ブラック企業で過労死した俺が転生先で開いた酒場、絶品飯テロ料理で氷の華と呼ばれる女騎士団長様を骨抜きにしてしまいました

黒崎隼人

文字の大きさ
7 / 14

第6話「嫌がらせと揺るがぬ心」

しおりを挟む
 ささやかな祝宴の翌朝、異変は静かに始まった。
 いつものように市場へ食材の仕入れに向かった俺は、なじみの八百屋の店主から困惑した顔で告げられた。
「リョウさん、すまないねえ。今日はポポイモも玉ねぎも、もう全部売り切れちまったんだ」
「えっ、こんな朝早くにですか? いつもならまだたくさんあるのに」
「それが、夜明け前に来た大口の客が、ごっそり買い占めていっちまってね。なんでも、どこぞの貴族様が急なパーティーを開くんだとか」
 別の店を回ってみても、答えは同じだった。普段なら有り余るほどあるはずの野菜が、軒並み品切れになっている。偶然にしては出来すぎている。俺の胸に、嫌な予感がよぎった。
 それは野菜だけではなかった。懇意にしていた肉屋に行けば「上等な肉は、すべてゲルハルト様のご命令で押さえられました」と言われ、パン屋では小麦粉が不作だという根も葉もない噂が流れていた。
 ……バルドか。
 あいつの仕業だと、すぐにわかった。貴族の財力と権力を使えば、市場の流通をある程度コントロールすることなど、簡単なことなのだろう。直接的な暴力ではなく、じわじわと追い詰める兵糧攻めだ。陰湿で、卑劣なやり方だった。
 店に戻ると、リナが不安そうな顔で駆け寄ってきた。
「リョウの兄ちゃん、大変だよ! 最近、変な噂が流れてるの!」
 リナが言うには、『陽だまりの酒場』は不衛生だとか、質の悪い食材を使っているとか、さらには店主の素性が知れない怪しい男だ、などという悪意に満ちた噂が、市場の井戸端会議などで囁かれているらしい。
「そんなの嘘なのに! ひどいよ!」
 悔しそうに涙ぐむリナの頭を、俺は優しく撫でた。
「大丈夫だよ、リナちゃん。俺たちがちゃんとやっていれば、いつかみんなわかってくれる」
 そうは言ったものの、状況は深刻だった。食材が手に入らなければ、料理は作れない。店の評判が落ちれば、客足は遠のく。バルドの狙いは、まさにそこにあった。
 その日の営業は、手元にある限られた食材でなんとか乗り切ったが、出せるメニューは普段の半分以下。事情を知らない客からは、不満の声も上がった。
 夜、店にやってきたアリアは、市場での一件を聞くと、悔しそうに唇を噛んだ。
「……やはり、バルド様が。申し訳ない、リョウ。私のせいで」
「アリアさんのせいじゃない。悪いのは、あんな卑劣な手を使う奴の方だ」
 俺は毅然として言った。ここで俺が弱気になってしまえば、それこそ相手の思う壺だ。
「でも、このままでは……」
「大丈夫。俺は、諦めませんよ」
 俺の目には、まだ闘志の火が宿っていた。前世の居酒屋経営でも、競合店の嫌がらせや食中毒の風評被害など、理不尽な困難は何度もあった。その度に、知恵を絞り、工夫を凝らして乗り越えてきたのだ。
 使える食材は限られている。なら、その中で最高の料理を作るまでだ。
 翌日、俺は早朝から王都の外れにある小さな農村へと足を運んだ。王都の大きな市場がダメなら、生産者から直接買い付けるしかない。幸い、以前騎士の一人から、腕はいいが頑固で、市場にはあまり品物を出さない農家がいると聞いていた。
 俺はその農家を訪ね、頭を下げて頼み込んだ。最初は門前払いだったが、俺が料理人だと知ると、主人は少しだけ興味を示した。
「俺の作った野菜の味が、お前にわかるのか?」
「ええ。一口食べれば、どれだけ愛情を込めて作られたかわかります」
 俺は主人が試すように差し出した、泥付きのままの人参をかじり、その味を的確に言い当てた。力強い土の香りと、凝縮された甘み。これを活かすなら、シンプルな味付けがいい。俺が具体的な調理法まで語ると、頑固な主人の目が、ついに変わった。
「……面白い。お前、気に入った。うちの野菜、好きなだけ持っていけ」
 こうして俺は、市場には出回らない、新鮮で味の濃い野菜を安定して手に入れるルートを確保した。肉も同様に、王都から少し離れた村の猟師と直接契約を結んだ。手間はかかるが、その分、今まで以上の質の良い食材が手に入るようになった。
 店のメニューも一新した。限られた食材を最大限に活かすための、新しい料理だ。
 農家直送の野菜をたっぷり使った「田舎風ポトフ」。猟師から仕入れた猪肉の「ジビエステーキ」。これらは、バルドの妨害によって逆に生まれた、新たな名物メニューとなった。
 悪い噂に対しては、誠実さで対抗した。厨房を客席から見えるように少し改装し、俺がどれだけ衛生に気を配り、丁寧に調理しているかを見てもらった。最初は遠巻きに見ていた客たちも、俺たちの真摯な姿と、何より料理の味に触れ、噂がデタラメであると理解してくれた。
 アリアや常連の騎士たちも、積極的に協力してくれた。彼らは率先して新しいメニューを注文し、その美味しさを周囲に広めてくれた。
「リョウの店のポトフは絶品だぞ! 体の芯から温まる!」
「ゲルハルト様の息がかかった店より、よっぽど心がこもってるぜ!」
 バルドの嫌がらせは、皮肉にも、店の結束をより強くし、客との絆を深める結果となった。彼の思惑は、少しずつ、しかし確実に外れ始めていた。
 だが、追い詰められた人間が次にどんな手を打ってくるか、この時の俺はまだ知らなかった。卑劣な嫌がらせが通用しないと知った時、彼の憎悪は、より直接的で危険な形を取ることになる。
 それでも、俺の心は揺らがなかった。この店を守る。大切な仲間たちを守る。その決意は、困難に立ち向かうたびに、より強く、硬くなっていくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~

御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。 十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。 剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。 十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。 紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。 十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。 自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。 その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。 ※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。

追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜

たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。 だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。 契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。 農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。 そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。 戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!

ゴミ鑑定だと追放された元研究者、神眼と植物知識で異世界最高の商会を立ち上げます

黒崎隼人
ファンタジー
元植物学の研究者、相川慧(あいかわ けい)が転生して得たのは【素材鑑定】スキル。――しかし、その効果は素材の名前しか分からず「ゴミ鑑定」と蔑まれる日々。所属ギルド「紅蓮の牙」では、ギルドマスターの息子・ダリオに無能と罵られ、ついには濡れ衣を着せられて追放されてしまう。 だが、それは全ての始まりだった! 誰にも理解されなかったゴミスキルは、慧の知識と経験によって【神眼鑑定】へと進化! それは、素材に隠された真の効果や、奇跡の組み合わせ(レシピ)すら見抜く超チートスキルだったのだ! 捨てられていたガラクタ素材から伝説級ポーションを錬金し、瞬く間に大金持ちに! 慕ってくれる仲間と大商会を立ち上げ、追放された男が、今、圧倒的な知識と生産力で成り上がる! 一方、慧を追い出した元ギルドは、偽物の薬草のせいで自滅の道をたどり……? 無能と蔑まれた生産職の、痛快無比なざまぁ&成り上がりファンタジー、ここに開幕!

追放勇者の土壌改良は万物進化の神スキル!女神に溺愛され悪役令嬢と最強国家を築く

黒崎隼人
ファンタジー
勇者として召喚されたリオンに与えられたのは、外れスキル【土壌改良】。役立たずの烙印を押され、王国から追放されてしまう。時を同じくして、根も葉もない罪で断罪された「悪役令嬢」イザベラもまた、全てを失った。 しかし、辺境の地で死にかけたリオンは知る。自身のスキルが、実は物質の構造を根源から組み替え、万物を進化させる神の御業【万物改良】であったことを! 石ころを最高純度の魔石に、ただのクワを伝説級の戦斧に、荒れ地を豊かな楽園に――。 これは、理不尽に全てを奪われた男が、同じ傷を持つ気高き元悪役令嬢と出会い、過保護な女神様に見守られながら、無自覚に世界を改良し、自分たちだけの理想郷を創り上げ、やがて世界を救うに至る、壮大な逆転成り上がりファンタジー!

過労死コンサル、貧乏貴族に転生す~現代農業知識と魔法で荒地を開拓していたら、いつの間にか世界を救う食糧大国になっていました~

黒崎隼人
ファンタジー
農業コンサルタントとして過労死した杉本健一は、異世界の貧乏貴族ローレンツ家の当主として目覚めた。 待っていたのは、荒れた土地、飢える領民、そして莫大な借金! チートスキルも戦闘能力もない彼に残された武器は、前世で培った「農業知識」だけだった。 「貴族が土を耕すだと?」と笑われても構わない! 輪作、堆肥、品種改良! 現代知識と異世界の魔法を組み合わせた独自農法で、俺は自らクワを握る「耕作貴族」となる! 元Sランク冒険者のクールなメイドや、義理堅い元騎士を仲間に迎え、荒れ果てた領地を最強の農業大国へと変えていく、異色の領地経営ファンタジー!

悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~

黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」 皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。 悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。 ――最高の農業パラダイスじゃない! 前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる! 美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!? なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど! 「離婚から始まる、最高に輝く人生!」 農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!

無自覚チートで無双する気はなかったのに、小石を投げたら山が崩れ、クシャミをしたら魔王が滅びた。俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんです!

黒崎隼人
ファンタジー
トラックに轢かれ、平凡な人生を終えたはずのサラリーマン、ユウキ。彼が次に目覚めたのは、剣と魔法の異世界だった。 「あれ?なんか身体が軽いな」 その程度の認識で放った小石が岩を砕き、ただのジャンプが木々を越える。本人は自分の異常さに全く気づかないまま、ゴブリンを避けようとして一撃でなぎ倒し、怪我人を見つけて「血、止まらないかな」と願えば傷が癒える。 これは、自分の持つ規格外の力に一切気づかない男が、善意と天然で周囲の度肝を抜き、勘違いされながら意図せず英雄へと成り上がっていく、無自覚無双ファンタジー!

処理中です...