ブラック企業で過労死した俺が転生先で開いた酒場、絶品飯テロ料理で氷の華と呼ばれる女騎士団長様を骨抜きにしてしまいました

黒崎隼人

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第9話「黄金のコロッケと審査員たち」

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 収穫祭当日。王都の中央広場は、年に一度の祭りの熱気に包まれていた。
 広場の中央には特設ステージが設けられ、その上が料理コンテストの会場となっている。ステージ上には最新式の調理台が二つ並び、観客席は王都中の人々で埋め尽くされていた。
 一方の調理台には、純白のコックコートに身を包んだバルドと、彼が金で雇った一流の料理人たちがずらりと並んでいる。彼らの前には、見たこともないような高級食材の山。巨大な伊勢海老のような甲殻類、宝石のように輝くキノコ、黄金色の油が滴る最高級の肉塊。その光景だけで、会場からはどよめきが起こる。
 対する俺は、調理台に一人で立つ。着ているのも、いつもの店の前掛けだ。用意された食材は、ポポイモ、玉ねぎ、ひき肉、そしてパン粉用の黒パンと、ごくありふれたものばかり。その対比はあまりにも鮮やかで、観客席からは失笑すら漏れてくる。
「見ろよ、あの貧相な食材を。あれで何を作る気だ?」
「相手はゲルハルト様の御曹司だぞ。勝負になるわけがない」
 そんな声が、嫌でも耳に入ってくる。
 特別審査員席には、ふんぞり返ったバルドの父親、ゲルハルト辺境伯と、彼に取り入ろうとする貴族たちが座っている。勝負は始まる前から決まっているようなものだ。
 だが、俺の心は不思議と落ち着いていた。客席の前列に、心配そうにこちらを見守るアリア、マードック、リナ、そして騎士たちの顔が見える。彼らの存在が、俺に勇気をくれた。
 やがて、開始のゴングが鳴り響いた。
 バルドのチームは、一糸乱れぬ動きで調理を開始する。高級食材が、次々と華麗な一皿へと姿を変えていく。その手際の良さと、立ち上る芳醇な香りに、観客は魅了され、惜しみない拍手を送っていた。
 一方の俺は、黙々とポポイモの皮を剥き、茹で始めるところからだった。その地味な作業に、観客の興味はすぐに失せていく。
 それでいい。見てろよ。ここからが、俺の料理だ。
 茹で上がったポポイモを熱いうちに丁寧に潰し、飴色になるまで炒めた玉ねぎと、塩胡椒で炒めたひき肉を加えて混ぜ合わせる。それを小判型に成形し、小麦粉、卵、そして細かく砕いた黒パンの衣を順番につけていく。
 ここまでは、誰にでもできる作業だ。だが、勝負はここから。
 俺は揚げ油の入った鍋を火にかけ、その温度を慎重に見極める。高すぎれば表面だけが焦げ、低すぎれば油を吸ってべちゃっとしてしまう。衣がカリッと、中がふっくらと仕上がる、絶妙な一点。
 俺は長年の経験で培った感覚で、その瞬間を捉えた。
 ジュワアアアッ!
 タネを油に投入すると、心地よい音と香ばしい匂いが立ち上った。一つ、また一つと、丁寧に揚げていく。やがて、狐色の衣をまとったそれが、鍋の中で浮かび上がってきた。
 俺はそれを網ですくい上げ、しっかりと油を切る。仕上げに、特製のソース――野菜と果物をじっくり煮詰めて作った、甘酸っぱいソースだ――を添えて、皿に盛り付けた。
 名付けて、『黄金のコロッケ』。
 俺が料理を完成させたのと、バルドが完成させたのは、ほぼ同時だった。
 先に、バルドの料理が審査員席へと運ばれる。
「これは、我がゲルハルト領でしか獲れない『虹色海老』のグリル、森の宝石と名高い『月光茸』のソテーを添えて。ソースは、百年物のワインを煮詰めたもの。さあ、ご賞味あれ」
 バルドが自信満々に説明する。見た目は、まさに芸術品だ。審査員たちは、うっとりとした表情でそれを口に運び、大げさなほどの賛辞を並べ立てた。
「素晴らしい! まさに王侯貴族に相応しい、至高の味だ!」
「この芳醇な香り、複雑な味わい! 非の打ち所がない!」
 父親であるゲルハルト辺境伯は、満足げにうなずいている。会場の誰もが、バルドの勝利を確信した雰囲気だった。
 次に、俺の『黄金のコロッケ』が運ばれる。
 皿が置かれた瞬間、審査員の貴族たちは、あからさまに眉をひそめた。
「なんだこれは? ただのイモの揚げ物ではないか」
「下品な……。こんなものを我々に食べろと?」
 しかし、審査を放棄するわけにもいかず、一人の貴族が、仕方なさそうにフォークでコロッケを一口サイズに切り、口に運んだ。
 その瞬間、彼の動きが、ぴたりと止まった。
 他の審査員たちが、訝しげに彼を見る。彼は、信じられないといった表情で目を見開いたまま、固まっている。
 そして、ゆっくりと、もう一口。今度は、ソースをたっぷりとつけて。
「…………うまい」
 彼が絞り出すように言った。
「な、何を言っている!?」
 他の審査員が慌てる。
「いや、これは……なんだ、この味は……! 外はさくさくとしているのに、中は驚くほど滑らかでクリーミーだ。ポポイモの優しい甘みと、肉の旨味が口の中で溶け合う……! そしてこのソース! 甘みと酸味のバランスが絶妙で、揚げ物のしつこさを全く感じさせない!」
 彼の熱弁に、他の審査員たちも、恐る恐るコロッケを口に運び始めた。
 そして、一人、また一人と、その表情が驚愕に変わっていく。
「おお……!」
「こんな料理、食べたことがない……!」
 サクサク、ホクホク。素朴だが、どこか懐かしく、そして心を温かくするような優しい味。それは、高級食材をただ並べただけの料理には決して出せない、作り手の想いが込められた味だった。
 ゲルハルト辺境伯も、息子の手前、不満げな顔をしながら一口食べる。だが、その厳格な表情が、みるみるうちに崩れていった。
「……むぅ」
 彼はもう一口食べた後、唸るような声を漏らし、それ以上何も言えなくなってしまった。
 会場の雰囲気が、変わり始める。審査員たちの尋常ではない反応に、観客たちがざわめきだしたのだ。
「一体、何が起こってるんだ?」
「あの揚げ物、そんなに美味いのか?」
 その時、審査員席にいた一人の幼い王子が「ぼくも、それ、たべたい!」と声を上げた。
 侍従が慌ててコロッケを王子に差し出すと、王子は大きな口でパクリと頬張り、満面の笑みを浮かべた。
「おいしい! おかわり!」
 その屈託のない笑顔が、勝負の行方を決定づけた。
『誰もが笑顔になる料理』。
 そのテーマに、より相応しいのがどちらの料理かは、もはや誰の目にも明らかだった。
 会場から、地鳴りのような拍手が沸き起こる。それは、俺の料理に向けられた、純粋な称賛の嵐だった。
 バルドは、信じられないといった顔で、ステージの上に立ち尽くしている。
 俺は、客席で涙を浮かべて喜ぶアリアたちに向かって、小さくガッツポーズをした。
 決戦は、調理場で。そして、勝利の女神は、誠実な料理人の心に微笑んだのだった。
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