にするな! あんな奴の言うことなんて、俺たちが吹き飛ばしてやる!」
「そうだそうだ! ここのメシが食えなくなる方が、よっぽど大問題だ!」
彼らの温かい言葉に、俺は何度も救われた。アリアも、任務の合間を縫っては店に顔を出し、心配そうな表情で俺の様子を気遣ってくれた。
そんな周囲の支えもあり、俺は次第に落ち着きを取り戻していった。バルドのことは気にせず、今まで通り、心を込めて料理を作り、客をもてなすことに集中しよう。そう決めたのだ。
ちょうどその頃、店の売り上げが目標としていた額を初めて超えた。これは、俺が店主になってからの一つの大きな節目だった。
「マードックさん、リナちゃん、みんな! 今日はささやかだけど、お祝いをしよう!」
俺の提案に、リナは「わーい!」と歓声を上げ、マードックも「たまにはいいだろう」と目を細めた。
その日の夜、店を早めに閉め、俺たちはささやかな祝宴を開くことにした。メンバーは、俺とマードック、リナ、そして常連客の中から特に親しい騎士数名と、もちろんアリアも呼んだ。
俺は腕によりをかけて、特別な料理を用意した。大きな魚を丸ごと一匹使った塩釜焼き、数種類のキノコと肉を煮込んだクリームシチュー、そしてデザートには、この世界ではまだ珍しいフルーツをたっぷり使ったタルト。
「うおお! なんだこれ、すげえ!」
「リョウ、お前は本当に天才だな!」
騎士たちが子供のようにはしゃぎ、料理に舌鼓を打つ。マードックは自慢の熟成エールを振る舞い、リナは楽しそうにみんなの間を駆け回っている。アリアも、普段の堅い表情を崩し、心からこの場の雰囲気を楽しんでいるようだった。
笑い声と美味しい料理の匂いが、温かい光に満ちた店内に溢れている。
ああ、いい店だな。
俺は心からそう思った。前世では、こんな風に仲間と心から笑い合う時間なんて、ほとんどなかった。仕事に追われ、人間関係に疲れ、ただすり減っていくだけの毎日。それに比べて、今はどうだ。大変なこともあるけれど、ここには確かな温かさがある。守りたいと思える人たちがいる。
「リョウ、どうかしたのか? ぼんやりして」
いつの間にか隣に来ていたアリアが、不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んでいる。
「いえ、なんでもないです。ただ、幸せだなと思って」
素直な気持ちが、思わず口からこぼれた。
俺の言葉に、アリアは少し驚いたように目を瞬かせたが、やがてふわりと微笑んだ。
「……私もだ。ここに来ると、いつもそう思う」
その笑顔に、俺の心臓がとくん、と小さく跳ねる。彼女の横顔を照らすランプの光が、やけに優しく感じられた。
宴は夜遅くまで続いた。誰もが笑顔で、この店の未来を祝い、語り合った。
しかし、その頃。
俺たちの知らないところで、黒い影がうごめき始めていた。
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「例の路地裏の酒場だ。まずは、軽い嫌がらせから始めろ。食材の仕入れを妨害しろ。店についての悪い噂を流せ、客足が遠のくように、ありとあらゆる手を尽くすんだ」
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下卑た笑い声を上げる男たち。
「だが、手荒な真似はするなよ。あくまで『不幸な偶然』が重なったように見せかけるんだ。あの店が、じわじわと追い詰められていく様を、私は特等席で眺めさせてもらう」
バルドの瞳には、冷たい狂気が宿っていた。アリアの前で恥をかかされたこと、そして何より、彼女が自分以外の男に心を許しているという事実が、彼のプライドを酷く傷つけたのだ。
「あの平民の料理人が、絶望に顔を歪めるのが楽しみだ。アリアも、そうすれば目が覚めるだろう。自分に相応しいのは、私のような男なのだと」
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